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第二十話

「対抗戦代表は七名です」


 生徒会室の空気が、再び会議の形に戻った。


 マルク・ペンドルトンが持ち込んだ、対抗戦前倒しの報せ。


 そのせいで、先ほどまでの議題は一気に形を変えていた。


 セレスティア・ロウ・アステリアは、広げられた書類に目を落としたまま言う。


「まず、私とシオンは確定でいいとして」


 誰も異議を唱えなかった。


 生徒会長セレスティア。副会長シオン。


 この二人が代表から外れることは、そもそも想定されていない。


「昨年の実績でいえば、マルクも確定候補ですが」


 議長ディートが淡々と言った。


 その瞬間、マルクが両手を上げた。


「私は辞退します!」


 早かった。


 あまりにも早かった。


 セレスティアが、ほんの少し目を細める。


「あら。自信がないのかしら?」


「何を言ってるんです?」


 マルクは本気で不思議そうな顔をした。


「出ればもちろん勝ちますが、そんな余裕はありません!」


 会議室が一瞬、静かになった。


 本人はまったく冗談を言っていない顔だった。


「対抗戦の前倒しですよ? 開催日程、宿泊手配、結界使用申請、審判員、医療班、予算組み直し、全部こちらに来ます! 僕が出場したら、対抗戦そのものが運営破綻します!」


「それは困るわね」


「困ります! 特に僕が!」


「そう。残念ね」


「残念なのは僕の睡眠時間です!」


 シオンが小さく笑った。


「では、マルクは運営責任者として固定だね」


「固定という言い方が怖いんですが、はい。逃げ場がありません」


 ディートが咳払いをした。


「議事を戻します。代表七名のうち、会長、副会長が確定。マルクは辞退。残り五枠を学内選抜で決める形が妥当かと」


「そうね」


 セレスティアは頷いた。


「上級生を中心に、生徒会メンバー、昨年の控え選手、それから有望な下級生を候補者に加えます」


 そこで、セレスティアの視線がリシアへ向いた。


「リシア・アルヴェルトさん。あなたはどうする?」


「選抜に参加します」


 迷いのない返事だった。


「生徒会直属補佐に任命されたばかりよ。運営側に回ることもできるわ」


「承知しています」


「では、理由を聞かせて」


 リシアは少しだけ考えた。


「見るだけでは、分からないこともあります」


 会議室が静かになる。


「私の水属性術式が、上級生たちを相手にどこまで通用するのか。確かめたいです」


 セレスティアは満足そうに微笑んだ。


「よろしい。では、あなたも通常選抜の参加候補に加えます」


「はい」


 リシアは静かに頷いた。


「そして」


 セレスティアは、机の上に置かれた肖像記録紙へ視線を戻した。


「エルネ・フィルさんについては、すでに決定済みよ」


 シオンが静かに言った。


「本人への確認は?」


「不要よ」


 セレスティアはあっさり答えた。


「代表に選ぶと決めたわけではないもの。選抜候補に加えるだけ」


「本人は驚くでしょうね」


「でしょうね」


 セレスティアは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「本人からの苦情は、あなたが受けなさい。シオン」


