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最後の戦い1

 三日後。時刻は午後一時を過ぎようとしていた。

 真夏の陽光は質量を持っているかのように重く、地面のあらゆるものを圧し潰そうとしている。八月のお盆を過ぎても、猛暑が収まる気配はない。

 UH―60JA多用途ヘリコプターが、長野県北佐久郡軽井沢町千元谷集落に向かって飛行していた。乗員室には瞭、早苗、祥吾、羽賀チーム三名、そして佐田が搭乗している。

 乗員室は、金属パイプを組み合わせた骨組みにキャンパス地の布を張り付けただけの簡素な椅子が十二脚あり、それが三脚ずつ四列に配置されている。一列目と二列目、三列目と四列目がそれぞれ向かい合うようにして配置されている。

 一列目には佐田が、二列目には瞭、早苗、羽賀が、三列目には祥吾、伊藤、成田が座っている。

 瞭はくたびれたグレーのポロシャツにジーンズ、足元はスニーカーといういつもの軽装。早苗はスエットのTシャツにカーキ色のデニムのパンツ、足元はスニーカー。祥吾は着た切り雀のえんじ色のジャージの上下にスニーカー。羽賀チーム三名は迷彩服に軍靴を履いて、完全武装している。佐田はいかにも場違いな、ノーネクタイのシャツにしわひとつないグレーの上下のスーツを着て、顔が映るほど磨き上げられた革靴を履いている。

 シートベルトを締めて防音用のヘッドホンを掛けた佐田が、膝の上のラップトップパソコンを開いた。佐田の声はヘッドホンに付属しているマイクを通じて、瞭たちのヘッドホンから流れるようになっている。

「状況を簡単に説明しておこう。特定地域で確認されていた、地殻エネルギー、電磁波、重力及び地磁気の異常は加速度的に大きくなっている。異常を示す範囲も、御手洗邸を中心とした半径五十メートルの地域から、半径百五十メートルの地域にまで拡大している。空間の歪みは目視でも確認できるほどで、中心である御手洗邸の上空には穴のような暗い点が浮かんでいる。そう、まるでブラックホールだ。

 千元谷集落は機動隊から引き継いだ陸上自衛隊の特殊作戦群四個中隊により完全に封鎖されている。指揮を執るのは、特殊作戦群長の飯森一佐。なお、千元谷集落内は完全に無人だ。特殊作戦群の隊員も封鎖ラインから中には入っていない。但し、緊急要請があれば完全武装の一個中隊が、五分以内に御手洗邸へ駆けつける態勢を常時維持している。

 また、千元谷集落から直線距離で約四キロメートル離れたゴルフ場敷地内に、攻撃ヘリAH―1Sコブラ二機が待機していて、特殊作戦群を支援することになっている。このヘリも君たちを千元谷集落に運んだ後は、そのゴルフ場敷地内で待機する。私はこのヘリの中で君たちが戻ってくるのを待っている。

 御手洗邸の中がどうなっているのか、ギギアハウや大巌坊がどこにいるのかは不明。それと、東京都内から脱出した昇龍四号機、いや、カンヘルが二日前の夜に封鎖ラインを突破して千元谷集落へ潜入した。おそらく、御手洗邸に潜伏しているだろう。なお、カンヘルは封鎖ラインを突破する際に、特殊作戦群の隊員からH&KMP5サブマシンガン二丁と予備のマガジン四個を奪っている。第二腕の二丁のリボルバーカノンの銃弾もまだ残っているだろう、十分注意してほしい。

 君たちは、人類の厄災を阻止するための決死隊として御手洗邸に向かってもらう。超能力を操る魔人に対抗できるのは超能力者しかいない。君たちは日本の、いや、人類の希望だ。必ず勝って、戻ってきてほしい。以上だ」

 つい二時間前までベッドの上で意識を失っていた瞭が、精悍な顔をして頷いた。

「任せて下さい。人類の厄災を必ず阻止してみせます」

 佐田が真面目な顔をして続けた。

「ああ、ひとつ言い忘れていた。矢沢さんの壊れたSUVのローンの残額は、官房機密費から支出することになりましたから、お気になさらずに」

 思わず瞭がブウッと吹き出し、早苗がアハハと笑った。責任の重さを痛感して硬い表情をしていた羽賀がニヤリと笑った。

 そうだ、委縮して硬くなっていては力を十分に発揮できない。それでいい。佐田は頼もし気に目の前の三人を見ていた。


 ヘリコプターが白く乾いた砂埃を巻き上げながら離陸すると、千元谷集落の人影のない路上に瞭たち決死隊の六人が残された。御手洗邸に向かう脇道は目の前だ。

 瞭は全くの丸腰で、早苗と祥吾は防弾チョッキを身に着けている。祥吾が右手で握りしめているのは独鈷杵だ。

 羽賀チームの三人は、各自がH&KMP5サブマシンガンを持っている。九ミリのパラベラム弾では昇龍の重装甲には歯が立たないため、今回の作戦用に防衛装備庁の陸上装備研究所で急きょ試作された高性能炸薬弾を装填している。羽賀の腰のホルスターには、拳銃の代わりに、敵に電気ショックを与えるテーザーガンが収まっていた。伊藤と成田が背負っているのは、口径百十ミリの対戦車榴弾を発射することができる01式軽対戦車誘導弾だ。そして三人は防弾チョッキの他に、幅六十センチ、高さ一メートル二十センチの防弾盾まで用意している。ギギアハウと大巌坊との超能力戦には無力だが、カンヘルとの戦いを引き受けるつもりなのだ。

「それじゃあ、いこうか」

 瞭の声は、休日の昼下がりに近所の公園へ散歩にでも誘うような穏やかな声だ。瞭の横で、早苗は胸の前で手を組み両目を閉じている。思念波で周囲の状況を探っているのだ。

「我々が先導します。敵の第一陣は多分カンヘルでしょう。カンヘルは我々が引き受けますから、瞭たちは我々に構わず先に進んでください。カンヘルを始末したら、すぐに後を追いますよ」

