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鏡面世界での戦い

 瞭の目の前に不思議な世界が広がっていた。全てのものの形が歪み、輪郭がぼやけて、色が混じり合っている。それらは渦を巻き、あるいは拡散し収縮して絶えず形と色を変えている。上下左右の感覚も前後の感覚も麻痺している。瞭の身体自体が歪み、周囲との境界が曖昧になって、瞭の存在が拡散したり収縮したりを繰り返している。

 全てが混ざり合った混沌の世界の中で、瞭と周囲を区別しているのは瞭の意識である。瞭の意識が及んでいる部分、その範囲内が瞭なのだ。

『お前の心臓をもらう』

 思念波が黒い色を伴って瞭の脳内に流れ込んだ。黒い色に感化された瞭の脳がピリピリと痛んだ。

 ・・・心臓?・・・僕の心臓はどこにある?・・・

 瞭がそう思った途端、ドクリドクリと心臓が鼓動を始めた。混沌とした世界の中で、瞭の心臓だけが明瞭な形をもっている。

 ・・・僕の心臓?・・・僕とは誰だ・・・僕は・・・僕は・・・僕は・・・ダメだ・・・分からない・・・

 心臓だけを残して瞭の身体が霧のように拡散していく。

『瞭! あなたは矢沢瞭よ! しっかりしてよ、瞭!』

 思念波が白い光を放ちながら瞭の脳内に流れ込んだ。白い光に照らされた瞭の脳から黒い色の染みが消えていく。その思念波は柔らかくほのかな甘みを伴っている。

 ・・・瞭?・・・瞭!・・・そうだ、僕は矢沢瞭・・・早苗ちゃん? いまの声は早苗ちゃんかい・・・僕はいったいどうしたんだ・・・

『瞭、寝ぼけたことを言っているんじゃないわよ! あなたは、ギギアハウの魔力に魅入られて鏡の世界に引きずり込まれたのよ。祥吾と一緒にね』

 ・・・ギギアハウ?・・・祥吾?・・・祥吾! 祥吾、どこにいる!・・・

 ドクリ ドクリ 瞭の背後でもうひとつの心臓が鼓動を始めた。

 ・・・祥吾、そこにいるのか・・・

 超能力を発現したものの、使い方が分からない祥吾は答えることもできない。

『瞭、聞いて。私が発した思念波の糸の端を祥吾が握っているの。私の思念波はその糸を伝って瞭に伝わっているのよ。この思念波の糸を辿って、鏡の世界から外の世界へ戻ってきて』

 ・・・早苗ちゃん、分かった。但し、それはギギアハウを倒してからだ。ギギアハウを倒して必ず戻る! 待っててくれ・・・

 混沌とした世界が、瞭の心臓を中心としてゆっくりと渦を巻き始めた。その渦の動きは見る見るうちに速くなり、かつ、広がっていく。

 カンバスに描かれた油絵を、絵の具が乾かないうちに筆でぐちゃぐちゃに掻きまわし、でき上った混沌の絵を、フィルムを巻き戻して元の油絵に戻すように、渦に巻き込まれた混沌の世界は、徐々に輪郭と形と色を取り戻して、明瞭な形ある世界に戻っていく。

 瞭は御手洗邸の居間の中央に立っていた。現実世界の居間とは左右が逆で、かつ、前後が置き換わっている。

 瞭の腰には、両手を回した祥吾がしがみついていた。祥吾の握りしめた左拳から、細い光の糸が延びていて、その糸の先は壁に立て掛けられた大きな鏡の中に吸い込まれている。大きな鏡の鏡面には心配そうな顔をした早苗が映っている。 

『祥吾、大丈夫か』

 祥吾の脳内に瞭の声が浮かんだ。祥吾が答えようとパクパクと口を開いたが、なぜか声がうまく出せない。

『祥吾、脳内に言葉を浮かべるんだ。それを画像に変換して、僕の脳内に描き込め』

 祥吾が眉をひそめた。

『・・う・・は・・だ・・りょ・・ここ・・なん・・・りょう、・・はどこ・・だ・・・りょう、ここ・・・どこ・・・りょう、ここはどこ・・・瞭、ここは・・・どこなんだ』

『祥吾、その調子だ。すぐに慣れるさ。ここは鏡面世界、鏡の中の世界だ』

『鏡・・の中・・・』

『祥吾、早苗ちゃんから渡された思念波の糸をしっかりと握っていろ、放すんじゃないぞ。それだけが外の世界へ戻るための道しるべだからな』

『分・・か・・った』

 瞭の正面の居間の壁がグニャリと歪み、黒い穴が空いたかと思うと、穴の中からギギアハウがユラリと姿を現した。ギギアハウは胸まで垂れた髭に覆われた口の口角を上げると、黄色い歯を剝くようにしてハハアと笑った。落ち込んだ眼窩の底から炯炯と光る赤い目が瞭を捉えた。

