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小春ちゃん…異世界へ行っちゃったってよ。


 泉にまで、転移した二人は顔を合わせると麻の貫頭衣を着たまま滾々(こんこん)と湧き出る清水に飛び込んだ。


「冷たーい! 生き返るよ。さっきは、すごい所へ出ちゃったね。でもマヌーが勝ってよかったよ。村には危険がなくなるし。すごい魔石までマヌーにもらったね」


 泉に浸かるソルの手の中で、オレンジ色に輝く半透明の拳より一回り大きい魔石が輝いている。


 ウルが、滴る服の(すそ)をギュッと絞ると岩の上に座る。


「その魔石、どう使うの? すごい魔力詰まってると思うよ」


「ウル、実は魔法陣が発動するたびに、マーマリアが作った沢山の転移する場所の候補地が見えるんだ。その一つに師匠が異世界の地に刻んできた転移のための座標を刻んだ場所が一瞬だけ見える」


「ええっ 異世界が見えるの! どんな所なの」


 ソルの意外な告白にウルは、興味が高まり聞き返した。


「うん、いつも家の中でいつも明るい部屋に俺たちと同じくらいの男の子と10歳ぐらいの女の子が映るよ」


(あれは、間違いなく師匠の子供たちだ。魔石を無くしてもう異世界へは渡れなくて会っていないんだろう。疲れも見えるし、今は王都への出張も頻繁にはいけないから、まだ帰ってこれないな。無理しなければいいけど)


(子供たちを会わせれば力が蘇りはしないだろうか。元気を取り戻すかもしれない)


(この魔石があれば、俺でも異世界へ転移してあの子たちを連れて来れるはず!)


 ソルは、偶然にも手に入れた魔石を手に異世界の情景を思う。

 何よりも思い焦がれていた異世界へと向かうチャンスが転がり込んできた。


「ウル! 修行中の俺でもマーマリアに貰った転移の書のお陰で術を使うことには問題がない。そして偶然だけど大きな魔石がここにある」


「元気のない師匠の為にも、子供たちを連れてこよう。合わせてやろうよ! この魔石を使わせてくれ!」


 ソルは、魔石を突き出しウルに頼んだ。

 ウルは目を見張る。


(師匠の子供たちだけど、会った事もない異世界の住人、何て説明をするつもりだよ。ソル。師匠に断りもなく勝手にそんな事は許されないよ)


「駄目だよ! ソル! そんな勝手な事は。やるなら師匠に聞いてからにしようよ」


 ソルは興味深々に、すぐにでも賛同してくれるものと思っていただけにウルの(かたく)な反対する言葉に失望する。

 ウルの反対を押し切ってまで、行動する勇気はソルにはない。


(仕方がない。プラディアまで飛んで、師匠が帰るのを待つとするか。一時(いちじ)は、異世界への転移のすばらしさを教えてくれた師匠だ、魔石とマーマリアさんの転移の書があるんだ、行かせてくれるさ。うん! 焦ることはない。プラディアへ帰ろう)


 プラディアへ向かう転移陣を発動させると、二人の姿はオレンジの光の終息と共に消えていった。





 アルフヘイム皇国の魔導士ベベル、その男は、ガイアスに魔物転移陣を破壊され、ガイアスの動きを封じる策として、その家族を拉致しようと企て動いていた。

 ガイアスの留守を狙い、プラディアにある屋敷に侵入したものの、ガイアスは噂どおりに独り身なのか人気のない屋敷だった。


(うっ 魔法の波動!? 何者かがこの屋敷に一息に現れたぞ。転移か? ガイアスが帰ってきたとしたら、厄介だな。奴は、戦闘を得意とする魔導士。何の準備もない死霊術師の俺では、分が悪い)



