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第四十八話 生徒会長は振り返らない

 大地が持ち上がった。


 グレイグが杖を突き立てた瞬間、戦場を走っていた亀裂が一斉に開く。


 地面そのものが折れ曲がり、巨大な岩壁となってせり上がった。


 十メートル。


 二十メートル。


 連なる岩盤が空を切り取り、セレスティアの周囲を閉ざしていく。


「エリオット!」


「分かっている!」


 岩壁の隙間へ、暴風が流れ込んだ。


 狭められた風は逃げ場を失い、一本の巨大な奔流へ変わる。


 岩肌を削り。


 砕けた石を巻き上げ。


 周囲の木々を根元から引き抜いていく。


 セレスティアの身体を、雷と風が包んだ。


 雷風衣《ヴォルト・ヴェール》。


 青白い雷光が岩壁を駆け上がる。


「そこだ!」


 レオンが杖を振り抜いた。


 上空から白い光柱が落ちる。


 セレスティアの進路を、正確に撃ち抜いた。


 轟音。


 岩壁の上半分が吹き飛ぶ。


 土煙と岩塊が空へ噴き上がった。


 雷光が煙の中から飛び出す。


 だが、その先にはすでに風の渦が待っている。


 エリオットが腕を払った。


 暴風が壁となり、セレスティアを地面へ叩き戻す。


 着地点が沈んだ。


 グレイグが足元の地形を崩したのだ。


 セレスティアの身体が、陥没した大地へ落ちる。


「聖環連結!」


 三人の胸元へ光の輪が浮かんだ。


 レオンからグレイグへ。


 グレイグからエリオットへ。


 エリオットからレオンへ。


 三本の線が三角形を描き、三人の魔力を一つにつなぐ。


 レオンが見たものを、残る二人も見る。


 エリオットが感じた風を、三人全員が感じる。


 グレイグが受けた負荷を、残る二人が支える。


 三人で一人。


 一人で三人。


「最大出力でいく!」


 レオンの声に、二人が同時に応じた。


 グレイグが両手を地面へつく。


 陥没した大地の左右から、巨大な岩盤が閉じ始める。


 その隙間へ、エリオットの暴風が渦を巻いた。


 砕けた岩が風へ乗る。


 数百。


 数千。


 無数の石礫が、谷底へ殺到する。


 最後に。


 レオンが杖を振り下ろした。


 光が落ちた。


 一本ではない。


 岩と風のすべてを呑み込み、谷底へ叩き込む巨大な奔流。


 大地が爆ぜる。


 平地だった場所が消えた。


 戦場の中央に、巨大な穴が穿たれる。


 衝撃波が周囲の森へ走り、木々をまとめて薙ぎ倒した。


 岩山が崩れる。


 谷がさらに深くなる。


 舞い上がった土煙が、空を覆った。


「なんだ」


 レオンが笑った。


「いけるじゃないか」


 エリオットも口元を上げる。


「記録どおりだ。雷風衣の進路さえ塞げば、押し切れる」


「手を止めるな」


 グレイグが杖を構え直す。


「立て直す時間を与えるな」


 大地が再び鳴る。


 土煙の向こうで岩盤が動いた。


 巨大な手のように形を変え、谷底を押し潰す。


 その上から、暴風。


 さらに光。


 岩を砕く。


 風で巻き上げる。


 光で焼き払う。


 そしてまた、大地を変える。


 戦場はもう、最初の面影を残していなかった。


 山。


 谷。


 崖。


 地割れ。


 三人の攻撃によって、地形そのものが何度も作り替えられていく。


 セレスティアの姿が見えた。


 岩山の中腹。


 金色の髪が風になびく。


 雷風衣をまとい、上空へ抜けようとしていた。


「右上!」


 エリオットが叫ぶ。


 次の瞬間には、三人全員が同じ位置を見ていた。


 グレイグが岩柱を伸ばす。


 エリオットが風で進路を狭める。


 レオンの光槍が、その隙間へ降り注いだ。


 一閃。


 二閃。


 三閃。


 白い光が空を埋める。


 セレスティアの姿が、再び攻撃の中へ消えた。


「押せてる!」


 エリオットが声を上げた。


「このままいける!」


 レオンたちは正しかった。


 セレスティアは、一度として反撃していない。


 岩を砕き。


 風を避け。


 光を受け流す。


 防ぐだけ。


 逃れるだけ。


 雷風衣の速度も、三人の連結術式に先回りされている。


「昨年の無敗も、大したことないな!」


 レオンが杖を向けた。


「お前の動きは、全部調べてある!」


 光が撃ち込まれる。


 セレスティアは避けない。


 白い光が、正面から彼女を呑み込んだ。


 背後の岩壁が吹き飛ぶ。


 だが。


 煙の中から現れたセレスティアには、傷一つなかった。


 制服も。


 肌も。


 金色の髪も。


 何一つ損なわれていない。


「……無傷だと!?」


 レオンの声が止まる。


 セレスティアは静かに立っていた。


 その周囲だけ、空気の流れが違う。


 岩塊が肩へ触れる寸前で回転する。


 暴風は身体の両脇へ割れていく。


 光柱は彼女を貫いたように見えて、そのまま背後の地面を抉っていた。


 攻撃を弾いているわけではない。


 正面から受け止めてもいない。


 ただ。


 触れる直前に、その流れを変えている。


 岩も。


 風も。


 光も。


 セレスティアの身体をなぞるように逸れ、別の場所へ流れていく。


