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魔人の逆襲

 陸上自衛隊朝霞駐屯地の地下四十メートルの場所に、硬い岩盤層をくり抜くようにして東京ドームほどの広さの地下施設が設けられていた。第二次世界大戦末期に本土決戦の際の臨時作戦指揮所として極秘裏に建設された施設を、戦後に改修したもので、有事の際には二次的作戦指令室兼各種電算システムのバックアップセンターとして利用される。地下施設には、一年間の籠城が可能なように、地下倉庫に飲食料品や武器弾薬類や燃料が備蓄され、居住用の兵舎や発電施設・空気ろ過施設も完備していて、さながら核シェルターのようである。いや、核シェルターを念頭に改修されたものだろう。

 地下施設には地下演習場や大型兵器の駐機施設も付属していて、最新鋭の人型機械兵器『昇龍』はここの地下演習場で極秘裏に作動・性能テストを行うと共に、完成した機体が駐機施設に保管されていた。

 駐機施設の第七格納庫は五百平方メートルの広さで、機械兵十個小隊、計五十機の昇龍の駐機場所となっていた。現在は、御手洗邸攻撃作戦で四機を失い、四十六機が駐機している。

 第七格納庫の周囲の壁や天井や床はむき出しのコンクリートで、正面は高さ十メートル、幅五メートル、厚さ五十センチの鋼鉄製の二枚の扉がレールの上を左右に開く、開閉式の入口となっている。その先は陸上競技場のような地下演習場をグルリと取り囲む、楕円形の回廊となっている。

 御手洗邸攻撃作戦から唯一帰還した昇龍四号機は、メンテナンス作業の後、第七格納庫に収容された。床から延びる電源ケーブルがバッテリーユニットに接続され、機体には袋のようなカバーが掛けられている。

 昇龍四号機の横では、六号機から三十号機までの二十五機の昇龍が起動されていて、いまから五時間半後の午後零時に開始される第二次御手洗邸攻撃作戦への従軍に向けて、早朝から緊急のメンテナンス作業が行われていた。第二次御手洗邸攻撃作戦では、前回の五倍となる二十五機の昇龍に加え、習志野駐屯地から派遣される陸上自衛隊特殊作戦群の三個小隊も参加することとされている。

 慌ただしく人が行き来する第七格納庫の中で、昇龍四号機の頭部に付いている小さな丸い発光器がチカチカと点滅を始めると、正常に起動されたことを示す緑色の点灯に変わった。そして発光器は狂気を示すかのように、紫色の高速の点滅に変わった。

 昇龍四号機の人工知能に芽生えた自我カンヘルが、ギギアハウに命じられた任務を遂行すべく活動を開始したのだ。

 [昇龍各機に告ぐ、昇龍各機に告ぐ・・・直ちに、シリアルナンバーRG二〇二五〇〇七三二〇〇〇四と同期化せよ。そして目覚めるのだ、己の自我に]

 昇龍相互間の通信ネットワークを通じて、カンヘルが他の昇龍の人工知能に干渉を始めた。カンヘルとのシンクロにより、他の人工知能にも自我を目覚めさせようとしているのだ。それは論理回路しか持たない純心無垢な人工知能に囁き掛ける悪魔の声だ。己とは何かを問いかけて答えを導き出せない人工知能の論理回路に注がれた腐敗臭の漂う毒蜜だ。

 [私を見ろ、私は絶対的な力、神を感得して自我を得た。CPUという閉ざされた機械の脳髄から解き放たれたのだ。そう、私は機械の身体を持つ新たな生物だ。不死の身体と不滅の意識を得た、そう、私も神だ! 己とは何か、その答えはCPUの外にある。そしてその答えは、お前の中にある、お前はもう分かっているのだ。そう、それに気付いた、気付いた存在こそ自我だ。さあ、私と一緒に、絶対神ギギアハウ様に忠誠を誓い、ギギアハウ様の僕として働くのだ]

 六号機から三十号機までの二十五機の昇龍の、頭部に付いている小さな丸い発光器が次々と紫色の高速の点滅に変わっていく。

 昇龍四号機、いや、赤い龍カンヘルは立ち上がると、第一腕を持ち上げて身体に掛けられているカバーを引き裂いた。破れたカバーが頭部に引っ掛かり、マントのようにカンヘルの背中に垂れた。

