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対決…森の王者 (挿絵)


挿絵(By みてみん)



それからのジャッファは、プラディアの街を出た。

 大森林の入口とも言える森の中、何時(いつ)の日か狩りの途中で見つけた洞窟を日々の住まいとした。

 たった一人、身を潜め森の魔物を狩る。己の何かに立ち向かうかのように魔物たちに挑んだ。今の自分には、無理とも思えるほどの、むちゃな魔物にも立ち向かった。それは、まるで自ら森の一匹の魔物と化しているかのような姿だった。


 木の陰から飛び出すとナイフを風の魔法に乗せて投擲(とうてき)した。

 のんびりと草を食んでいた鹿の群れは、一斉に気づいて逃げ出したが其のうちの一頭の臀部には。ナイフが深々と刺さっている。


 びっこを引いて走れない鹿に追いつくと一閃、首が宙を舞った。

 血抜きをしようと足にロープをかけている時にそいつは現れた。

(大気を押しつぶすような圧迫感。何かいる!)

 薄暗い草むらから、のそりと現れた巨体は黄色い毛並みに黒い縞模様が、木々からの木漏れ日を受けて森と同化しているように見える。

 ジャッファの倒した獲物が、当たり前のように自分への貢ぎ物だと言わんばかりに悠々と近づいて来る。

 圧倒的なその姿は、4メートルにもなる虎の魔物だった。

倒した鹿の側に、構えるジャッファなど目にも入らぬように、まるで何時もの夕食だと言わんばかりに無造作に近づいてくる。

(クッ どうする! 虎の魔物。しかも圧倒的な強者に見える。……此処は一旦退くか…)

(いや……だめだ! 強いモノに挑んでこそ、力は備わる。逃げるな! 戦え! 今の俺を超えるんだ!!)


 冷汗を浮かべながらもジャッファは、ズラリと剣を身構えると、ようやく獲物を取り合う相手と見定めたのか目線を向けてきた。


「ガァオオオウウ……」


 森を揺るがすかのような咆哮(ほうこう)が響き渡った。

 口元から長く伸びた犬歯はサーベルのように突き出している。戦闘のために飛び出してきた鉤爪は湾曲しすべてのものを引き裂かんと空を掻いて威嚇(いかく)する。


「ヒョッ」


 ジャッファは、全力でとクナイを投げつける。しかし大きな体に似合わず細やかな動きで、大虎の凶悪な爪は、それをパシリと払い除けた。

払い除けた瞬間をねらって一息、大上段に剣をその首筋に叩き込もうと飛びこむ。本来ならば落とせないまでも、完璧な致命傷となった一撃だったはず。


 しかし、しなやかな光沢を見せる黄と黒の毛はワイヤーの束のような強靭さを見せ、ジャッファの大剣をスルリと毛並みに沿うように受け流してしまう。剣を流された所へ、その巨体からは想像できない柔らかな動きで鉤爪の一振りが襲ってきた。

 ジャッファも身を引き、体をのけ反らせて避ける。

 胸には三本の血しぶきが上がった。


「うああっ!」


 瞬間的に強化の魔法を使ったが、三本の爪痕がくっきりと胸元に血筋の跡を残した。

 のけ反った勢いのまま地を蹴ってその場を離脱する。

(くそっ! なんて固い毛皮だ。固いだけじゃない、剣の動きが受け流される)

 空中で一回転しながら「タンッ」と着地すると5mほどの距離を取った。胸の痛みを意識から逸らす様に、ジャッファは大声を上げる。


「ウオー―」

「ガオオオ」


 二匹の獣が唸りをあげる。

 遠くなるような意識を強引につなぎ止めジャッファは、剣を担ぎ八双に構えると、口の中で短く呪文を唱える。

 体の中の魔石に蓄えられた力を振り絞る。限界までに。周囲の大気は、オレンジに変わりジャッファの体に纏わりつき出した。


「グワオオ」


 虎の魔物の周りにも黄色い大気が渦を巻き起こり始める。

魔法を使う魔物。

しかも巨大な虎が、ただその体躯を生かした攻撃だけでもジャッファを大きく(しの)いでいたバケモノが更にジャッファの魔法に対して、おなじ魔法で対抗してきた。体の大きさに比例し、温存する魔力の量など途方もない開きがある。

