孤独な旅立ち チョイ、マテ~ヨ!
「カーン カーン カーン カーン 」
遠くで、夕餉のひと時を邪魔でもするように半鐘が聞こえてきた。
手伝いのおばあさんが窓の開き戸を開ける。
「なんだろうね。衛兵所の半鐘だがね」
ソル達も、開けた窓に取りついて外を眺める。本来なら、明かりなどないはずの暗がりに、家々の輪郭を黒く塗りつぶして遠くの空がうすぼんやりと朱色に染まっている。
「どこか、燃えている。火事だ!」
「!!」
ジャッファは、目を見開いて急に部屋を飛び出していく。
そんな姿に驚くソル。
「どこに行くんだ!」
「あそこは、貧民街の辺りだ。見てくる!家に居ろ」
武具を付け直し、ジャッファは走った。
いやな、予感がする。
スラムの子供たちから、最近よそから入り込んできた愚連の徒が力のない人たちを追いはらい、勝手に小屋を壊したりしていると聞いたことを思い出した。
何事かと顔を覗かせて、赤く染まる夜空を眺める野次馬の間を、縫うようにして走る。
辿り着いたスラムは地獄の様相を見せていた。もともと、燃えやすいバラックの細枝を組み合わせたようなぼろ家が立ち並ぶ場所。火は瞬く間に広がったのだろう。泣き叫ぶ人々、ぼんやりと立ち竦んでいる人。燃え盛る炎が強いためなのか、街の入口を衛兵たちが立ち並んで近づかないようにバリケードを築いていた。
「ダリ! レオン、チカ」
人ごみの中に見知った子供の顔を見つけた。
みな髪は焦げ、顔は煤で黒く染まり普段でも粗末な服はさらにボロボロになっていた。
「他のみんなは、どうした!」
「「ジャッファ兄ちゃん!」」
三人がかけよってきた。
不安な思いと悔しさ悲しみ、いろんな思いを何処にもぶつけられずに人ごみの中に取り残されていた三人は、ジャッファの姿に泣き叫びだしてしまった。
「ブロンはどうした!」
「兄ちゃんは、俺を助けた後、また家に飛び込んで行っちゃったよ~。まだ妹がいるんだ。どうしよう。あんなに火が」
「チッ!」
子供たちの小屋は、燃えさかる家々の隅っこに今にも崩れそうに立っていた。
口の中で短い呪文を唱えると、周りの大気から水分が集まってくる「バッシャン」とジャッファの頭に水が降り注ぐ。
バリケードの衛兵を掻きわけて走り出そうとしたところで腕を掴まれ押しとどまれた。
見知った衛兵だ。
「ジャッファ!行くな。こんなに燃え広がっては、もう無理だ。お前までケガするぞ!」
「俺なら、大丈夫だ。魔術師だぞ。これも修行だ」
「それでも、駄目だ。命令で誰も近づけさせるなと、お達しが出ているんだ。
逃げ遅れた人たちがいるのは知っている。しかし俺たちは上の命令には逆らえないんだ」
「目のまえで、子供が死んでいくんだぞ! ほっておくつもりか! それでも衛兵か」
衛兵の男も、居たたまれずに目を伏せる。
ジャッファの腕を掴んだ男の足元にひらりと紙片が落ちてくる。男の足を繋ぎとめるように、土くれが足を包み込んでいく。
「なっなに」
ソルが走り込んでくると、いきなり体当たりする。男は足を固定されたまましりもちを着いた。
「ジャッファ、行け!ここは俺が」
三人のトラブルに周囲の衛兵が走り寄ってくる。ジャッファも走りだした。
ソルは逃げ回りながら、追いかけようとする衛兵たちを妨害する。
蹴飛ばしては逃げ、障壁を出しては体当たりで転ばしたりと大乱闘となってしまった。
子供たちの小屋は、屋根が半分焼け落ちている、
猛烈な、熱風がジャッファを襲う、濡れた袖で口を覆い、小屋に飛び込んだ。