「そんな魔法、記録には……」


 エリオットが呟く。


「もう一度だ!」


 レオンが叫ぶ。


 三人を結ぶ聖環連結が、さらに強く輝いた。


 グレイグが大地を持ち上げる。


 エリオットが暴風を集める。


 レオンが光を束ねる。


 先ほどを上回る魔力。


 岩山そのものが回転を始めた。


 削れた岩が弾丸となって宙を埋める。


 その中心へ暴風が巻きつき、巨大な渦となる。


 レオンの杖先には、白い光が太陽のように膨れ上がっていた。


「これで終わりだ!」


 三人の最大出力が、同時に放たれる。


 岩の奔流。


 空を引き裂く暴風。


 戦場を白く焼き潰す光。


 すべてがセレスティアへ殺到した。


 轟音。


 視界が消える。


 地面が波打つ。


 巨大な岩盤が内側から砕け、何千もの破片となって空へ散った。


 衝撃だけで周囲の地形が沈む。


 戦場の中央には、底の見えない巨大な穴が残された。


 三人は肩で息をしながら、その中心を見下ろした。


 やがて。


 土煙が割れた。


 セレスティアが歩いてくる。


 片膝をついてもいない。


 杖を支えにもしていない。


 先ほどと同じ姿のまま。


 ただ、崩れた大地の上を静かに進んでくる。


「私は、わからないものが怖いの」


 穏やかな声だった。


 誇るでもなく。


 責めるでもない。


 ただ、当たり前のことを話すように。


「だから、理解しようとしている。全力でね」


 レオンが歯を食いしばる。


「何を言っている!」


 光槍を放つ。


 グレイグが岩柱を伸ばす。


 エリオットが暴風を重ねる。


 それでも。


 セレスティアは止まらない。


 光は身体の横を滑り抜ける。


 岩柱は彼女へ触れる直前で傾く。


 暴風は左右へ割れ、金色の髪だけを静かに揺らした。


「だから、あなたたちのその魔法」


 セレスティアの視線が、三人を結ぶ光へ向く。


 レオンへ集まる魔力。


 グレイグが不足を補う順番。


 エリオットが流れを同期させる間隔。


 負荷を三人へ分ける仕組み。


 攻撃を受けるたび。


 そのすべてが、風を通じて彼女へ伝わっていた。


「全身で受けてみたけど」


 短い沈黙。


 レオンの口が開く。


 だが、言葉は出なかった。


 三人はようやく理解した。


 自分たちは、押していたのではない。


 追い詰めてもいない。


 彼女はただ、知るためにそこへ立っていた。


 理解するまで。


 すべてを受けていた。


 セレスティアの瞳から、ゆっくりと熱が消えていく。


 未知を見る目ではない。


 怖いものを見つめる目でもない。


 もう分かってしまったものを見る、冷めた視線。


「興が失せたわ」


 声の温度が変わった。


 セレスティアは三人の間ではなく、その先へ視線を向ける。


 礼拝堂の方角。


 もう、この戦場には何の用もない。


「どいてくださる?」


 優雅な足取りで、歩き始める。


「待て!」


 レオンが叫ぶ。


 三人の魔力が、再び聖環連結へ集まる。


「止めろ!」


 グレイグが地面を打った。


 セレスティアの進路へ、何本もの岩柱が噴き上がる。


 エリオットが暴風を叩き込み、その隙間を縫うようにレオンの光が走った。


 岩。


 風。


 光。


 すべてが、歩くセレスティアへ殺到する。


 一歩。


 岩柱が身体の横を滑り抜ける。


 二歩。


 暴風が左右へ分かれる。


 三歩。


 光が胸元を貫いたように見えて、そのまま背後の地面へ吸い込まれた。


 セレスティアは歩みを変えない。


「ふざけるな!」


 レオンがさらに魔力を上げる。


 白い光の奔流が落ちた。


 グレイグが岩壁を閉じる。


 エリオットが暴風で退路を消す。


 巨大な爆発。


 土煙が、セレスティアを丸ごと呑み込んだ。


 だが。


 その煙の中から。


 また彼女は現れる。


 同じ速さで。


 同じ静けさで。


 歩いている。


「どうして……」


 エリオットの声が震える。


 セレスティアは答えなかった。


 もう三人を見てもいない。


 背後から攻撃を受けながら。


 崩れた大地の上を、庭園でも歩くように進んでいく。


 レオンの光が弱まる。


 グレイグの地形変化も鈍る。


 エリオットの風が乱れ始める。


 それでも三人は攻撃を止めなかった。


 止めれば。


 自分たちがもう相手にされていないことを認めることになる。


 セレスティアは、崩れた岩山の縁へたどり着いた。


 そこで一度だけ足を止める。


 背後では、なおも岩が隆起し、風が唸り、白い光が迫っている。


 どの攻撃も届かない。


 彼女の周囲で流れを変え、脇を抜け、遥か後方へ消えていく。


 セレスティアは小さく息を吐いた。


 ため息。


 それから。


 ぱちん、と指を鳴らした。


 背後で轟音が響いた。


 光。


 雷。


 崩れ落ちる大地。


 遅れて。


 三つの転送音が、重なった。


 セレスティアは振り返らない。


 そのまま、礼拝堂の方角へ歩いていった。

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