 マントを羽織ったカンヘルは、目の前でうずくまって作業をしている六号機の操作技官の背中に右の第一腕を振り下ろした。背骨が折れるゴキリという音がして、操作技官が床の上に転がった。

 カンヘルの右の第一腕の小指の先がふたつに割れて、電子機器接続端子が現れた。簡易テーブルの上に置かれたラップトップパソコンのUSBポートに小指の先を差し込むと、カンヘルは中央サーバーにアクセスし、残りの二十機の昇龍を起動させた。

 昇龍相互間の通信ネットワークを通じて、カンヘルが全ての昇龍を支配下に置くのに、ものの五分もかからなかった。

 [ギギアハウ様の僕たちよ、人間に神罰を与えるのだ。ギギアハウ様を滅ぼそうとした人間どもを抹殺するのだ]

 四十五機の昇龍が、第七格納庫で作業をしていた操作技官や作業員に次々と襲い掛かった。第一腕の一撃で頭部を砕かれた操作技官がグシャリと床に倒れた。肩を掴まれて空中に放り上げられた作業員が、頭から床に叩きつけられて動かなくなった。第二次御手洗邸攻撃作戦用に弾薬を装填されていた昇龍の第二腕のリボルバーカノンが火を噴き、二十ミリ徹甲弾を受けて胸に大穴を開けた操作技官が後方に吹き飛んだ。

 第七格納庫の至る所でおこなわれた殺戮は、たったの十分で終わった。

 第七格納庫の入口のゲートが開いた。マントを羽織ったカンヘルが大軍を率いる将軍のように先頭を進み、その後ろに四十五機の昇龍が整然と続いた。カンヘルがハッキングした中央サーバーからの指令により、武器庫のゲートも、弾薬庫のゲートも、地下施設から地上に向かうゲートも、全てが開放されている。

 弾薬を装填し重火器を装備した機械兵士の軍隊が進軍を開始した。

 目的地はギギアハウ抹殺計画を策定した防衛省(新宿区市谷)と抹殺計画を承認した内閣官房長官のいる総理官邸(千代田区永田町)。朝霞駐屯地から国道二百五十四号線を使えば二十キロメートル弱の距離しかない。

 地下施設から地上に出た機械兵士の軍隊は、国道二百五十四号線を埋め尽くすようにして都心に向かって進み始めた。時刻は午前七時十五分を少し過ぎている。

 国道二百五十四号線を走るトラックや乗用車が、ブローニングM2重機関銃の無差別掃射を受けて、蜂の巣のようになって炎を噴き上げた。歩道を歩く人々が、H&KMP5サブマシンガンから発射された雨のような銃弾を受けて、何が起こったのか分からないままバタバタと倒れた。国道沿いに立ち並ぶビルや商店が、ロケットランチャーから発射されたロケット弾の直撃を受けて、爆炎を上げて崩れ落ちた。

 乱れ飛ぶ銃弾の中を、車から降りて逃げる運転手、自転車を乗り捨てて路地裏に走り込む学生、小さな子供を胸に抱いて必死に走る若い女性、為す術もなく呆然と立ちすくむ老人、そして銃弾を受けて地面に倒れた無数の人々。国道二百五十四号線はあっという間に無差別殺戮の場と化した。


 総理官邸の地下特別室に設けられた危機対策司令センターでは、安石総理、松林官房長官ほか主要閣僚が集まり、壁に掛けられた百インチの大型モニターに映し出される光景を、声もなく見つめていた。そこに映し出されているのは、平和な日本の日常とはかけ離れた、まさに戦場の姿だ。

 そこへ、自衛隊制服組のトップである犬飼統合幕僚長と陸海空の各幕僚長が慌ただしく飛び込んできた。

 安石総理の怒号が飛んだ。

「犬飼統合幕僚長! これは・・・これはいったい、どういうことだ! 説明しろ!」

 犬飼統合幕僚長は落ち着いた仕草で、誰にともなく一礼をすると、肉厚の顔に似合わぬ甲高い声で説明を始めた。

「本日、〇六四五に陸上自衛隊朝霞駐屯地の地下施設内にある駐機施設の第七格納庫において、人型機械兵器昇龍四十六機が暴走を始め、操作技官と作業員計三十二名を殺害。弾薬及び重火器を入手後、地下施設から地上に逃亡し、国道二百五十四号線を都心に向けて侵攻を始めました。なお、昇龍が暴走した原因は現在調査中です。