 瞭は咄嗟に両目を閉じていた。

 目に見える風景は、物体に当たって反射した光が、眼球の角膜と水晶体をとおり網膜に到達し、受容体により電気信号に置き換えられて、視神経から脳内の大脳皮質にある後頭葉の視覚野に送られ、視覚野において映像として再構築しているものだ。

 物理学の世界では、鏡は入射してきた光を物理法則に従って反射しているだけで、何ら不思議な事象は生じていない。

 鏡に映った不思議な世界、それは鏡によって反射された光が、網膜・視神経を経て、人間の脳内の視覚野で再構築されて造られた仮想空間に過ぎない。脳が自ら造った仮想空間を、自ら不思議だと感じている、自己欺瞞に過ぎない。そう、人は無意識の内に自らの脳に騙されているのだ。

 目を閉じているにもかかわらず、瞭は周囲の風景も目の前のギギアハウの姿もはっきりと認識していた。ギギアハウが構築した仮想空間を、目から取り入れた視覚情報によらず、念動波を用いて瞭の脳が直接感得しているのだ。

 ここは鏡面世界という名の、ギギアハウが構築した仮想空間だ。

 仮想空間と現実空間の違いは・・・ない。仮想空間とはいえ、そこに存在しているものにとっては、そこは現実空間に他ならない。

 無数のパラレルワールドでできている我々の世界。次元のずれにより生じた振動エネルギーを受けて、パラレルワールドが交錯して入れ替わったとしても、ひとつのパラレルワールド上に存在するものにとって、パラレルワールドが交錯して入れ替わったことなど認識できない。

 振動エネルギーと同質の生体エネルギーを使って仮想空間を現実空間に置き換える、それがサイコキネシスだ。サイコキネシスを操るものにとってみれば、仮想空間と現実空間の違いは、置き換える前か後かの違いでしかない。

 従って、ここはギギアハウが構築した仮想空間であり、現実空間でもある。そう、無数のパラレルワールドのバリエーションひとつと同じなのだ。

 これは何を意味するのか・・・瞭のサイコキネシスが有効に機能するということだ。

 ギギアハウが氷の上を滑るかのようにスウッと瞭の前に近づいた。ギギアハウは顔に邪悪な笑みを浮かべたまま、瞭の心臓に向けて右手を突き出した。

 瞭が両目を閉じていることに気が付いたギギアハウの顔から笑みが消えた。ギギアハウは訝しげに首を傾げた。

 瞭は咄嗟に左手を胸の前に上げて掌を開いた。王冠のような形をした傷痕がない。左右が入れ替わっている。

 ・・・こりゃ、ややこしいな・・・

 心臓に迫るギギアハウの右手の手首を、瞭は左手で掴んだ。そして瞭は、王冠のような形をした傷痕がある右掌をギギアハウの心臓に向けた。

 瞭の脳内が一瞬で沸騰すると、瞭の右掌から、念動波が目に見えない雷光のようにほとばしった。

 瞭の念動波は硬質の光の矢と変わり、ギギアハウの胸に突き立った。ギギアハウの身体が、衝撃を受けて後方に吹き飛ばされた。

 瞭の左手はギギアハウの右手首を掴んだままだ。瞭は肘の部分で切断されたギギアハウの右手を掴んでいた。しかし、肘の切断部分から血は流れていない。まるで、マネキン人形の肘の関節部分をスポリと外したようだ。

 後方に吹き飛ばされたギギアハウの身体は、居間の壁を突き抜けて外に転がり出た。壁には真っ黒な穴が空いている。

 ミシリ ミシリ・・・

 ギギアハウが空けた壁の穴から、周囲に稲妻のような形状の亀裂が走った。その亀裂が壁一面に広がったかと思うと、居間の壁が、いや、瞭の目の前の風景が、まるで映画のセットのようにガラガラと崩れ落ちた。

 瞭は石畳の敷かれた広間に立っていた。そこは古代の競技場のようだ。天井はなく、壁の代わりに見上げるような石の円柱が、広場を囲むように整然と並んで立っている。

 広場の先に見えるのは、石のブロックを積み上げた巨大な階段状ピラミッドだ。

 ピラミッドの頂上部には直方体状の神殿が建っていて、その神殿に向かって、ピラミッドの四角錘の各面に急な階段が設けられている。四面にある九十一段の階段と、頂上部の神殿と併せて一年の日数と同じ三百六十五段となっているのは、マヤ文明のチチェン・イッツア遺跡の『ククルカンピラミッド』と同じだ。