 羽賀はいかにも自信あり気に、肩から下げているサブマシンガンの銃身をガチャリと叩いた。

 早苗がスッと目を開けた。

「ギギアハウも大巌坊もカンヘルも、すでに私たちのことに気付いている。彼らは私たちを待っているわ」

「そうか、待たせちゃ悪いな。先を急ごう。祥吾、準備はいいな」

 祥吾はこの先に待つ父親大巌坊のことを考えていたのだろう。瞭の声にハッと顔を上げると、鮮やかな青い目で大丈夫だと瞭に伝えた。祥吾は右手の独鈷杵を握り直した。

 羽賀、伊藤、成田が横一列になって、右手にサブマシンガン、左手に防弾盾を持ってゆっくりと脇道を進み始めた。その後ろに、瞭と早苗と祥吾が続いている。

 瞭の額の内側がチリチリと音を立て始めた。前頭葉のネオニューロンが活性化して前頭葉がポッと温かくなり、それが側頭葉、頭頂葉、後頭葉へと広がっていく。サイコキネシスを発現する準備が整った。

 祥吾は左掌で額をポンポンと叩いている。前頭葉のネオニューロンの活性化が思うようにいかないのだろう。サイコキネシスを操る技能が未熟なのだ。

 早苗は半眼のように目を細めて、意識を集中していた。周囲にレーダーのように思念波を送っているのだ。早苗は既にクレアボヤンスを発現していて、早苗の脳内には、上空から俯瞰した鏡屋敷の風景が映し出されている。

 早苗は頭の中の映像を説明し始めた。

「カンヘルが中庭に下りた。中庭の一番右端の大きな庭石の後ろに隠れたわ。上の二本の腕には羽賀さんたちと同じ形のサブマシンガンを二丁持っている。あれは・・・大巌坊だわ。大巌坊が屋根の上に飛び上がった。屋根の上で錫杖を突いて、大巌坊が立っている。大巌坊は・・・私を見ている。瞭! 大巌坊が空に舞い上がった! こっちに向かって飛んでいるわ、大巌坊は・・・錫杖に乗って飛んでいる!」

「錫杖に乗って? そうか、大巌坊の飛翔術が分かった。人間が空を飛ぶイメージは持てないが、物を浮かせることができるなら、その上に乗ればいい。それなら僕にもできるはずだ」

 瞭はジーンズのポケットから五百円玉を二枚掴み出すと、地面の上に投げた。二枚の五百円玉は地面から十センチの所に並んで浮かんでいる。瞭は二枚の五百円玉の上に慎重に両足を乗せた。しばらくフラフラとバランスと取っていた瞭は、コツを掴んだのかすぐに真っ直ぐに立った。

 早苗も、祥吾も、羽賀たちも、目の前にフワリと宙に浮かんでいる瞭を、息を呑んで見つめている。瞭は悪戯を見つけられた子供のように、ちょっと照れたような顔をした。

「いくよ」

 その言葉を残して、瞭の身体は燕のように上空に舞い上がった。


 石突を前にして矢のように飛ぶ錫杖の上に、大巌坊が両足でスックと立っていた。大巌坊は胸の前で小さな印を結び、口の中でブツブツと呪文を唱えている。

 その大巌坊に向かって、地上から舞い上がった瞭が迫った。瞭は左手を上げ、王冠のような形をした傷痕のある左掌を広げて、その左掌を銃口のように大巌坊に向けている。瞭の左掌の表面にパリパリと音を立てて無数の電光が走ると、電光はテニスボールほどの光球に変わった。

「大巌坊!」

 瞭が叫ぶのと同時に、左掌の光球が大巌坊に向かって飛んだ。光球は瞬く間に膨張して直径二メートルの火球に変わった。

 大巌坊は目の前に迫った火球に向けて、咄嗟に右手の人差し指と中指を突き出した。

「ヌッ!」

 大巌坊の丹田から声が漏れた。

 火球は縦に真っ二つに割れ、大巌坊を掠めるようにして飛び去ると、上空で融合して再びひとつの火球に戻った。

「ヤアーッ!」

 大巌坊は突き出した人差し指と中指を上空に向けると、雷鳴のような声と共に気を発した。

 上空の火球が、打ち上げ花火が花開いたように千々に砕けて、砕けた炎の破片が流星雨のように瞭に降り注いだ。炎の破片は細長い尾を引いて、無数の炎の矢と化して瞭の頭上に迫る。

「クソッ」

 瞭の左掌から、念動波が目に見えない雷光のようにほとばしると、瞭の頭上一メートルの所にコンタクトレンズ状の光の膜が現れた。瞭の頭上に降り注いだ流星雨のような炎の矢は、水面に落ちた雨粒のように、小さな波紋を残しながら次々と光の膜に吸収された。

 瞭がスウッと息を吸うと、光の膜は再びテニスボールほどの大きさの光球に収斂した。瞭は左掌で光球を握りしめたまま、大巌坊の横をすり抜けると上空に昇った。

「あやつ、飛翔術を会得したのか。面白い・・・」

 大巌坊はチラリと笑った。そして、大巌坊は空中で素早くUターンをすると、瞭の後を追った。

 瞭は小さな浮浪雲を突き抜けて上空に出ると下を見た。足元に小さく見える御手洗邸の屋根が歪んで見えるのは、屋根の上方に広がる空間の歪みのせいだ。頭上には真っ青な夏空が広がっていて、ほぼ真上から垂直に照り付ける陽光が瞭の肌をジリジリと焼いた。

 はるか下にいた大巌坊が、あっという間に瞭の前に現れた。瞭と大巌坊との間の距離は約百メートル。錫杖の上に二本の足でスックと立っている大巌坊は、穴のような赤い両目でジッと瞭を見据えている。