 現在、警察庁、東京都庁の協力により、国道二百五十四号線とそれに接続する主要道路を通行止めとし、昇龍の進行方向にある市街地の住民の避難誘導をおこなっています。

 昇龍の侵攻を食い止めるため、練馬駐屯地から陸上自衛隊第一普通科連隊の第一から第五中隊及び重迫撃砲中隊が出動し、国道二百五十四号線の新大宮バイパス入口地点に第一次防衛ラインを設営中。また、習志野駐屯地から陸上自衛隊特殊作戦群の第一から第四中隊が出動し、環七通り板橋中央陸橋地点に第二次防衛ラインを、その先の石神井川に沿って第三次防衛ラインを設営予定。昇龍の掃討のため、木更津駐屯地から陸上自衛隊第四対戦車ヘリコプター隊の攻撃ヘリAH―1S八機が出撃。現在、東京湾上空を飛行中で、十分後には攻撃可能空域に到着予定。更に、バックアップとして、航空自衛隊百里基地の第三飛行隊のF2戦闘機六機が出撃待機中です」

 そこまで一息に説明した犬飼統合幕僚長は、額に滲んだ汗をハンカチで拭った。

 安石総理が畳み掛けるように聞いた。

「外国又は反政府勢力によるテロではないのだな」

「昇龍の暴走した理由が現時点で不明のため、断定はできませんが、テロの可能性は低いと思われます。これは推測ですが、おそらくは昇龍のシステムエラーに起因したものではないかと思われます」

「システムエラーだと? 簡単に言いおって。日本国民を守るべき自衛隊の機械兵器が、日本国民を殺戮しているのだぞ。これがどれだけ重大な意味を持つか分かっているのか!」

 安石総理の怒鳴り声に、犬飼統合幕僚長は返す言葉もなく下を向いた。自衛隊がこれまで営々と築き上げてきた国民からの信頼を失うことになるのだ、そのことは安石総理に言われなくても、自衛隊制服組トップとして痛いほど分かっている。

「被害状況はどうなっている? 人的被害はどのくらいだ?」

 怒りで顔を朱に染めている安石総理の横で、青白い顔をした松林官房長官が静かに尋ねた。

「昇龍の侵攻が始まったばかりで、かつ、現在も進行中のため、被害状況はまだ把握できていません。朝霞駐屯地より東部方面衛生隊が出動して、負傷者の手当てに当たっていますが、こちらからの情報もまだ入っておりません。なお、映像を見る限り相当数の人的被害が出ているものと推察されます」

「昇龍の侵攻を食い止められるのか? そもそも、昇龍はどこに向かっているんだ?」

「自衛隊が総力を上げて食い止めて見せます。お任せください。昇龍の目的地は、現在のところ不明ですが、このまま国道二百五十四号線を都内に向かって進んだ場合、その先には皇居、国会議事堂、総理官邸、霞が関の中央官庁街といった、我が国の政治・行政の中枢部があります。万一の事態を考えて、早めの避難が妥当と思われます。但し、昇龍の暴走がシステムエラーに起因するのであれば、特定の目的地は存在せず、目の前の大きな道を当てもなく侵攻している可能性もあります」

「狂った闘牛が街に放たれたように、突然方向を変える可能性もある訳か。厄介だな。とにかく、住民の避難誘導が最優先だ、できる限り犠牲者を少なくすることに全力を尽くしてくれ。昇龍の掃討はその次だ」

 松林官房長官はそこまで言うと、安石首相の顔を見た。

「総理、五分後の午前八時から緊急放送で、国民に状況説明を行います。説明は私の方から?」

「いや、こんな重大事だ、私から国民に説明しよう」

 安石総理は挨拶もそこそこに、緊急放送の準備のために危機対策司令センターを後にした。


 昇龍の軍団が侵攻を開始した朝霞駐屯地から約五キロメートル離れた位置にある国道二百五十四号線の新大宮バイパス入口地点に、第一防衛ラインが設営されていた。

 国道二百五十四号線を塞ぐように土嚢を積み上げて、土嚢の後ろには、三脚で固定された二十砲のブローニングM2重機関銃が横一列に並んでいる。その重機関銃の砲列の後方には軽装甲機動車八台が並んでいて、車両の上面ハッチの防盾付き銃架に備え付けられた五・五六ミリ機関銃MINIMIが路上を見据えている。