 瞭は左手に持っていたギギアハウの腕を無造作にポイと放り投げると、腰に巻き付いている祥吾の手を優しく揺すった。

『祥吾、見てみろ。すごいぞ』

 祥吾は恐る恐る顔を上げると、瞭の腰から手を放して、瞭と肩を並べた。早苗の思念波の糸を掴んでいる祥吾の左手は硬く握られたままだ。祥吾は両目を見開いた。

『こ・・れは、いった・・い・・。瞭、ここは・・どこなん・・だ』

『ギギアハウは九世紀に古典期マヤ文明の崩壊をもたらした神官だ。目の前に広がっているのはギギアハウが構築した仮想空間、ということは、ここはマヤの神殿だろう』

『マヤ文・・明?』

 不思議そうに瞭の顔を覗き込んだ祥吾は驚いた。瞭は目を瞑っているのだ。

『瞭、目を瞑って・・いるのに、この景色が見・・えるのかい?』

『ああ、僕が見ている風景は、目から入った光の情報を脳の視覚野で再構築したものじゃない。ギギアハウが構築した仮想空間を、念動波を用いて脳が直接感得しているものだ。早苗ちゃんが使うクレアボヤンスに比べると、映像は相当粗いけどね。逆に、目から視覚情報として取り入れて脳の視覚野で再構築すると、ギギアハウに操られる恐れがある。さっきの僕みたいにね。やつは鏡に映った世界を不思議と感じる、脳の自己欺瞞に付け込んで人を操るんだ。やつに操られないためには、視覚情報を遮断して脳の視覚野での再構築を行わないことが必要だ。だからいいな、ギギアハウを目で見ちゃダメだ。祥吾も目を瞑るんだぞ。その代わり、僕が念動波で感得した映像を、早苗ちゃんの思念波の糸を経由して祥吾の脳内に送り込んでやるからな』

『分かった・・よ、瞭』

 瞭と祥吾は手を繋ぐと、競技場の中をピラミッドに向かって歩いた。

 競技場を取り囲む円柱の影に、男が立っている。男の両目はぽっかりと空いた穴のようで、血のように真っ赤な色をしている。I♡NYとプリントされた薄汚れたTシャツにジーンズをはいている。ハドソン・スミスだ。

 その後ろを、フラフラと男が歩いている。開襟シャツを着てグレーの上下のスーツを身に着けている。警視庁刑事部捜査三課の小野啓助巡査部長だ。

 円柱の根元に迷彩服を着たふたりの男が腰を下ろしている。ふたりは互いにあらぬ方を向いたままで、互いの存在に気付いていないようだ。ジョナサンとデイビスだ。

 瞭が周囲を見回すと、そこここで人影が動いている。

 御手洗達造、米山美代子、山口巡査部長・・・。鏡の中の世界、いや、ギギアハウの構築した仮想空間に取り込まれた人たちだ。ギギアハウに心臓を奪われ、自らの心臓を求めて徘徊しているのだ。

 瞭は微かな風を頬に感じて、ふと顔を上げた。

 階段状ピラミッドの頂上部にある神殿の上空に、ポカリと浮かんだ黒い小さな点に向かって、雲が渦を巻いている。渦に巻き込まれたように、周囲の風景が微妙に歪んでいる。瞭の感じた風は、その黒い点に向かって吹いている。

 よく見ると、はるか彼方に見える地平線が浮き上がっていた。ギギアハウの構築した鏡面世界はピラミッドの上空の黒い点を中心として半球状に歪んでいる。あたかも、お椀の底に立っているようだ。

 ・・・吸い込まれている・・・念動波や思念波、いや、次元の振動エネルギーそのものが吸い込まれている・・・まるで、ブラックホールだ・・・次元の振動エネルギーが過度に収斂した次元の特異点かも知れないな・・・それならば、この次元の特異点が更に成長すれば、とんでもないことになる。次元に穴を空けてしまう!・・・

 瞭は、早苗の予知した人類の厄災を思い出した。全てを吸い込む歪んだ空間、それこそが人類の厄災の元凶であり、それは次元に開いた穴に他ならない。その穴から全てのものが虚無空間に吸い込まれる。人類の厄災どころか、ひとつの次元の消滅だ。ギギアハウは、我々の存在するこの次元そのものを消滅させるつもりなのか。そうであれば狂っている。それとも、自らが引き起こす事象の及ぼす影響を理解していないのか。いずれにしても、次元に穴が空く前に、ギギアハウを倒してあの次元の特異点を消滅させなければならない。

 瞭の正面の円柱の影から、ギギアハウがノソリと姿を現した。

 ギギアハウは胸まで垂れた髭に覆われた口の口角を上げると、威嚇するようにカアアッと奇声を上げた。落ち込んだ眼窩の底から炯炯と光る赤い目は、瞭をひたと見据えたままだ。先程引き千切られた右腕は、肘から先がない。

 ギギアハウの胸の中央には、瞭が発した硬質の光の矢が刺さっていた。ギギアハウは光の矢を左手で掴むと、無造作に引き抜き、その矢を頭上に掲げた。矢はギギアハウの手の中でふたつに折れると、灰と化したようにサラサラと崩れて消えた。

