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マヌーの憂鬱

 

 (うら)らかな陽気、小高い岩山の上で昼寝と洒落こんでいた森の主、マヌー。

 この大虎の邪魔をするものなど此の森にはいない。すべての獣が人間たちが、その力を畏怖し気高い姿に恐れおののく森の覇者。


「ズガーン!」


 静寂を破り、遠く泉のほとりの古代セコイヤの最も高く伸びた一本が消し飛ぶ姿が遠く離れた地でも、目に飛び込んできた。

 それは、大きな力を見せつけ森の王への挑戦とも受け取れる。


(ナンジャ、また儂の森にちょっかいを出しに来た馬鹿者か? バスク幽谷の赤頭が来た時には、村の娘に思わぬ助太刀を貰ったが、めんどうだの~)


 バスク幽谷の赤頭熊との戦いに手傷を癒していたマヌーは、めんどくさそうに立ち上がった。


(追い払いに行くとするか)


 のそりと歩を進めると岩場から眼下に広がる森に向かい大きくジャンプした。


 マヌーは、巨体にもかかわらず音もなく森の中を疾走する。隠匿を得意とするその姿は、気配に敏感な森の小鳥たちでさえ気づかずに(さえず)りを続ける。木漏れ日は、マヌーの縞模様と同化して巨獣の存在をごまかしている。小春たちが、休息していた泉の(ほとり)へとやってきた。


(んんっ? この匂いはあの鎧の娘ではないか。それに此の魔法の痕跡(こんせき)。甘い子供の匂い? 何者じゃ)


 マヌーは、小春たちの跡を静かに追う。

 しばらく走ると森の中をワイワイと賑やかに歩く子供たちの姿が目に入った。


(あのデカい魔法を放ったバケモノはどこだ?)


 三人の周りに潜んでいるバケモノを探す。魔力の根源を探す。


「!!」 (なに! あの小さな子供から感じる!)


(あの魔力の波動は!?……巨人.巨人族! しかし小さい。親が近くに居るのか。)


 マヌーは辺りを(うかが)う。

 鳥のさえずり、木々を揺らす風の音、遠くに動物たちの気配はある。鋭敏なマヌーの気配察知にも、この三人以外は感じられなかった。思いがけない巨人の波動、それは懐かしさを引き出した。久しぶりの巨人の波動を感じて昔を思い出す。忘れもしない温かい炎が胸の内に蘇ってきた。もう500年ほど昔になる。

 子供の頃、闊達(かったつ)なマヌーは親.兄弟たちとも(はぐ)れた所を大鷲に(さら)われてしまった。其処へ,狩りに来ていた女の巨人族に大鷲を仕留めたついでとばかりに助けられたのだった。其処からは、女の家で飯を(もら)い、大きくなるまで共に過ごした。

 体は、大きかったがマヌーにはやさしい女だった。可愛がってくれる女にマヌーも心からの愛情を示した。大好きな主人と共に過ごす幸せな日々だった。

 一緒に,狩にも出かけ可愛がってもらった。

 その見上げる様な巨人の女と目の前の小さな女の子の姿が、なぜか重なって見える昔の哀愁に浸りながらも、草木に隠れ一行を尾行する。


(巨人族と言えば、ドラゴンの眷属と聞く。主の家で昔出会った事がある。恐ろしい老人の姿だった。この森であの娘に何かあったらこの儂が、ドラゴンの責め苦にあうのではなかろうか。まずいのお)


 そうこうしている間に、森の木は(まば)らになり草原になってくる。


「!!」 


 マヌーの鋭い気配察知が警告を告げる。木々の途切れ、身を隠す場所のない草原をテリトリーにしている捕食者。


(くそめ! ワイバーンがいるではないか)


(儂がこの姿のまま現れれば、皆も驚いて走る。ワイバーンの狩のいい餌じゃ。近くに居れば、ワイバーンも寄っては来れんのだが。どうした物か)


(儂の沽券に係わるが、ぐぬぬ。仕方がない)


