深山…モッコウ!隼人くん
晴天が何日か続き、山の積雪もだいぶ溶けて歩きやすくなったと思われていた。
かんじきを履いた門番の爺さんを先頭に、隼人たちはプラディアの街を目指して山道を進む。
「この分だと、4日はかかるかもしれんのお」
歩きやすくなったとはいえ、山間の木陰にはまだまだ降り積もった雪が行く手を阻んでいた。
其の度に、隼人は魔法を出し、爺さんを背負いジョニアスと共に飛び石の上でも駆けるようにして通過して行った。
ジョニアスが尋ねる。
「そうか、やはりこの雪ではまだ早かったか。爺さん無理を言ってすまんな」
「なに、たまにはワシも街の喧騒に触れてみたかっただけよ。当分はガイの屋敷にでも泊って街の見物もいいもんだ」
「プラディアの街は、わしらの村のあるマヌー(大虎)の森の先にある大森林から湧いてくるバケモノたち魔物たちを王国へ遮るためにできた街じゃ。
魔物達からとれる素材に引かれてギルド組合も国でも一番の稼ぎどころよ。
力自慢や腕自慢の荒くれが集まってなかなかの繁盛を見せてくれとる」
「最近では近場の森の支配者にでっかい大虎が住み着いて厄介な魔物も寄り付かなくなったがな。冒険者どももマヌーを避けて大森林にまで足を運ぶようになったと聞く」
「人にも、危害を加えんし、あまりにも強いもんでなギルド組合でも討伐は様子を見ると言っておる」
「わしらにとっては、森が安定していい事じゃ」
また此の老人は、王都でマーマリアが一時、宮使えをしていた時の屋敷の門番をしていたと言い、マーマリアが蟄居することになり、この辺境に附いてきたのだという。
王国、ローデン王国を治める現国王はゲオルク.フリート.ローデン。
その首都ラウデブルグは、此処から馬車でもひと月半の道のりで、湖の畔に広がる美しい首都だという。
内陸部に有るこの国の西側には僅かに海に面し、そこから海岸伝いに北に広がるのが友好国でもあるアルフヘイム皇国。
そのアルフヘイムとローデンの北は寒く人の住むにはきびしい荒れ地が広がっている。
小さな部族が連盟を創りわずかに助け合って暮らしている。
南へと目を移せば、南海への土地を塞ぐように南の海岸沿いに広がる港街で首都のあるアルタラス王国。
此処と昔から領土の取り合いで揉め事が尽きないとの事であった。
そして東の端にあるこのプラディアの街、大森林を背に控え更にアンナブルーナの山脈も遠く北東には望める。
大森林やアンナブルーナには、亜人族という人間とも多少の交流のある変わった姿の者達も住んでいるという。
王都で長年暮らしていた爺さんの話で、この異世界の土地勘が大まかにではあるが其の情報を得ることが出来た。
隼人は思う。
(——いったい、この世界のどこに小春はいるんだろう)
(——転移は早々あるもんではないと聞く)
(——親父の関係者から先に当たって行くしかないだろうな)
(——意外と親父も情報を掴んでいるかもしれない)
雪山を覆い広がる真っ青な空、空気は澄み渡り凛とした情景が広がっている。
その遠くには、碧い山脈がまるで幻のように幻想的な姿を見せるアンナブルーナ。
その峰々の一つに隼人は、なぜか吸い寄せられるように眼を留めた。
「どうした隼人。異世界の山々も美しいもんだな。ネパールの山脈にそっくりだ」
ジョニーさんも横に並び立ち、神秘的な蓬莱の山脈を眺める。
「きれいですね。この世界にも神様がいて僕たちの事を見つめているのでしょうか」
「そうだな。此の世界では、俺たちは異物だしな。やさしく微笑んでくれるか。それともドラゴンでも差し向けられるんじゃないか? ハハハ」
明るい陽射しにレイバンが光を反射する。
その口角は楽しみで仕方がないとでもいうように吊り上がっている。
「ハハハハッ そうですね。ドラゴンでもなんでも楽しんで会いに行きましょう」
隼人たちは、その日は早めに雪の少ない雑木林で簡単なテントを張るとビバークすることとなった。
隼人たちの焚火も消え、辺りは満天の星空を残して暗闇が覆う。
夜空を覆いきれない粗末な布の端から隼人は夜空を眺めた。
星の明かりが遠くアンナブルーナの稜線を境に輝く夜空と真っ黒な地を隔てている。
その隼人が、何となく眺める峰の一つから遠く隼人たち一行を見おろす眼光があった。
生命の存在を拒絶するかのような激しい環境の山頂に佇み、月の光だけがその威厳を映し出す。
巨大な被膜の付いた翼でまるでコートのように体を包み、その合間から黄金のまなこが鋭いまなざしを隼人たちに向けていた。
遥か彼方の空間を隔てて、隼人とドラゴンは向かい合っていた。




