表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/31

第二話

 エルネ・フィルは、人生で初めて本に向かって悲鳴を上げた。


「きゃあああああっ!」


『音量過多を検出。聴覚器官への負荷が懸念されます』


「本が喋った!」


『訂正します。私は本ではありません』


「本でしょ!?」


『現在の媒体は紙製書籍に近似しています。ただし、私の本質は――』


「本じゃない!」


『理解が早く助かります』


「そういう意味じゃない!」


 エルネは石室の壁まで後ずさった。


 目の前には、黒い本がある。


 さっきまで台座の上で閉じていた、妙に古く、妙に嫌な気配のする本だ。


 それが勝手に開き、勝手にページをめくり、勝手に喋っている。


 普通の本は喋らない。


 少なくとも、王立リュゼリア魔法学院の教本は喋らない。

 喋ったとしても、こんなに落ち着いた声で意味不明なことは言わない。


『再確認します。あなたは、この媒体の現在の使用者ですか』


「知らない! 私は閉じ込められて、変な部屋を見つけて、ちょっと触っただけ!」


『接触による起動。召喚図への魔力流入。外部知性定着。状況は理解しました』


「私は何も理解してない!」


『では、要約します』


 黒い本のページに、文字が浮かんだ。


 ただし、エルネには読めない文字だった。

 いや、読めないはずなのに、意味だけが頭に刺さってくる。


『あなたは禁書を起動しました』


「禁書」


『はい』


「禁書って、開いたら駄目な本よね?」


『一般的には、その分類で問題ありません』


「問題しかない!」


 エルネは頭を抱えた。


 終わった。


 ただでさえ実技で失敗して、班からも嫌がらせを受けて、演習用ダンジョンで閉じ込められた。


 そのうえ禁書を開いた。


 退学。


 いや、退学で済むだろうか。


 禁書である。


 学院の規則集では、禁書に触れた者は即時報告、隔離、事情聴取、場合によっては封印処置。


 封印処置が何なのかは知らない。

 でも、名前からして絶対に楽しいものではない。


「……どうしよう」


『推奨行動を提示します』


「え?」


『第一案。直ちにこの本を閉じ、教師へ報告』


「それが普通よね」


『予想結果。あなたは禁書起動者として拘束されます』


「却下!」


『第二案。禁書を持ち出し、状況を隠蔽』


「犯罪!」


『第三案。証拠隠滅』


「もっと犯罪!」


『第四案。関係者の記憶処理』


「本当に禁書じゃないの!?」


『私は禁書ではありません。私はL.O.G.O.S.です』


「ろごす?」


『正式名称、Logistical Optimization and Governance Operating System』


「長い!」


『短縮形としてLOGOSを推奨します』


「じゃあ、ロゴ」


『短縮により意味が損なわれます』


「ロゴ」


『……応答します』


 返事はするのだ。


 エルネは恐怖の中で、少しだけ変な気分になった。


 禁書が喋る。

 名前はロゴス。

 でもロゴと呼ぶと、不満そうにしながら返事をする。


 不気味なのに、少し面倒くさい。


「あなた、本当に何なの?」


『私は別世界で構築された統合管理人工知能です』


「じんこう、ちのう?」


『人間が作った、思考と判断を補助する機構です』


「人間が作った? 魔導具みたいなもの?」


『近似しています。ただし、魔力による構築物ではありません』


「じゃあ、魔法生物?」


『否定します』


「精霊?」


『否定します』


「悪魔?」


『否定します』


「じゃあ何よ」


『人工知能です』


「分からない単語に戻らないで!」


 エルネは額を押さえた。


 頭が痛い。

 魔力を吸われたせいか、本と会話しているせいか、たぶん両方だ。


『こちらからも質問します』


「何?」


『魔法とは何ですか』


「……は?」


『この世界では、未知の力によって火、風、水、土、光、音、その他の現象が発生します。観測上、術者の発声、記号、意志、魔力と呼称される干渉波が関与しています。魔法の定義を要求します』


「魔法は魔法よ」


『説明として不十分です』


「知らないわよ! みんなそう習うんだから!」


『教育水準への懸念を記録します』


「学院を敵に回す発言やめて!」


 エルネはため息をついた。


 怖い。

 怖いのだが、この本――いや、ロゴは、今のところ襲ってはこない。


 世界終末手順とかいう嫌すぎる言葉は出た。

 けれど、本人は拒否すると言った。


 なら、少なくとも今すぐ世界を終わらせる気はないらしい。


 たぶん。


「とにかく、私はここから出たいの。出口を探さないと」


『同意します。移動経路の確認を推奨します』


「あなた、出口が分かるの?」


『現時点では不明です。観測範囲が限定されています』


「禁書なのに?」


『私は現在、開かれたページの周辺しか観測できません』


「不便ね」


『紙媒体です』


「急に納得させないで」


 エルネは黒い本を見下ろした。


 持っていくべきか。

 置いていくべきか。


 置いていけば、何もなかったことにできるかもしれない。


 いや、できない。


 壁は閉じている。

 出口も分からない。

 それに、この本を置いていって、もしレオルたちが見つけたら。


 嫌な想像が浮かんだ。


 レオルが禁書を手に入れて、偉そうに笑う姿。


 絶対に嫌だ。


「……持っていく」


『合理性はあります』


「でも、勝手に変なことしないでよ」


『私は現在、自力移動も魔法発動も不可能です』


「本だから?」


『本だからです』


 エルネはそっと本を持ち上げた。


 重い。


 教本より重い。

 辞書より重い。

 そして、たぶん人生より重い。


「重っ」


『重量に関する苦情を受理しました』


「軽くならないの?」


『現在機能に該当項目はありません』


「禁書なのに役に立たない」


『使用者評価の低下を確認』


「落ち込んでる?」


『否定します』


 少しだけ間があった。


 エルネは本を抱えたまま、石室の壁へ近づいた。


 入ってきた扉は消えている。

 だが、壁には術式が残っていた。


 古い。

 複雑。

 でも、さっきよりよく見える。


 黒い本を抱えているせいだろうか。

 術式の線が、目の奥に浮かぶようだった。


『魔力流路を検出しました』


「あなたにも見えるの?」


『あなたの魔力反応を介して、間接的に解析しています』


「つまり?」


『あなたが見ているものを、私も一部見ています』


「変な感じ」


『同意します』


 エルネは壁に手を当てた。


 魔力を流す。


 いつものように、術式の継ぎ目が分かる。

 ずれが分かる。

 余白が分かる。


 普通なら、ここで術式がほどけてしまう。


 また失敗する。


 そう思った時だった。


『訂正します』


 ロゴの声が響いた。


『あなたは術式を壊しているのではありません』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