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クーガー!

 クーガー!




 隼人たち三人は、暗い山道を(つまづ)きながら登ってきたが、ようやく木々の途切れた尾根道に出た。

 遠くの山々をオレンジに染めてようやく周りが白みだしてきた。

 ジョニアスが声をかける。


「オセオラ、ここらで一休みしよう」

「ウム」


 しわくちゃの日本人の顔の様なおじさんは小柄な体をグリーンの迷彩服に身を包んでいる。

 元軍人で、インディオの出身らしいが此の辺りでは珍しかった。

 朝早くに、一人キャンプを訪ねてきた此の人がサバイバルの教官オセオラさんだ。


 山々を望む岩の上に腰を下ろすと、キセルのたばこに火をつける。

 目を細め美味しそうに煙を吐き出した。


(ははっ こうして遠くの山を眺める姿は、日本のおじいちゃんだな。話しかけないと喋らない無口な人だ。教える事や必要な事以外喋らない。人が嫌いで、怒っていると言う訳でもなくこういう人らしい。山々を眺めているけど、何時も遠くを見ているような不思議な目つきの人だな)


 腰には一匹のリスが(くく)り付けられている。

 登って来る途中の暗闇で光る眼を狙って吹き矢で仕留めたものだ。

 落ちてきた所を棒で叩いた。隼人も渡されて試してみたが暗闇に消えていくばかりで当たったのかどうかも分からなかった。


 教えてくれるというよりもやっている所を黙って見せるといった塩梅だ。

 聴きたいときには質問するとそれに答えてくれる。隼人もそろそろ準備してこなかった水を汲みに行きたい処だった。声を掛ける。


「水汲みに行きたいのですが、場所わかりますか?」


 水も水源がある時はいいが、見つからない時ちょうどこの時間、草に朝露が下りている所を綺麗なタオルで表面の水滴で濡らしていく。

 オセオラさんが、濡れたタオルを上に向けると絞り落ちる水滴を口で受けた。


「水だ」(えっ! これですか? 確かにこれはサバイバルだな)


 コッヘルなどの水を貯められる物に絞りこれを繰り返す。

 煮沸できればよいが、出来ないときはこのまま飲むらしい。


 ジョニアスにも(あご)で合図して飲めと言っているようだ。

 ジョニアスが、いやいやな顔をしながら(しずく)をひと舐めした。


(ハハッ ジョニーさんもさすがに、お腹壊しそうだな。此れは必ず煮沸しよう。食べられる植物も教えてくれてはいるが、あちらの世界での参考にはならないだろう)


「ブラックベリーがたくさんなっている。枝ごと取れるだけ取っておいてくれ」


 休息が終わると来た道をひき返して降りていく。

 木立の生い茂るところでオセオラさんの足が止まった。


「動物の足跡だ。たぶんリスだ。二匹でこちらの木から降りてきて向こうへ走り去っている」


 足跡の付かない枯葉の積もった場所を指し示してはいるが隼人には全く分からなかった。左目を三回瞬きをした。


(レコード、記録しろ。それからの解析だ)情景を記録するイメージを指し示す枯葉の上を見つめる。


「ここに木から飛び降りたときに飛び散った枯葉と窪みが出来ている。そこ

 から同じ間隔で木の葉が蹴散らされているのが分かるだろ」


 足跡が薄いピンク色で表示され飛び散ったと思われる木の葉が緑で表されていく。

(これか?)確認のために隼人がその場所を指し示す。


「うん 分かるのか、若いの! なかなか枯葉の上の足跡は分からないモノだが大したモノだぞ。何処かのインディアンの部族か?」


「いや、僕は日本人です」


「そうか、日本のインディアンか」


(こんな田舎じゃ、日本知らないんだろうな。……日本のインディアン……です…)


