第百四話 占い師
「……この人、魔力が……エルネに、似てる」
マリエルはそう呟いてから、女の方へ歩いていった。
「あのっ……突然すいませんが」
呼び止められた女が振り返る。
二十代半ばから後半ほどに見える、背の高い女性だった。背中まで伸びた黒髪に淡い灰色の瞳。旅装は簡素だが、立ち姿には妙な落ち着きがある。
「はい?」
「エルネ・フィルという……私くらいの年の女の子をご存じですか?」
女は少しだけ考えるような間を置いてから、柔らかく微笑んだ。
「ごめんなさい。知らないわ」
「……そうですか」
マリエルの肩が落ちる。
少し離れた場所から様子を見ていたセレフィナが、そのまま近づいてきた。
「マリエルが突然ごめんなさい」
「いえ。構いませんよ」
女はセレフィナを見る。
「貴方は……?」
「セレフィナ。セレフィナ・エル・リュゼリアよ」
「リュゼリア……」
女の目がわずかに見開かれた。
ほんの一瞬。
それから、慌てたように姿勢を正す。
「もしかして、リュゼリアの王女殿下であらせられますか?」
言うなり、その場に膝をついた。
セレフィナは少し面食らったように目を瞬く。
「ちょっと。そんなことしなくていいわよ」
「ですが……」
「今はそういう場じゃないから。立って」
「……失礼いたしました」
女は素直に立ち上がった。
もちろん。
知っている。
セレフィナ・エル・リュゼリア。
かつてセレスティア・ロウ・アステリアを名乗っていた少女。
エルネと長く行動を共にしていた人物。
ロゴスの記録には残っている。
だからこそ、知らない人間として振る舞う必要があった。
女――ロゴスは、改めて一行を見た。
王女。
その周囲にいる若者たち。
護衛にしては人数が少ない。
「お忍びで、何をされているのですか?」
「ちょっと色々、調べものをしているの」
セレフィナは特に隠す様子もなく答えた。
「今は情報が滞ってるから、直接見た方が捗るのよ」
「なるほど……」
「同行している彼女たちは、私が選んだ優秀なメンバーよ」
「彼女たちだけじゃないっスけどね」
横から声が飛ぶ。
セレフィナがそちらを見る。
「細かいことはいいのよ」
「そこ雑っスね」
「せっかくだし、紹介しておきましょうか」
セレフィナが一人ずつ示していく。
「こちらはリシア」
「リシアです。よろしくお願いします」
「さっきの子がマリエル」
「マリエルです」
「で、こっちがカイ」
「どうも。カイっス」
最後。
黒髪の少年が軽く手を上げた。
「僕はクロード。クロード・ノクス」
その名前で。
ロゴスの内部処理が止まった。
『照合』
『クロード・ノクス』
『十三堰欠席者。《無明》』
一年前。
エルネと共に聞いた名前。
姿は知らない。
年齢も知らない。
だが、同姓同名。
この状況で偶然と考えるには、不自然だった。
『一致する可能性、高』
ロゴスは自然な動作でクロードの外見を観察する。
黒髪。
黒い瞳。
学院の制服。
小さな鞄。
腰。
袖口。
靴。
『《無明》という名称から推定されるレリック。外見から察する彼の所持品に該当は――』
観察。
『なし』
少し考える。
『隠している、と考えるのが普通です』
「どうしました?」
クロードが笑う。
「いえ」
ロゴスも微笑んだ。
「随分お若いので」
「僕、強いから選ばれたんだ」
「そうなんですね」
それについては。
おそらく事実なのだろう。
「それで、貴方は?」
セレフィナが尋ねた。
「私ですか?」
ロゴスは肩に掛けていた鞄へ手を入れる。
「旅の占い師をしております。探し物を見つけるため、各地を回っているんです」
「占い師?」
「はい」
取り出したのは、小ぶりな水晶玉だった。
数日前に古物商で購入した魔導具。
本来の用途までは解析できていない。
ただ。
見た目は非常にそれらしかった。
「エルネさん、という方を探されているのですか?」
マリエルが頷く。
「友達なんです。一年以上、行方が分からなくて」
「そうでしたか」
ロゴスは柔らかく微笑む。
知らない。
そう答えた。
虚偽である。
しかし、現状で情報を開示する理由はない。
