第百二話 二つの足跡
スタンピードから三日後。
王都。
学院の一室には、何枚もの地図が広げられていた。
「これが、リュゼリア国内で確認できた失踪者の最後の足取りです」
リシアが言う。
赤い印。
青い印。
街道。
宿場。
商会。
馬車の手配記録。
一見すれば、ばらばらだった。
「多いわね」
「確認できただけでも、かなり」
セレフィナは机へ身を乗り出した。
軍人。
役人。
商人。
魔術師。
立場は違う。
住んでいた場所も違う。
それでも、最後の移動記録を重ねていくと。
「……二つに分かれてる」
マリエルが呟いた。
「私もそう見えます」
リシアが頷く。
一つは北へ。
中央大陸でも、北方大陸に近い地域へ向かう経路。
もう一つは西寄り。
別の都市を経由して、その先へ向かったらしい。
「途中から記録が消えてるな」
カイが地図を覗き込む。
「わざと?」
「可能性はあります」
「でも、全員が同じ方法で消してる感じじゃないっスね」
セレフィナがカイを見る。
「分かるの?」
「商人ならもっと綺麗に消せますよ。軍人なら逆にこんな宿使わない。たぶん、同じ命令で動いてるだけで、逃げ方までは統一されてないっス」
「なるほど」
「現場仕事長いんで」
カイが肩をすくめた。
少し離れたところ。
クロードは椅子に座ったまま、地図を眺めている。
何も言わない。
「クロード」
「なに?」
「何か気づいた?」
「うーん」
少年は首を傾げた。
「北の方が怪しくない?」
「理由は?」
「人が集まるなら、戦争してる場所は避けるでしょ。スタンピードが酷いところも」
「それだけ?」
「それだけ」
笑う。
セレフィナは少しだけ見た。
それ以上は聞かなかった。
◇
「二手に分かれるわ」
その一言に。
カレンがすぐ顔を上げた。
「人数を割るのですか?」
「十人以上で同じ足跡を追っても仕方ないでしょう」
「危険です」
「だから戦える人間を集めたのよ」
「そう言うと思いました」
カレンが息を吐く。
「私、リシア、マリエル、カイ、クロード」
セレフィナが指を折る。
「北側を追う」
「ではこちらは」
「カレン。ルシアン。ミュゼ。ガイウス。ゼクス」
そこまで言って。
「あとマルク」
「やっぱり僕もですか!?」
部屋の端から声が飛んだ。
「何で驚くのよ」
「いや、最近ずっと戦闘要員の中に放り込まれている気がするんですが!」
「安心して。今回は記録係」
「その言葉、信じていいんでしょうね?」
「たぶん」
「たぶん!?」
ガイウスが笑う。
「諦めろ」
「他人事だと思って!」
カレンが地図を見る。
「こちらは西側の都市へ?」
「ええ。そこで痕跡を拾って。その先が分かったら連絡」
「合流地点は?」
「まだ決めない」
「理由は」
「どっちの足跡が本命か分からないから」
リシアが補足する。
「進路が見えた方へ、もう一方が寄せた方が早いです」
「了解しました」
カレンはそこで引いた。
「出発は?」
「今日」
「今日!?」
マルクだけがまた声を上げた。
「準備期間というものをですね――」
「三日前から言ってたでしょう」
「二手に分かれるとは聞いてません!」
「今決めたもの」
カレンがまた、こめかみを押さえた。
◇
昼前。
王都北門。
荷物は少ない。
少数で動くため、馬車も一台だけだった。
カイは荷台の隅へ、自分の道具箱を積み込んでいる。
「それ全部持ってくの?」
マリエルが聞いた。
「全部じゃないっスよ」
「それで?」
「半分くらい」
「重そう……」
「爆発させるものなんて、大体重いんス」
「そういうもの?」
「たぶん」
少し離れたところ。
クロードは手荷物一つ。
本当に遠出する気があるのか疑いたくなる軽さだった。
「荷物、それだけ?」
セレフィナが聞く。
「うん」
「着替えは?」
「あるよ」
「食料は?」
「現地で買えばいいでしょ?」
「お金は?」
「ある」
「ならいいわ」
リシアが横から口を挟む。
「殿下。新入生に対する確認事項としては順番がおかしいです」
「そう?」
「まず保護者の許可では」
クロードが笑った。
「僕、保護者いないよ」
一瞬。
リシアが止まった。
「あ……」
「気にしなくていいって」
「そうですか」
「うん」
軽い。
あまりにも。
セレフィナはまた、少しだけクロードを見た。
年齢の割に。
妙に慣れている。