 大巌坊が丹田の底から声を発した。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・前・行!」

 声に併せて、大巌坊は突き出した右手の人差し指と中指で九字を切った。

「エエーイ!」

 大巌坊がひときわ大きな声と共に気を発した。

 ザワザワ ザワザワ 瞭の足元で何かが羽音を立てている。

 ゴオオウッ 羽音は突然耳を聾するような大音響に変り、瞭はあっという間に黒い塊に呑み込まれた。

 それは、空を覆い尽くすほどの烏の大群だった。

「アッ!」

 一瞬反応が遅れた瞭の腕や足や背中や腹を、烏の鋭い嘴が狙いすましたように掠めていく。背中に焼けたような痛みが走った。肌がむき出しの右の二の腕からパッと鮮血が飛び散った。肩にとまった一羽の烏が、バサバサと羽ばたきながら鋭い嘴を瞭の目に突き立てようとした。

 瞭は咄嗟に右手で肩の上の烏を払い除けると、左手を頭上に上げた。左掌で握っていた光球がドロリと形を変えて、瞭の周囲に糸のように垂れると、その糸は意思があるかのように互いに絡み合い、瞭の周囲を取り囲んだ。

 瞭は光の糸で編まれた鳥籠の中に浮かんでいた。瞭のポロシャツの背中が切り裂かれて血が滲んでいる。右の二の腕の抉られたような傷から血が滴り落ちている。

「なるほど、さすがは熊野の修験者だ。烏を使役した秘術か」

 瞭は痛みに顔をしかめながら、百メートル先の大巌坊を睨みつけた。

 前後左右上下から無数の烏が鳥籠に向かって飛び掛かり、鋭い嘴で鳥籠を突き破ろうとしているが、嘴が鳥籠に触れた途端、烏は感電したように身体を震わせて、地面に向かってバラバラと落ちていく。

 鳥籠の中に侵入できない烏たちは、一度上空に舞い上がると、渦を巻くようにして大巌坊の周囲に集まった。烏の大群の中から、大巌坊の呪文が響いている。

「ノウマクサンマンダ バサラダン センダンマカロンシャダソハタヤ ウンタラタカンマン」

 烏の大群の黒い塊はモヤモヤと形を変えると、一羽の大きな黒い化鳥になった。

 頭の先から尻尾の先まで十五メートル、翼を広げると四十メートルもある黒い化鳥の姿は、烏というより翼竜プテラノドンのようだ。頭部の突き出した嘴には鋭い歯がずらりと並んでいる。

 バサリバサリと羽音を立てて宙に浮かんでいた黒い化鳥は、ケエエと一声鳴くと、瞭に向かって恐ろしい速度で飛び始めた。

 黒い化鳥の背中に大巌坊が立っている。

「よし、こ・・い・・ウワッ!・・・」

 瞭は迎え撃つために身構えようとしてバランスを崩した。硬貨を使った飛翔術にまだ習熟していないのだ。前後に身体を揺らして必死にバランスを取っている瞭に、黒い化鳥が容赦なく襲い掛かった。

 鋭い歯が並んだ大きな嘴が、光の糸で編まれた鳥籠ごと瞭を咥えた。黒い化鳥は激しく首を振って、鳥籠を噛み砕こうとしている。鳥籠はミシミシと音を立てて歪み、鋭い歯が瞭に迫る。

 バキリ! とうとう鳥籠が潰れた。

 瞭は、その一瞬前に鳥籠から外に飛び出していた。

 黒い化鳥の嘴から逃れた瞭は、頭を下にして、地面に向かって自由落下している。

 瞭はパニックに陥っていた。

 ・・・飛び方が分からない!・・・落ちる、落ちる・・・そうだ、五百円・・・五百円玉はどこだ・・・

 瞭は両腕を飛行機の翼のように身体の横に広げると、空気の抵抗を利用して身体を捩った。二枚の五百円玉は瞭のスニーカーのすぐ先を、瞭と一緒に自由落下していた。瞭は足元の二枚の五百円玉に意識を集中した。

 ・・・バランスだ、バランスを取るんだ・・・身体を押せ! そして浮かび上がるんだ! 空高く!・・・そうだ、機首を上げて急上昇する戦闘機のように!・・・

 瞭の脳内には、急降下した戦闘機が、機首を引き上げて再び上空に舞い上がるハリウッド映画のワンシーンのような仮想空間が浮かんでいる。その戦闘機が瞭の姿に変わった。仮想空間を目の前の現実空間と置き換える。瞭の前頭葉が念動波の炎をメラリと上げた。

 瞭の視界がグニャリと歪んだ。

 瞭の身体は地面に激突する直前に、Uの字を描くように方向を変え、再び上空に舞い上がった。上空に広がる青空の水面に飛び込むかのように、瞭の身体は一直線に上昇を続けた。

 瞭の目が、瞭を追って降下を始めた黒い化鳥の姿を捉えた。黒い化鳥は瞭に向かって真っ直ぐ進んでいる。正面衝突するつもりだ。瞭と黒い化鳥との間の距離が見る見る縮まった。黒い化鳥の嘴がゆっくりと開き、鋭い歯が覗いた。

 瞭は黒い化鳥に向かって左手を上げた。

 瞭の左掌から、念動波が目に見えない雷光のようにほとばしった。

 黒い化鳥の頭部がゴクリと音を立てて不自然に曲がったかと思うと、頭部がグルリと三百六十度回転してから、背中に向かってガクリと倒れた。瞭の発した念動波によって頭部がねじ切られたのだ。

 黒い化鳥の進行方向が、正面衝突の直前で僅かに変わった。上昇する瞭と下降する黒い化鳥が、身体を擦り合わせるほどの至近距離ですれ違った。すれ違いざまに、瞭と大巌坊の視線が絡み合った。大巌坊は・・・笑っていた。

