第三十四話 まずは俺と遊ぼうぜ
魔導投影盤に、十四の光点が弾けた。
青がリュゼリア。
赤が聖環。
広域幻傷フィールドの地図上に、それぞれの代表が散らばる。
観戦席が、一斉にざわめいた。
転送はランダム。
そう説明されている。
だが、投影盤に映った配置は、ただの偶然として片づけるには、妙に意味を持って見えた。
観戦席上段には、記録席が設けられていた。
巨大な魔導投影盤の制御卓を前に、マルク・ペンドルトン、セラム・ノーティス教師、グラント教官が並んでいる。
そして、その少し離れた席に、聖環学院側の立会人として、ディル・エスパリスが座っていた。
実況のための席ではない。
広域フィールドで何が起きているのかを観測し、記録し、必要なら運営へ報告するための席だ。
ただし、観客に向けた最低限の説明も、ここから行われる。
ディルは、聖環学院の白い外套を隙なく着た若い教官だった。
整えられた黒髪に、細い銀縁の眼鏡。
物腰は静かだが、投影盤へ向ける目は鋭い。
聖環側代表の能力や性格について、必要に応じて補足を求められる立場である。
「転送位置、表示します」
マルクが資料を手に、魔導投影盤を見上げた。
顔色は悪い。
しかし声ははっきりしている。
「まず、投影盤の見方を補足します。広域フィールド内には、観測用の結界柱が複数設置されています。選手の位置、魔力反応、幻傷判定は常時こちらへ送られます」
投影盤の端に、小さな地図が浮かぶ。
そこに、十四の光点。
さらに別の面には、地形の一部が映像として映し出されていた。
「全体位置は光点で表示。強い魔力反応、接敵、幻傷判定が発生した地点は、自動で拡大映像に切り替わります。ただし、映像は万能ではありません」
マルクは地図の各所を指した。
「森林では視界が遮られます。湿地では水面反射で映像が揺れます。地下区画では音と魔力が反響します。礼拝堂跡も、古い聖術式の残滓があるため、観測がやや鈍ります」
そこで、マルクは一度言葉を切った。
「なお、この全体位置表示は、観戦席および運営記録用のものです。フィールド内の選手たちには共有されません。広域戦では、索敵、合流、地形判断も評価対象となります」
グラント教官が腕を組んだまま言った。
「見えているのは、こっちだけだ。中の連中は、自分の足と目で探すしかない」
その言葉に、観戦席の空気が少しだけ重くなる。
見ることはできる。
だが、それは観客と運営だけだ。
選手たちは、それぞれの場所で自分の状況を判断しなければならない。
「リュゼリア側、リシア・アルヴェルト。北の森林地帯、中央寄りです」
投影盤の北側に、青い光点がひとつ灯る。
「続いて、ガイウス。北の森林地帯、東寄り。リシアさんからは比較的近く、中央砦跡へ向かうには悪くない位置です」
もうひとつの青い光点が、リシアの東側に浮かぶ。
観戦席のリュゼリア生徒たちが、小さく息を吐いた。
リシアとガイウスが近い。
これは悪くない。
「この二人が早期に合流できれば、中央へ向かう戦力としてはかなり強いです」
「水と土。地形戦なら相性はいい」
グラント教官が頷く。
だが、セラム教師は眼鏡を押し上げた。
「もちろん、相手もそこは警戒するでしょう」
次に、投影盤の中央が拡大される。
崩れた城壁。
石柱。
かつて城砦だった場所。
リュゼリア側が、合流地点に決めていた場所だ。
そこに、赤い光点があった。
「聖環側、クラリス・ベルナール。中央砦跡内部」
観戦席が静かになる。
続けて、もうひとつの赤い光点が表示された。
「グレイグ・バルト。中央砦跡の南側。クラリスさんを支援できる位置です」
マルクの声が、少しだけ低くなる。
「リュゼリア側の合流予定地点に、聖環側が二名。中央を取る上では、聖環側が先手を取った形に見えます」
次に映ったのは、西側の高所だった。
「ルシアン・ベルフォード。西の高所、崩れた外壁付近です」
青い光点が、崖に近い位置に浮かんでいる。
その近くに、赤い光点がふたつ。
「聖環側、ミレイユ・アージェント。西側高所付近。さらに、エリオット・ヴェイン。同じく西側。ミレイユさんの近くです」
グラント教官が眉を寄せた。
「西に三人か」
「ルシアンさんが孤立していますね」
マルクが言う。
「ただし、あの位置は戦場を広く見渡せます。動くか、留まるかで意味が変わります」
ルシアンの青い光は、西の高所で静かに止まっている。
次に、南西。
渓谷側に青い光点が浮かぶ。
「セレスティア会長。西の渓谷側です」
観戦席がざわついた。
会長が中央から遠い。
しかも、移動経路が限られる渓谷側。
「会長は強いですが、地形としてはやや遠いです。中央へ向かうには渓谷沿いを抜けるか、高所側へ回る必要があります」
「それでも、会長なら行くでしょう」
セラム教師が言った。
「問題は、行くまでの間に何が起こるかです」
次に、南の旧街道。
赤い光点が表示される。
「聖環側、レオン・ヴァイスハルト。南の旧街道です」
聖環生徒会長。
中央砦跡からは少し離れている。
だが、旧街道は移動しやすい。
西へ向かえばセレスティアに圧をかけられる。
北へ向かえば中央砦跡に接近できる。
東へ動けば、湿地や礼拝堂跡にも影響を及ぼせる。
「本人が動いても、動かなくても、こちらは気にせざるを得ませんね」
