貧民街の勇者
「誰だ! てめえ」
男は、傍らにあった棍棒で身構える。
暗闇で一つの眼だけが鋭く光る。隻眼の男ガルシアは、油断なく身構える。
慌てて、少女が声をかけた。
「ガルシア! あたいだよ。リタだよ。この黒獅子の男は悪い奴じゃないよ」
「リタ! お前か 見知らぬ男たちに掴まって連れ去られたと聞いたぞ」
ミランヌが詠唱をして近くの油皿に火を灯す。
面識のあるはずの顔役の男は、マスクを取らないジャッファをじろじろと見つめる。
「んっ! おまえ、ジャッファなのか」
ジャッファは、手で制すると言葉を止めさせた。
「今の、俺はその名で呼ばないで欲しい。俺はたった今、代官の屋敷を襲い、金品を奪い、この娘たちを攫ってきた。すぐにでも衛兵に手配を受ける身になる。だから此のマスクで黒獅子とでも呼んでくれ」
「このリタというのか、この娘はミランヌさんや街の商家の娘と共に代官の屋敷に掴まっていた」
「頼みがある。リタは、もともと此のスラムの娘らしいがミランヌさんをどこか目立たないところで匿ってはくれないか。もちろん費用は俺が出す。ほとぼりが冷めるまで、此処の領主が王都から帰ってくれば探しはしないだろう。今の代官が王都に戻るまででいいんだ」
「まって! ジャッ…… いや黒獅子さん。どこに住んでいるか知らないけれど私はあなたについていく。あなたが、何をやりたいのか解らないけれど、あなたの為に手伝いたい。一緒に居させてお願い」
ミランヌは、すでにジャッファの気持ちは痛いほどに分かっている。小さい子供のいる自分の身ながらもジャッファと共に居たいと思う気持ちは同じだった。
「……人の住める様な所では、無いんだ。獣が潜む森の中の洞窟だよ……それでも付いてくるかい」
ジャッファは、うれしかった。ミランヌの身の安全を考えれば到底、森での暮らしなど一緒になどと誘えなかった。獣や魔物相手には、数々の場数も踏んで強いジャッファであったが、森でたった一人で暮らしていることが苦しかった。
己の弱い面をさらけ出すようで心苦しかったが、ミランヌの森での暮らしを快諾してしまった。
「ガルシアさん、聞いた通りだ。ミランヌさんの一件はこちらで何とかしよう。
内密の話だが、ごらんの通り俺は、たった今代官の屋敷を襲ってきた。女達を
攫い、金も掻っ攫ってきた」
ジャッファは、袋から100枚の金貨を目の前に積み上げた。
「1000万ルダの金がある、これでスラムの人たちの食い扶持になるような仕事を作ってくれないか。もちろんあんたの日雇い人足の派遣の運転資金に使ってくれていい。それで儲けが出たならまたスラムの為に使ってくれ」
「あんたが、このスラムのために走り回っていることはみんなが知っている事だから、あんたを信用して頼みたいんだ」
ガルシアは、なにかとんでもない事に巻き込まれたと、目を瞑っていたが覚悟
が付いたのか、目の前の金を布切れに包んだ。
「ああ、わかったよ。この悪鬼ガルシア.黒獅子の片棒担がせてもらう。元々死んだつもりで泥に這いずり生きてきたんだ。今更、何処にも落ちようがねえ!
この金も元はと言えば、市政で使われ。領民のために使われるはずの金だ。遠慮なく使わせてもらうぞ」
「ああ、ありがとう。何かと面倒ごとを持ち込むことになるがよろしく頼む」
ジャッファは、マスクを外すと面倒に巻き込んだ男に、深々と頭を下げた。
「フン! 長生きしたいなどとは思わねえが、お互い死なねえ程度にほどほどにな」
口では、悪態をついたガルシアだったが、代官の貧民街への風辺りに苦々しく思っていた所へ、今回のジャッファの事件は、清々しさを感じさせるほど留飲を下げる事となった。以前のジャッファの行動もガルシア達スラムの人々にも支持されていたことで新たな絆が出来上がったようだ。
「それじゃ、そろそろ俺たちは行くよ」
ジャッファとミランヌが腰を上げる。扉を開けようとすると、声がかかった。
「待って、あたいも連れて行っておくれよ。此処で見つかったらまた連れ戻されるし、ガルシアさんが疑われてしまう。それにあたいも、強くなりたいんだ。あたいを弟子にしておくれよ。なんでもするから」
ジャッファは困ったように。
「森は、危ないところだぞ。獣に食われても知らないぞ」
「あたいは、魔力も多くて冒険者になりたいんだ。この力を存分に使えるようになりたいんだ。頼むよ。弟子にしておくれ」
ジャッファは、あの日の事をその言葉で思い出した。
人よりわずかに魔力を持ち越せることで思い上がっていた子供の頃。
村の若者たちと村に被害を与えた狼を追って山に分け入り、襲われていたソル達を助けようとして殺されそうになったところを寸での所、師匠に助けられた。
今、目の前のこの娘は、あの時の自分じゃないか。
(マーマリアさんが、いたら弟子にしておやりと言うんだろうな)