 黒い化鳥は地面に向かって真っ直ぐ落ちていく。

 黒い化鳥の背中で大巌坊は呪文を唱えている。

「ノウマクサンマンダ バサラダン センダンマカロンシャダソハタヤ ウンタラタカンマン」

 背中に貼り付くように不自然に折れ曲がった頭部が、ドロリと融けて黒い化鳥の背中に吸い込まれると、頭部を失った首の先端が芽のように膨らみ、その芽は頭部へと形を変えた。頭部が再生した黒い化鳥は、ケエエと一声鳴くと、バサリバサリと羽音を立てて一度空中に静止し、それから瞭を追って上昇を始めた。

 大巌坊は黒い化鳥の背中で「ノウマクサンマンダ バサラダン センダンマカロンシャダソハタヤ ウンタラタカンマン」と呪文を唱えると、上空に向かって飛ぶ瞭の背中に向けて右手の人差し指と中指を突き出した。

「ヤァーッ!」

 大巌坊は雷鳴のような声と共に気を発した。

 瞭は大巌坊の発する念動波に包まれたことを感じた。

 ・・・熱い?・・・身体が熱い!・・・パイロキネシスだ!・・・

 瞭の身体がボッと音を立てて薄紅色の炎に包まれた。瞭の自己防衛本能が無意識のうちに念動波を発して、大巌坊の念動波を相殺した。サイコキネシスを発現する念動波がパイロキネシスを発現する念動波を相殺することで生じた五センチほどの空間を全身に纏って、瞭は炎に包まれている。念動波の微妙な性質の違いが、すべてを相殺して炎を消すまでには至らない理由だろう。瞭の皮膚が直接燃えている訳ではないが、五センチの空間を経て耐えがたい熱が伝わってくる。

「グウウ・・・」瞭の口から呻き声が漏れた。

 瞭は御手洗邸の中庭で見たリックの焼死体を思い出した。

 ・・・パイロキネシスは念動波を熱エネルギーに変換する特殊な能力だ。しかも、それは生体エネルギーに反応して作用するんだろう。だから、人体は発火するが洋服や靴は発火しない。・・・まるで、生体エネルギーに触れて発火する可燃性の燃料だ。・・・どうすればいい? 念動波の微妙な性質の違いを考えると、僕が熱エネルギーを念動波に逆変換するのは難しそうだ。・・・そうか、念動波同士で相殺できないなら、送り返せばいい。サイコキネシスの念動波の圧力で、パイロキネシスの念動波を大巌坊に送り返してやる・・・

 瞭の額の内側がチリチリと音を立て始めたかと思うと、瞭の脳内が一瞬で沸騰した。

 ・・・相殺じゃない、押し返すんだ・・・そうだ、押し返せ! 大巌坊の元へ押し返せ!・・・

 瞭の身体を包んでいた薄紅色の炎が、瞭の身体から離れた。見えない巨人の掌に遮られているように、瞭の身体の二メートルほど前に炎の壁がある。その炎の壁は巨人の掌に押されているかのように、大巌坊に向かってジリジリと後退を始めた。

 パイロキネシスの念動波が押し返されていることを感得したのだろう、大巌坊が呪文を唱える声が大きくなった。

 目に見えない巨人と巨人が、互いの掌をピタリと合わせて、渾身の力で押し合っているようだ。一方が押し込んだかと思うと、もう一方がすかさず押し返す。炎の壁は行ったり来たりを繰り返しながらも、徐々に瞭の前から離れて大巌坊に近づいている。

「ヌウウ・・・」

 大巌坊が苦悶の声を上げた。

 その途端、力の均衡が崩れた。押し返されたパイロキネシスの念動波の塊が、炎の壁を伴って、雪崩のように大巌坊と黒い化鳥を襲った。

「ウオオオ・・・」大巌坊が獣のような叫び声を上げた。

 大巌坊と黒い化鳥は一瞬で薄紅色の炎に包まれた。大巌坊が炎の中で身を捩る。黒い化鳥の身体がバラバラと崩れて、その崩れた破片のひとつひとつが焼け焦げた烏の死体に変わると、無数の烏の死体は薄い煙を後に引きながら雨粒のように地面に落ちていった。

 黒い化鳥の姿が消えた後には、宙に浮かぶ錫杖に左手一本でダラリとぶら下がっている大巌坊の姿があった。大巌坊の顔も手足も無残に焼け爛れている。

「おのれ・・・自らの火焔の術に焼かれるとは・・・不覚・・・」

 大巌坊は身を翻すと、御手洗邸に向かって飛び去った。

「待て、大巌坊!」

 大巌坊を追って、瞭も御手洗邸に向かって飛んだ。


 羽賀たちは御手洗邸の玄関に向かって延びるロータリーを横切ると、中庭に通じるブルドーザーで踏みつぶしたような道を慎重に進んだ。地面がむき出しのその道は、真夏の陽光に焼かれてカチカチに乾き、照り返しで白く光っている。無残に壊された生垣の先は、カンヘルが潜む中庭である。周囲から聞こえていた潮騒のような蝉の声がピタリと止んだ。中庭から流れ出ている圧力のような禍々しい殺気が蝉たちを黙らせたのだ。

 中庭に足を踏み入れる直前で、羽賀が振り返った。

「明日香さんと祥吾はここで待っていてください。カンヘルは我々三人が始末します。カンヘルは中庭の一番右端の奇岩の後ろに隠れているんでしたよね。よし、まずは伊藤が一番右端の奇岩に向かって手榴弾を投げ込む。爆発と同時に全員が中庭に突入し、散開。俺と成田が正面方向から銃撃を加えて牽制する。伊藤は中庭を突っ切って、カンヘルの側面に回れ。そして、01式軽対戦車誘導弾で攻撃。カンヘルに百十ミリ対戦車榴弾をおみまいしてやれ。状況は適宜ヘッドギアで連絡しろ。何か質問は?」

