只今、シュギョウチュウ~
只今…シュギョウチュウ~
「ブモオオオ———ゥ!!」
「ソル―ッ! そっちへ行ったぞ――――防御結界を張れっ」
目の前に、弾き飛ばさんと巨大な黒い塊が土煙を上げて迫る。
(ヒイ———ッ! きた———っ!)
迫りくる恐怖に耐えてソルは、詠唱を省略するために、魔法陣の描かれた紙切れに全力で魔力を流し込むと前方へ投げ捨てた。
「ドガンッ!」
障壁が立ち上がった瞬間だった。
荒々しい野生の黒い塊は、魔法の結界など弾き飛ばさんとぶつかってきた。
少しの時間稼ぎのために、身体に強化を加えたソルは障壁に手を添えて踏ん張る。踏ん張るソルタニオの足元が二本の筋を残す、圧倒的なパワーが障壁ごと押し返してくる。
「ズザザー」押しこんでくる。
「グッ、ジャッファ早くしろー! 持たねえよ」
追い付いてきたジャファが、大上段に其の魔物めがけて大剣を振り下ろした。
まともに肩口から切り裂いたと思われた剣筋は、鋼のように固い毛に受け流されて滑り落ちる様に地面へと突き刺さる。
その肉体へのダメージは全く届かない。
(くそ! 踏み込みが甘かったか。なんて固い毛皮だ! 剣が通らねえ!)
大剣を地に付けるジャッファに目掛け恐ろしく長い三本爪が、横殴りに襲ってくる。
「ジャッファ———!」
突き刺さった大剣をとっさに放すと寸での所で飛びずさる。
(ひゅう———っ! あっぶね! どこがのろまな魔物なんだよ。油断ならないぜ)
「ヒューン」(これならどうだ! バケモノめ!)
怪物にカプセルが投げつけられたかと思うと割れて中の液体がその長毛の毛皮を包んだ。
追いかける様に小さな火球が飛んで来る。
「ボワアァーン」(うわっ! いきなり火をつけるかよ。俺まで熱いじゃねえか)
(熱い! 熱い、早くしろ)支える障壁を伝い熱気が、支えるソルの両手にも伝わってくる。
障壁の向こうで怪物が炎に包まれてもがき出した。
とっさに大剣に飛びついて引き抜くと剣を振るう。
「アツツツッ」
確かに炎に焼かれた剛毛は防御力を失い、ジャッファの大剣が魔物の肉を切り裂いた。
しかし、自分で炎を放っておきながらジャッファも、炎が強くて踏み込みが甘く倒しきれない。
800キロほどにもなる此のナマケモノの魔物は、スピードは遅いが生命力が強くて力が強い。手負いになって狂った様に、三本の長い爪がガリガリと障壁を引っ掻く。押しこんでは来ないがその場で荒れ狂っている。
と、その時。
「ドオオオン」
ナマケモノの頭に巨大な土の槍が天空から落ちてきた。
圧倒的な破壊力、衝撃で半径5mほどの地面が円を描いて陥没をする。
ソルとジャッファは其の衝撃波でゴロゴロと吹き飛ばされていった。
頭を串刺しにされて、ナマケモノのバケモノもさすがに動かなくなった。
土煙の舞う中からチリチリ頭のうだつの上がらない男が歩いてくる。
「おい! いつまでも寝転んでないで、火を消さないか。肉まで焦げちまうだろうが。買い取ってもらえねえぞ」
慌てて、ソルは、碧い紙切れを飛ばす。
燃え盛る炎の上に小さな雲が沸き起こると、しずしずと雨が落ちだした。
ジャッファも枝葉でくすぶる火を一生懸命に払う。
後には、黒焦げで、びしょびしょになった黒い山が出来上がった。
チリチリ頭が残念そうに顎を掻く。
「此奴の毛皮は固くて、たいして役に立たねえが、もうちょっとやり方があるだろ。ジャッファ」
背の高い青年が小さく縮こまるように頷く。
「ふふ」ソルは此のハンサムな年上の青年が師匠に怒られているのをみてクスリとほそくえんだ。
「ゴッ」後ろから節くれだったげんこつが、ソルの頭に落ちてくる。
