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潜入するジャッファ!

 

 暗くなった代官の邸宅の庭の置石が、少しずつ移動していく。岩トカゲの擬態の皮で作られたマントを頭からすっぽりと被り、座り込んでいると、周りの庭石と同化して同じような庭石にしか見えない。薄暗さも手伝って其れに気がつく者はいない。


 一時は、諦めていたジャッファであったが、ミランヌの事を思うと堪らずに、奪い返そうと、代官の屋敷へと潜入していた。今夜は、代官は街の有力者たちとの会合で出払って留守にしているとの情報を得ていた。それに伴って、警護の者たちも代官の身辺警護に回り、屋敷の警備はおろそかになっているだろうと、この日を狙って潜り込んだのだった。


(何処に監禁されている)


 庭までは潜り込んだものの、建物の明かりが代官の屋敷とあって煌々と垂らされ侵入するタイミングを計りかねていた。


 一人の警らの男が、植え込みの陰に石となり擬態したジャッファに近づいてくる。


(チッ 見つかったか? この岩トカゲの擬態に気がつくとは……)


 男が近づいてくるが、ジャッファは動かない。ぎりぎりまで引き付ける。

 剣の鯉口を静かにきる。


 擬態の石に不自然さを覚えて近寄ってきたのかと思ったジャッファだったが、なにやら男の様子がおかしいい。男も、何やら辺りをキョロキョロとしだしたかと思うと植え込みの陰のジャッファの石に向かって、ズボンを下げると『いちもつ』を引っ張り出した。


(この、馬鹿野郎!)


 ジャッファは心の中で罵ると、大剣の鞘をマントの下から男の股間に思いきり振り上げた。


「おぶっ!」


 体をくの字に折った所を、マントを振り払い飛び出すとみぞおちに拳を叩き込きこんだ。とっさに口を押えたが、どうやら気絶した様だ。


 植え込みに引きづり込むと、警護の制服と皮のつば広帽子を奪い目深に被った。思わぬところで、チャンスが向こうからやって来てくれた。落ちていた樫の六角棒を拾うと何食わぬ顔で屋敷の中へと入り込む。


(何処だ?)


 廊下を歩く。

 出払っているせいか人影がない。と、いきなり目の前のドアが開いて中年のメイドが掃除道具を抱えて出てきた。ジャッファは、皮の帽子を目深に被り直し、会釈して通り過ぎようとした。

 相手も、一瞬此方を見たが会釈して通り過ぎていった。


「ああああっ! あんた! ジャッ」


 振り向いたメイドが、素っ頓狂な声を上げそうになるところ、慌てて飛びつき口を塞ぐ。どうやら、ジャッファの顔を知っていたらしい。

 しかし、すぐに落ち着いて何か思い当たる事でもあったかのように抑えられた手をやさしくたたいた。


「ジャッファだね、分かっているよ。ミランヌなら隣の建物の離れにほかの娘たちと一緒に押しこめられているよ。助けておやり。あたしは誰にも出会わなかったしね」


「ミランヌさんを知っているのか?」


 メイドは、さも楽しい一場面にでも出くわしたかのようにウインクをすると内密にすると約束をして見送ってくれた。


 敷地の奥にある離れに向かう為一旦庭に出た。

 ジャッファは、一計を案ずる。


(留守中にミランヌさんや女達だけ攫いに来た盗賊というのも賊の断定がしやすくなるか。金目の物も頂いておくか)


 屋敷へと戻ると、二階の寝室か執務室と目星をつけるとまず執務室へと忍び込んだ。物取りと思わせるため、机や棚を派手に引きづりだす。

 書類と少々の金銭が机にあるだけで執務室は空振りに終わった。


 隣の寝室を探る。巨大なベッドが目に飛び込んでくる。次々と棚の物を床にまき散らした。こんな所へ、賊が入るとは思ってもいなかったのか開き戸の中には鍵の付いた箱が見つかった。ジャッファはクナイを取り出すと錠前に押し当て魔力を込める。


「パキンッ」


 簡単に錠前は壊れてしまう。書類と共に金銀の貨幣宝石類、そして魔石と呼ばれる魔力を保持できる石の大きな物が収められていた。

 領土全体の運営資金というには少なすぎる事から、これは新しく着任してきた代官個人の資産の一部なのだろう。書類は、のんびり読んでいる間もないため銭と魔石をいただいて収納袋へと押しこんだ。宝石類は、加工してあるものばかりで手を付けない。ジャッファは、自分の痕跡につながるものはないかもう一度室内を見渡すと寝室を後にした。

 建物から出て庭の警備を装いながら離れに向かう。


「オイッ! 待て。そこの衛兵」


(……しまった! 見つかったか?)