 ギギアハウの声が瞭の脳内に響いた。

『お前は《力を操る者》か。名前は何という?』

『僕の名前? 大巌坊が知っているさ。やつから聞いていないのか』

『いや、お前の口から聞きたいのだ』

『僕の名前は・・・おっと、止めておこう。名前を教えて、言霊で操られちゃあかなわないからね。僕のことは好きなように呼んでくれ。ギギアハウ、これだってお前の本当の名前じゃないんだろう』

 ギギアハウは、フンと鼻で笑った。図星なのだろう。

『それでは、力を操る者よ、お前の心臓をもらう。横に立っている子供も一緒にな。そして、お前たちは、この周りにいる者たちと同じように、この世界に囚われるのだ』

 瞭は不敵に笑った。

『そりゃあ、願い下げだ』

 言い終わらないうちに、瞭は右手を上げて右掌を開いた。無数の光の矢がギギアハウを襲った。

 ギギアハウの身体がスッと沈むと、ジャガーの革の貫頭衣が生き物のようにギギアハウを包み込んだ。ギギアハウの鼻と口がメキメキと前に伸びて、大きく裂けた口には牙が生え、ひょろりとした手足は太い四本の脚に変わり、太くて長い尻尾が現れた。右前脚が少し短いようだ。

 瞭の前に現れたジャガーは、しなやか動きで光の矢をかわすと、瞭に向かって猛然と跳び掛かった。

 光の矢に代わって、瞭と祥吾の前にコンタクトレンズ状の光の膜が現れた。

『祥吾、離れるなよ』

 瞭が祥吾を背中に庇った。

 ジャガーは二本の後ろ脚で立つと、前脚の鋭い爪で光の膜を引っ掻き、大きな口を開けて光の膜に咬みついた。瞭の目の前で大きく開かれたジャガーの口から、長い牙が覗いている。

 ジャガーの咬合力(咬む力)は非常に強力で、鰐の分厚く硬い皮膚を咬み破り、亀の甲羅を噛み砕いてしまう。

 光の膜にガブリと咬みついては、頭を揺すって咬みちぎり、また咬みついては咬みちぎる。それが繰り返されているうちに、光の膜は徐々に薄くなっていく。

 ジャガーに姿を変えたギギアハウと瞭の、サイコキネシスによる攻防が形を変えて行われているのだ。

 瞭は微かな頭痛を覚えた。前頭葉のネオニューロンがフル稼働して念動波を生み出し、光の膜を維持しているが、このままではギギアハウの攻撃にいつまで耐えられるか分からない。攻撃は最大の防御なり。防御よりも攻撃が必要だ。

 瞭は攻撃のタイミングを計っていた。咬みついて咬みちぎり、また咬みつく。咬みちぎってから再び咬みつくまでの一瞬の隙がチャンスだ。ジャガーが頭を振って光の膜を咬みちぎった。ジャガーの牙が光の膜から離れた。

 ・・・いまだ!・・・

 瞭と祥吾の前に広がっていたコンタクトレンズ状の光の膜が瞬時に収斂して、テニスボールほどの大きさの光球に変化すると、瞬転して、光球は膨張して直径一メートルの火球に変わった。

 光の膜に咬みつこうと口を開けたジャガーが火球に呑み込まれた。

 ジャガーを呑み込んだ火球は石畳みの上をクルクルと回転しながら競技場を走り抜け、正面の円柱に激突して四散した。円柱が根元から折れて、ガラガラと音を立てて倒れた。

 折れた円柱の前で、石畳の上にうずくまったジャガーが燃えていた。

『瞭! やった! 勝ったんだ』

 祥吾の興奮した声が、瞭の脳内の中に浮かんだ。

 ・・・防御態勢を採らずにあの火球を受けたら、助かるまい・・・

 瞭も勝利を確信していた。前頭葉のネオニューロンがスウッと静まった。それに合わせて微かな頭痛が消えた。瞭は両目を開けるとフウとひとつ息を吐き、左手で額の汗を拭った。

 瞭の左足首が何かに掴まれた。

 瞭は咄嗟に足元を見た。肘から先だけのギギアハウの右手が、瞭の左足首を掴んでいた。

 ・・・!・・・

 石畳の上で燃えていたジャガーが、二本足でムクリと立ち上がった。身体を覆うマントを脱ぎ捨てるかのように、炎を上げているジャガーの皮がハラリと落ちた。燃えているのはギギアハウが着ていたジャガーの革の貫頭衣だった。

 腰布を巻いた上半身裸のギギアハウが、何ごともなかったように立っていた。あばら骨が浮き上がり、腹部がペコリと引っ込んだその身体には、赤白青黄の鮮やかなペイントが施されている。

 ギギアハウは胸まで垂れた髭に覆われた口の口角を上げると、威嚇するようにカアアッと奇声を上げた。戦いはこれからだと言っているのだろう。落ち込んだ眼窩の底から炯炯と光る赤い目が瞭を捉えた。