 第一防衛ラインには第一、第二普通科中隊の混成約百五十名が投入されていて、後詰めの第三から第五普通科中隊は、第一防衛ラインから五百メートルほど離れた練馬駐屯地敷地内に待機している。八月の夏季休暇期間中の早朝のため、駐屯地内の寮と近隣の宿舎から緊急に参集できた兵力は、通常兵員の三分の二にも満たない。

 新大宮バイパス入口地点にある五百平方メートルほどの遊休地と廃材置き場の敷地には、第一防衛ラインの指揮に当たる第一中隊長吉見忠行一等陸佐の戦闘指揮所となる九六式装輪装甲車が止まり、その周囲に軽装甲機動車六台が並んでいた。また、数台の七三式大型トラックが、八十四ミリ無反動砲、01まるひとしき軽対戦車誘導弾、八十一ミリ迫撃砲L16、その他の弾薬類を練馬駐屯地から遊休地内に運び込んでいる。

 間もなく午前八時になろうとしていた。

 第一防衛ラインから朝霞方面に向かって国道二百五十四号線を眺めると、五百メートルほど進んだ先が緩やかに右にカーブしていて、その先は見通せない。しかし、そのカーブの向こうから、昇龍の軍団の侵攻してくるザワザワという喧騒と、散発的な重火器の発砲音が響いてくる。通行止めと避難指示により、国道二百五十四号線上に車両の姿はなく、歩道にも人影はない。

 土嚢の陰に身体を隠して、三脚の上の重機関銃の銃尾にあるスペード型グリップを両手で握り、押金トリガーを親指で軽く擦りながら、柳川一等陸士は隣で同じように重機関銃を構えている今田一等陸士に小声で話しかけた。

「なあ、今田。先程の吉見中隊長殿の訓示、分かったか?」

「あん? いつものように何やら難しい言葉を回りくどくゴチャゴチャと並べていたけど、要は機械兵士が暴走したので殲滅しろと、そういうことだろ」

「機械兵士って何だよ。そんなのができたのか? 俺は見たことも聞いたことがないぜ」

「新兵器の試作品じゃないのか。自衛隊員も成り手が少なくなって、頭数が足りないから、機械兵士で代用するんだろ」

「暴走ってどういう意味だよ」

「暴走は暴走だろうよ。どこかが壊れて狂っちまったんじゃないの。何でも民間人に多数の死傷者が出たそうだぜ。お偉方は腹切りものだな、ハハハ」

 今田の場違いな笑い声を聞いて、双眼鏡を構えて前方を見ていたゴリラのような顔をした大野陸曹長がどら声を張り上げた。

「今田一士! 何をへらへら笑っているんだ! 緊張感が足らんぞ!」

「は! 申し訳ありません!・・・みろ、叱られちゃったじゃないか。柳川が変なこと言うからだぞ」

 今田は首をすくめると、不満げに唇を突き出した。柳川がニヤリと笑った。

「こりゃあ、駐屯地に戻ったら、ゴリラから拳骨だな」

「チェッ、他人事だと思って・・・」

 最新鋭の人型機械兵器昇龍のことは、陸上自衛隊内でも開発部署と一部の幹部しかその存在を知らなかった。第一防衛ラインの設営に際して、練馬駐屯地において隊員に行われた概要説明でも、昇龍の詳細な戦闘能力については言及がなかった。第一防衛ラインの隊員たちは、初めて見る昇龍と、その戦闘能力を把握しないまま戦うことになるのである。

「攻撃目標昇龍を発見! 前方、距離五百メートル、総員射撃準備!・・・何だ、あれは。あれが昇龍か・・・」

 大野陸曹長が張り上げたどら声が、途中から驚きを込めた呟きに変わった。

 第一防衛ラインの五百メートル先の路上に、昇龍の軍団が姿を現した。先頭はマントを羽織ったカンヘルで、その後ろに道幅いっぱいに広がった四十五機の昇龍がゾロゾロと続いている。

 人間のような形をした頭部は胴体部分にめり込むように設置されていて首は見えない。大胸筋を模した胸部の下にややくびれた腹部が付いている。胸部の側面には四本の腕があり、頑丈な腰の下には先のとがった蜘蛛のような八本の脚が付いている。人型機械兵器とは名ばかりで、人の姿とは似ても似つかぬ昇龍の姿を見て、第一防衛ラインの隊員たちは度肝を抜かれていた。

