アーニャとジョニアス (挿絵)
「ジョニーさん! 早く行こうよ」
アーニャが、急かす。
ジャッファへの手土産に、買い物をしたいとアーニャが、言い出したので街の見物も兼ねて出かけることにした。
ジョニアスは、用心の為にとコルトバイソンの予備弾を小袋に詰める。
「えーと、スピードロダーは? あっ 荷物になるからと隼人の収納に入れたままか。しょうがない、予備弾だけ袋で持っていくか」
「……これも入れておくか」
胸のホルスターにコルトバイソンを仕舞うと軽い上着を羽織った。急かすアーニャが、ジョニアスの腕を引っ張る様に街へと繰り出した。
夕刻にも近いが、麗らかな天気。猫耳娘のアーニャといると何とものどかな気分にさせてくれる。気の張る戦闘の後に訪れた僅かな気晴らしとばかりに、ジョニアスもプラディアの街を楽しむことにした。
森で手に入らない反物が欲しいというので生地や反物、庶民が着る様な安い麻布を中心とした貫頭衣やズボン、デザインとは呼べないような取り合えず身を包むような衣類が並ぶ商店へと足を運ぶ。
アーニャは、ジャッファと自分の村に1反ずつ2反の反物を買った。森の住人、獣人たちは皮の衣類を着る事が多いが、熱い季節など通気性のよい生地で作った服はとても喜ばれる。背負子を背負うアーニャも目当ての物を手に入れて嬉しそうだ。
買い物を済ますと露天が立ち並び、市の立つ賑やかな商店街を歩く。
生きたままの小動物を紐で縛って売る店や、森でとれた山菜を大量に積んだ荷馬車がそのまま屋台として売っている店。手先の器用な者たちが作ったのか繊維質の植物で編んだ雑貨など様々な屋台がジョニアスの目を楽しませてくれる。
(ああっ 南米のペルーの朝市でネズミの姿焼きを喰わされたな。よく似ている、思い出すぜ)
呼び込みの賑やかな声。
道端の屋台からは、串焼きのたれが焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。
アーニャが、ジョニアスを振り返り見上げる。
「喰いながら歩こうか?」
二人が屋台へ立ち寄る。
ちょうど、焼けた肉を店の親父がたれの壺に突っ込むと、又炭火の上へとかざした。
「ジュッ! ジャーッ」
たれが炭火に落ちて香ばしい匂いが広がる。
「らっしゃい!」
「今のデカい串を2本貰おうか」
焼き上がったばかりの大ぶりのひれ肉と玉ねぎが交互に刺さった30cmほどもある大きな串焼きを買った。
「あちぃ!」
「アハハ! ジョニーさんも慌てることもあるんだね。タレがこってりしてるから気を付けてね」
アーニャが、楽しそうに串焼きにかぶりつく。
「あちちっ!」
言った側から串焼きの熱さに慌てた。猫舌なのか? 二人は顔を見合わせると笑い出した。
「安い割には上等のお肉をつかっているね。おいしいね~。御塩の味もおいしいよ。ジョニーさん、あーん」
食べたばかりの残りの串を見上げる様に、無邪気な瞳でジョニアスの口元へと向ける。
(とほほ、こんな姿隼人にでも見られたら)
街の昼下がり、のんびりとした時間が二人を包んでいる。
「おじさん! もう一本頂戴」
ジョニアスが、まだ食べるのかと見ているとアーニャは、受け取った串を持って建物の陰へと歩み寄った。建物の陰から此方を見ていた二人の子供たちへと其れを渡す。
