乗り合い馬車と宿屋
私は地図の海を見ながら、どうやったら航れるのか真剣に考えていた。
やっぱり船、だよね。
お金掛かるだろうなぁ。
お金貯めなきゃ。
初級ポーション売ろうか?
そもそも船の料金ていくらだろう。
あ、何処から船が出てるか、から調べなきゃ駄目だよね。
下の港から船が出てるか聞いてみようか。
ごちゃごちゃ考えながら見る大陸の地図には港の印が1つも無くて、見直した国の地図にも港は無かった。
え?何で?
もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
え。
視界の隅で何かが動いた気がして顔を上げたら図書館の職員がニヤニヤして私を見下ろしていた。
驚きで固まってしまう。
職員は地図を見てオロオロしてる私に満足したのかさっさと戻って行った。
その背中に文句を言う気力も無い。
はぁ…ってため息をついて地図の本を戻しに行った。
気持ちがボキッてへし折れてて、これ以上書き写す気力も何かを調べる気力も失せていた。
出ようとしたところに、入ってくる人が見えた。
本の挿し絵みたいな白地に金の刺繍のマントを羽織った女性がこっちへ来た。
マントに負けないきらきらの金髪美人で、年齢は二十歳くらいだと思う。
彼女はお金も払わず奥の棚に消えた。
その棚の上には『魔法』の札が掛かっている。
それを見て、何か『やっぱりなぁ』みたいな感じの気持ちになった。
彼女は重そうな本を2冊抱えて出てくると熱心に読み始め、その姿にもっと気力が削られた。
受付で金貨を返して貰って、宿屋を探した。
今日はもう何もする気が起きなかった。
はぁ…。
口から出てくるのはため息ばかり。
宿屋を探してたのに、見付けたのは乗り合い馬車の乗り場で、乗り場には屋台がたくさん出ていた。
屋台が目的なのか、集まってる人も多かった。
近場の屋台を覗いてみると、どれも2つか3つで銅貨1枚で売っていて、1個売りの物は肉を串に刺して焼いた物だけだった。
揚げパンみたいなパンを買って1つを倉庫に入れてから、揚げパンを食べながら馬車の時刻表を見た。
倉庫なのは背中の袋が人混みで下ろせなかったから何だけど、これが後から助けてくれた。
近付いてみると時刻表じゃなくて地図だった。
町の名前と料金が書かれていて、名前の横に料金とは別の数字が書かれていた。
不思議に思いながら見てたら、切符を売ってるおじいさんが教えてくれた。
「町の横の数字はこの町から何日掛かるかだよ」
「そうなんですか」
教えられてから見直してみると、このアクアビットから前の町アグアルディエンデまで2とあった。
それで納得した。
地図だとアグアルディエンデが1番はしっこの町だ。
次がこのアクアビット。
地図だとここからは上に上がっていく感じになる。
アクアビットの次は王都アラック馬車で6日。
地図の端に小さくある時刻表を見てみる。
「丁度明日だ…」
3日に1度の馬車が明日出るらしい。
乗って王都に行こうか考えてたら、おじいさんが後ろから話し掛けてきた。
「王都に行くのかい?」
「王都に行きたいんじゃなくて、海の向こうの大陸に行きたいんです」
ほんわりと自然な口調で聞かれたから、ついポロっと答えてしまっていた。
「ああ、図書館で地図を見て来たんだね、週に1人はお前みたいな子が来るよ」
「え?」
思わず聞き返した。
週に1人はって…私には死活問題なのにっ!
つい怒鳴りそうになった。
言い返したいのに、怒りが強くて言葉が出てこない。
唇と両手がわなわなしてプルプルした。
「海には魔物がうようよいて船は出せない。それでも下の大陸に行きたいなら、魔法使いになって飛べる竜でも使い魔にするか転移魔法を覚えるんだな」
おじいさんはさらりと大変な事を言った。
使い魔に転移魔法!
