楽園の二人 (挿絵)
異世界セラ、ガイアス達が活躍した世界。
さらに謎の男が、ガイアスの娘小春をさらう事件を引き起こす五年ほど前の話にさかのぼる。
村を出ると道すがら、だいぶ先を歩く三人の少年たちの後ろ姿が見える。隣村の年上の少年たちだ。弓矢やナイフを携えているのが見える。
幼いソルとウルは、少し怖いので見つからないように、離れて歩く。
少し歩くと、自分たちの村の山菜を取る場所とは離れ、脇道へ入りもっと高い山へと登っていった様だ。
二人は、顔を見合わせる。10歳のウルの顔にほっとした表情が見える。
二つ年上のソルはウルを連れ、山菜を摘みに出かける
目的の場所は、林を抜けた先の小高い丘の上で、子供の足でもさほどの事もない。近場の林ということもあり、手入れは行き届き、木漏れ日に溢れ、道の脇には黄色の小さな花が、あちこちと二人を向かい入れる。
山に入り、低い灌木の間を二人は縫うように進む。アイラッカの木々は、今が見頃と樹木いっぱいの淡いピンクの花で二人を「春が来たよ」と盛大に祝う。
花のトンネルの中をピンクの絨毯で楽園へとでも導くように。
「わーい! きれ~い。お花いっぱい咲いてるよ~。」
「滑るから、気をつけるんだよ。ウルー」
ソルが、後ろを振り向くと、その細い髪を口元へとへばりつかせ、汗とドロンコで服を汚したまるで花の妖精が、周りの花々を従え満面の笑みを浮かべた。
ソルは、今年も十分な実りを見せるこのブルーベリーにも似たアイラッカの実で作った甘いジャムが大好きだ。三か月後の収穫に早くも思いを寄せている。
ウルは、舞い散る花びらを掴もうと飛び跳ね夢中で手を伸ばす。足元がおろそかになり、転んではスカートの裾は泥だらけだ。
花園を抜けると、今度は緑の絨毯が広がっていた。
ウルはソルの脇を追い越し、その緑の草原へと駆けだした。
「気持ちいい~!」
空は紺碧に澄み渡り、小高い丘は周りの見晴らしも素晴らしい。遠くに日の光を浴びて白く輝く山々には雪が残り、まだ春の使いは届けられていない。
たった今、上がってきた小道からは時おり強い風が、ふたりをすり抜けると花びらを連れて高い空へと舞い上がっていった。
いつもこの時期になると、一斉に芽生えるアスパラガスによく似た山菜を、15cmほどに地面から伸びてきた新芽を、一心不乱に二人争うように摘んでいく。皮をむいて一晩水にあく抜きをし、茹でたてに軽く岩塩を振ったそれは、総菜としてまた子供たちのおやつとしてもこの時期の人気の山菜である。
何よりもウルの祖母マーマリアの好物と知っているので、ウルは、夢中で探しては摘んでいった。何よりも娯楽の少ない辺境の村では、こんな山菜取りさえ楽しみの一つなのだ。
春の柔らかい日差しの中、額にほんのりと汗を浮かべたウルが飛び上がるように手を振る。
「ソルーっ もう一杯だよー。少し休もうよ」
(マー祖母ちゃん、きっと喜ぶよ。早く茹でてたべたいな)
自慢げに籠を掲げるように見せつけるウル。
だいぶ子供用の小さい籠もあふれるくらいの収穫だ。
「ウル、母さんが今日はお茶を煎れてくれたんだ。一緒に飲もう」
駆けてきたウルが、弾む息遣い。くっつける様に小さな肩を寄せくる。
二人して木陰に座った。いつの間にか、捕まえたのか小さな虫を、ソルの頭の上に乗っけては、ケラケラと笑っている。
眼下には、自分たちの小さな村が広がる。毎年決まって山菜の取れる此の場所は、子供たちでも気楽に来れるような丘の上だ。竹筒にも似た水筒の蓋の容器に注いだお茶を、ウルに渡す。
「おいしい、チカの葉のお茶だね。なんか喉がすーっとするよお!」
両手で大事そうに抱えた器にくちびるを寄せるようにして飲んでいる。
草原を、吹き上がってきた風が、少女らしく長く伸び始めたウルの髪を、やさしく撫でていく。
ソルは、風に巻き上げられた髪から除く、可愛らしいおでこに目を細める。
ミルクのような少女特有の匂いと、くっ付いた肩からひんやりとした汗の感触が、少年の心に流れ込んできた。
器を受け取ると、器いっぱいに新たに注ぎ入れ、ソルは、ウルから感じ取った感情が、なんだか悪いことをした事をごまかすように、がぶがぶとお茶を流し込んだ。
「ウゥーンッ このスーとするのが冷たく感じておいしいね!」
悪戯っ子のウルは、口元をソルの頬に近づけると「ふーっ」と冷たくなった息を噴きつけた。あどけない童女の可愛らしい唇を尖らせて、ソルに突き付ける姿にソルは、笑いながらも気持ちが高まった。予想以上の、喉元を通り過ぎる爽快感に、目を丸くしてふたりは笑いあう。
「ギャアーッ!ギャアーッ!」
いつもと同じ、毎日の繰り返しのひと時が、山のカケスたちの大騒ぎする警戒の声で遮られた。
危険な猛獣が近づくと鳥が騒ぐから気を付けろと、ソルは門番の爺さんに聞かされたことを思い出した。
「ウル、静かに!」
一転して、騒ぐ鳥たちによって不穏な空気に場は支配されてしまった。
立ち上がり周囲を見渡す、下方の200メートルほど離れた藪が揺れるとそれは。姿を現した。
(狼だ!!)