 ソルとウルは、その大熊の魔石の力を使い一息にガイアスの屋敷へと帰ってきた。

「フウッ 一番の距離を転移したけど、ダイジョブだったね。さすがにこの大きさの魔石だとゆとりがあるね」


 ソルは、地下室の転移の間から出ると、上着に着いたホコリを払いながら、ウルに語り掛ける。


「とりあえず、お腹が減ったから食堂へ行こう。(まかない)のおばちゃん、夕方にならないと来ないだろな」


 地下室から上がって来る二人に気が付いたベベルは、二人の会話から転移陣が地下に作られている事に気が付く。

 二人をやり過ごすと、たった今ソル達が使った転移の間へと降りてきた。


 一方、食堂のソルとウル。

 戸棚をあさるソル、珍しく眉間にしわを寄せ、何かに気が付いたのか、慎重に辺りを伺うウル。


「ソル、静かにして。何かおかしいと思わない?」


 ソルは辺りを見回し、何時もと変わらぬものの配置、無くなったモノなど気になる所もない。

 動きを止め、静かに辺りの気配を探る。


「匂うよ! 感じない? (まかない)のおばちゃんなら、食べ物の腐るまで置いておくはずもないよ。生ものなら収納庫へと入れるはず」


 匂いに敏感なウルが、鼻をひくつかせると、元の廊下へと出た。

 匂いは、自分たちが今通ってきたばかりの地下室へと向かう廊下へと繋がっている様に感じた。


「さっきまで、廊下にこんなすえた匂いなんて残ってなかったわ」


 死霊術師のベベルの服に僅かに染み込んだ腐敗臭をウルは感じ取っていた。




 ベベルは、地下とは思えないくらい明るい魔石を壁に埋め込んだ階段をおりるとその扉を開けた。


(ふふっ これか…家族の元へと通じる魔法陣と言う訳か? 魔導士らしい用心の仕方だな)


 ベベルは、転移陣に立つと魔力を流す。オレンジの輪が床からせり上がってきた。

 取り囲むその壁面に、様々な行く先の光景が浮かび上がった。

 その一つに見慣れない部屋の光景が目についた。

 眩しいくらいの明るい部屋で、見たこともない魔道具の前で子供が踊っている。


(これか!? ガイアスの娘か……しかし変わった部屋だ。嫌な予感がするが)


 ベベルは、その眩しい転移の先へと足を踏み入れた。



 ベベルが転移しようとする瞬間、匂いを追って二人が転移の間へと入ってくる。


「誰だ! あいつ。師匠の子供たちの部屋へ転移しようとしているぞ! 」


「侵入者の賊だよ! 師匠の子供たちが危ない! 私が後を追うよ! ソル、魔石と転移の魔術を私にかけて! 」





「ドン!」転移の完了と共に込めていた魔力が一気に拡散し、小さな破壊を周囲にもたらした。

 部屋の内部に(しつら)えていたのだろうか転移陣から外側は、めちゃくちゃに壊れて、以前の部屋の様相をすっかりと変えていた。


(うっ なんだ? この空間は、魔素が薄い? いや全く感じない。まずいな。我が体内の魔力が無駄に放出されてしまう。急がねば)


 転移陣を立ち上がらせているベベルの魔力が、魔素の無い現代の大気の中では無駄に放出され続ける。魔法に使われる魔力の効率が極めて悪いことにベベルは気が付いた。

 周りには壊れてはいるが、興味深い魔道具がひしめいている。

 興味は尽きないが、この空間にとどまる時間が僅かしかない事に気が付いた。

 見たところ、ケガの様子もない気を失っている娘を小脇に抱える。


 その時、物音と共に少年が叫びながら飛び込んできた。


(此奴もガイアスの息子か? 連れて行きたいところだが、此れでは一人が精いっぱい)


 通じない現地の言葉を発しながら、掴みかかってきた所を(かわ)し、更に起き上がった所に剣を突き立てた。


 が、

 その体内から、驚いたことに短剣を突き返す剣の切っ先が伸びてくる。

 その少年の体から、一瞬現れた様に見えたのは、ベベルと少年の間に転移してきた巨人へと変化したウルだった。


 魔素の無い空間にいても、圧倒的な魔力を解き放ちながらその体躯を維持している。剣を交えただけで、今のベベルとの力の差が伝わってくる。

 あっという間に剣を弾き飛ばされてしまった。


「巨人! ガイアスの手のモノか。娘は預かった。私はベベル、この一件から手を引けと伝えて置け。娘を人質に取るのは、私の本望ではない。かかわりを辞めるなら、すぐにでも返してやる」


「…………」


 巨人が何かを言っているが、ベベルは既に娘を抱えて転移の術を唱えていた。


 異世界セラへと通じる一筋の光の中でベベルは、肉体を失い、自らの魔力だけに包まれただけ意識体だけの姿になりながらもその意識を持ちこたえていた。

 僅かずつだが、転移の際に感じている別の異変に気が付いた。


「なんだ!? 意識を失っていたはずの小娘の意識体に、我の魔力が引き抜かれている!? …………まずい!! 魔力を持っていかれる! 何者なのだこの娘」

「魔力の不足でセラの大地へと転移が叶わない! 異世界転移が此のままでは失敗する。 この異空間に閉じ込められるぞ。どうする?」


 堪らずベベルは、イメージとして小脇に抱えていた小春の体を突き放した。自分だけの体を異世界セラのアルフヘイム王国へと向けて転移の呪文を口にする。


 異空間の光の中で小春を取り残し、離れていくベベル。

 意識はないものの、魔導士ベベルの魔力を十分に奪い取ってしまった小春は、現代の屋敷とプラディアの屋敷間に設置された転移陣によって引き付けられるように異世界セラへと光の中を運ばれていった。


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