燃え落ちた梁が少年の背中にのしかかっている。
少年の下にはさらに、小さな手足が覗いている。
ジャッファは、火もまだ消え切らないその梁に手を掛けると持ち上げた。
「グッ」
「ブロン!おい、だいじょうぶか、返事しろ」
ウウウゥ、と獣の様な呻き声を発しながら小さな子供を抱え、焼けただれた塊のような少年が這い出してきた。
ジャッファは、少年を背負い子供を小脇に抱えると、走り出した。
周囲の家々も燃える激しさを増してあちらこちらに残骸が通りをふさぐ。
と、いきなりジャッファの周りだけ雨が降り出した。
遠くで、ソルが衛兵に取り押さえながらも、魔法陣の紙を飛ばして雨を降らせて退路を作ってくれている。
衛兵たちの下へと辿り着いたジャッファは、崩れるように二人を下ろした。
「誰か、治療師はいないのか!」
ソルを押さえつけていた衛兵たちも、拘束を解いて集まってきた。
「怪我人が多い、それにスラムの怪我人には治療師は出さないと言われてきたんだ。済まない」
「何のための、衛兵だ! スラムの住人だって街の住人だろ。なんとかしろよ!」
ジャッファが怒鳴り散らすが誰も動こうとはしない。
集まってきた衛兵たちも申し訳なさそうに首をうなだれる。
焼けただれた顔の少年の瞼がわずかに開いた。
消え入りそうな小さな炎を瞳に宿してジャッファを見上げる。
「……あ、 あ、 ありがと」
其れだけを最後の命の力で言葉に変えると、瞳の炎が吹き消されるように消えていく。
後には、虚空を向いた白い眼球が死骸の中に取り残された。
ジャッファは。崩れるように膝をついた。
もう一人の子供もすでに息はなく死亡していた。
(クソッ! クソッ! クソッ! でかい魔物を倒したからって、子供一人まもれやしないのかよ! )
(スラムの住人だって、街の住人だろ、なんで助けてやらないんだよ!)
(魔術を学んだからって、俺にできることって何ができるんだよ。こんな子供さえ助けられないなんて。俺は。俺は)
口惜しさと、己の無力、悲しみ、先ほど出あった時の少年たちの笑顔が交差する。そして、目の前には物言わぬ死骸が二つ。
ひざまずきながら、涙があふれる。
周りを取り囲み、うなだれる衛兵や人々の間にも鎮魂の時が流れた。
子供たちの遺体をかこんで静まり返る人々。
その空気を割って小役人のトマスの怒声が飛ぶ。この男の指図で貧民街の大火は燃えるに任せて放置され、衛兵たちも指図のままに手が出せずにいた。
新しく代官が変わってからは新たな税の負担は増え、市政への支出は限りなく抑えられて領民の暮らしぶりは苦しくなる一方だった。隣国との国境を接するこの領地も戦のための蓄えなのではと囁かれ始めていた。
「なにを、している。その者たちを捕らえんか。騒ぎを起こして街の秩序を乱す者たちだ。捕らえろ!」
「いや、この者たちは逃げ遅れたスラムの者どもを助けに入ったものです。捕らえるほどの事はしておりません」
「なにを、言うか税も払わぬ虫けら同然の者たち、祭り事の足を引っ張り、時には泥棒や得体のしれぬ者たちの集まりであるぞ。その者たちに加担し、今も騒ぎを起こしていたであろう」
衛兵たちも、顔を合わせるジャッファやソルはよく見知った仲間のように思っている、親しくしている者たちもいた。
ジャッファの行動は、やさしさと善意で動いていることは皆が知っている。
「ジャッファ、衛兵詰め所へ行こう。暴れるなよ。手荒なことはしたくない」
「ソルも、大人しくこい」
心、此処に在らず失意のジャッファは、言われるままにたちあがる