声を押し殺し、慌てて地に伏した。
伸び始めた山の新緑が、小さな二人を包み隠してくれることを願う。
草の合間から、覗くとスンスンと獲物を探してうろつく、全長2メートル近い一匹の灰色の姿が見える。今は強い南風が、風下のソルたち二人の味方をしてくれている。
ウルの不安げな瞳が、訴えかけるように見つめてくるが、声を出さずに唇だけで、
「狼がいる」
口に人差し指を当てると、ウルの目が大きく見開かれた。
不安から、胸が押しつぶされそうだ。それを振り払い、身を潜める。
ウルの手が、自分の手を強く握ってくる。
(ぼくが、守らないと…)
ウルの小さな手をやはり小さな手のソルが力強く握り返した。
(…だいじょうぶだよ…)
こんな、村の近くに狼が出るなんて、獣たちは人里の匂いを嫌い寄り付かない。初めて見る生きた狼は、二人には途方もなく大きく見えた。
しばしの間、地面に、鼻を擦り付けるようにうろうろしながら、何かを探すように一帯をうろついている。
ソルは、腰の発煙筒にも似た小さな信号弾に手をやり確認する。それは、何があるか判らない山で動けなくなった時の事を考えたマーマリアが、皆に作って持たせてくれた僅かな魔力で作動する信号弾だった。
やがて、狼は、自分たちが上がってきた小道のほうへ進んでいく、緊張が高まっていく。
(だめ! だめだ、そっちに行くな!)
信じる神などいないソルだが、この時ばかりは狼に気付かれないようにと祈る。
ソル達の匂いの残る小道。
小道にたどり着いた狼は立ち止まり、大きく頭を揚げるとキョロキョロとあたりを見回すと、また地面に鼻を付け歩き出した。
こっちへ、真っすぐに上がってくる、歩く姿に迷いがない!
(気づかれた!)
沸き上がった恐怖が「ドクン!」とソルの胸を打つ。
「ウルッ、木に登れ! はやくっ!」
隠れていてもいずれ見つかる。あわてて立ち上がらせると、木陰にしていた木に押し上げるようにして登らせる。身軽なウルはするすると登ってくれた。
「あっ!!」
顔を上げた狼が、二人に気がつく、目と目があった。遠目にも、肉食獣の黄色いまなこは獲物を縛り付ける様に恐怖を与えてくる。大きく開いた口からは、威嚇の声が発せられ、波打つ灰色を躍らせると一気に目指す獲物を仕留めようと駆けだしてきた!
信号弾の底から延びる紐を引き、魔力を込めると空に向けた。
「ボンッ」
意外なほどの音を立て、ソルの魔素を含んだ紫が、青い春の空に立ち上る。
自然にはあり得ない轟音に、一瞬ひるんで狼は歩を止めてくれた。
警戒するように、グルグルと唸り声を発し、じわりと歩み寄ってくる。
「ソル! はやく登って! はやく」
ウルの恐怖と悲痛のまじりあった声が響く。
(!! 駄目だ、間に合わない!)
精いっぱいの意思の力を込めて狼を睨みつけるソル。うしろを見せた途端に飛びつかれ引き裂かれるだろう。ソルは、最近唯一できるようになった身体強化を身に巡らせる。せいぜいゴムほどの強化だが、狼の牙の通らない事にかける。
「ソルーッ!」
ウルの泣き声にも聞こえる声が響く。
ソルは、春先の嵐でちぎれ落ちた枝を拾うとそれにも強化をかけた。
武器にしてはまるで頼りない。獲物の恐怖をチャンスと捉えたのか、狼は猛然と駆け寄り飛び掛かって来た。そのスピードに乗った獣の重さに押し倒され、胸元に構えた腕に牙が食い込んだ。
(うあああーっ)
子供の細い腕、骨にまで達した牙の痛みになす術もない、凶暴な野生に荒々しく振り回される。小柄なソルは右に左に叩きつけられた。
意識が飛びそうだった。
何とか強化した体が、引きちぎられる限界を保っている。
(だめだ! 意識を手ばなしちゃ。しっかりしろ俺! ウルも助けるんだ!)
