第四十五話 見つける者たち
魔導投影盤には、広域フィールドで続く三つの戦場が映し出されていた。
西側渓谷。
東の旧街道。
そして、朽ちた礼拝堂。
観戦席上段の記録席では、複数の観測器が休むことなく動き続けている。
その中央で、マルクが投影盤の映像を切り替えた。
「まずは西側渓谷です!」
映し出されたのは、三人の聖環学院生に囲まれたセレスティアだった。
正面にレオン。
左右をグレイグとエリオットが固めている。
三人の胸元には同じ環の紋様が浮かび、細い光が互いを結んでいた。
「聖環学院生徒会の三名が、セレスティア会長を包囲しています! 使用しているのは――」
「聖環連鎖ですね」
聖環学院側の席から、ディル・エスパリスが答えた。
「聖環学院に伝わる集団術式の一つです。複数の術者の魔力と術式を、環を通して接続します」
「三人の魔力を合わせる魔法、ということでしょうか?」
「単純な足し算ではありません」
ディルは投影盤へ視線を向けたまま続ける。
「互いの魔力の流れを共有し、異なる術式を一つの術式として連動させます。今であれば、エリオットの風がグレイグの土を運び、グレイグが作った足場をレオンが利用できる」
投影盤の中で、岩盤が盛り上がった。
セレスティアの左右へ岩壁がせり上がる。
同時に、エリオットの風が谷間を巡り、岩壁の隙間を塞いでいく。
レオンは正面に立ったまま動かない。
三人が別々に攻撃しているのではない。
一つの大きな術式を、三人で動かしていた。
「セレスティア会長の移動経路を狭めています!」
「昨年の映像を研究したのでしょう」
グラント教官が腕を組んだ。
「昨年、セレスティアが見せたのは高速移動と放電を組み合わせた術式だ。まともに追えば捉えられない。ならば、最初から動ける場所を消す」
「三人がかりなら止められると?」
「止めるために三人用意したんだろう」
セレスティアは、迫る岩壁を前にしても動かなかった。
淡い光が、その身体の周囲を走る。
「雷風衣!」
次の瞬間。
セレスティアの姿が消えた。
岩壁の間を白い雷光が駆け抜ける。
だが、その先にはレオンがいる。
セレスティアが進路を変えようとした瞬間、エリオットの風が横から吹きつけた。
グレイグの岩壁が、さらに形を変える。
「逃げ道を塞ぎました!」
「いえ」
セラムが、手元の観測器を見ながら言った。
「完全には塞いでいません。移動先を限定しています」
白い雷光が、岩壁すれすれで急停止する。
セレスティアが再び姿を現した。
レオンの攻撃は届かない。
だが、セレスティアも三人の包囲を抜けてはいなかった。
「聖環側が、会長の高速移動へ対応しています!」
観戦席から歓声が上がった。
昨年、誰にも触れさせなかったセレスティアが足を止められている。
ただし、その顔から笑みは消えていなかった。
「さて」
グラントが呟く。
「あいつが、昨年と同じことだけをするかだな」
映像が切り替わる。
東の旧街道。
氷に覆われた地面を、ジルが駆け抜けていた。
その後方から、無数の水弾が飛ぶ。
シオンは水弾へ杖を向けた。
水が空中で凍り、薄い氷壁へ変わる。
防いだのではない。
ミレイユが放った水そのものを、自分の術式へ取り込んでいた。
「こちらはシオン副会長対、聖環学院の二名!」
傘を回したミレイユの周囲に、新たな水の輪が生まれる。
ジルは氷の上を蹴り、シオンの側面へ回り込んだ。
「ミレイユ選手が攻撃を続け、ジル選手が接近を狙っています!」
「ミレイユは水属性術師です」
ディルが補足する。
「聖環学院二年生の中では、最も高い実力を持つ生徒でしょう」
「二年生最強ということですか?」
「学院内では、そう評価されています」
「昨年の対抗戦には出場していませんでしたね」
「本人が辞退しました」
「辞退?」
マルクが思わず聞き返す。
ディルはわずかに困ったような顔をした。
「当時は、対抗戦へあまり興味がなかったようです」
投影盤の中で、ミレイユが楽しそうに傘を回している。
水刃が弧を描き、シオンの逃げ道を削っていく。
昨年とは、ずいぶん気分が違うらしい。
「では、ジル選手は?」
「一年生です。風属性を基礎とした高速移動を得意としています」
「一年生で代表入り。将来有望ですね!」
「実力だけを見れば」
ディルの返答に、わずかな間があった。
「ただ、あまり人の言うことを聞きません」
ちょうどその時、ジルが正面からシオンへ突っ込んだ。
牽制も合図もない。
ミレイユの水刃の間を、勝手に駆け抜けていく。
「確かに!」
マルクの声に、観戦席から笑いが漏れた。
シオンの足元から氷が伸びる。
ジルの進路を読み、両脚を捕らえようとする。
だが、ジルの脚に細い放電が走った。
氷が砕ける。
次の瞬間には、ジルの姿がシオンの目前にあった。
「速い!」
蹴りがシオンの肩をかすめる。
黒い外套が裂けた。
シオンは身体を流しながら、ジルとの間に氷壁を作る。
だが、その氷壁も完成前に蹴り砕かれた。
「ジル選手、さらに加速しました!」
