第百一話 雷神槍
王都北東。
平原の向こうから、地鳴りが近づいていた。
土煙。
その奥に。
魔物。
魔物。
さらに、その後ろにも。
どこまで続いているのか分からない。
「千二百を超えました」
マリエルが目を閉じたまま言った。
「まだ後ろから来ます」
「種類は?」
「多いです。四足が多め。飛行種は少し。大型も混じってます」
「了解」
セレフィナが答える。
その後ろには。
カレン。
リシア。
ルシアン。
ミュゼ。
ガイウス。
マリエル。
さらに少し後ろにマルクと、今日、初めて顔を合わせる三人。
「……殿下」
その一人。
宮廷魔術師の青年が、遠くの群れを見ながら口を開いた。
「本当に、これだけの人数で対応するおつもりですか?」
「そうよ」
「スタンピードですよ」
「見れば分かるわ」
青年は返事に困ったようだった。
名前はゼクス。
宮廷魔術師。
ルシアンの先輩にあたる。
短く整えた灰褐色の髪。
派手さはない。
宮廷魔術師らしいローブの下には、実戦用の軽装を着込んでいる。
土魔法。
それに。
植物を操る、少し珍しい術を使うらしい。
「俺も同意見っスね」
その隣。
腰回りに小袋や筒、小型魔導具を大量にぶら下げた青年が言った。
「お姫様の命令たって、死ねってのは聞けないっスよ」
カイ。
二十代前半。
冒険者。
焦げ跡の残る上着。
腰には魔法で作った疑似爆弾を入れるための小型ケース。
見た目だけなら。
魔法使いというより工兵に近い。
「あれ?」
そのさらに隣。
学院の制服姿の少年が首を傾げた。
「できないの?」
黒髪。
黒い目。
外見だけなら。
十三か十四。大きく見ても十五くらい。
その少年が。
にやっと笑った。
「僕はいけるけど」
「……」
カイが少年を見る。
「坊主」
「なに?」
「いや。なんでもないっス」
「ならいいけど」
少年は楽しそうだった。
その態度に。
ゼクスもわずかに眉をひそめている。
「違うわ」
セレフィナが前へ出た。
「あなたたちに見せたいのは、隊を率いる私の実力よ」
「……は?」
ゼクスが聞き返した。
「格の違いを見せておけば、素直に言うことを聞くでしょう?」
「セレフィナ様!」
後ろから。
マルクの声が飛んだ。
「正直に言いすぎです!」
「そう?」
「そうです!」
カレンが指でこめかみを押さえた。
リシアは黙っている。
「一人でやるわ」
セレフィナが言った。
「貴方たちは、そこで見ていなさい」
「いやいやいや」
カイが手を振る。
「さすがにそれは――」
「下がって」
「でも」
「邪魔になるから」
「……」
カイが黙った。
ガイウスが。
ぼそりと。
「下がっといた方がいいぞ」
「なんで?」
「いいから」
ルシアンも既に距離を取っている。
ミュゼも。
リシアも。
旧生徒会の面々だけ。
妙に動きが早い。
ゼクスがルシアンを見る。
「おい」
「なんです」
「止めないのか」
「止まりませんよ」
「そういう意味じゃない」
「なら、見ていれば分かります」
その言葉に。
ゼクスは黙った。
◇
魔物の群れが迫る。
もう。
かなり近い。
セレフィナは一人。
平原を歩いていた。
ゆっくりと。
急ぐ様子もない。
その背中を見ながら。
カイが小さく言う。
「マジで一人でやる気っスか」
「そうでしょうね」
リシアが答える。
「……そうでしょうね、で済むんスね」
「この一年、何度も見ていますから」
「何度も?」
カイが聞き返す。
その時。
セレフィナが右手を上げた。
ぱち。
指先で。
雷が鳴った。
ゼクスの目が細くなる。
「雷……?」
聞いたことがない。
セレフィナ・エル・リュゼリアが。
雷魔法を使うなど。
宮廷魔術師である自分ですら知らなかった。
そのセレフィナが。
笑った。
凶悪に。
「人間には使えなかった魔法が使えるのが、良いところよね」
「……は?」
カイが呟く。
ガイウスの顔色が変わった。
「みんな、下がれ!」
大声。
今度は。
誰も逆らわなかった。
ゼクス。
カイ。
黒髪の少年。