「にゃーお」


 木々も途切れ、マヌーの森から出ようとする所で、小春の前に一匹の茶トラの模様の猫が飛び出してきた。


「あっ! 猫、こんな所に猫ちゃんハッケーン。おいで~」


 小春が,屈んでよしよしと誘う。


(ぐぬう……この儂が屈辱だわい)


「さあ、おいで~ 怖くないよ~」


 仕方なしに、マヌーは小春によって行く。


「にゃ~」


 ウルが、乾燥肉を取り出すと肉を左右に振る。


「おいしいよ、あげちゃうよ~おいで~」


「ああーっ ウルっちゃん、ずるい~。あたしもやる」


 小春は、近くの穂の付いた草を千切ると茶トラの前でユラユラと振る。


「ホ~れ! ほれほれ」


(なナンジャ! それは儂の前にそんなものを出すんじゃない! …うっ! コノコノ!)


 マヌーの条件反射は、体が勝手に目の前の草の穂を追いかける。小さくなった体に、老獪なマヌーも精神が引きずられたのか子猫の様な反応を示してしまう。

 肉のジャーキーにかぶりつく。


「むにゃにゃ、むにゃ。にゃむううにゃ」


 つい、喜びの声を発して乾燥肉にかぶりついてしまった。

 さっと、そんな三人をおおきな影が覆う。


「あっしまった! つい釣られてしまったわい」


 ワイバーンの爪が、がっしりとマヌーを掴むと大空へ舞い上がった。


「ええっ儂かーい! この間抜けワイバーンめ」


「きゃー 怪物―っ ね猫ちゃーん」


 ウルと小春、ソル達は、思いもかけず一瞬で空から現れたワイバーンに度肝を抜かれた。


 小春が、ファイアーボールを打とうとする。


「待って、猫ちゃんも消し炭になっちゃうよー」


 ウルが、大剣を投擲しようと構えたその時、「スパン!」とワイバーンの首が跳ね飛んだ。弧を描いて落ちてくる。

 ワイバーンに抱えられながら、マヌーは語りかける。


「おぬし、誰を狩ったつもりか? 解っておるのか」


「ヒャッハーッ 旨そうな子猫だぜい。すぐにオイラノ腹の中だ」


 ワイバーンの念話が聞こえる。マヌーは、やれやれと思いながらため息をつく。

 無防備な目の前のワイバーンの首元へ幻影の様な巨大な鉤爪をふるった。



 草原の真ん中で。じっくり遠火で大きな漫画肉の骨付きの塊が四本、ジュッと時々油を滴らせながら旨そうな匂いを振りまいている。


「うまそ~早く焼けないかな~、これ全部たべていいんだよね」


 小春が、よだれを垂らしながら漫画肉をくるくると回す。


「ワイバーンだよ! ワイバーン 空から首の取れたワイバーンが落ちてきたんだよ。どんだけラッキーだよ」


 その手には、美しい濃いピンク色の魔石が輝きを放つ。ソルは、またしても巨大な魔石を手に入れてホクホク顔が止まらない。足の一本を焼肉にすると魔石を抜いたワイバーンはソルの魔法で収納袋へとしまい込まれた。

 小春が、待ちかねて。


「お姉ちゃん、もういいんじゃない」


 ウルは、岩塩を取り出すと小春の漫画肉に振りかけてやった。


「うわっ おいし~肉汁があ~滴る。此の岩塩がまた油の甘さをひきたてるねえ。スモークしたベーコンみたいな味がするよ」


 三人は、満足げに大きな肉にかぶりつく。


 マヌーも自分の分が回ってくるのを今か今かと待っている。

 ウルが最後の一本を焚火からマヌーの前に差し出す。


「あっ猫ちゃんには、御塩はかけない方がいいか?」


 岩塩を仕舞ってしまった。

 マヌーの目が「エッ」と開かれた。


「おーい! 儂のにもかけんかーい」


「………………」


「……エエエッ! しゃ喋ったー!?」


 驚く三人の目が、マヌーに注がれた。


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