「あれは、スラムの子供たちよ。お金がある時には、少しだけど分けてあげるの。ジャッファ様もそうやって私たちにお肉をくれたの。だから私も」
そう言って、笑顔を見せる。
(ふむ、異世界にも助け合いの精神か、その肉をくれた男の精神をそうやって受け継いでいくって訳か)
「この先に、街を見おろせる気持ちの良い高台が有るの。少し遠回りしてから帰ろう」
アーニャが、商店街を抜けると小高い丘を指さす。狭い岩場の続く小道を上がっていくと、いきなり眼下に街が広がっている。街の先には、海原の様に黒い森がどこまでも広がっていた。
「この大森林から湧き出る魔物達をこのプラディア領でくい止めて、王国の安全を守っているの、此のプラディアは国の守りの地なの」
森に住むアーニャにとっても此の辺境都市は、自慢のものらしい。
吹きあがってくる風は心地よく、歩いて来て汗ばんだアーニャとジョニアスを癒してくれる。
高台の手すりに二人並んで、吹き上げてくる風に身をまかせ、街並みを見おろす。
「うんっ 実に素晴らしい景色だ。お二人の最後の地に相応しい。墓場にするには惜しいぐらいだ」
「!!」
二人に並んで手すりに手を掛け、最初から其処にいたかのように二人に話しかける男。気さくな笑顔さえ浮かべている。
「おっ! お前は!?」
「ええっ あの時一杯食わされましたよ。あんな土塊を三袋も大事に持ち帰り、ひどい恥を掻いてしまいましたよ。あの時の私の気持ち、あなたの体にも教えてあげたく思いましてね」
森でリタの腕を切り落とした男、ベベルだった。
「ドン! ドン!」 「ガガーン」
ジョニアスは、一瞬でコルトを引き抜くと発砲した。
男の前に、透明なオレンジ色の円盤の盾が現れると弾丸を弾き飛ばす。
(くそっ!)
「そう度々、服に穴をあけられても困るんですよ」
男は顔の前で人差し指を振ると、にやついた笑顔を見せる。
「魔石の袋は、ガイアスの屋敷にあるのか? それともまだアノ小僧が持っているのかな? 大事なものです。是非返していただきたい」
男は消える様に一瞬でアーニャの後ろへ回り込む。盾にして、片手で首元も締め上げる。
「アーニャ! 動くな!」
ジョニアスは、アーニャを盾にする男のわずかに見えている肩口を狙い撃つ。
しかしオレンジの盾が弾丸を弾いた。
(くっ! どうすればっ 厄介な魔導士め!)
「解っていませんな~ムダムダ」
まるでゲームを楽しんででもいるかのように、男は更に小さく口ずさむと周りの大岩が地面からせり上がってくる。空中へと浮かび、ジョニアス達の上空へと浮かぶ。
「ズゴゴゴゴゴオオー」
いつの間にかアーニャの右手が冊に縛られている。男は笑いながら二人を背に歩き出した。ゲームオーバーと言わんばかりに。
「二人にはもったいない墓石が見つかったな。私からのプレゼントだ。仲よく埋まれ」
ジョニアスは、アーニャに走り寄るとマーマリアから教わった物体浮遊の魔法を大岩に試みる。かろうじて落ちてくる速度が緩やかになるが縛られたアーニャが抜け出せない。ジョニアスの魔力が一斉に引き出される。青い血管が浮き出て、口の中に鉄の様な味の唾液が広がる。額から大粒の汗が流れ落ちる。
(急げ! アーニャだけでも!)