 ・・・しまった・・・

 両目を閉じるタイミングが遅れた。瞭の網膜に赤い光が焼き付き、後頭葉の視覚野が焼けるように痛んだ。瞭の脳内で、思念波によって感得した目の前の仮想空間と、視覚野が再構築した目の前の仮想空間が混じり合う。

『お前の心臓をもらう』

 ギギアハウの声が瞭の脳内に鳴り響いた。瞭はイヤイヤをするように頭を振ったが、ギギアハウの声は消えない。

 恐ろしい力で左足首が引っ張られて、瞭は背中から石畳の上に倒れた。

 ゴッという鈍い音が響いた。瞭の後頭部が石畳に叩きつけられて、瞭の両目の奥で火花が飛んだ。鼻腔の奥に錆びた鉄のような臭いが広がった。

 ズルリ ズルリ・・・

 ギギアハウの右手に引っ張られて、瞭の身体が石畳の上を滑っていく。

『瞭! しっかりしろよ!』

 瞭の脳内で祥吾の声が響いたが、身体が動かない。瞭の網膜に焼き付いたギギアハウの赤い目が、瞭の動きを封じ込めていた。瞭は為す術がなかった。

 瞭に駆け寄ろうとした祥吾の肩が、がっしりとした太い手で掴まれた。祥吾が振り返る。

『親父!』

 祥吾の肩を掴んでいるのは大巌坊だった。

『親父、放せよ! 何をやっているんだ。親父・・・熊野牛王符を失くしちまったのかよ』

 祥吾は必死になって身体を捩ったが、大巌坊の手は万力のような力で祥吾の肩を掴んで離さない。大巌坊のポカリと空いた穴のような両目は血のように赤く、祥吾を見る大巌坊の顔には表情がない。

 瞭はギギアハウの足元まで運ばれると、仰向けのままで石畳の上に身体を横たえていた。ギギアハウは瞭の傍に片膝を突いて、身体を屈めると、覆いかぶさるようにして瞭の顔を覗き込んだ。瞭の左足首を掴んでいたギギアハウの右腕の肘から先の部分は、フワリと宙に浮かぶと、吸い寄せられるように右腕にくっついた。ギギアハウは右手の指を閉じたり開いたりして動きを確認すると、歯をむき出して満足気にハハアと笑った。

『力を操る者よ、お前の心臓をもらう』

 ギギアハウは右手を上げて一度天を見上げてから、右手を瞭の胸の上に当てた。五本の指がズブリズブリと瞭の胸にめり込んでいく。

 スウッと意識を失いかけた瞭の胸の奥底で、灰の中に埋もれた熾火のような熱い塊が、突然ポッと炎を上げた。

 ドクリ ドクリ ドクリ・・・

 その炎で温められた血液が、心臓の鼓動によって全身に送られた。霞が掛かっていた頭がスッキリと晴れ、手足に力が戻っていく。瞭の額の内側がチリチリと音を立て始めた。前頭葉のネオニューロンが活性化して前頭葉がポッと温かくなり、それが前頭葉全体に広がり、更に側頭葉、頭頂葉、後頭葉に広がったかと思うと、瞭の脳内は沸騰したお湯のようにグラグラと煮えたぎった。

 ギギアハウは右手を瞭の胸に突き立てた状態で固まっている。祥吾も、大巌坊も人形のように固まって動かない。瞭自身も指ひとつ動かすことができずに固まっている。

 ・・・時間が止まっている!・・・

 全てが活動を停止した状態の中で、瞭の意識だけがハッキリと周囲を認識していた。

 瞭の無意識の自己防衛本能が、サイコキネシスを発現するためにもたらしたモラトリアム状態である。

 瞭が両目をカッと見開いた。瞭の両目は青白い光を放っている。瞭の全身から念動波の化体した青白い炎がメラリと立ち昇った。

 時間が動き始めた。

 ギギアハウは、瞭の心臓を掴んだ右手が燃えるように熱いことに気が付いた。真っ赤に焼けた溶岩の塊を握りしめているようだ。首を激しく横に振り、ガアアと苦悶の声を上げるが、ギギアハウの右手は瞭の心臓に吸い付いたように離れない。

 ギギアハウの右手の神経索を支柱にして、瞭の念動波の蔓が支柱に巻き付くようにギギアハウの身体の中に伸びていく。瞭の念動波の蔓は、伸びるにつれて無数に枝分かれし、網の目のようにギギアハウの身体の中に広がった。瞭の発した念動波の蔓がギギアハウの身体を侵食しているのだ。