「殿下」
リシアの声。
「そろそろ」
「ええ」
振り返る。
もう一方の組も準備を終えていた。
カレン。
ルシアン。
ミュゼ。
ガイウス。
ゼクス。
そして。
「どうか無茶だけはしないでくださいね!」
マルク。
「それ、私に言ってる?」
「セレフィナ様以外に誰がいるんです!」
「カレンもいるでしょう」
「カレンさんは止める側です!」
「失礼ですね」
「合ってると思うけど」
カレンがセレフィナを見る。
「何かあれば、すぐ連絡を」
「そっちもね」
「分かっています」
少しだけ間を置く。
「では」
「ええ」
馬車が動き出した。
二つの道へ。
別々に。
◇
北へ向かうにつれて。
景色が変わっていく。
壊れた家。
放棄された畑。
途中の宿場には、北方から逃れてきた者たちの姿もあった。
馬車の中。
リシアはずっと資料を読んでいる。
マリエルは時折、窓の外へ視線を向けていた。
「どう?」
セレフィナが聞く。
「まだ」
「何も?」
「それらしい魔力はないです」
「無理しなくていいわよ」
「大丈夫です」
その向かい。
カイが眠そうに欠伸をする。
「いやあ、こういう移動が一番苦手なんスよね」
「戦う方が好きなの?」
「準備してる方が好きっス」
「爆発の?」
「爆発の」
「変わってるわね」
「よく言われます」
クロードは窓際。
北を見ている。
さっきまでの軽い笑顔が。
少しだけ消えていた。
「クロード?」
「ん?」
「何見てるの?」
「別に」
「そう」
それ以上は聞かなかった。
◇
夕方。
目的の都市が見えてきた。
中央大陸北部。
北方へ向かう街道が集まる、大きな中継都市。
以前から交易で栄えていた場所だが。
今は。
城壁の外にまで、人が溢れている。
「多い……」
マリエルが呟いた。
「北方からの避難民ですね」
リシアが答える。
仮設の天幕。
焚き火。
荷車。
疲れた顔。
子供を抱えた母親。
座り込む老人。
その間を。
兵士や商人が慌ただしく行き来している。
「ここで足取りが消えたのね」
セレフィナが言った。
「はい」
リシアが資料を見る。
「少なくとも六名。全員、ここまでは確認できています」
「その先は?」
「不明です」
「じゃあ」
馬車を降りる。
「探しましょう」
マリエルも続く。
カイが道具箱を肩に掛ける。
クロードは何も言わず、最後に降りた。
◇
最初に向かったのは。
失踪者の一人が最後に宿泊した宿だった。
「一月前?」
宿の主人が首を傾げる。
「そんな前の客、覚えてないよ」
リシアが紙を見せる。
「この人物です」
「ああ……」
主人が少し考える。
「いた、ような」
「一人でしたか?」
「たぶん」
「何日滞在を?」
「一晩だったかな」
「翌朝どこへ?」
「さあ」
それだけ。
次。
商会。
馬車の記録。
北門。
街道。
どこも。
途中まではある。
その先だけ。
消える。
「変ね」
セレフィナが言った。
「六人とも?」
「はい」
リシアが頷く。
「別々の日に来ています。それなのに、全員ここで追跡不能になっています」
「偶然じゃないっスね」
カイが言う。
「でしょうね」
マリエルが。
急に足を止めた。
「……待って」
「何?」
セレフィナが振り返る。
マリエルは目を閉じる。
少しだけ。
長い沈黙。
「魔力が」
「教団?」
「分かりません」
歩く。
路地。
市場の裏。
古い倉庫街。
人通りが少なくなる。
「こっち」
マリエルが先に進む。
「かなり薄いです。でも……同じ場所を何度も通った痕跡がある」
「何人?」
「分からない。でも一人じゃない」
その先。
路地の向こうから。
誰かが歩いてきた。
女。
大人。
旅装。
特に目立つ格好ではない。
ただ。
妙に姿勢がいい。
女は。
セレフィナたちを見る。
ほんの一瞬。
足を止めた。
マリエルも止まる。
「……?」
「どうしたの?」
セレフィナが聞く。
返事がない。
マリエルは。
その女を見ていた。
女も。
こちらを見ている。
黒い瞳。
理知的な顔。
表情は。
ほとんど動かない。
「マリエル?」
「……この人」
小さな声。
女の視線が。
マリエルへ向く。
「魔力が」
一歩。
マリエルが近づく。
「エルネに、似てる」
本日よりこの作品は火・土曜日の7時、週2回更新となります。
次回更新は来週火曜日です。よろしくお願いいたします。