 伊藤と成田が首を横に振った。羽賀たちがチームを組んで三年、この辺りは阿吽の呼吸だ。

「よし、いくぞ!」

 羽賀たちは互いの拳をコツンとぶつけ合った。

「ちょっと待ってください」

 走り出そうとした羽賀たちは、早苗の声で立ち止まった。

「私もお手伝いします。といっても、テレパシーを使ってですけど。私がクレアボヤンスで感得した映像を、テレパシーで皆さんの脳内に送ります。カンヘルの位置を把握するのに役立てて下さい」

 早苗は胸の前で手を組み両目を閉じた。

「ウオッ!」

 羽賀が思わず声を上げた。羽賀の脳内に、上空から俯瞰した中庭の映像が映し出されている。右端の奇岩の後ろに潜むカンヘルの姿や生垣の陰に立っている羽賀たちの姿がハッキリと確認できる。しかも、その映像は、両目で見ている目の前の風景と重なり合っているにもかかわらず、互いに干渉することなく、どちらも明瞭に認識できるのだ。

「これは凄い・・・こんな感覚は初めてだ・・・」

 羽賀の声が心なしか震えている。感動というより驚嘆しているのだろう。伊藤も成田も頭を振ったり、パチパチと目を開けたり閉じたり、頭を叩いたりして摩訶不思議な感覚に必死に慣れようとしている。祥吾は「凄い凄い」と声を上げて無邪気に喜んでいる。

「これなら、不意打ちを食らうこともないし、同士討ちもない。しかも、最適の攻撃ルートを選択できる。明日香さん、礼を・・・あ、まだちょっと早いか、ハハハ。よし、伊藤、成田、いくぞ! 祥吾、明日香さんを頼む」

 羽賀の声を合図に、三人は中庭に向かって走った。

 伊藤が生垣越しに、手榴弾を中庭に投げ込んだ。

 カンヘルの知覚センサーが飛来物を感知し、人工知能が一瞬でそれを手榴弾であると認識すると、蜘蛛のような八本の脚がザワリと動いて退避行動をとった。

 ドオオーン! 爆音と共に地面が揺れた。

 伊藤が投げ込んだ手榴弾は、狙いどおり右端の奇岩付近で爆発した。しかし、カンヘルは既にそこから十メートル離れた位置を、次の奇岩に向かって走っていた。カンヘルの背中のマントが風をはらんでバサバサと音を立てている。

 中庭に走り込んだ羽賀たちは、カンヘルが退避行動をとったことも、カンヘルの現在位置も認識できている。早苗のクレアボヤンスの映像のお蔭だ。しかしカンヘルも、知覚センサーと人感センサーにより、羽賀たち三人の現在位置を瞬時に認識していた。

 成田がカンヘルの右側へ、羽賀が正面へ、伊藤が左側へと散開した。

 正面の奇岩の脇にチラリと見えたカンヘルに向かって、羽賀がサブマシンガンの引き金を引いた。それと同時に、カンヘルの左第一腕が持っているサブマシンガンが羽賀に向かって火を噴いた。

 ガガガガ ガガガガ 二本のサブマシンガンから発射された弾丸の射線が交差した。

 羽賀が身体の前に構えている防弾盾が九ミリパラベラム弾を受けて、ビシビシと音を立てた。防弾盾を握る羽賀の左手が着弾の振動でビリビリと震えた。羽賀は防弾盾の後ろで、カンヘルの反応速度の速さと攻撃の正確さに舌を巻いていた。

 人型機械兵器の仕様書によれば、人間が視覚で目標を捉えて、それを攻撃目標であると認識して、手足の筋肉を動かして実際に銃撃を開始するまでの一連の反応速度より、カンヘルは三倍速く反応できるのだ。人間がまともに戦って勝てる相手ではない。

 羽賀のサブマシンガンから発射された高性能炸薬弾は、カンヘルの胸部に二発、腰部に一発命中した。

 ボンボンボンという爆発音と共に、握り拳ほどの大きさの三つの爆炎があがり、衝撃でカンヘルの身体が横を向いた。カンヘルの動きが一瞬止まったが、カンヘルの重装甲には目立った変化は見られない。九ミリの銃弾の弾頭に装着できる炸薬の量では、一撃でカンヘルを沈黙させることは無理だった。

 カンヘルは左第二腕のリボルバーカノンを左方向に展開する伊藤に向け、同時に、右第二腕のリボルバーカノンを右方向に展開する成田に向けた。

 ドドドド 二丁のリボルバーカノンが火を噴いた。

 伊藤と成田は、早苗のクレアボヤンスの映像により、カンヘルの第二腕が自分たちに向けられたことを認識している。

 咄嗟に、伊藤は地面に倒れ込むと、目の前の奇岩の陰に転がり込んだ。伊藤の背中を掠めるようにして、二十ミリ銃弾が飛び去った。銃弾が空気を切り裂く音の後に、微かな硝煙の臭いが伊藤の鼻腔に届いた。間一髪で銃弾を避けた伊藤の背中が汗で濡れている。

 成田は身体を屈めて、防弾盾をカンヘルに向けた。防弾盾に二十ミリ銃弾が当たるドガドガドガという鈍い音と共に、防弾盾が衝撃で撓んだ。二十ミリ銃弾の衝撃は、まるでハンマーで殴り付けられているようだ。成田は肩をすぼめたまま、後方に吹き飛ばされそうな衝撃に必死に耐えた。

 カンヘルはザワリと右方向に移動した。防弾盾の陰で身体を屈めている成田に接近戦を挑むつもりだ。カンヘルの第一腕の最大握力は千キログラムもあり、成人男性の二十倍、ゴリラの倍もある。掴まれただけで骨が折れてしまうレベルだ。

 マントをなびかせながら成田に向かって進むカンヘルが、無防備に機体を見せたまま、羽賀の三十メートル前方を横切った。羽賀たちの所持している火器の威力を見くびっているのだ。