 ギギアハウの右手がどす黒く色を変え始めた。その変色は右肩、胸、喉、腹へと急速に範囲を広げている。

 ギギアハウの顔に一瞬恐怖が浮かんだ。ギギアハウはその恐怖を恥じるかのように、胸まで垂れた髭に覆われた口の口角を上げると、威嚇するようにカアアッと奇声を上げた。落ち込んだ眼窩の底の赤い目が瞭を睨みつけた。

 瞭は青白く光る両目でギギアハウの目を真っ直ぐ睨み返した。

 ・・・お前の赤い目の魔力なんぞ、撥ね返してやるぜ!・・・

 瞭は上体を起こそうと身じろいだ。その瞭の頭をギギアハウの左手が抑えた。ギギアハウは親指と人差し指で瞭のこめかみを鷲掴みにすると、そのまま力を入れて瞭の頭を石畳に押し付けた。

 ギギアハウが反撃に転じたのだ。

 ギギアハウの左手の指の先から、ビリビリとした電流のようなものが瞭の脳内に流れ込んだ。ギギアハウは瞭の脳内のニューロンを念動波で焼き切ろうとしているのだ。

 瞭が無意識に発した防御のための念動波が、ギギアハウの念動波を相殺した。反対の位相の念動波をぶつけることで、念動波を打ち消すのだ。

 ギギアハウは左手の指先から発する念動波に持てる力を集中した。瞭も全力でそれに対抗しなければならない。ギギアハウの右手を通じて、ギギアハウの身体の中に伸びる瞭の思念波の蔓が力を失った。ギギアハウの黒く変色していた身体が元の色に戻っていく。

 瞭の脳内は不思議な静寂に沈んでいた。それは想像を絶する強力な念動波同士がぶつかり合い、相殺された結果生じている高次の均衡がもたらす張りつめた静寂だ。

 瞭の脳内のネオニューロンの活動体力が限界に近づいていた。

 瞭は微かな違和感を覚えた。その違和感に意識を向けた途端、吐き気と共に頭が割れるような激痛が瞭を襲った。瞭の身体は弓のように仰け反り、両足が激しく痙攣した。グウウという唸り声とも悲鳴ともつかない音が瞭の喉から漏れている。

 それでも、瞭のネオニューロンの発する念動波は、ギギアハウの発する念動波との均衡を保っている。しかし、それは長く持ちそうにない。瞭のネオニューロンが疲労のために活動を停止したときが、瞭の最後となるだろう。そのとき、瞭の脳はギギアハウの思念波によって焼き切られ、瞭は廃人となり、心臓が奪われるのだ。

 祥吾は瞭の異変を敏感に感じ取っていた。瞭の念動波を感得して発現した祥吾のサイコキネシス能力が、瞭の念動波とシンクロしているのだ。

『瞭! どうしたんだよぅ! しっかりして! 瞭!・・・』

 祥吾が言葉を送っても、瞭からの返信はない。力を集中しすぎて、反応できないのだ。瞭から送られていた念動波が弱まり、祥吾の脳内に映し出されていた周囲の映像が消えた。祥吾は両目を開けた。

『ダメだ、このままじゃ、瞭は殺されちまう。何とかしなきゃ。・・・クソッ、親父、手を放せ、放してくれよ!・・・』

 身を捩った祥吾の右手が、ズボンのポケットの膨らみに触れた。ポケットの中には独鈷杵が入っている。祥吾はポケットから独鈷杵を掴み出した。独鈷杵は魔を打ち砕く力を秘めている法具だ。

 祥吾は独鈷杵の片方の尖った先端を、祥吾の肩を掴んでいる大巌坊の手に突き立てた。

 ウオオォ! 大巌坊が獣のように吠えた。

 雷に打たれたかのように大巌坊は大きく身体をのけ反らせると、祥吾の肩を放した。

 自由になった祥吾は独鈷杵をナイフのように右手で掴むと、身体の正面に構え、ギギアハウに向かって突進した。

 祥吾は額の内側がほんのりと温かくなったと感じた。その感覚は直ぐに脳内全体に広がり、更に、その温度がどんどん高くなっていく。

 祥吾は頭蓋骨の中で何かが暴れているように感じた。龍だ。炎に包まれた龍が、出口を求めて祥吾の頭蓋骨の中をグルグルと暴れ回っている。祥吾の頭蓋骨が内部からの圧力を受けてミシミシと音を立てている。