「おおおふっ!」頭を押さえて思わずしゃがみ込む。
「ソル! お前も使えるようになってきたんだ! 足止めの魔法陣、この魔物の足元にだせよ。なにバカ正直に魔物と押し合い圧し合いをやっているんだ。
ちったあ、考えろ!」
「ゴン」さらにげんこつが落ちてしまった。
「此奴は、もうギルド組合に卸さなくていい。屋敷に持ってこい。帰るぞ」
ガイアスはそれだけ言うと、二人を置いてさっさと帰って行ってしまった。
ソルは、魔物の上に、一枚の魔法陣の描かれた紙切れを落とす。途端に、盛り上がっていた山の様な塊は平たい一枚の紙のようになってしまった。クルクルと巻き取るとさらに腰の袋に押しこんでいく。
「ソル、帰ろうか」
「うん、怒られちゃったね。ハハ、でも又ウルがお肉を食べられるって喜ぶよ」
今日の狩りは失敗に終わって、さんざんに怒られてしまった二人だった。
あの日、ガイアスに助けられて押し掛ける様に弟子入りをしてから何年たっただろうか。マーマリアの目論見通り、ジャッファは順調に魔術をわが物としガイアスの弟子としても十分な成長を見せていた。
最初は、家の家事手伝い小間使いとして雇っていたソルタニオだったのだが、ジャッファの修行やガイアス達の狩に一緒に連れまわされていくうちに、本人の努力もあってか、魔術師としての才覚を見せ始めていた。
「ソル、少し離れてくれ」
(…剣の切れ味を魔力で補正する。さらにその斬撃だけを剣の間合いの先へと打ち込めるか? …………間合いの外から切る!!)
真剣な表情で、ジャッファが大剣を抜くと、5mほど離れた大石に体を向ける。
石の上にはバッタが一匹止まっている。口の中で、何やら短い呪文を唱えた。
ジャッファの体を薄くオレンジ色の大気が纏わりつく。それが、構えた大剣に集まってくると、おもむろに袈裟がけに剣を振りぬいた。
「ザッ!」
カチャリと背中の鞘に納める。
ソルは見ていたが、石は何事もなかったように、そのままだしジャッファが何をしたかったのかも解らない。
二人が去った後、石の上のバッタが跳ねた。
「ゴドン」
森を抜ける。
気落ちする二人とは裏腹に美しい草花が迎え入れてくれる。カンパニョラの群生は、人間たちの落ち込む気持ちなど構わずに豪華絢爛と咲き乱れる。いつものように一抱えの花束をジャッファは摘んでいく。
受け取ってくれる女の嬉しそうな顔が浮かぶ。
花を摘むことでジャッファの気持ちも和らいでくる。
街にたどり着くころには、夕暮れも迫ってきていた。
夕餉の準備に慌ただしい街中を二人連れだって歩く。
屋敷へと真っすぐには帰らないのか、ジャッファは貧民街へと足を向けた。
スラムの中でも特に、ひどくみすぼらしいバラックへと迷いもなく入っていく。
「あっ 兄ちゃん達」
そこは身寄りのない子供たちが身を寄せ合うようにして暮らしている一軒の小屋だった。
「ソル、あれを出せ」
筒に丸めた今日の獲物を取り出すと、ナイフで端を少し引き裂いた。
途端に、目の前に巨大な肉の塊が現れる。
「わーっ、お肉だ!」
「みんなで分けて食べるんだよ。たくさん取れたらまた来るよ」
師匠に、屋敷に持ち帰るようにと言われた獲物だったが、何の躊躇もなくふるまった。こんな、ジャッファの行動もガイアスは気づいての事なのかもしれない。ジャッファは、村長の家に育ったせいか周りで困っている人を見ると頬って置けなくなる。最近見かけた此の孤児たちを何かにつけては面倒を見ていた。そこを後にして街を歩く。
「あっ ジャッファさんよ! こっち見たわ!」
「おーい! ソルにジャッファ! 串焼きの残りがあるんだもっていけ」
串焼きやの親父が声をかけてくる。