マルクが呟いた。
さらに、南東。
旧街道の東寄りに、青い光点が浮かぶ。
「シオン副会長。南東寄り。レオンさんのやや東側です」
シオンの位置は、悪くない。
中央へも、礼拝堂方面へも、湿地へも動ける。
ただし、どこにも最短ではない。
「副会長は、どこへ動くかで盤面が変わりますね」
「シオンなら、そういう位置でも困らん」
グラント教官が短く返す。
投影盤は、東側へ移った。
広い湿地。
水草。
濁った水面。
そこに、青い光点が表示される。
「カレン。東の湿地内です」
リュゼリア側の生徒たちが、少しざわめいた。
火属性術者が湿地。
あまり良い組み合わせには見えない。
「足場が悪く、水分も多い。火属性術者にとっては、動きづらい地形です」
最後に、投影盤が礼拝堂跡の周辺を映した。
古い礼拝堂。
崩れた石壁。
草に埋もれた墓標。
地図上でも、そこだけ少し色が薄い。
マルクが言った通り、映像がわずかに揺らいでいる。
そこに、青い光点がひとつ。
「エルネ・フィル。礼拝堂跡の東側。湿地の北端から少し離れた位置です」
観戦席が、ざわりと揺れた。
エルネは、中央砦跡から遠い。
しかも、合流地点へ向かうには礼拝堂跡の周囲を抜ける必要がある。
その近くに、赤い光点が二つあった。
「ジル・レイフォード。礼拝堂跡の南寄り。エルネさんと中央方面の間に近い位置です」
さらに奥。
礼拝堂跡の内部に近い場所。
ほとんど動かない赤い光点。
「ノア・ヴェイル。礼拝堂跡内部付近」
観戦席の空気が、目に見えて変わった。
リュゼリア側だけではない。
聖環側の観覧席も、静まり返っていた。
ディル・エスパリスは、投影盤を見たまま口を開いた。
「ノアについては、軽々しく語らない方がいいでしょう」
セラム教師が、ちらりとディルを見る。
「それは、聖環学院側の助言ですか?」
「ええ」
ディルは静かに頷いた。
「彼は、見た目よりも扱いの難しい生徒です」
それ以上は言わなかった。
言葉を選んでいるようにも見えた。
投影盤の中で、他の光点は少しずつ動き出している。
リシアとガイウスは、互いの位置を確認するように近づきながら、中央砦跡を目指す。
クラリスとグレイグは、中央から動かない。
セレスティアは渓谷側から北東へ。
レオンは旧街道に立ったまま、まだ動かない。
シオンは南東で周囲を確認。
ルシアンは西の高所で、まだ動かない。
ミレイユが、その近くでゆっくり動き始める。
エリオットは、西側から位置を調整するように移動。
カレンは湿地の中を、礼拝堂方面へ向かい始めた。
そして、ジルが動いた。
まっすぐではない。
軽く弧を描くように。
エルネとカレンの間へ入るように。
「ジルさんが先に動きました」
マルクが投影盤を見上げる。
「エルネさんとカレンさんの間に入る動きです」
「移動が速いですね」
セラム教師が、光点の軌跡を目で追う。
「湿地側のカレンさんが追うには、少し距離があります」
グラント教官が短く言った。
「あの位置を取られると、エルネは合流しづらい」
その時、ディルが静かに口を開いた。
「ジル・レイフォードは、命令を正確になぞる生徒ではありません」
マルクが顔を向ける。
「それは、こちらに有利な情報と受け取っても?」
「半分は」
ディルは表情を変えずに続けた。
「ただし、戦場で迷うことはありません。動き出しは速い。仕掛けると決めた時の判断は、聖環代表の中でも早い方です」
「厄介ですね」
「ええ。味方としても、少し」
淡々とした声だった。
冗談なのか本気なのか、少し分かりにくい。
投影盤の中で、エルネの青い光点が、ようやく動いた。
◇
転送の光が消えた時、エルネは一瞬、自分が立っているのか倒れているのか分からなかった。
足の下に、湿った土の感触がある。
鼻先に、泥と草と古い石の匂い。
視界の端で、薄い霧が揺れていた。
「……ここ、どこ?」
『周辺地形を確認中』
ロゴスの声が、頭の奥に響く。
エルネは黒い本を抱え直し、周囲を見た。
足元は、湿地の端に近い荒れ地だった。
水たまりの間に、細い石畳が残っている。
その先に、崩れた建物が見えた。
尖塔の残骸。
割れた白い石壁。
半分だけ残った丸窓。
礼拝堂跡。
それが、エルネにも分かった。
(中央砦跡じゃない)
『はい。合流地点から離れています』
(帰りたい)
『記録しました。本日一回目です』
(数えないで)
エルネは深呼吸した。
まず周囲を確認する。
カレンに言われた通り。
セレスティアに言われた通り。
黒い本だけに頼らず、自分で見る。
湿った土。
細い石畳。
右手側に湿地。
左手側に崩れた塀。
正面に礼拝堂跡。
中央砦跡は、おそらく礼拝堂跡の向こう側。
「……向こう、よね」
『推定方角、一致します』
エルネは一歩踏み出した。
その時だった。
ぱち、と。
空気が弾けるような音がした。
足元の水たまりが、小さく震える。
『警告。前方に魔力反応』
次の瞬間、崩れた石壁の上に、誰かが立っていた。
くすんだ金髪。
軽薄そうな笑み。
聖環学院の制服を少し崩した少年。
ジル・レイフォード。
「よお」
ジルは、楽しそうに手を振った。
「黒い本の一年。まずは俺と遊ぼうぜ」
エルネは黒い本を抱え直した。
中央砦跡へ向かう道は、彼の向こう側にあった。