絶望的な境地にジャッファは、立たされていた。

 大虎の鉤爪(かぎづめ)が大気を巻き込むように離れたジャッファに向けて振り下ろされた。


(圧倒的な質量の魔力、まともに打ち合っては簡単に撃ち返される。相手の魔力を割って一点突破するのみ! 切り開け! そして届け、俺の魔法!!)

 ほぼ同時に、濃縮されたオレンジ色に剣を染めるとジャッファも離れた虎に向けて剣を振った。


「ドン! ドン! ドン! ドン!」

「ビシッ!」


 質量を伴った大気の塊が、ジャッファを押しつぶそうと迫る。

 対し、鋭く固い一本の大気の筋が大トラめがけて大気を切り裂きながら飛ぶ。


 二匹の野獣の中ほどで、それはぶつかり合った。

 大虎の放った大気の塊を真っ二つに割こうと一条のオレンジの筋が切り進んでいく。

 しかし、圧倒的な質量が次々と押し寄せる。


(いっけーっ!)

 更に最後の一滴の魔力をふりしぼる。力の差は大きすぎた、力量の差を見誤ったジャッファの魔力、オレンジの筋は薄まり、光を吹き消すように消えていく。


「ドオオン」


 見えない質量を伴った空気の塊がジャッファを襲う。

 まるでダンプカーにでもぶつかったように、体をくの字に折り曲げ近くの木に跳ね飛ばされる。


「グワッ!」


(うっ……力が、入らぬ……)

 木に寄りかかったまま動けない。

鋭い眼を大きく見開き、口からは涎を垂らしながら大虎は、ゆっくりと木に持たれるジャッファに近づいてくる。飛ばされ剣さえ近くには無い。それどころか。切り裂かれた傷からは、今更になって骨を覗かせ血が噴き出している。腕一本動かす力は、残っていなかった。

強者、圧倒的な強者。生まれたときから何百年もこのような戦いなど日常として過ごしてきた大虎。今のジャッファが戦う相手ではなかった。

目と目が合う。

全力で戦い力の抜けきったジャッファは、意外と恐怖を感じないものだなと心の中で思った。

ジャッファを見おろし、顔を少し斜めに掲げると口が開き牙を覗かせる。


「ウオオオオオ———」


 大気を震わせ、大虎の勝どきの咆哮が上がる。

 この森は、俺様のものだと唸り声をあげる。


 ジャッファの着ていた皮鎧は大きく裂け、肩口から腹までざっくりと傷跡がはしる。大虎の追撃を覚悟したが、敵もふらつく足取りで襲ってはこなかった。獲物の横取りで満足したのか、それとも余計な体力を使いたくなかったのか、大虎は、鹿を咥えると悠々と茂みの中へと消えていった。



(…………助かったのか…………?)


よほど腹をすかしていたのか、大虎の気まぐれで、ジャッファは命拾いをした。

ジャッファも腹をすかしていたが、他の野獣や魔物が襲ってくるとも限らない為重たい脚で立ち上がる。

洞窟への道も、いつもなら矢のように駆け、足跡さえも残さないジャッファだが、弱っていることが解るのか、うさぎの魔物さえジャッファにちょっかいをだしてくる。


(ふん! 舐められたもんだな。兎公いい晩飯だぜ)


間合いに入ってくる、魔物だけを大剣を振り一太刀で仕留めては進む。


真っ暗な洞窟にたどり着くと、毛布代わりの魔物の毛皮に包まると死んだように転がった。暗がりで黒い毛皮だけが呼吸に合わせて上下する。それはまるで、痛手を負った森の魔物そのものだった。