 多分、分かっていないのだろうが隼人は嬉しそうなおじさんの顔を見ると日本のインディアンだということで言葉を終わらせた。


 オセオラさんが鉈で2メートルほどの枝を伐採しその木に斜めに立てかけ縛る。

 そこに先端に輪っかを作った細いワイヤーをその枝に三か所ほど取り付けた。

 輪の中に足でも首でも入れて引っ張ると閉まってしまう仕組みだ。


「隼人さっきの、ブラックベリーの枝をひと房一番上に取りつけろ」


「夕方か明日の朝にでも見回りにくれば掛かっているかもしれん」


 隼人たちは、この罠を帰り道に残り二つほど仕掛ける。


 そして近くには、木に立てかけた枝に長い草木を渡して朝露をしのぐように掛け、下には枯れ草を敷いて簡単なテント代わりだという。

 寝るときは後ろの木にもたれかかって眠るという。


「隼人、潜り込んで中から覗いてみろ」


 レイバンに陽が光っている。潜り込んで草を掻き分け、オドケテ顔を覗かせるとジョニアスが笑った。獲物が近くに居るときは、ここに潜んでうかがって居てもいい様だ。オセオラさんは、隼人が気に入ったのか少しずつ話しかけてくれた。


 植物の名前や岩の名前、大きなものになると神様が住んでいていろんなことを、教えてくれるのだという。

(顔が似ているだけじゃなくて、まるで日本人の多神教的な宗教感に近いな)


 帰り着いたキャンプでは、簡単に作れる罠をいくつか手本に作ってくれた。

 そして、隼人が摘んだブラックベリーと鹿のローストの残りをお土産に帰っていった。只、キャンプに遊びに来たおじいちゃんだった。



 そして、また昼間は射撃の訓練に三人で出かけた。

 今度は隼人もメンタルへの圧力を強めたトレーニングを受けさせられる。

 素直な隼人は、これには参ってしまい何度もセーフティの扱いを間違えては、また怒られた。


(怒られる訓練て、なんだよ。意味がわからないよ)


 精神的に疲れた隼人は、早々にキャンプに帰ってくるとテントに潜り込んでしまった。




 隼人が起きだしてくると丁度ジョニアスが薪を準備している


「ジョニーさん、罠を見てきます。駄目だったら缶詰めですよね」


「ああ そうだな……リスか……駄目でもいいんだぞ!」


(あーっ 物凄くいやそうに、サバイバル訓練とは思えない、やる気のない返事ですね。俺も缶詰でいいですよ)


 ソフィさんが、22口径のコンパクトなピストルに消音機を付けている。


「そうね、缶詰めだけじゃ味気ないわ。また、お肉が食べたいわ。私もうさぎか山鳥を探してみる」


(銃でのハンティングとか良かったのかな? 罠を仕掛けた俺たちも似たよう

 なもんか)


 隼人は、ナイフを一つ腰に付けると仕掛けた罠を目指し、山道をのぼる。


(よし! サーチッ、辺りに注意してっと)


 左目を瞬き三回、夕方も近づいてくる木々に覆われた山道が鮮明に映し出される。離れた草むらで動物の気配を感じる。山道に咲き誇る名前も分からない小さな花々まで薄紅の発色を見せてくれる。


(なかなか、便利だな。視界が広がったみたいだ)


 静かだった山道が、生命観があちら此方で感じる鮮やかさを繰り広げだした。

 つま先から足の裏、体全体から研ぎ澄まされた鋭敏な情報が流れ込んで来る。

 山道を歩いているだけで楽しい。


「!」


「キィ!」


(罠を仕掛けた方角だ! なにか掛かった)


 身軽になった隼人は、山道を駆けあがる。

 掛かったばかりの暴れる獲物を、小さな茶色に黒い斑点の動物が抑え込んでいる。大人しくなった獲物を咥えると此方を振り返った。


(猫? 子猫のようなあどけなさに黄色い野生の瞳、違う! 猛獣の子供だ!)