 ・・・頭が破裂しそうだ・・・どうすればいいんだ・・・

『祥吾、独鈷杵よ、独鈷杵に意識を集中しなさい。独鈷杵に龍が宿った姿を想像するの。そして、独鈷杵を依り代にして龍を解き放つのよ!』

 祥吾が左手で握りしめている早苗の念動波の糸を通じて、早苗の声が祥吾の脳内に響いた。早苗も思念波の糸を通じて、祥吾のサイコキネシス能力の発現を感得したのだ。

 ・・・独鈷杵に龍が宿る・・・独鈷杵に龍が宿る・・・独鈷杵に龍が宿る・・・ダメだ・・・クソッ、瞭を助けなけりゃいけないんだ、グズグズするな、このバカ龍野郎!・・・

 祥吾は右手に持った独鈷杵の片方の尖った先端を、思いきり額に叩きつけた。

 ゴオオオ! 独鈷杵のもう片方の尖った先端から閃光がほとばしった。

 祥吾の右手の中で独鈷杵がビリビリと振動している。その閃光に乗って炎の龍が飛び出した。

 炎の龍は牙の生えた大きな口を開くと、ギギアハウの身体を呑み込んだ。炎の龍は競技場の周囲の円柱を次々となぎ倒しながら飛び、階段状ピラミッドに近づくと、方向を変えて、はるか上空に向かって昇っていく。上空から炎の龍の上げる咆哮が遠雷のように響いている。

『瞭! しっかりしてよ、瞭!』

 瞭の元に走り寄った祥吾が、両膝を石畳の上に突いて、ぐったりと横たわっている瞭の両肩を揺すった。瞭が薄目を開けた。視線はまだボンヤリとしていて焦点が定まっていない。

『・・・祥吾か・・・ギギアハウは・・・ギギアハウはどうした?・・・』

『ギギアハウは僕が倒したよ』

『・・・祥吾が?・・・そりゃすごい・・・ああ、助かったよ・・・頭が痛い・・・何だ、暗い・・・暗い・・・』

 生体エネルギーを使い果たした瞭は、眠るように意識を失った。

 初めてサイコキネシスを使った祥吾の脳も、ピリピリと痺れて、浮腫んだように膨満して頭蓋骨を圧迫している。眼球の奥が凝り固まったような違和感が、錐で突かれるような片頭痛に変わった。

 ・・・これからどうすればいいんだろう・・・

 途方に暮れた祥吾は、周囲に目をやった。

 祥吾と瞭に向かって、大巌坊がゆっくりと歩いている。大巌坊は歩きながら胸の前で小さく印を結び、何やら呪文を吐いている。祥吾と瞭を倒すべく験術を使おうとしているのだ。それは祥吾の父親ではない。まさしく、ギギアハウの僕の大巌坊の姿だ。

 祥吾は大巌坊を睨みつけたまま、右手の独鈷杵を握りしめた。独鈷杵が異様に重たく感じられるのは、祥吾の生体エネルギーが不足しているからだ。これで親父と戦えるのか・・・祥吾の頭の中に微かな不安が広がった。

 大巌坊がふと足を止めて、空を見上げた。それに釣られて、祥吾も空に目をやった。ふたりの視線の先には、ギギアハウを呑み込んだ炎の龍の姿があった。

 天に向かって真っ直ぐ昇っていた炎の龍が、苦しそうに身を捩った。飛翔速度が遅くなり、とうとう空中で静止した。炎の龍の腹が不気味に膨らみ始めた。胎内からの圧力を受けてボコリボコリと歪に形を変えながら、膨らみが大きくなっていく。

 ベシャリと炎の龍の膨らんだ腹が裂けた。避けた龍の腹をかき分けるようにして、腹の中からギギアハウが飛び出した。

 炎の龍は口を開けて苦し気にグオオウと叫んだ。炎の龍の身体がぶすぶすと黒い煙を上げながら黒く変色していく。腹の裂けた炎の龍は、自らの炎で焼かれて黒く姿を変え、空中でバラバラに砕け散った。

 ギギアハウは空中に浮かんだまま、胸まで垂れた髭に覆われた口の口角を上げると、威嚇するようにカアアッと奇声を上げた。落ち込んだ眼窩の底の赤い目が、禍々しい炎を上げた。

 ギギアハウはカッと口を開くと、先程のお返しだといわんばかりに、その口から炎の渦をゴオオウッと吐き出した。炎の渦は進むにつれて大きく広がり、やがて空を覆いつくすほど大きくなった。

 空一面が炎に覆われ、そこから雹のような炎の塊がバラバラと地表に降り注いだ。そして、地表を焼き尽くすべく、空に広がる炎がゆっくりと高度を下げ始めた。それは、仕掛け部屋に閉じ込められて、牙のような棘に埋め尽くされた天井が頭上に下りてくる恐怖と同じだ。

 ・・・どこかに隠れる場所はないかな・・・瞭、瞭、目を覚ましてよ・・・このままじゃ焼き殺されちゃうよ!・・・瞭!・・・

 祥吾の頭の中は恐怖でいっぱいになった。こうなれば、もはやサイコキネシスは使えない。瞭は意識を失ったまま、ピクリとも動かない。祥吾は瞭の胸の上に覆いかぶさるようにして、頭を抱えた。

