宿屋と本屋と図書館
「…ふぅ」
宿の部屋にやっと落ち着いたら大きなため息が出た。
あの後思った以上の騒ぎになってしまって、最後はギルドの少し上の人が出て来て、10個を金貨9枚と銀貨5枚で買い取ってくれた。
逃げるように商業ギルドを出て朝の宿屋に逃げ込んだ。
宿のおじさんから2人部屋があると言われても、イビキをかくからと無理矢理個室にして貰った。
2人部屋とか怖くて泊まれるはずがない。
「あ、…」
無意識に出た「怖い」の単語から真夜中の記憶が雪崩のように甦って…思い出したら体がガチガチに緊張した。
もし悪夢で真夜中に叫んだら…。
今夜で未来が決まる気がして震えが来た。
そんな時、ドアがノックされた。
ビクッと体が跳ねた。
夕食にはまだ時間がある。
無防備にドアを開けたら目の前に知らないおじさんがいた。
「え?」
思わず一歩下がった。
「ポーションを売ってくれ。まだあるんだろ?」
ズンズン入って来られて、パニックで悲鳴を上げた。
上げたはずのに、声になってなくて…。
後退りで逃げ道を探してた視界におじさんの後ろの部屋のドアが見えて…その後は夢中で良く覚えて無い。
気が付いたら悲鳴を上げて食堂に居た。
私の声に驚いた宿のおじさんが驚いた顔で厨房から出て来た。
「どうした?」
「知らないおじさんが…」
震えてる手で部屋の方を指した。
「知り合いじゃなかったのか?」
私の知り合いだと言われたから部屋を教えたらしい。
「知らない人」
恐怖で噛みながら細切れに商業ギルドでの話をしたら、宿のおじさんが怒った顔で見に行ってくれた。
「災難だったな」
知らないおじさんを追い出してから、改めて話を聞かれた。
宿のおじさんの話だと上級の高価なポーションを作れる魔法使いは貴重だから国のお抱えになって王都の教会に庇護されて暮らすけれど、初級しか作れない魔法使いは珍しくないから町で市民に紛れて暮らすらしい。
「あんたのばあさんもそうして暮らしてたんじゃないのか?」
「…一緒に住んでなかったから」
喋りすぎたかも、とか後悔してももう遅い。
話の収拾がつかない雰囲気に冷や汗が出た。
「魔力は遺伝するからな。あんたももしかしたら作れるようになるかもな」
「あの…もし作れるようになったら、売れますか?」
ジリジリ後退しながら聞いてみた。
「勿論売れるさ。商業ギルドでも冒険者ギルドでも買い取ってくれるぞ」
買い取り…頭の中に商業ギルドのやり取りが甦る。
嫌だな、って思ってたら追撃が来た。
「どっちのギルドでもポーションを作れる魔法使いは貴重だからな。初級でもがっつり見張り付きだろうがな」
え?見張り?
やだ、怖い。
焦ってるのが顔に出てたんだと思う。
「大半の初級ポーション作りはギルドに見付からないよう市民の中に隠れて暮らしてるんだ」
「隠れて…生活するお金はどうしてるんですか?」
「1つの薬屋と提携してそこに卸してるのさ」
それじゃあレベルが上がらない。
多分だけど、本やゲームと同じくギルドのランクアップか戦闘で勝てたら私のレベルも上がるはず。
もしもの仮定だけど、レベルが上がったら魔法を使えるようになるかもしれない。
1つ覚えれたらきっと他の魔法も…。
「稀にだが、ポーションを作り続けると初級だが回復魔法を使えるようになる奴がいるらしいぞ」
「回復魔法…」
魔法がある世界なんだから回復魔法があるのは当然なのに、聞くまで思い付かなかった。
「回復魔法を使えたらお店とか開けるんですか?」
「店だと」
宿屋のおじさんが呆れた声を出した。
「回復魔法はポーションより高いんだ。怪我や病気の時は安いポーション買うさ」
当然だって顔で言われてちょっと恥ずかしかった。
「回復魔法を使える魔法使いは冒険者ギルドに登録して、仲間とダンジョンに潜るのが普通だな。ドロップ品を売る方がポーション造るより余程金になる」
ダンジョン!
リアルダンジョン!
背中がざわざわした。
無理だから。
考えるだけで身体中から嫌な汗が出た。
ウサギだけであれだけ苦戦したのにダンジョンとか有り得ないから。
宿屋のおじさんにお礼を言って部屋に戻る。
ベッドに座って、枕元の袋から商業ギルドのギルドカードを出した。
私のギルドランクはF。
最初はFからのスタート?
説明らしい説明も無かったって今さら気が付いた。
あ、図書館でギルドを調べればその辺も載ってそう。
結局商業ギルドか図書館の、どっちかには行かないと駄目っぽい。
どうせ行くならあちこち調べられる図書館かな。
次の馬車が出るまで2日ある。
その間は図書館でこの世界の知識を収集しよう。
行きにノートとペンを買って、明日と明後日は図書館に行くと決めた。
よしっ!
