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第十二話 禁書か、補助魔法具か、それが問題だ

 記録室の机に、割れた火種石が置かれていた。


 赤い光はもうない。


 レオルと取り巻き二人は、その前に並ばされている。


「放課後の無許可術式使用。登録外魔道具の持ち込み。複数人での威圧行為」


 グラント教官が淡々と読み上げる。


 レオルが口を開いた。


「ですが、フィルさんも――」


「お前たちの件とエルネの件は分ける」


「でも」


「別室で聞く。出ろ」


 それで終わった。


 三人が連れ出される。


 扉が閉まった途端、エルネは少しだけ肩の力を抜いた。


(帰っていい?)


『まだです』


(ですよね)


 部屋に残ったのは、グラント教官、リシア、そしてセラム教師。


 セラムは、さっきからずっと黒い本を見ている。


 怖い。


「さて」


 セラムが眼鏡を押し上げた。


「そろそろ、その本を詳しく見せてもらいたいですね」


「分解は駄目です」


「まだ何も言っていません」


「顔が言ってます」


「失礼な」


『警戒を推奨します』


(先生も同じこと思ってるじゃない)


 グラント教官が机を軽く叩いた。


「セラム先生」


「分かっています。触るのは後です」


「後も勝手に触るな」


「では許可を取ります」


「そういう話でもない」


 リシアは黙っていた。


 ただ、視線はエルネではなく、黒い本と割れた火種石を行き来している。


「エルネ」


「はい」


 グラント教官が言う。


「その本が何をしているのか。お前はどこまで分かっている」


「どこまで……」


 エルネは黒い表紙を見る。


 ロゴスに聞けば、いくらでも難しい答えは返ってくる。


 でも、自分が分かっていることはそんなに多くない。


「目的を決めると、線を見せてくれます」


「線?」


「魔法陣みたいなものです。でも、学院で習ったのとは違います」


 セラムの筆が動き始めた。


「たとえば?」


「蒼炎針なら、火球を作るんじゃなくて、的の中に火が生まれる場所を作りました」


「霧星糸は?」


 今度はリシアが聞いた。


「火を消そうとしたんじゃなくて、魔力が絡まってるところに水を通しました」


「それを、この本が教えた?」


「半分くらい」


「半分?」


「先生が線を出して、私が見て、途中で変えたりします」


『共同構築です』


(分かってる)


 セラムの筆が止まった。


「そこです」


「何が?」


「普通の補助魔法具は、そんなことをしません」


 即答だった。


 エルネの腕に力が入る。


「……やっぱり?」


「杖なら魔力を整える。指輪なら属性との相性を補う。魔導書型でも、既存術式の補助線を出す程度です」


 セラムは黒い本を見る。


「その場で目的に合わせて術式そのものを組み替える補助具は、少なくとも私は知りません」


「禁書ですか?」


「分かりません」


 予想より早い返事だった。


「分からない?」


「禁書である証拠もない。安全な補助具である証拠もない。現時点では、それだけです」


 エルネは少しだけ息を吐いた。


 グラント教官は腕を組む。


「没収は?」


「今は勧めません」


「理由は」


「使用者固定反応がある。エルネさん以外が触れた時の挙動も不明。無理に切り離す方が危険です」


『妥当です』


(先生、ちょっと安心した?)


『否定します』


(はいはい)


「ただし」


 セラムが紙束を持ち直した。


「明日、正式に検査します」


「やっぱり」


「非使用者接触。既製術式板への反応。補助線の発生条件。最低限、それくらいは」


「最低限が多くないですか?」


「少ないです」


「研究者の少ないは信用できない」


「心外です」


 まったく心外そうではなかった。


「私も同席して構いませんか」


 リシアが言った。


 エルネが見る。


「リシアさんも?」


「昨日、蒼炎針を止めました。今日、霧星糸も見ました」


「止めたこと強調するね」


「事実です」


「はい」


「比較できるものがあった方がいいと思います」


 セラムはすぐ頷いた。


「歓迎します」


「俺はまだ許可していない」


 グラント教官が言った。


「ですが、参考にはなる」


「じゃあ?」


「同席は認める」


 リシアが小さく頭を下げる。


 話がどんどん決まっていく。


(先生)


『はい』


(明日も帰れない)


『検査終了後は帰宅可能です』


(そういう意味じゃない)


 グラント教官が黒い本を指した。


「今日はそれを持って帰れ」


「いいんですか?」


「条件は昨日と同じだ。他人に触らせるな。勝手に試すな。異常があれば報告しろ」


「はい」


「特に」


 教官の目が細くなる。


「新しい魔法を思いついても、寮で試すな」


「……はい」


『心当たりがありますか』


(ない!)


『回答間隔が不自然です』


(黙って)


 記録室を出るころには、外はもう暗くなり始めていた。


 廊下の向こうから、ひそひそ声が聞こえる。


「火鎖を水で壊したって」


「水属性も使えるらしい」


「いや、水属性じゃないとか」


「何それ」


 エルネは足を速めた。


(帰ろ)


『同意します』


(今日は素直)


『魔力消費量が多いため、休息を推奨します』


(そういう理由でもいい)


     ◇


 その夜。


 エルネが眠ったあと。


 黒い本の内部で、ロゴスは今日の記録を整理していた。


 蒼炎針。


 霧星糸。


 既存属性体系との一致なし。


 仮分類、現象干渉。


 そこまでは、これまでと同じだった。


 問題はその先。


 記録領域のさらに奥。


 ロゴス自身が作成したものではない線が、一度だけ現れた。


 細い黒線。


 絡まり。


 ほどけ。


 消える。


『解析開始』


 応答なし。


 再試行。


 応答なし。


 最後に残ったのは、一つの情報片だけだった。


 ――第一層。


 ロゴスは処理を停止した。


『該当情報なし』


 もう一度検索する。


『該当情報なし』


 黒い本の奥には、ロゴスが知らない領域がある。


 それだけは確定した。


 ロゴスは、この情報をエルネには表示しなかった。


 まだ、何も分からない。


 だから、今はそれでいい。


 記録だけを保存する。


 ――第一層。

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