「ドン! ドン!」
ジョニアスはアーニャを繋ぎとめているロープを弾丸で打ち抜くとアーニャを突き飛ばした。身に迫る危険を脇に置いても任務を遂行する。そんな傭兵時代の気質が、一瞬のジョニアスを窮地に陥れてしまった。
大岩は、ジョニアスの頭上に迫る。それでも、歩き去る男に向かって発砲した。
「カチ! カチ!」 「クソッ!」
ジョニアスは、ポケットを探るがスピードロダーはない。
代わりに袋からこぼれ落ちた一発を弾倉に装てんした。
弾丸をオレンジにコーティングしたフルメタルのスペシャル。
「カチッ ダーン!」
一回の空打ちの後に一発の弾丸が発射された。
「バリンッ」 オレンジの障壁は砕け飛び、男の肩から腕を弾き飛ばした。
大岩がジョニアスに迫る。
ジョニアスの目の端にスローモーションのように手を伸ばしてくるアーニャの姿が映る。
ジョニアスの人生の最後の一瞬の為に神様がその一瞬の時間を止めてくれたのかもしれない。
(……アーニャ、串焼き美味かったな……生まれ変わったら俺も獣人で森ののんびりとした生活もいいかもしれんな。なんで傭兵家業なんてしていたんだろうな。少しの時間だったが楽しい時間を有り難うよ)
「ドウウウウンンン————ッ」
「ああっ! ジョニーさ——ん!!」
アーニャは突き飛ばされてかろうじて大岩の下敷きから免れていた。
ベベルは片腕を吹き飛ばされ、へたり込むが苦しそうに自分の腕を拾うと姿を消した。
アーニャは眼を見開き、ジョニアスがいた場所、大岩の元にすがり付く。
ジョニアスの姿はない。
「どうして! そんな」
ジョニアスの姿は完全に大岩の下に埋まってしまっていた。岩の近くには、折れ曲がったコルトバイソンが落ちている。
「動いて! 動いて! 神様お願い‼ 動いて! 動いて! 動いて!」
「ン————ンッ 動いて! 動いてよーっ」
動くはずもない大岩を必死に動かそうとするアーニャ。
つい数分前までは、レイバンの端にしわを寄せ笑顔さえ見せていた男が自分を助けるために岩の下敷きになってしまった。あまりにもの短い時間の出来事に、その現実を受け入れられない。
(ついさっきまで、一緒に露店を歩いたじゃない。お肉も食べたばかりじゃない。どうして? ウソよ! うそよ! うそよ! あああああああああああ————―)
歯を食いしばり、動かない岩に奇跡を信じるように両手を突き付ける。
柔らかい少女の手の平は皮がすり剥けようとも、小さな女の子には其の大岩は大きすぎた。
其の足元には無常にも大岩の下から血が黒く広がりだしていた。
陽も傾きだしたプラディアの丘の上、小さなアーニャはたった一人、大岩を押し続けている。
ジョニアスアンダースン、此処プラディアの丘に死す。
夕暮れの鎮魂
リタを連れた隼人たちは、ガイアスの屋敷に居た。
「親父、この娘リタを研究所の医療施設に移したい。手伝ってくれないか」
隼人は、意識の戻らないリタを腕の接合と共に、魔人ベベルから受けた毒の解毒が出来ないか考えていた。
「この娘の首筋に広がる黒い染みは毒だけではないぞ。多分ベベルの呪詛、呪いのようなものが、毒に書き換えられている。呪詛を掛けたベベルを倒してからでないと、解毒は出来ないかもしれん」
(くそ! あの野郎か)
ガイアスは、研究所に受け入れ可能の是非を確かめた。マークのごり押しもあってすんなりと治療を受け入れてくれる事にはなった。
「だが、隼人。お前が連れていくとこは出来んぞ。多くの魔力を使い切ってしまうことになる。こちらでやらねば成らぬ事があるだろう。俺が、と言いたい処だが、魔石を失って此のざまだ」
これを聞いた隼人は、収納から魔石の袋を取り出した。
「これを使えばどうだ」
其れは、魔人ベベルに渡したと思われていた三袋の魔石の袋だった。
「あの時、あの野郎に渡す袋の中身を、落とし穴の土塊を収納した残りと詰め替えてやったんだ。あいつに渡したのは只の土嚢袋三袋さ」