ガッツポーズしたところに夕飯を知らせるおじさんの声が聞こえてきた。
食堂に行くと、もう席の半分が埋まっていた。
身綺麗な商人の中に埃っぽい冒険者が混ざる感じで、一目で見分けが付いた。
今朝までは職業とか全然気にならなかったのに、我ながら呆れてしまう。
「これを良く読んでおくように」
「はい、旦那様」
隣から聞こえる威圧的な物言いに、つい顔を向けた。
見ると50歳くらいの太ったおじさんと私と同じくらいの少年が座っていた。
少年の手には『商業ギルドの手引き』があった。
内心で『あるじゃない』って突っ込む。
最初にくれれば良かったのに、と思って、止めた。
あの状況で受け取っても、私に読む余裕があったとは思えないから。
もし図書館で調べきれなかったら、帰りに寄って手引きを貰って来よう。
まだ雑貨屋は開いてるかな?
ノートとペンを買ってきて、調べる事を箇条書きにしておこうか?
そこまで考えて、知ってる事の方が少ないんだと気付いて苦笑いが出た。
顔を上げたら、隣の少年が危ない人を見る目で私を見てて、かなり焦った。
私より先に食べ終わった隣のおじさんが部屋へ戻る前に宿のおじさんを呼んだ。
「風呂を頼む」
え?
思わずむち打ちになりそうな勢いで隣に居たおじさんを見てしまった。
お風呂?
まさかこの宿に有るの?
おじさんがの話が終わるまでもどかしくて、じりじりしながら待った。
話を終えて厨房へ戻る宿のおじさんを急いで追い掛ける。
「お風呂が有るんですか?」
「有るよ。入るのかい?」
「はい」
宿のおじさんが提示した金額は宿賃より高かったけど背に腹は代えられない。
この出費がこれから地味に家計を圧迫するんだけど、やっぱりお風呂の無い生活は我慢出来なかった。
お風呂はおじさんの後で、ちょっとだけ抵抗があった。
日本に帰れるまで我慢しなきゃ。
早く入らないと追い焚きが出来ないからお湯が冷める。
勢いを付けてザブンとお湯に浸かった。
肩まで浸かって…上手く言えないけどおじさんに申し訳無く思えてきて心の中で『ごめんなさい』を言った。
さっぱりしてお風呂から出ると、まるでスイッチが入ったみたいに突然頭の中が手首の感触と血の臭いに支配された。
トイレに駆け込んで胃の中が無くなっても吐いた。
吐きながら分かってしまった。
忘れてなかったんだ、と。
意識の下にはずってあって、私が目を背けてただけ。
震えがきてる体を叱って立ち上がる。
公共のトイレを長く独占するわけにいかないから、壁を伝って必死に部屋に戻った。
その夜の怯えは言葉にならない。
悪夢への恐怖で寝落ち直前まで体が固まっていた。
宿のおじさんに王都アラックに行きたいと話してもう2泊分の宿賃を先払いした。
午前中メモとペンを買って図書館へ行く。
幸い図書館の職員は昨日と違う人でホッとしながら金貨を渡した。
まずはギルドの本を探したけど絵本みたいな一冊しか無かった。
ギルドのランクはFから始まって最高はA。
それは商業ギルドも冒険者ギルドも同じらしい。
冒険者ギルドは依頼を達成する回数でランクが上がっていって、商業ギルドは商談の回数で上がるらしい。
私みたいに依頼を受けるだけじゃ上がらないかも?
やはり、帰りに手引きを貰いに行かなきゃ…。
次に魔法の棚に行った。
書いてある事は『初級の魔術』を難しく書いてある感じで、新しい物は無かった。
つい、目が『初級の手引き』を探していた。
「…あった」
手に取ってパラパラめくってみた。
書いてある事は買った本より優しく書いてあった。
書き込みが無いか、右から左からパラパラしてみた。
「あ…」
あった。
【レベル5で初級】
魔法の初級って事?
他にも無いか何回も本をめくった。
念のため、初級って書かれてる本は全部見た。
そしたら、『初級の生活魔法』に【腸の動き】って書き込みがあった。
筆跡を見比べて見ると、似てる気がする。
宿に戻る途中商業ギルドに寄って『商業ギルドの手引き』を貰うのも忘れなかった。
貰うと言うかパンフレットみたいに置いてあるのを一冊貰った。
8ページの小雑誌みたいになってる手引きの内容は、絵本を難しくしただけで知りたいランクの話は1ページの半分も無かった。
ギルドランクをFからEに上げるには10回の商談が必要で、依頼を受けるのなら50回受ける必要がある、とあった。