 振り向くと、そこにはスラムの火災の時に見かけたトマスとかいう小役人が此方へと歩み寄ってきた。


「おい! どこへ行く、離れの建屋は警護の必要はないと聞いているだろう。ん? お前、着任の面通しの時にいたか? 新しい衛兵と二人一組での警備はどうした?」


「…………」


 警らの通達の事など知らないジャッファの首筋に汗が流れる。


(……やるか?……)


 思い直す。適当に作り話をでっち上げた。


「ハッ! 施設衛兵オッペンであります。 昨日まで郷里へ帰っていましたので本日からの勤務になります。先ほど警備隊長様へと報告いたしました所、庭の警備を申し付けられました!」


「ちっ! 通達もまともにできてないとは、今までの衛兵たちはたるんでいるようだな! あとで警備隊長と共に顔をだせ!いいな」


「はっ! 了解であります!」


 風貌の変わったジャッファに気づかなかったのか、トマスはぶつぶつ言いながら西の木戸口の方へと歩いて行った。見送るジャッファも一息付く。

 物陰に隠れてから、トマスとまた鉢合わせしないように、少し間を置いて離れの建屋へと忍び寄っていった。


「はなせ! お前なんかの相手をするために此処に奉公に来たんじゃねえ! この小役人!」


「ええい! だまれ! 大人しくしろ」


「きゃっ!」


 小屋に近づくと、なにやら騒々しいい叫び声がきこえる。

 ジャッファが零れる窓の隙間から除くと年の頃十七.八の娘に先ほどのトマスがのしかかっていた。

 壁際の傍らには、怯えるようにミランヌさんともう一人若い娘の姿が見える。

 トマスの相手をしている娘は元気がよく盛大に暴れる。

 どうやら代官の、夜伽(よとぎ)目的で集められた女たちに、主のいない間につまみ食いをしようと此の小男はやってきたらしいい。男が一人、女が三人、他にはいないようだ。


 ジャッファは獅子のマスクをかぶり衛兵の上着を脱ぎ棄てた。

 大剣を扉と間口の間に振り下ろす。

 バキンと内から降ろされていた閂が吹き飛ぶ。

 クナイに持ち替えて勢いよく部屋へ飛び込むと、あらわな姿の女の上で小男が驚いたように固まってこちらを見ている。


「な、何者だ!」


 黒装束に獅子の面、異様な姿の侵入者にあわてふためき、ズボンも上げぬまま、脇においた剣を取った。


「クククッ」


 余りにも無様な姿に思わずジャッファの笑いが(こぼ)れる。

 驚き、怒り、羞恥様々な感情の沸き上がりに顔を真っ赤にして男は切りかかってきた。


「こ此の曲者(くせもの)―!」

 切りかかってきた勢いは良いモノの、下ろしたズボンに踏み出そうとした足が、引っ掛かり振り下ろす剣ごとジャッファに倒れ込む。


「ズッ」


 僅かに左へと身を(かわ)し、すれ違いざまにクナイを胸に差し込んだ。


「グヘッ」 「「きゃー」」


 断末魔のおかしな呻き声と女たちの声が重なる。ジャッファは、スラムでの経緯(いきさつ)いらいこのトマスは許すことが出来なかった。それに加え、目の前の女を犯そうとする暴挙は許せない。