立ち直れないくらい気持ちが折れてるのに、追い討ちしなくて良いのに…。
「当然だが魔法使えないんだろ?なら魔法使いの知り合い作って送ってくれるよう頼んでみるんだな」
「え?…」
その手があった。
何て思ったのは一瞬で、直ぐに無理だって思った。
本やゲームの中の魔法使いってあくが強い人が多い。
それを肯定してしまうくらい、図書館で会ったマントの人は気が強そうな顔をしていた。
考えた結論は…無理、だった。
もうため息を付く気力も無かった。
今日のたった2時間で、気持ちが根本からボキッとへし折られた気がした。
平凡な私じゃ上の大陸に行く方法が無い。
魔力の鍛練すら出来ない私に魔法は使えないし、使い魔も呼べないと思う。
いや、その前の大前提の『使い魔は魔界の者』が怖過ぎて呼びたくない。
もう現実がグサグサ刺さって痛すぎるくらいだ。
日本に戻るのを諦めて、この世界で死ぬまで暮らそうか…って思うところまで自分を追い詰めていた。
おじいさんと別れて、宿屋を探した。
乗り場の前の宿屋は一杯で泊まれなくて、宿屋を探して町の中をうろついた。
やっと見付けた宿は汚くて、個室は無くて大部屋だけだって言われた。
宿代は食事無しで銅貨2枚。
食事は近くの食堂か冒険者ギルドの酒場で食べてこいって言われてしまった。
それも無理なら屋台で済ませろ、だって。
安過ぎる宿代に恐怖を感じたけどここしかない。
仕方無いからご飯は後にして部屋へ行ってみた。
窓がない部屋にベッドが10、頭の方を壁にくっつけて置いてあった。
ベッドは奥から埋まるらしくて、残りは入口側の3つだけだった。
え…思わず入口で固まってしまう。
お酒の臭いと、おじさんの集団と目が合う。
…うっそ…。
驚きすぎて動けなかった。
まさか男女で同室なの。
有り得ない現実に拒絶反応が出た。
その時の行動は、本能だと思う。
咄嗟に背中の魔法の袋を倉庫に突っ込んだ。
「珍しい泊まり客だなぁ」
ずかずかとおじさんの1人が近付いてきた。
じろじろと見られて思わず後退る。
今夜泊まらずに済むならとっくに逃げ出してた。
頭の中で野宿と宿で天秤が揺れてて、その時はまだ宿の方に傾いていた。
「こんな安宿に泊まるくらい金が無いのかぁ。俺が仕事の斡旋してやっても良いぞ」
おじさんはにやにやしながら肩に手を置いてきた。
思わず後ろに2歩飛んで逃げた。
思い出したくない光景がフラッシュバックして、叫びだしそうだった。
逃げながら腰に手をやって、剣がないのに焦った。
倉庫だ。
取り出そうと手を見たら、その手を掴まれた。
思い切り引いて取り返す。
吹き出す嫌悪感に息も出来なかった。
「ちっ」
何故かおじさんが舌打ちして戻って行った。
え?
私は何があったのか分からなくて、おじさんの背中をポカンと見ていた。
「何だ止めたのかよ」
違うおじさんが戻ったおじさんをからかう。
「あんな自意識過剰な奴はめんどくさくて嫌だね」
「こっから見てても身振りが大袈裟だったからな」
おじさんたちは何が意味あり気に話ながら、ニヤニヤしながら見返してきた。
「あんなんじゃ酒場に売り込んでも金にならねぇ」
「何だ、近場で見たら売れる顔じゃねぇのか」
おじさんたちが大きな声で笑うのが聞こえてきた。
く、悔しいけどこの容姿の事を言われたら、本当だから言い返せない。
泣きたいのを我慢して宿を飛び出した。
泣かない、と決めて走っても悔しさは消えない。
明日にはこの町を絶対出る。
そう決めて着いたのは馬車の乗り場で、明日の時刻表を確認する事にした。
明日の時間を確かめてから、思い立った。
6日も持つお弁当とかあるのかな?
それに、あの宿じゃお弁当とか頼めないだろうし。
時刻表の前で考えていたら、おじいさんが寄ってきて疑問に答えてくれた。
「みんな固形の携帯食を用意しているのさ」
「それは何処で買えるんですか?」
「ほれ」
おじいさんが屋台の1つを指した。
「1食銅貨4枚。途中道が通れなくて遠回りする事もあるから、2日分は多目に買ってから乗るんだな」
「腐らないんですか?」
「腐るかよ。乾燥させて固めた野菜と干し肉を、鍋に水に入れて煮るだけだ」
聞いていてインスタントラーメンを想像した。
それに固いパンを浸して食べるらしい。
固く焼いたパンは1ヶ月持つそうだ。
パンはここでは売ってなくて、パン屋で買うらしい。
隣で売ってれば良いのに、と思ったけど言わない。
何日分買おうか。
10日分買えば足りない事は無いだろう。
1日分で銅貨4枚掛ける3で銀貨1枚と銅貨2枚、掛ける10で金貨1枚と銀貨2枚。
計算するとかなりの金額だった。
前に村で大金貨5枚で半年暮らせる、って聞いた事を思い出した。
1ヶ月なら金貨8枚と銀貨3~4枚の計算になる。
日本と比べられないから、物価が高いのか安いのか良く分からなかった。
「前の宿断られただろ」
「え?見てたんですか?」
恥ずかしくて顔が赤くなった気がした。
「今日は王都の魔法使いたちで貸し切りなのさ」
魔法使い、で図書館のキラキラマントを思い出した。
「氾濫の徴候があるとかで上に向かうそうだ」
「そうですか」
聞きながら、上?って思っていた。
地図に上下の印は無かったけど、私の事だから気付かなかったのしれない。
改めて目の前の地図を見ると、図書館の地図とは向きが違っていた。