「ヤロウ、舐めるな!」

 羽賀がカンヘルに向けてサブマシンガンの引き金を引こうとした。それよりも一瞬早く、カンヘルの左第二腕のリボルバーカノンが羽賀に向かって火を噴いていた。

 ガキッという金属音がして、羽賀の手に衝撃が走った。防弾盾の横から突き出していたサブマシンガンの銃身とハンドガードに二十ミリ銃弾が命中したのだ。サブマシンガンは強い力で羽賀の手からもぎ取られ、羽賀の後方に吹き飛んだ。

「ウッ」

 羽賀が小さく呻いた。引き金に掛けていた右手の人差し指が、引き千切られたように捻じれて、指先があらぬ方向を向いている。人差し指は焼けたように痺れていて感覚がない。羽賀が振り返ると、地面の上に転がっているサブマシンは銃身が曲がりふたつに割れていた。

 羽賀はヘッドギアの小型マイクに向かって怒鳴った。

「成田、一旦退避しろ! 伊藤、成田を援護だ!」

「了解!」伊藤と成田が同時に答えた。

 羽賀は防弾盾を片手に、カンヘルに向かって猛然と走った。

 伊藤は奇岩の陰から飛び出すと、カンヘルの背後を突こうと、中庭を右回りに走った。

 成田は一旦退避しようと立ち上がりかけたが、その都度、カンヘルの右第二腕のリボルバーカノンの銃撃を受けて、その場に釘付けにされた。成田は反撃しようと、防弾盾の横からカンヘルに向かってサブマシンガンの引き金を引いたが、態勢が定まらないため、銃弾はカンヘルにかすりもしない。

 防弾盾の陰に身を潜める成田の前にカンヘルが迫った。 

 カンヘルの知覚センサーは、羽賀の動きも伊藤の動きも同時に感知していた。左第二腕のリボルバーカノンを目の前の成田に向けたまま、右第二腕のリボルバーカノンを羽賀に向け、右第一腕が持つサブマシンガンを背後から迫る伊藤に向けた。

 ドドドド ガガガガ カンヘルのリボルバーカノンとサブマシンガンが、三方向に向かって一斉に火を噴いた。

 それに呼応するように、成田と伊藤のサブマシンガンも火を噴いた。

 伊藤の右足ふくらはぎを九ミリパラベラム弾が貫通し、伊藤は蹴躓いたように地面に倒れた。もしこれが二十ミリ銃弾だったら、右足は膝から下が吹き飛ばされていたはずだ。

 正面から二十ミリ銃弾をまともに防御盾に受けた羽賀は、片膝を突いて衝撃に耐えながらも、ジリジリとカンヘルに向かってにじり寄っている。

 成田は至近距離から二十ミリ銃弾を浴びせられて、身動きひとつできない。

 カンヘルは背中に三発、胸に一発、脚に二発の高性能炸薬弾を受けて、爆炎に包まれた。カンヘルの機体がガクリと揺れた。一本の脚が根元から千切れて腰部にぶら下がっている。

 カンヘルは残りの七本の脚で均衡を取ると、何ごともなかったかのように、ザワザワと歩きだした。ぼろきれのようになったマントが、カンヘルの背中にへばりついている。

 ハンマーで殴り付けられているような衝撃が突然フッと消えた。防弾盾の陰に身を潜めていた羽賀は、早苗がテレパシーで送ってくる映像で、羽賀に向けられているカンヘルの右第二腕のリボルバーカノンが沈黙していることを認識した。

 ・・・銃弾切れだ!・・・

 羽賀は立ち上がると、防弾盾をかなぐり捨てて、カンヘルに向かって猛然と走り出した。

 成田に向けられていたカンヘルの左第二腕のリボルバーカノンも、突然沈黙した。銃身の後方で、チャンバー(薬室)が並ぶシリンダーだけがカラカラと回っている。

「成田、リボルバーカノンは弾切れだ。退避しろ!」

 成田のヘッドギアの小型スピーカーから羽賀の声が流れた。

 成田は立ち上がろうとして、頭上から恐ろしい力で抑え込まれた。成田が身体を隠していた防弾盾を、カンヘルの蜘蛛のような脚の一本が踏みつけていた。カンヘルの重量は二トンもあり、全重量を掛けられたら成田は潰されてしまう。それどころか、第一腕か第二腕を防弾盾に叩きつけるだけでも、成田は耐えられないだろう。

「ウウウ・・・」

 成田は身動きできなかった。背骨がミシミシと不気味な音を上げている。成田の額から汗が滴り落ちた。

 カンヘルの元へ羽賀が走り寄った。羽賀は腰のホルスターからテーザーガンを引き抜き、捻じ曲がって動かない右手の人差し指に代えて、中指を引き金に当てた。

 伊藤に向けられていた右第一腕のサブマシンガンの銃口が羽賀に向けられた。

 パシュッという音と共に、投げ矢のような二本の射出体が発射された。

 ガガガガ サブマシンガンの発砲音が響いた。

 二本の射出体がカンヘルの胸部に貼り付くと、百五十万ボルトの電流の衝撃で、カンヘルの機体が痙攣を起こしたかのように震え、一瞬で活動を停止した。

 羽賀は至近距離から左胸部と右腹部に九ミリパラベラム弾を受け、衝撃で地面に仰向けに倒れた。しかし、羽賀の右手はテーザーガンをしっかりと握りしめている。

 このテーザーガンも、今回の作戦用に防衛装備庁陸上装備研究所で改良されたもので、射出体の先端には金属製の装甲板に貼り付くように粘着材が付けられ、電圧は百五十万ボルトにまで引き上げられていた。

 カンヘルは二本の射出体を胸に付着させたまま、依然として活動を停止している。

 高電圧の電流により人工知能が損傷を受けることを防ぐため、危機回避用ブレーカーが作動して電気回路への電流を切断し、それに合わせてシステムがシャットダウンしたのだ。

 成田が防弾盾の下から這い出た。成田は、カンヘルが突然活動停止した理由が咄嗟に分からなかったのだろう、地面にペタリと腰を落として動かなくなったカンヘルをボンヤリと見ている。