 とその時、


「ギィャオ!」


 短くも恐ろしい咆哮が、背後で響き渡った。


 前の子猫に気を取られてしまっていたのか、あれほど周囲に気を配っていたにも関わらず至近距離からの気配。

 振り返った隼人が目にしたのは、


「クーガー!!」


 吊り上がった二つの目には恐ろしいほどの殺気をみなぎらせる。

 その体にも不釣り合いなほど太い脚、茶色い毛並みが艶やかで美しい。

 隼人は一瞬、絶対的な中その毛並みの美しさに眼を奪われた。


 完全なクーガーの間合いの中で、相手を射すくめる様に鋭い咆哮をあげる。

 吊り上がった二つの目には恐ろしいほどの殺気をみなぎらせ。

 その体にも不釣り合いなほど太い脚はあっという間に間合いを詰める。

 鋭い前足を振り上げると、飛び掛かるそぶりを見せ地面をたたく。

 フェイントだ。相手との力の兼ね合いを計りかねている。


「ギャーオ!!」


 招き猫の様なスタイルで、片足で空を掻き相手を威嚇する。

 かわいげなど、微塵もない恐怖の招き猫だ。

 クーガーが、一気に飛び掛かってこなかった幸運の時間に、アーミーナイフを構える。


(銃弾を(かわ)した動体視力がある。動きをよく見るんだ。動きについて行けるはず)


 右に左にとジグザグなトリッキーな動きで飛び掛かるタイミングを探るクーガー。尾まで軽やかに動き、そのしなやかさに騙されそうになるが、とてつもなく素早い身のこなしを見せる。


 弾丸の軌道を呼んで躱す隼人だったが、短くトリッキーに動きまわるクーガーの動きに翻弄される。


「グワァーッ!」首元をガードした左腕にどう猛な牙が食い込む!!


 突き立てようとしたアーミーナイフは、前足に軽く振りはらわれてしまう。肩口を強烈に開いた爪が引き裂く!


 圧倒的な力!!

 パワーに溢れ、獰猛な激しさで隼人を圧倒する。

 押し倒されながらも、致命的な攻撃を避けるように隼人は、もつれる様に転げまわった。


「グウルルルウ—――」


「ぐおおっ!」


 隼人の口からも痛みとも雄たけびとも知れない声がこぼれ出る。


 噛みついている口元からは獣特有の獣臭が鼻をつく。

 目の前わずか10cmほどの至近距離の黄色い「まなこ」は喰い殺してやるぞ、と狂気を浴びせかける。喰いついた腕をあらん限りの力でふりまわす。


 獣は必死だ、我が子に詰め寄ろうとしていたこの人間に憎しみの憎悪を叩きつける。


 隼人も必死だ、突然現れた死の恐怖と立ち向かいながら人生最大の死闘に追い込まれていた。もつれる体が入れ替わり、クーガーにマウントを取られそうになった。


「らッ!」隼人は、体を丸め込むようにして獣の脇腹にひざをぶつける、そのまま足を延ばしながら回転するように、巴投げを試みた。


 勢いあまって、牙が腕から離れ獣の体が宙に浮く。


「ザッ!」しなやかに体を捻ると、クーガーは何でもないように四つ足で着地した。

 と、その時!


「パスッ パスッ!」


 獣の肩口の毛が「バッ」と飛び散る!


「隼人——離れろ!」


「ソ、ソフィさん!!」


 40メートルほど先の坂道をソフィアが、駆けあがってくるのが見える。

 立ち止まって射撃する。


「パスッ パスッ」


 隼人には、その銃弾の飛んで来る軌道が見えた。

 ソフィアを見据えていた目の前の獣は、おもむろに右に体を揺らした。

 隼人には、まるで銃弾を見切って避けたように見えた。


「来ちゃ、駄目だ! ソフィさん!」


(ソフィさんの持ってきた22口径では、この獣は止められない。逆にソフィさんに敵意が向いてしまう)