「……僕がですか?」


「ええ。私の正式承認前に、彼女を生徒会管理下へ進めたのはあなたでしょう?」


 シオンは、穏やかな微笑みのまま一拍だけ黙った。


「なるほど。手順を飛ばした代価ですね」


「形式上は、ね」


 セレスティアは、肖像記録紙の横に並ぶ文字へ目を移した。


「それに、もう噂になっているわ。火球も出せなかった一年生が、生徒会実技補佐のミュゼ・ファルウィンドに勝った。尾ひれがつくには十分すぎる話よ」


 シオンは否定しなかった。


 ミュゼとの模擬戦は、幻傷演武場で行われた。


 限られた立ち会いの中での検証だった。


 だが、学院で噂を完全に止めることはできない。


 まして相手は、生徒会直属の実技補佐である。


「学内選抜から外せば、かえって目立つわ」


「参加させても目立ちます」


「こちらの規則の中で目立つなら、まだ管理できる」


 その言葉に、シオンは黙った。


 セレスティアは続ける。


「向こうが何かを見たいのなら、こちらも見る。学院の結界内で。記録の残る試合で。教師と生徒会の監督下で」


 会長の声は穏やかだった。


 だが、それは譲歩の声ではなかった。


「エルネ・フィルさんを、通常選抜の参加候補として告知します」


 ディートが議事録に記す。


 マルクが予定表に赤い印を入れた。


「……はい。通常選抜候補、追加」


「エルネさんが聞いたら、嫌がりそうですね」


 シオンは眼鏡の奥で目を細めた。


「でしょうね」


 セレスティアは微笑んだ。


     ◇


 翌朝。


 王立リュゼリア魔法学院の掲示板前は、いつになく騒がしかった。


 大きな告知文が貼られている。


 学院対抗戦、開催時期変更。


 聖環王国オルディス、聖環学院との公式戦。


 代表七名。


 うち二名は生徒会より確定。


 残る五枠は学内選抜にて決定。


 そして、その下に候補者一覧が並んでいた。


「カレン先輩って風紀委員長だろ。やっぱり強いんだ」


「ガイウス先輩は当然だな。実技代表だし」


「ミュゼ先輩もいる。生徒会メンバー、強いな」


「リシアも候補か。一年主席だもんな~」


「ん?」


 誰かが、声を止めた。


「……エルネ・フィル?」


 その名前を見つけた生徒たちが、一斉にざわつく。


「エルネって、あの?」


「火球出せなかった?」


「でも、最近なんかすごい術式使ったって」


「魔導書持ってる子だろ?」


 そのざわめきの少し後ろで、当の本人は固まっていた。


 エルネ・フィルは、黒い本を胸に抱えたまま、掲示板を見上げている。


 完全に理解を拒否した顔だった。


(先生)


『はい』


(私の名前がある)


『確認しました』


(対抗戦学内選抜。参加候補者)


『確認しました』


(なんで!?)


『推定。生徒会または教師陣による判断です』


(他人事みたいに言わないで!)


『私は判断に参加していません』


(参加してなくても、巻き込まれてるのは私!)


 エルネは、もう一度掲示板を見る。


 自分の名前。


 候補者一覧の端に、確かにそう書かれている。


(……本当にある)


『確認しました』


(確認しなくていい!)


 その時、背後から涼しい声がした。


「エルネさん」


 振り向くと、リシア・アルヴェルトが立っていた。


「リシアさん」


「掲示、見ましたか」


「見たけど、見なかったことにしたい……」


「難しいと思います」


「だよね」


 リシアは掲示板を見る。


 そこには、彼女の名前もある。


 通常選抜候補。


「リシアさんも、出るの?」


「はい」


「すごいなあ。リシアさんは、普通に代表候補って感じがする」


「私の力がどこまで通用するかは分かりません」


 リシアの声は静かだった。


「ですが、確かめたいと思いました」


 エルネは少しだけ黙った。


 その言葉は、挑発ではなかった。


 けれど、まっすぐだった。


『対象リシア・アルヴェルト。警戒度、維持』


(先生、そこは少し下げてもいいんじゃない?)


『彼女はあなたの蒼炎針への対処経験があります』


(やっぱり下げないで)


 エルネは小さく息を吐いた。


「私、まだ参加するって決めてないんだけど」


「辞退するのですか?」


「……それを聞かれると」


 逃げたい。


 かなり逃げたい。


 でも、掲示板に自分の名前がある。


 周囲が見ている。


 リシアも見ている。


 そして何より、自分の胸の奥にも、ほんの少しだけ別の感情があった。


 試してみたい。


 怖い。


 でも、どこまでできるのか知りたい。


(先生。辞退した方がいいと思う?)


『安全性だけを考慮するなら、辞退を推奨します』


(うん)


『ただし、管理された環境での実証には利点があります』


(つまり?)


『面倒ですが、意味はあります』


(最悪のまとめ方!)


 黒い本の頁が、かすかに震えた。


 火球も出せない落ちこぼれだった少女は、まだ代表に選ばれたわけではない。


 けれど、もう完全に無関係ではいられなかった。


 対抗戦学内選抜。


 その名の下に、エルネ・フィルはまた一つ、逃げにくい場所へ押し出されようとしていた。

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