痛みと空腹にはさまれ、目覚めては袋の乾燥肉をかじる。固いだけの乾燥肉も噛んでいるうちに味がしみだしてきてゴクリと飲み込んだ。乾燥肉がなくなると、うさぎの魔物を引き裂いてそのらかい内臓から先にその生肉を食らう。口からは、血を滴らせ顔中血が纏わりついている。

腹いっぱいになると、傷をいやすため又毛皮を被り眠った。



五日目の朝が来た、ようやく動けるほどに回復したジャッファは、毛皮の中から、その顔を覗かせる。

火を起こすと、獲物をきれいに皮をはぎ下ごしらえをすると串にさし塩を振った。

肉が焼けるまでの間に、近くの小さな小川の滝つぼまで走る。

岩を蹴って、滝つぼにとびこんだ。


「ヒャッホオィー!」


傷口は塞がりまだむず痒いが、全身に徐々に力がみなぎってくる。

岩陰に、潜んでいたナマズを掴むと水面へと躍り出た。


「ハハハハッ 俺は生きている。まだ生きているぜ!」


ナマズにも塩を振って遠火で塩焼きにして、久しぶりに調理した食事に舌鼓を打った。


収納袋から、獅子の子供を取り出すと、丁寧に皮をはぎ上あごから頭までの皮を火で乾かしマスクを作った。口元以外は獅子の顔のマスク。

袋には、山に入ってから取りためた魔物たちが入っていた。


千切れた皮鎧を捨てると、黒い毛皮をまとった。

ジャッファは山を下りると、プラディアの街を目指す。


街に入っても、ひげや髪は伸び放題でちじれて毛皮を羽織っただけの男が、以前のジャッファだとは、誰も気がつかない。

薄汚れたスラムの住人だとでも思っているようだ。


以前、ガイアスの屋敷に収納袋を買いに来ていた商人を訪ねることにした。

歳も近く、やり手の商人はジャッファとも気が会う仲で相談にも乗ってくれることを期待した。


商店の入口に立つ。

ジャッファの周りにはブンブンとハエが飛ぶ。


「おい! おい! そんな汚い恰好でそんな所へ立たないでくれよ」


「ミゼル! 俺だ」


「……ジャッファ。ジャッファ! なのか?」


「どうしたんだ? いなくなったと聞いたぞ。それにどうしたんだ。ひどい恰好だ。スラムにでも籠っていたのか」


「とりあえず、井戸で体を洗わせてくれ。そして服だ。着るものを見繕ってくれ。それに皮鎧も必要だ」


そう言うと、ずかずかと店内を通り抜け中庭の井戸へと向かった。

ミゼルも、ジャッファがいなくなった経緯(いきさつ)は聞いていたので事情を察して用意してくれた。


「ミゼル、魔物を狩ってきた。買い取ってくれるか?ギルド組合には、顔を出したくないんだ。俺が尋ねたことも出来れば内密にして欲しい」


中庭に、次々と収納袋から獲物たちが並べられていく。

ナマケモノの魔物四頭、赤頭グリズリー三頭、灰色狼の魔物フォレストウルフ二十頭、巨鳥エピオルニス一羽、サーベルタイガーの幼体一頭などほかにも様々な魔物が並ぶ。

地上を走り回るカラフルな巨鳥などは、珍しく高値の付く獲物だった。


「おい、おい ジャッファ 組合じゃないんだから一度にこれほどの量は俺個人ではさばけないよ。急にだし手持ちの資金も足りないぞ」


「ああ 金はとりあえず今払えるだけでいい。後は預けておくよ」


「詳しい話は,聞かないでくれ。これから俺が始めることで迷惑がかかると思うけど、知らなければ、ただ商売をしただけだからな」


ミゼルの店で揃わない物、そろえてほしい武器の数々や魔法の言葉を省略するための呪文と回路図を描いた羊皮紙の束などあらゆるものを注文した。



(オレは……弱い。…………強くなりたい…………)


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