魔法の本と初級ポーション
本の地図は王都に向かって上がっていく感じで、乗り場の地図はアグアルディエンデから下に行く感じだ。
「驚かないのか」
「何を?」
「氾濫だ」
おじいさんは面白く無さそうに言った。
「前の旅で商人さんたちが話してたから」
そう答えたら驚かれた。
乗り場のおじいさんに紹介されて、違う宿を取った。
払った銅貨2枚は勿体無いけど、あの宿に戻る気持ちにはなれなかった。
新しい宿は個室が1泊銀貨1枚と銅貨2枚、食事は朝晩で銅貨6枚と言われた。
1食銅貨3枚の計算だ。
前の町より少し高い。
日本も首都圏に近くなるほど高くなるから、この世界も王都に近くなるほど高いのかも。
ん?
1食が携帯食より安い?
明日、乗り場のおじいさんに聞いてみよう。
まず今日は初級ポーション作りながら寝よう…。
………!!
夜中にうなされて飛び起きた。
心臓がダクダクした。
手首を掴まれた感触に跳び跳ねた血の臭い。
口を押さえて部屋のゴミ箱に飛んで行った。
もう夕食の消化は終わってるみたいで、吐いても出るのは胃液ばかりだった。
無いのに吐くのが辛くて、涙目でゴミ箱を抱えた。
今まで思い出さなかったのに…。
悪寒がして、震えが止まらなかった。
急に何で…。
目を擦りながら、思うのはそれだけだった。
あのおじさんたちに会って思い出したから?
思い付くのはそれしかなかった。
あぁ…そうか。
ぼんやり分かった気がした。
今までは魔力を増やしたくて毎日寝落ちだったから、夢を見るとかも無かった。
なのにあのおじさんに捕まれて、記憶が甦ったんだ。
理解したら背筋がゾッとした。
これからも…悪夢にうなされるの?
怖さに体に震えが来る。
寝られなくて、朝食を知らせる声を重い頭で聞いた。
今夜…寝られるだろうか。
あ…。
思わず体が固まった。
これから馬車に乗るのに…真夜中に馬車の中でうなされるとか無理だよ。
重い気持ちで食堂に行って、無理して食べ始めても続かなかった。
宿のおじさんにごめんなさい、して部屋に戻った。
どうしよう…。
決められなくて、宿を引き払い乗り場まで行った。
乗り場は人が一杯だった。
乗るはずだった王都までの馬車は4台停まっていた。
馬車の上は荷物を乗せるようになってて、御者の横に冒険者が乗っていた。
見れば4台全部に冒険者が乗っていて、その中の2台は冒険者2人と御者の3人でぎゅうぎゅうだった。
ボーッと見ていたらまたおじいさんが教えてくれた。
「あれは警護の冒険者パーティーだ」
乗り合い馬車の持ち主が雇っているらしい。
運賃が高いのは、冒険者パーティーへの警護料も混ざってる値段だからだそうだ。
ぼんやりしてるうちに4台が満員になってしまって、私は乗りそびれてしまった。
パンも買えてないし。
自分に言い訳して、乗り場から離れる。
次の馬車は3日後。
それまで亡霊を吹っ切れなかったら…、この町で暮らすしかない。
考えるだけで胃がキリキリした。
まず、パンを買いに行こう。
ぶらぶらと町を歩いてると、本屋を見付けた。
時間潰しに入ってみて、『初級の魔術』とか書いてある本が目に付いた。
こそこそと開いてみる。
今までなら店員に睨まれるのが嫌で立ち読みしなかったけど、今日は別。
だって、お財布の中身が不安なのに使えるか分からない本を買うのは嫌だから。
最初のページは魔法の種類。
水、土、火、風に光と闇。
基本はこの6つで、上達すると炎とか氷とか雷も使えるようになるらしい。
次に鍛練の仕方。
読むと、侍女さんと同じ事が書いてあった。
体の中の魔力を感じるとか、やはり理解できない。
がっかりでため息と一緒に肩が下がった。
これ分かったら天才だよ…。
本を閉じて店を出ようとしたら、店番のおじいさんと目が合ってしまった。
「…ごめんなさい」
謝って出ようとしたら呼び止められた。
「待ちなさい。魔法を使いたいのかい?」
「…はい」
考えて小さく頷いた。
おじいさんの立ち読みを怒ってる感じじゃないのも大きかった。
「鍛練で困ってるのかな?」
「はい」
だから素直に頷けた。
おじいさんはにこにこして近付いてきた。
「才能があるか、見てあげようか?」
「そんな事が出来るんですか?」
半信半疑で聞き返す。
おじいさんの優しい雰囲気に半分警戒を解いてた。
「勿論出来る」
「あの…どうすれば…」
一縷の望みを託して、おじいさんに聞いてみた。
「勿論ただじゃない」
小さく頷いた。
「本を2冊大金貨1枚で買うなら見てあげよう」
「…え?」
言われてる意味が理解できなかった。