三人も。
旧生徒会組に押されるように後退する。
「なんなんスか、いったい」
カイが振り返る。
セレフィナはまだ歩いている。
魔物の群れまで。
もう。
遠くない。
先頭の獣が。
大きく口を開けている。
それでも。
セレフィナには。
新しく魔法を使う気配がない。
「……何を」
ゼクスが呟いた。
「上です」
マルクが言った。
「え?」
「上」
指をさす。
三人が。
空を見る。
「……」
そこで。
ようやく気づいた。
魔物の群れの。
さらに上。
高空。
光。
巨大な。
あまりにも巨大な雷光が。
雲の中で渦を巻いている。
最初からそこにあった。
大きすぎて視界の中に収まらなかった。
光は、少しずつ形を取っていく。
長く。
鋭く。
槍。
雷で出来た。
巨大な槍。
カイが。
口を開けたまま空を見ている。
「……いやいや」
ゼクスも。
何も言わない。
黒髪の少年だけは。
目を細めた。
面白そうに。
セレフィナが右手を下ろす。
「雷神槍」
落ちた。
◇
光。
一瞬。
平原が白くなる。
その直後。
轟雷。
耳をつんざく音。
大地が揺れた。
空気が殴りつける。
カイは反射的に両腕で顔を庇った。
何も聞こえない。
頭の中まで。
音で埋まった。
しばらくして。
恐る恐る。
目を開ける。
「……」
さっきまで。
そこに。
いた。
千を超える魔物。
今は。
群れの形すら残っていない。
黒く焼けた平原。
砕けた死骸。
地面のあちこちを。
まだ雷が走っている。
「……これ」
カイが。
声を出そうとして。
自分の声が聞こえず、耳を押さえた。
「なんなんスか……」
ゼクスも。
立ったまま。
何も言わない。
隣では。
黒髪の少年が。
まだ笑っている。
ただ。
さっきより。
少しだけ。
笑みが薄かった。
「もう終わり?」
セレフィナが言った。
少し。
残念そうに。
「あっけないわね」
「……あっけない?」
ゼクスが聞き返した。
その時だった。
どん。
遠くで。
地面が鳴る。
どん。
もう一度。
焼けた魔物の死骸。
そのさらに奥から。
何かが出てきた。
巨大。
四足。
全身を分厚い甲殻で覆っている。
さっきまでの魔物とは。
体格が違いすぎる。
一歩進むたび。
地面が沈む。
「大型種!」
マリエルが叫ぶ。
「魔力反応、さっきまで下に隠れてました!」
「へえ」
セレフィナが。
今度は。
本当に嬉しそうに笑った。
「そうこなくっちゃ」
ぱち。
全身に。
雷が走る。
髪が浮く。
足元で。
土が弾けた。
「待――」
誰かが言う前に。
セレフィナが消えた。
いや。
前へ出た。
雷を纏ったまま。
巨大な魔物へ。
一直線に。
「速っ――」
カイが声を上げる。
だが。
セレフィナが。
あと数十歩まで迫ったところで。
魔物が止まった。
ぴたりと。
「?」
セレフィナも。
止まる。
巨大な魔物の腹。
そこが。
僅かに膨らんだ。
次。
破裂。
内側から。
肉が弾け飛ぶ。
血。
骨。
臓物。
巨大な身体が。
その場で崩れた。
飛び散った血肉が。
セレフィナへ降り注ぐ。
まとっていた雷が走る。
触れる前に。
焼け落ちた。
「あら」
セレフィナが。
少しだけ目を見開く。
死骸の向こう。
そこに。
少年がいた。
いつの間に。
黒髪。
黒い目。
学院の制服。
さっきまで。
後ろにいたはずの新入生。
少年は。
何事もなかったように笑っている。
セレフィナが。
その顔を見る。
「そういえば」
少しだけ。
笑う。
「お名前を、まだ聞いてなかったわね?」
「うん」
少年も。
笑った。
「僕の名前はクロード」
一歩。
前へ出る。
「クロード・ノクス」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
クロード・ノクスは初登場ですが、名前はすでに出ています。
(誰も覚えていないと思うので、念の為)
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