面倒見がよくてガイアスの弟子、若いジャッファは街の女の子たちにとっても優良物件の筆頭株だ。いつも声がかかる。まるで、勇者でも現れたかの様な人気ぶりだ。軽く手を振り挨拶をすると先を急いだ。
そんなジャッファにも思い人がいた。
間口も小さな小間物屋の入口に立つ。
「ジャッファ兄ちゃん、ソル!」
可愛い前掛けをした小さな女の子が、飛び出してきて抱き着いてくる。
その後ろから亜麻色の髪を一つにまとめ質素ないで立ちの美女が現れた。
「今日、森できれいな花を見つけたんだ。ミランヌさんが、喜ぶ姿が見たくて持ってきた」
ジャッファは、少し頬を染めるとソルの方に向き直った。
「ソル、出してくれ」
「あいよ」
どうだとばかりに、顔も見えないくらいに抱えたカンパニョラの花束を取り出した。
辺り一帯にその藍色から放たれた香りが広がる。
「フフフッ こんなに沢山のカンパニョラ貰えるのは、世界でも私だけね」
「ありがとう」
小間物屋の店主ミランヌは、花を見つめ嬉しそうな顔を見せる。花を見つめるミランヌ、その傍らにいるジャッファは、何とも言われぬ満ち足りた感情に押し包まれていた。生きる目的のすべてが此処に在る。この瞬間以上の幸せを想像する事など今のジャッファには思いつかない。好きな人の幸せそうな顔を見ることが、自分の幸せだと改めて感じる。
(ミランヌさん、今は修行の身だけど、必ず迎えにきます)
声にだせない悔しさを飲み込んでジャッファは笑顔のミランヌの横顔に誓った。
陽も落ちようとする夕暮れの中にあっても、その人の周りだけは鮮やかに輝いている。
だいぶ遠回りで帰り着いたガイアスの屋敷では、お冠の少女が二人を出迎えた。
「おそいよ~。みんなで晩御飯、食べようと思っていたのにガイアスのおじちゃんも出かけちゃうし、二人は帰ってこないし、お腹がペコペコだよ~」
15歳にもなったと言うが、相変わらず背もたいして伸びず、幼いころの雰囲気のままのウルだった。
二人は手早く、防具や身の回りの物を外し今日の獲物を収納庫に放り込む。
身ぎれいに身支度を整えると、手伝いの婆さんが夕餉の支度をする食堂へとやってきた。待ちきれずにウルは、黒パンをかじっている。テーブルには、鶏と玉ねぎ.芋の煮物の入った深皿からは湯気が立ち上り旨そうな匂いを振りまいている。
あちこちと擦り傷のウルを見てジャッファが尋ねる。
「剣の訓練、女の子が傷だらけだな。いやになったら村に帰ってもいいんだよ。マーマリアさんも待っているかもしれないし」
ウルは、子供たちが通うような学び舎が終わると本当に騎士様を目指すんだと言って、剣術の道場にまで通いだしていた。
ガイアスも何を思ってか、面白がり費用まで面倒見ている。
「うん! 面白いよ。バンバンって、こう見えても強いんだから。ジャッファ兄さんもきっとびっくりするよ」
「それに、ガイアスのおじちゃんが持ってきた練習用の竹で出来た剣だと、怪我しないからとってもいいって先生も誉めていたよ」
ソルが思い出したように腰の小袋から一凛の青いカンパニョラをウルに差し出した。
「ほら、女の子らしく花でも飾ればいいよ。ウルのために摘んできた」
「わーっ きれいな青いお花、ソルありがとう」
ご飯も食べて、お土産に花を貰ったウルは、すっかりご機嫌になった。
ジャッファは、横目でソルを見る。
(フフッそれ、さっきの花束の残り物だろ。袋の底にでも落ちていたか)
ソルはジャッファを見返す。
(機嫌が、直ったんだから変なこと言わないでよ)
ウルが、明るい笑顔を振りまいて楽しい三人の時間。
ソルタニオたちの、いつもの何でもない夕餉のひと時が過ぎていった。