フッとわずかに口元がほころぶ。
「死ぬかもしれないぞ! 簡単なことではないんだ。それでもと言うなら附いてくればいい」
「やった! ありがとう。師匠! 冒険者からいつか偉い魔導士になってやるよ」
「アハハハ」
その言葉を聞いて、全く同じセリフを吐いたリタの言葉に、思わずジャッファは笑い出した。リタも一緒に合わせて笑い出した。
ジャッファは、ミゼルの店へ寄りミランヌとリタ、森での生活に必要なものを用意してもらった。店で荷車を引かせるために飼っていたロバを譲ってもらう。
手綱をひいて暗いうちに、プラディアの街を出た。
二人には、疲れたら交代でロバに乗ってもらい、一人は歩いてもらった。
夕暮れには、早めに安全そうな場所を見つけては野営をする。住処にしている洞窟までは、女の足でロバを引いて五日もの日にちを歩き続けた。
目印の小川の滝が、見えてくる。
「あそこだ、滝に繋がる崖の下に浅い洞窟があるんだ。そこを今は根城にしている」
どんな所だろうと、リタが駆けていく。入った途端に穴の方から、絶叫がした。
(しまった! 熊でも入り込んでいたか)
ジャッファが、洞穴に飛び込むとリタが苦しそうに鼻をつまんで出てきた。
「臭い! なにこれ酷いにおい。ミランヌ姉さん入らない方がいいわ」
生皮を剥いでそのままの毛皮や、大虎にやられた時に潜伏していた時に食い散らかした生肉の残骸がそのままで凄まじい悪臭が立ち込めていた。
リタが、非難の目でジャッファを恨めしそうに見る。
「師匠! ミランヌ姉さんをこんな所へ迎え入れるつもりだったんですか!? あたいは、いいですよ。スラムで酷い所は慣れていますから! あたいは、いいんですよ! 洞窟住まいでもなんでも、でもこれはあんまりですよ!」
リタは、自分は大丈夫なのだがと繰り返し非難の言葉を繰り返す。
そのたびに、なんだか悪い気が増して追い込まれるジャッファだった。
ジャッファも、傷を癒すために野生の獣のように身を潜めるのに精いっぱいでそのまま放置していた洞穴が、ここまで悪臭に塗れているとは考えも及ばなかった。
「アウウウ……これは、えーとまだ此れから掃除をして少し整えねばならんな」
若い娘の正論の勢いに飲まれアタフタとしてしまう。
そこへ、ミランヌが助け船を入れてくれた。
「リタちゃん! しょうがないのよ。 無理を言って何もない森の生活に押し掛けてきたのは、私達だもの。これから少しずつ、暮らしやすくしていけばそれでいいのよ」
「まずは、中の物を捨てて掃除からね」
「ソウデスネ、あたい、生活の魔法と土の加工の魔法が少し使えるんです」
リタが、洞窟から少し離れた所へ深さ1メートルほどのゴミ捨ての為の穴をほった。ジャッファは、洞窟内のごみを収納袋にすべて詰めると、そのゴミ捨ての穴に捨てて土を戻す。
そして、風の呪文の魔法陣の書かれた羊皮紙に魔力を込めると洞窟の奥に飛ばして中の空気を入れ替えた。
「なにか、小さな屑魔石でもあれば明かりの魔法が使えるから、洞穴の明り取りにいいのだけれど」
ミランヌが、ジャッファにたずねる。
「ああっ いいモノがある! 屋敷から持ってきたモノに魔石があった」
ジャッファは、屋敷から掠めた魔石の中で小さなものを取り出すと、石の上に置き剣の柄で叩いた。ルビーにも似た赤色の三粒に割れた魔石を差し出す。
「すごい! これ魔力の保有量の多い最高の石だわ。なんだか勿体無いけど使わせてもらうわ。これなら光量を落とせば何年でも光り続けるわね」
ミランヌが手にした途端にその石たちは、自ら色を変え白く輝きだした。
洞窟内の三か所の壁の窪みにそれらを置くと。まるでLEDの輝きのように隅々まで明るく照らし出した。
リタが、手を叩いて喜ぶ。
「スゴイ! 明るい! 今度は、あたいの番だわ! 姉さん見てて!」
リタが永い魔法の呪文を唱えだすと、洞窟の奥から段々と床が平らになってくる。むき出しの土の地面に、石を磨いたような光沢を持った固い床がゆっくりと広がってゆく。入口のところで緩い傾斜をつけて外に向かって下がっていく。
「ハアハア…………」
リタは、終わった途端に粗い息と共にへたり込んでしまった。
「リタちゃん、すごいわ! すごい魔法使えるのね! 明かりが床に反射して凄く綺麗」
女子二人の、魔法でジャッファの魔物の巣の様な洞窟はすっかり美しい床に煌びやかな明かりの灯る生活の場へと生まれ変わった。
最後に、ジャッファが入口を塞ぐように作った木枠に岩トカゲの皮を張り付けて、周りの岩場と同化したカモフラージュのドアを取り付けた。
「とりあえず、これで後は少しずつ変えていきましょう」
ミランヌが言うと、ジャッファは購入してきた三人分の寝具をベッドがないために洞窟の奥にと袋から取り出し置いた。
三人が、仮の住まいとした此の洞窟を中心に開拓の村が始まるのだった。