「なんで、俺たちを捕まえるんだ!人助けをしたばかりだぞ!俺にさわるなよ」
ソルが喚きちらすがジャッファは死んだ目をして引き立てられていく。
焼け出されて、この光景を見守っていたスラムの住民たちも自分たちを助けてくれていたジャッファが束縛を受けたのを見て動揺していた。
何かにつけて助けてくれていたジャッファのこの姿は人々にさらなる不安を植え付けた。
一晩、衛兵詰め所に拘置され、翌朝、街の衛兵長の判断で騒ぎを起こした罰は与えなければならないとして、ジャッファにムチ打ち10回、ソルにムチ打ち3回の刑罰で釈放された。
「くそうっ! 人助けのご褒美がむち打ちだと! ふざけるんじゃねえ!」
ソルが吠える。
実際には、ソルは叩かれる瞬間に、身体強化の魔法陣を靴の裏に忍ばせて打たれるたびに大げさに泣きわめいていただけなのだが。ジャッファにも渡したが、この痛みを忘れないためにも鞭を受けると言って受け取らなかった。
ジャッファの足は、自然と小間物屋のミランヌの所へと足が向いていた。
一目顔を見るだけでと縋るような思いが足を運ばせる。
いつもは、人気のない小間物屋の店先に品物が投げ散らされている。
ジャッファは嫌な気配に走り出した。
店内は、荒らされミランヌの母親が顔から血を流して座り込んでいた。
側では、子供が泣き疲れたのか放心したように座って居た。
「なにが、あったんだ。ミランヌさんは、何処ですか」
「あああ ジャッファ、もっと早く来てくれていたら。うぅ~」
「新しく来た役人の家来だと言って、屋敷のご奉公に出せと無理矢理につれていってしまったよ。あたしと娘が断ったら暴れて此のざまだよ」
ご奉公とは只の飾り言葉に過ぎずない、街の美しい娘を召し上げては、ただ夜の慰みものにするだけの性根の悪い貴族たちもいた。
(…………ミランヌさんまで……取り返しに乗り込むか……)
(……いや、たとえ連れ戻せたとしてもどこへ行く……親子三人路頭に纏わすだけだ)
(……今の俺の力では連れ戻すことさえ叶わないだろう。そのうえ問題を起こせば、ガイアスの師匠、ソル、ウルにまで迷惑を掛けてしまう)
後ろのソルに向き直ったジャッファは、ソルを見つめる。
「…………」
「…………」
「ソル、俺はたった今お前と縁を切る。師匠にも俺を勘当してくれと、言ってくれ。自分から押し掛けて弟子入りしておいて、勝手な話だ。今のままでは、俺は師匠の世話になるわけには行かない」
「こんな、世の中、俺は許せない。くそみたいな役人たちも許せない。でも何もできやしない」
「急にどうしたんだよ、ジャッファ! お前が師匠の下を離れてもミランヌさんは、取り返せないぞ。師匠に頼んで、掛け合って貰おうよ!」
「……だめだ、いくら力があっても師匠もただの平民だからな。いくらコネがあったとしても、俺のことで、貴族を師匠の敵に回すわけにはいかないよ」
「…………」
「ここで、お別れだ。今まで楽しかったよ、元気でなソル」
いきなりのジャッファの決断にどうしていいか判らない。
ジャッファは、くるりと背を向けると歩き出した。
「ま、まて~ヨ! おい」
やっと我に返ったソルは、追いかけて手を掴む。
腰の皮の小袋を外すと手渡した。
「師匠の魔法の収納袋だけど、俺が怒られてやるよ。持って行けよ」
「……ああ……悪いな、貰っていくよ」
ジャッファは、賑わいだした朝の通りの人の陰に紛れるように消えていった。
ソルは、痛いほどジャッファの気持ちが解るだけに押しとどめることができなかった。