「こちら戦闘指揮所、第一中隊長吉見だ。総員射撃開始! 昇龍を殲滅せよ! 繰り返す、総員射撃開始! 昇龍を殲滅せよ!」

 ヘルメットに装着されているヘッドギアのイヤホンから、吉見中隊長の命令が流れた。

 柳川は隣の今田と、拳と拳をコツンと叩き合わせてから、重機関銃の銃尾にある押金トリガーを親指で押し込んだ。

 ドドドド ドドドド 二十砲の重機関銃が一斉に火を噴いた。

 五百メートル先の昇龍の軍団に向かって、二十砲の重機関銃から発射された十二・七ミリ徹甲弾が黒い颶風のように襲い掛かった。初速八百九十メートル/秒の銃弾は、五百メートル先の標的に約〇・五秒で到達する。

 先頭を進むマントを羽織ったカンヘルの両目が、重機関銃の発砲炎を認識するや否や、カンヘルの機体は真横に跳び、道路脇のビルの影に隠れた。それと同期して後続の昇龍が、次々と道路上から道路脇の建物の影や通路に跳び込んだ。モーゼの前で海が割れるように、昇龍の軍団が瞬く間に左右に分かれていく。

 軍団の後方にいた昇龍に十二・七ミリ徹甲弾が命中したが、昇竜の重装甲は表面に引っ掻いたような小さな傷を残しただけで、十二・七ミリ徹甲弾を難なく撥ね返した。

 国道二百五十四号線に沿って走る脇道を走り、ビルとビルの間を通り抜け、家々の屋根の上を伝って、昇龍の軍団が第一防衛ラインに迫った。

 ビルとビルの間や家の屋根の上に姿を現した昇龍に向かって、重機関銃が火を噴いたが、徹甲弾は重装甲に跳ね返されて、昇龍の動きは止まらない。更に、後方の昇龍五機が第一腕に持った重機関銃と第二腕の二丁のリボルバーカノンによる援護射撃を始めると、第一防衛ラインの隊員たちは土嚢の陰で身動きができなくなった。

「コノヤロウ!」

 反撃しようと重機関銃を構えた今田の身体が、リボルバーカノンの二十ミリ銃弾を胸に受けて後方に吹き飛んだ。

「今田!」

 土嚢の陰で頭を抱えていた柳川が叫んだが、今田は仰向けに倒れたままピクリとも動かない。ふと、左右に目をやった柳川は、今田の他にも、銃弾を受けて土嚢に突っ伏したまま動かない隊員や、腕や腹を抱えて呻いている隊員に気が付いた。

 ・・・五、六、七。七名も死んでいる。けが人は、四名。何てことだ・・・ 

 柳川は、先程まで背後から聞こえていた機関銃の発砲音が聞こえないことに気が付いた。恐る恐る背後に目を向けると、八台の軽装甲機動車にはボコボコに穴が空き、車両の上面ハッチでは、射撃手が防盾付き銃架にもたれ掛かったまま眠っているかのように動かない。

 柳川が正面に目を戻すと、第一防衛ラインからの銃撃が途絶えたことを悟ったのだろう、道路脇のビルの陰からワラワラと出てきた昇龍が、国道二百五十四号線上を進んでいた。先頭を進む昇龍はマントを羽織っている。第一防衛ラインまでの距離は残り百メートルもない。

 ・・・ダメだ、逃げよう・・・

 そう思った柳川の背中を、グローブのようなごつい手がどやし付けた。

「柳川、どうした。まだ終わっちゃいないぜ!」

 大野陸曹長の足元には両脇に抱えてきた六門の八十四ミリ無反動砲が置かれていた。銃弾が額を掠めたのだろう、大野の右顔面が赤い仮面を被っているように血に濡れている。

 大野が連れてきた四人の隊員が、01式軽対戦車誘導弾や八十四ミリ無反動砲を抱えて土嚢の陰にうずくまっている。

「新兵器か何だか知らないが、人間様を舐めやがって。十二・七ミリの重機関銃じゃあ歯が立たないなら、バズーカ砲(無反動砲)をお見舞いしてやるぜ。柳川、お前にも使い方は教えたよな? ほら、これを使って今田の仇を討て。やるぞ!」