「フン、だいぶ悔しがるだろうな。取り戻しに来るぞ。気を付けるんだな」
「これだけの魔石なら、俺が行こう。一つを手土産に研究所の魔法陣を魔力の少ない者でも転移が可能な様に作り変えてくる。リタは俺が連れて行こう」
「おまえは、アルトマンと組んでいる魔人ベベルを叩け! お前たちでは難しいだろう。貴族嫌いの男を紹介してやる。俺の弟子だったジャッファと組んでベベルを殺せ!」
と,其処へ髪を振り乱し、手を血だらけにしたアーニャが飛び込んできた。
「ジョニーさんが! ジョニーさんが!!」
陽の沈む穏やかな夕暮れ、プラディアを見おろす丘に隼人をはじめ、ガイアス.門番の老人.アーニャ.コートジオール辺境領の諜報員ベッケンハイムなどジョニアスを知る面々が集まっていた。
アーニャの血相を変え、助けを頼む言葉に、駆け付けた隼人とガイアスだったが、ガイアスの明らかに手おくれで助けることは出来ないと言う決断に、隼人も岩の下の変わり果てたジョニアスの亡骸を見ることが出来なかった。
ジョニアスの死が、恐ろしかった
あれだけの丈夫そうな男があっけなく死んでしまった。
(……だめだよジョニーさん。上司がいなくてどうすんだよ。俺一人でどうしろってんだよ。)
結局、岩はそのままにジョニアスの墓標となることになった。
アーニャは、森に咲くあらん限りの花々を摘んできた。花束を岩の前に捧げる。
隼人が、手を合わせて頭を垂れる。それが異世界の故人を送る礼儀なのかと皆が同じように手を合わせる。
(……ジョニーさん死ぬには早すぎですよ! 現代に帰って大金持ちになるんじゃなかったのですか!? ソフィさんは、待っているソフィさんはどうするんです。無念があるんでしょ? 魔法の国、異世界なんだから蘇って来てくださいよ!! それまでは、この場所で俺たちを見守っていてください……)
隼人は、自分の知らない所でいきなり死んでしまったジョニアスに怒りにも似た心情で手を合わす。死んだという事が納得できない。しかし無理にでも自分の気持ちにジョニアスの死を受け入れなければという気持ちが混じりあい、静かに手を合わせるその姿と裏腹に心は大きく揺れ動いていた。
隣で手を合わせるアーニャも、
(ジョニーさん、アーニャをいつも守ってくれてありがとう。此れからも、アーニャを此処から見守っていてね。アーニャが必ずジョニーさんの仇を取る)
傷だらけの合わせた手を握り拳へと変える。
ガイアスも、かって自分を兄の様に慕ってきた武骨な男を思う。
(フフ、ジョニーよ。傭兵として生きてきた男の最後にふさわしい死に方じゃないか。年老いてベッドの上で死なずに済んだな。ジョニー、戦いの中で死力を尽くして死ぬ。お前らしい死に方だ。あの世で鬼を相手に銃を撃ちまくってやれ)
隼人は、落ちていたコルトバイソンを拾う。
最後の仕事をしたのかチャンバー内には弾はなく、銃身は折れ曲がり、銃としての使命は終えている様に思えた。
AI.イージーが起動してくる。「ピコン! 隼人、その銃を収納してください」
AIがコルトの収納をうながす。隼人は、言われるままにコルトの周囲を赤い線で囲んだ。
「隼人、コルトのバレルに高純度の魔石からできた新素材がコーティングされた弾丸の痕跡が残されています。魔力などを使った障壁などの破壊に有効だったのかもしれません。コルトを改造してチャンバーに込めた弾丸はすべて此のメタルジャケットを施す様にしてみます。再構築した新しいコルトバイソンジョニアスの形見、隼人が使ってください」
隼人の手に、今までの美しい青光りしたバイソンとは違い、黒い闇の様な艶消しのコルトが現れた。
「新しいコルトは、その時々の隼人に必要な性能を持って構築して出現させて見せます」
ジョニアスの仇を取りたいと思う気持ちに反応したのか、それは禍々しさを感じさせるような黒い銃だった。