「うあああああああああああ——————っ!!」
身近な少女の気配に、消え入りそうだったソルの意識が強く蘇ってくる。守らねばならないという気持ちが、何処に潜んでいたのか力を与えてくれる。
しっかり握った木の枝を荒ぶる喉元へ突き付けた!
「だああああああああああああああ——————―――――!!」
何回も、何回も力の続く限り突き付ける。
「グウッ」
荒毛に遮られ、まるで手ごたえを感じない効果の乏しいと思われた攻撃も少しは効いたのか。飛び下がると只の獲物から昇格させてくれたのかソルを警戒するように距離をとった。
牙を突き立てられた左手は、まるで力が入らない、叩きつけられ、頭からの出血があるのか左目に血が流れ込んでくる。先ほどの、信号弾、村にほど近いこの場所だ。
(門番の爺さん、気づいてくれ! いや、感覚の鋭いウルの祖母ちゃんが必ず気づいてくれるはず……はやく…)
山菜取りの事は、伝えてある。
(ここまで登ってくるのに15分。いや後10分ウルと俺の命を守る。時間を稼げば助かる。)
ソルには、吐く息がかかるほどの獣を前に、絶望の時間が果てしなく永く感じた。
「「「オラッ!オラーッ!」」」
と、突然、遠くから、怒声を帯びた複数の勢いのある声が聞こえた。
上がって来る時に見かけた隣村の三人。
「ピユッ!」
風に乗って小さな矢が飛ぶ。
狼は、僅かに身をよじると其れをよけた。三人もの加勢が現れたというのに狼は、怯むことなく逃げもしない。
走り寄ってきた少年が、こん棒を振り回し叩きつける。獲物から外れた棍棒が、地面をたたくと、そこに太い脚を押し付けられて棍棒を手落としてしまった。
「あっ!」
狼に突き倒されて、跳ね飛ばされる少年。運悪く、したたかに後ろの岩に背中を打ち付けた。
「気をつけろ! こいつ知恵が回るぞ」
「ピュッ」
さらに矢が飛んだ。
狼は、ナイフを構える少年を回り込む。矢を掻い潜るよう走り、弓の少年の足に噛みついた。そこへナイフが、狼の背に振るわれる。しかし、剛毛の毛をわずかに飛び散らせるのみで大した傷にはならなかった。
「こいつ! 普通の狼じゃないぞ! 魔物になりかけている」
少年に向き直った狼に突き出したナイフ。
「ガッ!」
口で受け止められる。
更に。
「ガキン」
かみ砕かれてしまった!
「くそうっ。バケモノめ!」
絶望のなか、折れてしまったナイフを構える少年に、ユラリと狼が近づいてくる。
ユラリ、ユラリ、揺らめいたのは狼では無くて空間だった。
「!?」
狼と少年の間の空間が、揺らめいたと思った瞬間。
そこに薄汚れた格好のチリチリ頭のずんぐりとした男が空間から現れた。
「ガウッ」
「なっ!」
危険を察して狼は後ろへと飛びづさる。
少年は、思わず腰を抜かして倒れ込んでしまった。
「フンッ!」
男は、いつの間に手にしたのか両手のクナイの様な武器を、狼に向かって下手に叩きつける。
ザッと狼は一つを避ける。飛んできたもう一つは口で受け止めた。
が次の瞬間。狼の眼が限界まで見開かれた。
「おおりゃーっ!」
気合と共に、いつの間にか抜刀した大剣を大上段に飛び込んでくる男!
「ドンッ」
クナイを咥えた狼の首が、胴体と離れて転がった。
一撃だった。
遅れて、その体が横に崩れ落ちた。
「……fuuッ…… 間にあったか。危ないところだったな」
男が大きく息を吐く。
倒れた狼は、灰色だった毛並みがみるみる白く変化していった。
「おじちゃん! ガイアスのおじちゃん! 怖かったよ~。ソルが! ソルが!…」
ウルが木を降りると泣きながら飛びついてきた。
少年たちが驚きの声を上げた!
「えっガイアス! 英雄ガイアスだって—ッ!」
ソルも朦朧とする頭に助かったのだという安心感の内に気を失った。