私の間抜けな顔におじいさんが呆れた顔をする。
「わしには魔力の流れが見える」
「…だから?」
おじいさんの言いたい事が分からなかった。
「お前の魔力の流れを見てやろうと言うておる」
おじいさんの焦れた言い方に現実に引き戻された。
はは、断ろう。
そう思ったのにおじいさんは手をかかげてきた。
「魔力の線が弱いのう。腹に集めるから追ってみろ」
「え?え…」
驚いてお腹に手を当てた。
え?…ぁ…。
ホンの少し…あったかい感じがお腹の奥でした。
「残念だが、魔法使いになるには魔力が足りないようだな。しかし、生活魔法は使えるだろう」
「生活魔法?」
繰り返してから気が付いた。
生活魔法とは侍女さんが使う魔法の事だ。
お風呂を沸かしたり、台所で火を起こしたり、シーツを乾かしたりする魔法の事だ。
「…それも使えないの」
仕方無く正直に言った。
「鍛練を続けるしかあるまい。使えるようになるまで1年以上掛かる者もざらだからな」
「え?そんなに…」
脱力してしまって、その場にしゃがみそうになった。
「鍛練の方法はこの本にもあるが、図書館にもっと詳しい本があるぞ」
「図書館?…」
あの職員の顔が浮かんできて、行くのは嫌だった。
嫌そうな顔をしていたらしく、おじいさんが苦笑して言い直してきた。
「本で分からなかったら図書館に行けばいいさ」
おじいさんは本棚から最初手に取っていた本と、呪文が書かれてる別の本を取って渡してきた。
「2冊で大金貨1枚だ」
「う…」
買わないとは言えない空気に敗北感を感じながら、大金貨1枚をおじいさんに払った。
パン屋で旅行用の硬いパンとお昼用のサンドイッチを買って、公園のベンチまで移動する。
食べながら本を開いた。
『魔力の量は産まれながらに決まっている』
え?決まってて増えないとか嘘だよね。
驚いて手のひらを見た。
最近は中々魔力が増えないから、自分の数字を確かめなくなっていた。
最後はいくつだったっけ。
見ると、HPもレベルも変わらなくて、MPだけが50になっていた。
やっぱりMPは増えてる気がした。
最初と違って増えるのがスローペースになったけど止まってない、はず。
また暫くは毎日見よう。
『基本から派生する魔法のどれを覚えられるか、は自分の適正で決まる』
あー、この辺て、本やゲームでもごちゃごちゃ細かく言ってた気がする。
数字脳の人には楽勝らしいけど、私にはまるで分からなくてちんぷんかんぷんです。
ゲームでもお任せ装備でオートバトル選んでたから、理解不能で御座います。
困ったなぁ、って本を見てたら隅に小さく書き込みがあるのを見付けた。
『ごく稀に、レベルが上がると魔法を覚える』
え?何これ。
本をパラパラと揺らしてみた。
他にも何か書き込まれてないか、って思ったから。
何回もやってみて、見付けた。
『図書館。初級の手引き』
あ…図書館…。
行きたくない。
あの職員にまた会うのは、やっぱり嫌だった。
…諦めよう。
本は半分以上読んだから、最初の方は理解できてる。
毎日鍛練して、回すのが出来るようになるまで待とう。
本にはレベル上がったら、ってあるけど町での上げ方とか想像が出来なかった。
伯爵の所で2ヶ月働いたのにレベルは変わってなかった。
もし上げる方法が戦闘だけとかなら、絶対上がる前に私死ぬから。
苛々して、ストレス発散に買い物したいけど、財布の代わりの袋には大金貨1枚と金貨3枚しか無い。
収入源が無いのに無駄にお金は使えなかった。
倉庫のお金?
倉庫の大金貨は残してあるけどそれは本当に万が一のためのお金だから使いたく無かった。
「…初級ポーションを売ってみようか…」
初級ポーション10個を背中の袋に入れて、商業ギルドに向かった。
入口の案内のおじさんに、初級ポーションを売りたいと言ったら驚かれた。
「どうして初級ポーションを持ってるんだい?」
「おばあちゃんが困ったら売れって…」
ギラギラした目で見られて、失敗したと悟った。
ギルドじゃなくて薬屋にしてれば…。
「おばあさんは魔法使い?」
「無理なら良いです…」
後退して商業ギルドを出ようとして捕まった。
「初級ポーションは何個持ってるの?」
「…10個」
最悪10個没収される覚悟で教えた。
「金貨8枚で買い取ろう」
案内の人が出せと迫ってきた。
「その値段なら王都で教会に売ります」
周りに聞こえるよう大きな声で言った。
「いや、高値で買うから」
「…売れないです」
周りにいた顔が変わった。
「私が金貨9枚で買い取ろう」
「いや、わたしが金貨9枚と銀貨2枚で買おう」