 羽賀がムクリと起き上がった。至近距離から発射された九ミリパラベラム弾は、装着していた防弾チョッキを貫いていた。左胸部に命中した銃弾は、左肩を固定していたギプスにめり込んで止まっていた。ギプスがなければ致命傷を負っていたはずだ。右腹部に命中した銃弾は、右わき腹を貫通していた。

 右わき腹に手を当てて、銃創からドロリと溢れ出る血を押さえながら、羽賀はヘッドギアの小型マイクに向って怒鳴った。

「カンヘルはすぐに再起動するぞ! 成田、早くその場から退避しろ。伊藤、01式軽対戦車誘導弾で攻撃しろ!」

「羽賀さん。羽賀さんも成田もカンヘルに近すぎや! いま撃ったら、ふたりとも爆発に巻き込まれてしまうやないけ。まだ、撃てまへん!」

 ヘッドギアの小型スピーカーから伊藤の切羽詰まったような声が響いた。

 カンヘルの頭部に付いている小さな丸い発光器がチカチカと点滅を始めた。

「カンヘルが再起動を始めた。もう時間がない。成田、走れ! 伊藤、俺たちに構わず01式軽対戦車誘導弾で攻撃しろ!」

「そんな・・・でけまへん!」

 伊藤が悲鳴のような声を上げた。

「伊藤、羽賀さんの命令に従え、チャンスはいましかないんだ。撃て!」

 成田は立ち上がってヨロヨロと走り出しながら叫んだ。

 成田が走り出したのを見て、羽賀もカンヘルに背中を見せて走り出そうとしたが、右足に力が入らない。横ざまに地面に倒れながら羽賀が叫んだ。

「伊藤、撃て!」

「ウオオオ・・・」

 伊藤は獣のような叫び声を上げると、地面に片膝を突いて背中の01式軽対戦車誘導弾を一度地面に下ろすと、照準器と一体の発射機を両手で掴み、発射筒を肩に乗せた。照準器を作動させると、赤外線画像にカンヘルの姿が映った。

「おんどりゃあ、いてまえ!」伊藤が吠えた。

 カンヘルの頭部に付いている小さな丸い発光器が、正常に起動されたことを示す緑色に点灯し、すぐに紫色の高速点滅に変わった。カンヘルの機体がミシリと動いた。

 ドシュッ! 空気を切り裂くような発射音を残して、01式軽対戦車誘導弾の発射筒から百十ミリ対戦車榴弾が飛び出した。対戦車榴弾は白い軌跡を曳きながら低伸弾道モードで矢のように飛び、カンヘルの胸部に命中した。

 ドオオオーン! カンヘルが紅蓮の爆炎に包まれた。

 地面が揺れて衝撃波が同心円状に周囲に広がり、その後を追うように高温の爆風が地面の小石を巻き上げながら吹き抜けた。

 カンヘルに背中を向けて走っていた成田は、背後から衝撃波を受けて突き飛ばされたように前方に投げ出された。地面に叩きつけられた成田は、そのままゴロゴロと地面を転がると、両手で頭を抱えて地面に伏せた。成田の身体の上を爆風が吹き抜けた。

 羽賀は地面に腹ばいになって、少しでもカンヘルから離れようと匍匐前進していた。衝撃波を受けて身体が地面から浮き上がったかと思うと、爆風に煽られて宙に吹き飛ばされた。

 爆炎が消えると、そこにカンヘルが立っていた。

 四本の腕のうち三本が吹き飛ばされていて、唯一残っているのは三本指の右第一腕だけだった。七本残っていた脚のうち二本が吹き飛ばされていて、今は五本の脚で立っている。カンヘルの胸部は殴られたように凹み、左肩から胸部の中央辺りまで、袈裟懸けに斬りつけられたように大きな亀裂が走っている。首から背中に下げていたマントは焼け落ちていた。

 ミシリと音を立てて、カンヘルの右第一腕の三本の指が動いた。カンヘルはまだ完全には破壊されていなかった。

 カンヘルは地面の上に転がっている羽賀に向かって、ザワザワと進み始めた。こんな状態でも、カンヘルの戦闘兵器として組み込まれた戦闘本能は健在だ。

 羽賀は地面の上で目を開けた。

 ・・・まだ生きている・・・人間、なかなか死なないもんだな・・・

 羽賀はフッとそう思った。両手を地面に突いて上体を起こそうとして、羽賀の右わき腹に激痛が走った。地面に身体を横たえ、痛みのために身体を丸めて前を見ると、カンヘルが羽賀に向かって進んでいた。

 ・・・ヤロウ、まだ動けるのか。大したもんだ。だが・・・フンッ、酷い有様じゃないか。止めを刺してやるぜ・・・

 羽賀は、早苗がテレパシーで脳内に送ってくる映像で、成田がゆっくりと立ち上がる姿を認識した。成田も大丈夫だったようだ。

 羽賀はヘッドギアの小型マイクで成田に命令した。

「成田、聞こえるか、羽賀だ。お前が背負っている01式軽対戦車誘導弾で、カンヘルに止めを刺せ」

「ええ! そんな・・・羽賀さん・・・無茶だ」

「成田、迷っている場合じゃない。迷えば迷うほど、カンヘルと俺の間の距離が縮まるんだ。そうなりゃ、助かるもの助からなくなる。撃て!」

 一瞬ためらった成田は、直ぐに腹を括った。

「・・・クソッ、了解! 羽賀さん、死なないでくれよ!」

 羽賀は地面に横たわったまま、カンヘルをジッと見つめていた。羽賀の心は不思議なほど穏やかだった。

 ・・・カンヘルの最後を、しっかりと見届けてやるぜ・・・

 ドシュッ! 発射音と共に、対戦車榴弾が白い軌跡を曳きながらカンヘル目掛けて飛んだ。

 ドオオオーン! カンヘルが紅蓮の爆炎に包まれた。

 爆炎の中でカンヘルの機体はふたつに裂けた。

 [ギギアハウ様・・・]カンヘルの自我は、最後にギギアハウに祈りを捧げた。

 カンヘルが爆炎に包まれたとき、羽賀は眼を閉じた。カンヘルとの距離が近すぎる、これでは助からないだろう。成田にはああ言ったものの、羽賀は死を覚悟していた。早苗がテレパシーで脳内に送ってくるクレアボヤンスの映像もいつの間にか消えていて、羽賀は暗黒の中に身体を横たえている。