「それにしても」
セレフィナがロゴスを見る。
「このご時世に女性が一人旅、ねえ」
「大丈夫です」
ロゴスは少し胸を張った。
「こう見えて私、とっても強いんですよ」
「……とっても」
「はい。とっても」
セレフィナが目を細める。
「占い師って、そういうものだったかしら」
「人によります」
「便利な答えね」
「そうですね」
セレフィナが少し笑った。
カイがロゴスの持つ水晶玉を覗き込む。
「それで本当に占えるんスか?」
「もちろん」
「これで未来とか見るんスか?」
「いいえ」
「違うんスか?」
「占いは、確率の話なんです」
「確率?」
リシアが反応した。
ロゴスは水晶玉を片手で持ち上げる。
「人が行動すれば、情報が残ります。魔力、移動経路、土地の状態、周辺で起きた事象。それらを集めて、最も可能性の高い答えを選ぶんです」
「水晶玉で見てる訳じゃないの?」
セレフィナが尋ねる。
「これは、魔力で周辺の事象や、情報を拾うための道具です」
「それって占いというより探知魔法じゃないですか?」
リシアが首を傾げる。
「近い部分もあります」
「じゃあ占いじゃないっスよね」
「占いです」
「そこは譲らないんスね」
「職業なので」
セレフィナが水晶玉を見る。
「なら、人探しもできる?」
「条件次第では」
「ちょうどいいわ」
セレフィナはリシアを見る。
「見せてあげて」
リシアが資料を取り出した。
「この都市で最後に確認された人間が六名います。全員、別々の日にこの街へ到着していますが、その後の足取りが途絶えています」
ロゴスは資料を受け取る。
名前。
年齢。
職業。
宿泊先。
最後に確認された場所。
「共通の目的地があると?」
「その可能性を追っています」
「分かりました」
ロゴスは近くの木箱へ水晶玉を置いた。
「少し調べてみます」
魔力を流す。
本来の機能は不明。
ただ内部構造の一部は利用できる。
周辺の微弱な魔力反応を拾うよう、その場で簡単に調整する。
水晶玉の内部に淡い光が浮かんだ。
「おお」
カイが声を漏らす。
「急に占いっぽくなった」
「占いですから」
ロゴスは資料へ目を落とす。
最後の目撃地点。
宿。
商会。
街道。
門。
交通量。
都市内の魔力残滓。
それらを重ねる。
完全な答えではない。
だが。
「北側ですね」
ロゴスが言った。
「六人ともですか?」
リシアが聞く。
「全員とは断定できません。ただ、西や南へ向かった可能性より高い」
「どの程度?」
「現時点では七割ほど」
「……具体的ですね」
「占い師ですので」
セレフィナが地図を見る。
「私たちが追っていた方向とも一致してるわね」
「そうなんですか?」
もちろん知る由もない。
そういう顔を作る。
「ええ。ここから先で、もう少し痕跡を追うつもりだったの」
ロゴスはクロードを見る。
少年は水晶玉を眺めている。
十三堰。
《無明》。
エルネを探している一行へ入り込んでいる。
目的は不明。
そして、おそらく何らかのレリックを所持している。
離れて行動する理由はなかった。
「もしご迷惑でなければ」
ロゴスが言う。
「私も、しばらくご一緒してよろしいでしょうか」
「貴方も北へ?」
「はい。私の探し物も、その方角にある可能性が高いので」
セレフィナは少し考える。
「私は構わないけど」
「即決でいいんスか?」
カイが言った。
「怪しくないっスか、この人」
「怪しいわね」
「ですよね」
「でも使えそう」
「判断基準そこなんスね」
「何か問題ある?」
「ないっス」
セレフィナがロゴスへ手を差し出した。
「じゃあ決まりね」
ロゴスはその手を見る。
一年前なら。
握手という行為の必要性を検討していた。
今は違う。
自然に手を取る。
「よろしくお願いいたします、王女殿下」
「セレフィナでいいわ。今はね」
「では、セレフィナさん」
「その方が助かるわ」
その横からクロードが顔を出す。
「よろしくね、占い師さん」
ロゴスは彼にも同じ笑顔を向けた。
「ええ。よろしくお願いします」
二人とも。
笑っていた。