『祥吾、私が何とかしてみるわ。動かないで頂戴』

 早苗の声が祥吾の脳内に響いた。

 祥吾の左手が握りしめている早苗の思念波の糸が、突然光を発した。目に見えなかった思念波の糸が、金色の糸に変わり、その糸が祥吾と瞭の周りをクルクルと回り始めた。蚕が絹糸を吐いて繭を造るように、金色の思念波の糸が幾重にも重なって厚みを増し、祥吾と瞭を包み込んでいく。祥吾と瞭の姿が金色の繭の中に消えた。

 祥吾と瞭を包み込んだ金色の繭は、重さがないかのようにフワリと宙に浮いた。

 炎の天井が、金色の繭を圧し潰すように下りてきて、地表が一面の炎に覆われた。その炎の海に金色の繭がプカリと浮かび上がった。炎の波間をユラユラと漂っていた金色の繭は、スウッと宙に浮かび上がると、強い力で引かれたように宙を飛んだ。

 階段状ピラミッドの北側に、聖なるセノーテ・サグラドがある。地表を覆いつくす炎の中で、地面にぽっかりと空いた穴の底に広がるその泉だけが翡翠色の湖面を見せている。インカの時代、セノーテは、精神世界への入口と考えられていて、生贄や供え物が投げ入れられた水中鍾乳洞である。

 金色の繭はセノーテに向かって一直線に飛んだ。

 金色の繭から延びている一本の細い糸が、セノーテの中に吸い込まれている。このセノーテこそ、ギギアハウの構築した仮想空間・鏡の中の世界と外の世界を結ぶ通路なのだ。金色の繭は翡翠色の湖面に吸い込まれるように消えた。 

 ギギアハウは、空中に浮かんだまま、金色の繭がセノーテに吸い込まれるのを見ていた。さすがのギギアハウも、瞭との死闘で魔力を使い果たしたため、これ以上の追撃ができなかった。ギギアハウは胸まで垂れた髭に覆われた口の口角を上げると、金色の繭の消えた琥珀色の湖面に向かって、威嚇するようにカアアッと奇声を上げた。この次は殺すと叫んでいる。


 早苗の思念波の糸に導かれて、瞭と祥吾は現実空間に戻った。

 御手洗達造の別荘の居間の北の壁に立て掛けられている大きな鏡の鏡面が撓み、鏡面に大きな波紋が広がったかと思うと、祥吾の左腕がヌッと鏡面から突き出てきた。早苗がその腕を掴んで思いきり引っ張ると、瞭と祥吾が折り重なるようにしてドサリと鏡面から転がり出てきた。

「瞭! 祥吾! 無事でよかった!」

 瞭は床に倒れたままピクリとも動かない。祥吾がゆっくりと顔を上げた。頬がこけ、目が落ち窪んでいる。水に溺れたかのように唇は紫色をしている。

「明日香さん・・・助かった、ありがとう・・・」

「!・・・祥吾・・・あなた、その目はいったい・・・」

 早苗は鮮やかな青に変わった祥吾の瞳を見て言葉を失った。まさか、視力を失ったのではないか。早苗の心を不安がよぎった。

「目? 僕の目がどうかしたの?」

 小さな手鏡を覗き込んだ祥吾は、思わず絶句した。

「何だこりゃ! 何でこんな色に・・・」

 早苗は祥吾が発する念動波を感得した。

「理由は分からないけど、原因は分かったわ。祥吾がサイコキネシス能力を発現したからよ」

「サイコキネシス・・・」

 祥吾は鏡の中の世界で、炎の龍を召喚したことを思い出した。あれがサイコキネシスなのか。祥吾は額の内側がムズムズしたような気がして、思わず左手で額を撫でた。独鈷杵を打ち付けた傷から血が滲んでいる。右手には独鈷杵がしっかりと握られている。

 瞭は意識を失ったまま、大きな鏡の前に横たわっていた。

 早苗は瞭の傍にペタリと座ると、瞭の頭を優しく撫でた。早苗の思念波が瞭の脳内を探った。大丈夫、気を失っているだけだ。早苗は心の中で安堵した。

「瞭、よかった、戻ってきてくれて」

 いつもと違う優しい早苗の声は、いまの瞭には届いていないだろう。

 床に仰向けに寝かされた成田を挟むようにして、羽賀と伊藤が床に膝を突いて、成田の様子を見ていた。医療キットの中に常備されていたボスミン(アドレナリン)の心臓注射により、成田の心臓は再び動き出した。成田の胸がゆっくりと上下している。呼吸も落ち着いたようだ。

 鏡の中の世界から戻ってきた瞭と祥吾の姿を見て、羽賀は「ああ」と安堵の声を上げた。

「明日香さん、このままじゃどうしようもない。とにかく、ここから撤収しましょう。今回は負けだ。借りってことに・・・うん? どうも最近借りてばかりだな。まあいい。この次は利息を付けてお返ししてやるぜ」

 羽賀は頬を歪めて自虐的な笑みを浮かべた。

 早苗は羽賀の声に小さくコクンと頷いた。

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