 ・・・何だ?・・・

 羽賀を直撃するはずの衝撃波も爆風も感じない。なるほど、死とはこういうものかと思いながら羽賀は目を開けた。

 羽賀は直径二メートルほどの光の球に包まれていた。分厚いシャボン玉のようなその球は、陽光を受けてモヤモヤと七色に輝いている。

 羽賀の背後に、両腕を前に突き出した態勢で固まっている祥吾が立っていた。祥吾がサイコキネシスを発現して、念動波の防御バリアを張ったのだ。

「祥吾・・・助けにきてくれたのか」

 羽賀の危難を見て、たまらず駆け込んできたのだろう、祥吾の顔は恐怖と緊張で強張ったままだ。祥吾がフッと肩の力を抜き、両手を下ろすと、光の球がユラリと消えた。途端に、硝煙と焼けた金属の臭いが混じった熱い空気が、羽賀と祥吾を包んだ。

「羽賀さん・・・」

「祥吾、助かったぜ。礼を言う。本当のところ、もうダメかと思っていたんだ。・・・うん、イテテ」

 羽賀は痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと上体を起こした。右手の人差し指は捻じれたままで、右わき腹の銃創からの出血は続いている。羽賀の防弾チョッキも迷彩服も、右わき腹を中心にグッショリと血で濡れている。

 伊藤と成田が、羽賀を囲んだ。伊藤と成田の後ろには早苗の姿も見える。

「羽賀さん、マッタク、無茶しはるわ」

「無事でよかった・・・いやいや、祥吾がいなけりゃ死んでましたよ。ああ、酷い出血だ」

 伊藤と成田が代わる代わる羽賀に声をかけた。そういう伊藤は右足の膝の下を止血帯で縛り、ふくらはぎに貫通銃創を負った右足を引きずっている。成田も顔や手が傷だらけだ。伊藤が羽賀の横に腰を下ろすと、成田がズボンのカーゴポケットから止血剤や痛み止めなどの簡易医療キットを取り出し、羽賀と伊藤の傷の応急手当てを始めた。

 羽賀たちの様子を見ていた早苗が、空を見上げた。

「大巌坊が戻ってきた・・・瞭が大巌坊の後を追っているわ」

 早苗の声が終わらないうちに、大巌坊が音もなくウッドデッキに下り立った。ウッドデッキの床に錫杖の石突を突くと、錫杖がジャラリと音を立てた。大巌坊の顔や腕は焼け爛れている。大巌坊はチラリと祥吾を見た。

「親父・・・その顔・・・」

 祥吾が声を掛けると、大巌坊は祥吾に背中を向けて、無言のまま母屋の中に消えた。

 大巌坊の姿が消えるや否や、瞭が上空から下りてきた。早苗と祥吾の前にフワリと下り立つと、左掌を開いた。瞭のスニーカーの下から二枚の五百円玉が宙を飛び、瞭の左掌の上にチャリンと落ちた。

「瞭・・・あなた、大丈夫なの?」

 早苗が瞭に声を掛けると、瞭は小さく頷いた。

「ああ、何とか。もう少しで墜落死するところだったけど・・・。大巌坊には逃げられた。カンヘルは?」

「カンヘルは羽賀さんたちが倒したわ」

 羽賀と伊藤の傷を見て、瞭が目を剥いた。

「『カンヘルに羽賀さんたちが倒された』の間違いじゃないよね」

 瞭の冗談を聞いて、羽賀がニヤリと笑った。早苗はどこが可笑しいのかと言わんばかりに、口をへの字に曲げて瞭を睨んでいる。早苗の顔を見て、祥吾がプッと吹き出した。瞭はばつが悪そうに肩をすくめると、ゴホッとひとつ咳をした。

「とにかく、いよいよギギアハウと大巌坊との決着を付けるときがきた。早苗ちゃん、祥吾、ここからは僕たち超能力者の戦いだ。羽賀さんたちは、ここで待って・・・いや、その傷だ。ヘリコプターを要請して、一刻も早く治療を受けた方がいい。羽賀さん、そうしてください」

 羽賀は不敵な笑みを浮かべると、首を横に振った。

「とんでもない。ここまできたら一蓮托生、最後までバックアップするぜ。最初からそういう約束だ、なあ、伊藤、成田」

「そのとおりや。いま引き上げるくらいやったら、はなからここにはきてまへん」と伊藤。

「羽賀さんと伊藤はこの傷だ、どうせ大した役には立ちませんが、不肖この成田はぴんぴんしています。どこまでもついていきますよ」と成田。成田は三日前に一時心停止したことをすっかり忘れている。

 瞭は頼もし気に羽賀たちの顔を見た。

「分かりました。そうですよね、僕たちは決死隊のチームだ。一緒にいきましょう。任せて下さい、ギギアハウと大巌坊は僕が倒して見せます」

 早苗と祥吾がジロリと瞭を見た。

「・・・いや、早苗ちゃんと祥吾の力を借りてと、謹んで訂正させていただきます」

 しかつめらしい顔をして訂正した瞭を見て、早苗がアハハと笑った。祥吾は笑いをかみ殺しながら当然だと頷いた。

 決死隊チームは母屋に向かって歩き始めた。

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