 うつ伏せに、倒れた拍子にクナイが押しこまれるように背中から飛び出してくる。男はしばらく()()いていたが、やがて動かなくなった。

 ジャッファは、足で転がすと根元まで食い込んだクナイを引き抜く。

 黒装束に不気味な獅子のマスクの男が、血塗られた刃物を手に取ると女たちに緊張が走る。だが、そのうちの一人は気が付いた様だ。


「此処を、抜けたければ手を貸すぞ。お前たちを攫いに来たわけではない。ここを出た後は、自由にすればいい」


 マスク姿のジャッファは、ミランヌに向いて問いかけた。

 気づいたミランヌがうなずく。


「連れてってください。あなたの行くところへ。…………ジャッファ」


 ミランヌは、うれしかった、思いを寄せる男が危険を承知で自分を助けに来てくれた。

 思わず抱き着きたかったが、身元を隠すジャッファに少し冷静になれた。

 こんな非常事態の時でも、つい二人の空間ができてしまう。


 見つめ会う二人に割り込むように、はだけた裾を直しながら若い女も口を添える。


「あたいもこんな所はまっぴらだよ。逃げられるなら附いていくよ。スラムの火事で焼け出された時に、無理矢理に連れてこられたんだ。どこへでもいくよ」


 どうやら、あの時の火事で焼け出された際にどさくさに紛れて攫われてきたらしい。さきほど殺した小役人の仲間だろう。


 ジャッファは、残った一人に顔を向けた。


「…………私は……私は、商家の娘です。お屋敷と商いの付き合いがあるので逃げ出すわけにはいかないのです。…………置いて行ってください」


 自分の意に沿わない奉公ながら、苦しい胸の内を吐き出すように(うつむ)く。


「そうか分かった。直に此処の主が戻ってくるだろう。黒獅子の男が、押し入って金を奪い、女達を攫って行ったと言ってくれ。悪いが、あんたは縛って猿轡(ぐつわ)を付けさせてもらうぞ」


 ジャッファは、警備の男が持っていた荒縄で女を縛り猿轡(さるぐつわ)をはめた。

(…すまんな…)


「いこう」


 ジャッファは、家の為、家族のために残る決心をした女が不憫(ふびん)で後ろ髪を引かれる思いだった。無力でも美しい容姿ならば、領主の側めとして十分に豊かな生活が保障されることだろう。自分の心を押し殺して、生きるための手段としてその道を選んだ。自らその道を選んだのなら、誰も口出しする事などできない。

 それでも、ジャッファはこのような貴族中心で世の中が出来上がってしまっていることが納得できなかった。


 二人に、岩トカゲのマントを渡すとジャッファは、西の木戸口へ向かう。

 門番が一人、あくびをしながら眠そうに立っていた。

 近くの茂みに身を潜める。茂みにおびき寄せる。


「にゃ~」


「うん?」


「にゃお~ん」


「猫かあ~」


 門番が、ジャッファの潜む茂みによって来る。


「おーし、よしよし、猫ちゃん出ておいで。可愛がってあげるよ~」


 マヌケ顔の門番は、長い立ち番に飽きてきたのか、顔をほころばせて寄ってくる。


「ガホオオオオオッ!」


 暗がりの中、獅子のマスクのジャッファが、大声を上げ両手を広げ茂みから躍り出た。

 門番は、目を見開き驚きのあまりしりもちを着いた。倒れた門番のみぞおちに、鞘を突き入れる。一瞬にして、白目をむき口から泡を噴いて気絶した。

 気の抜けた門番など、いないも同然だった。


 女たちが、木戸口をすり抜け街を走る。

 ジャッファが追い付いて走りながら、横に並ぶと若い女が笑い出した。


「アハハ! 今の門番の顔! まるで魔王にでも出くわしたかのような驚きだったよ! あのいやらしい男は殺されるし、なんて楽しい夜になっちまったよ。最高だよ、黒獅子さん!」


 ミランヌも、嬉しそうだ。

 自分の為に危険を冒して助けに来てくれた。横に並び走りながら笑顔をむける。

 ジャッファもその笑顔を受けて笑った。


「ンフフフッ」

「アハハハッ」


 若い女も加わる。


「「「アハハハハハハー ワハハハハ- フフフフウッフ」」」


 静かな夜の街に、駆けぬける三人の笑い声が響き渡った。



 ジャッファ達は、貧民街へとやってきた。

 多くのあばら家が、焼け落ちたものの元々ありあわせの建材でたてられたバラックが主なものだったため、人々の生への執着を思わせるかのように又ぽつぽつと少しずつ建物が建ち始めていた。

 ジャッファは、この貧民街の顔役ともいえる男の家を(たず)ねる。

 男の家は、炎をまぬがれて元の場所にあった。

 二人の美女を従えて暗がりの中、幽鬼の様ないでたちのジャッファが入り口をくぐる。

 男は、粗末なベッドで床に就いていたが飛び起きた。


「誰だ! てめえ」


 (かたわ)らにあった棍棒(こんぼう)で身構えた。


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