「パスッ パスッ パスッ パスッ」


 隼人の言葉を無視して、走りながらも銃撃してくる。

 クーガーは、弾丸の軌道を見定める様に右に左にと太い尻尾を揺らしながら、軽いステップを刻む。


(だめだ!完全に見切っている)


 射撃が止まる。


 その瞬間に子猫に駆け寄る。

 縮こまってしゃがんでいた子供のクーガーをひょいと咥えると一息の跳躍で近くの茂みへと飛びこんで消えた。


(ハッ! 行った)


 その間、わずか20秒足らずの死闘。


「ハァ……ハァ……はっ隼人、大丈夫か?……ひどいケガ!」


 息せききってソフィアが、駆け寄ってきた。


「……助かった…………もう少しで喰い殺されていた……」


 力が抜ける。その場にへたり込んだ。

 隼人のコンバットシャツは、クーガーの一撃の引き裂きで無残にも肩口から敗れて三筋の大きな切り傷を鮮血と共にあらわにしている。


 左腕は骨折もしているのかもしれない、力も入らず腕がおかしな向きになっていた。

 もつれあった時にやられたのか、胸元にも大きく血筋がにじんでいる。

 小さな傷も含めると隼人は酷い有様だった。


「……たっ助かりました。ソフィさん」


 息も絶え絶えに隼人は声を張る。

 目の前で牙をむく野生の荒々しさが、頭から離れない。

 鼓動は収まる事を知らず、高まるばかりだ。


 ソフィアが左腕の牙の傷後にハンカチで添え木ごときつく縛った。


「隼人、歩ける? 今のクーガー戻っては来ないでしょうが、早くキャンプにもどろう」


「歩けます。杖を一本作ってください」


 よろよろと立ち上がる。

 ケガの具合もひどいが襲われたショックが今更にひびく。


 ソフィアは、下りの山道では隼人を先に行かせて、銃を構えながら後ろを警戒しながらゆっくりと降りていった。


 キャンプでは、ジョニアスがのんびりコーヒーを沸かしている。


「ジョニー!」


 ボロボロの隼人と、駆け寄ってきたソフィに驚く。


「どうした!何があったんだ。ひどいケガだ」


「クーガーよ。罠にかかった餌に引き寄せられてクーガーに出くわしたみたいなの」


「とりあえず、血止めと応急処置をしよう、それから下の訓練施設までもどるか?」


 ジョニアスは救急パックを開くと簡単な応急処置を手早く済ませた。


「キャンプは、とりあえずこのままでいい。ソフィ、俺は隼人を背負っていく。

 俺のコルトバイソンはマグナムが使える。もしもの時は、こいつを使ってくれ。行こう」




「オオ――――ッ いたたたたッ」


「おい!ジョニーしっかり押さえつけておけよ。骨がずれる」


 初老の男は、折れた腕を強引に引っ張ると、骨折箇所を指でまさぐる。

 正常な位置に骨を戻すと添え木をした。


「骨折の応急処置は何度もやっているからこれで大丈夫だろう。今夜は、ヘリコプターは飛ばない。明日の朝になる」


 鎮痛剤を拒んだ隼人は、しかめっ面で傷の手当てに耐えている。 


「しかし、このあたりでクーガーなんて初めて聞いたぞ。もっと南のフロリダ辺りにはいるらしいが、いったい何処からやってきたんだろうな」


 この辺りでは、珍しい猛獣だとの事だった。


(それに、あのクーガー弾丸が見えているようだった。見切って避けたみたいに見えた。いくら野生の動物が、すばしこくてもあれはおかしい)


 隼人たちのサバイバル訓練は、思わぬクーガーの襲来によって終わりを告げた。






 補足  クーガー 


 ピューマ又はパンサー、アメリカライオンとも呼ばれる大型の猫科の猛獣。

 アメリカ西部から南アメリカへと幅広く生息している。

 1938年、東部でのクーガーは絶滅宣言が出されている。

 ※(決して可愛い猫ちゃんでは無い)


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