「放電を脚部の強化に使っていますね」
セラムが観測器を見る。
「風だけで身体を運んでいるのではありません。踏み込みの瞬間に放電を重ね、初速を引き上げています」
「昨年のセレスティア会長と似た術式でしょうか?」
「見た目だけなら、そう映るでしょう」
ディルが答えた。
「本人も、そのつもりかもしれません」
ジルは明らかに楽しんでいた。
対するシオンは、破られた氷をそのまま地面へ散らす。
細かな氷片が、旧街道全体へ広がっていく。
「シオン副会長も、ただ押されているわけではありません!」
「砕かれた氷を残しています」
セラムが言う。
「このまま氷が増えれば、ジル選手が踏み込める場所は少しずつ減っていくでしょう」
ミレイユが水を増やす。
シオンがそれを凍らせる。
ジルが氷を砕く。
砕けた氷が、さらに戦場へ残る。
二人が攻めるほど、シオンの使える氷も増えていた。
「聖環側が二人で押しているように見えますが、長引けばシオン副会長に有利な戦場が出来上がる可能性もあります!」
三人の戦いは、互いの得意な距離を奪い合いながら続いていく。
そして、投影盤が三つ目の戦場へ切り替わった。
朽ちた礼拝堂。
エルネ、カレン、リシア。
その少し離れた場所に、ノアが立っている。
四人は同じ室内にいるはずだった。
しかし、三人の視線はノアへ向いていない。
エルネは誰もいない場所へ杖を構え、カレンは周囲へ細かな火の粒を散らしている。
リシアの水も、ノアとは異なる方向へ流れていた。
「礼拝堂では、リュゼリアの三選手がノア選手と交戦中です!」
マルクは言葉を続けようとして、観測器へ目を向けた。
針が不規則に震えている。
「ただし、先ほどから観測術式に乱れがあります」
セラムが補足した。
「投影盤の映像に異常はありません。ですが、術式の発生位置と、選手たちの反応が一致していない」
「ノア選手の術式によるものですか?」
「その可能性はあります。しかし、一般的な幻覚術式や精神干渉の反応は出ていません」
カレンの火の粒が、何もない空間で弾けた。
カレンが即座に身を翻す。
直後、それまで立っていた場所を白い衝撃が走り抜けた。
「カレン選手が攻撃を察知しました!」
「散らした火を感知網として使っています」
セラムが言う。
「攻撃が火の粒を押しのければ、その場所だけ反応する。本人が正確な方向を捉えられなくても、回避の助けにはなります」
続いてリシアが水を広げる。
床の亀裂や石の隙間へ、細い水が入り込んでいく。
「アルヴェルト選手は、礼拝堂の床を水で探っています!」
「目や魔力感知ではなく、実際に流れる水を基準にしているのでしょう」
エルネが二人へ声をかけた。
音までは拾えない。
だが、カレンが頷き、火の粒を広げる位置を変えた。
リシアも水の流れを細く整えていく。
「フィル選手が指示を出しています!」
エルネがしゃがみ込み、石床へ指先を触れた。
淡い琥珀色の小さな円が生まれる。
円の中央には、二つの光点。
それが、釦のように床へ沈んだ。
「土属性の術式でしょうか?」
「そう見えます」
セラムは観測器を確認した。
「地面を起点にしています。ただし、石や土そのものを変形させてはいません」
床へ打ち込まれた円から、見えない波が広がっていく。
リシアの水面が揺れた。
カレンの火の粒が、一斉に震える。
礼拝堂の床、柱、壁。
そこに存在する何かを、順番に確かめていくように。
「床を伝って、礼拝堂全体へ術式を広げています!」
「何かを探しているのでしょう」
波が礼拝堂を一周した。
エルネが顔を上げる。
そして、異なる四つの場所を順に示した。
カレンが杖を構える。
リシアの水帯が二本に分かれた。
「狙う場所が決まりました!」
「フィル選手の術式が発動してから、三人の動きが噛み合い始めましたね」
「ノア選手の術式を破ったのでしょうか?」
「いいえ。術式反応はまだ残っています」
投影盤の中で、ノアが笑った。
余裕なのか。
それとも、別の何かを待っているのか。
観戦席から分かるのは、エルネたちが初めてノアの術式へ手をかけたということだけだった。
◇
聖環学院の奥にある、小さな礼拝室。
薄暗い室内で、一人の人物が投影器を見つめていた。
深く被った外套に隠れ、顔は見えない。
『今の魔法は?』
祭壇脇の銀板から、声が響いた。
「土の術式に見えます」
『土?』
「地面へ基準を作ったのでしょう。正しく見えないのなら、動かないものを頼ればいい」
投影器の中で、エルネがカレンとリシアへ指示を出している。
『あの二人を使っているのか』
「協力を求めているようです」
『ノアの術式は破られた?』
「まだです」
外套の人物は、笑うノアへ目を向けた。
「ただ、見つけられたのなら――あとは時間の問題かもしれません」
『止めるか』
「必要ありません」
短い沈黙が落ちる。
『では?』
「見届けましょう」
『何を』
外套の人物は、投影器の中のエルネを見つめた。
「今度は、何を望むのかを」
祭壇の奥。
閉じられた古い本が、かすかに震えた。