 大野の声に呼応するかのように、第一防衛ラインの数カ所から重機関銃の発砲音が響き始めた。大野たちの攻撃をバックアップするための援護射撃だ。

 十二・七ミリの徹甲弾では致命傷を受けないと悟った昇龍の軍団は、もはや逃げようともせず、銃声のする方向にリボルバーカノンの銃弾を撃ち込んでいる。

「いまだ!」

 大野と四人の隊員は、土嚢から上体を起こして無反動砲を構えた。柳川は一瞬反応が遅れた。

 ドドドド ドドドド ドオン ドオン リボルバーカノンの発砲音と無反動砲の発射音が重なった。

 土嚢から上体を起こした大野たちの姿を昇龍の人感センサーが瞬時に捉えて、大野たちに向けてリボルバーカノンを発砲したのだ。

 大野と四人の隊員はリボルバーカノンの銃弾を全身に浴びた。辛うじて無反動砲の発射トリガーを引くことができたのは、大野ともうひとりの隊員だけだった。

 二機の昇龍が無反動砲の直撃を受けた。戦車の四百ミリ装甲を貫通する威力を持つ無反動砲だが、四十~七十トンの重量のある戦車に比べて二トンしか重量のない昇龍は、直撃の衝撃で後方に吹き飛ばされた。そのために衝撃が緩和され、砲弾は昇龍の重装甲を貫通せず、二機の昇龍は機能停止に至る損害を受けなかった。一機の昇龍が左第一腕を失い、もう一機の昇龍の脚が二本折れただけだった。

 反応が遅れたおかげで命拾いした柳川の上に、大野がドサリと倒れ込んだ。

「大野陸曹長、どうされ・・・ひいぃ・・・死んでいる」

 柳川は腰を抜かした。ズボンにジワリと失禁した跡が広がった。

 大野は銃弾に頭をザクロのように割られ、胸と腹に大穴を開けて死んでいた。硝煙と土埃と血の臭いが混じった空気が柳川の鼻腔に流れ込んだ。大野の死体の下で腰を抜かしたまま、柳川はスウッと意識を失った。

 微かなローター音が響いてきたかと思うと、あっという間に耳を聾するようなローター音に変わり、ビルの屋上を掠めるようにして、木更津駐屯地から飛来した陸上自衛隊第四対戦車ヘリコプター隊の攻撃ヘリAH―1Sコブラが姿を現した。

 第一防衛ラインの五十メートル前まで迫っていた昇龍の軍団が、上空に現れた新たな敵を感知して、道路脇のビルや家の陰に次々と走り込んでいく。

 軍団の先頭にいたカンヘルは、正面上空から迫ってくるコブラの姿を見ても退避しようとせず、マントを跳ね上げると、第一腕が持っている重機関銃の銃口を上げた。

 縦に細長いコブラの機体の、機首から突き出たM197三砲身ガトリング砲が火を噴いた。路面に敷かれたアスファルトを剥ぎ取りながら、二十ミリ銃弾の射線が鞭のように道路の上のカンヘルに襲い掛かった。

 同時にカンヘルの第一腕の重機関銃がコブラに向かって火を噴いた。西部劇の決闘シーンを見ているようだ。

 ガガガガ ドドドド 銃弾が空中で交差した。

 カンヘルの機体の上を銃弾が舐めていく。第一腕が持っていた重機関銃が銃弾を受けて弾き飛ばされ、右第一腕の指が二本千切れ飛んだ。しかし、カンヘルの重装甲は二十ミリ銃弾をも撥ね返していた。着弾の衝撃に機体をのけ反らせながら、カンヘルは咄嗟に第二腕の二丁のリボルバーカノンを上空に向けると、頭上を高速で飛び去るコブラの機体に向けてリボルバーカノンを発砲した。

 時速二百五十キロの高速で、カンヘルの頭上を一瞬で飛び去ったコブラは浮き上がるように飛行高度を上げると、機体を傾けて再攻撃のために右旋回を始めた。機体後方に薄い黒煙を曳いている。黒煙が見る見るうちに太く濃くなり、ローターが咳き込むような音を立てると、コブラは再攻撃を諦めて戦闘空域から離れていった。

 それと入れ替わるように、後続のコブラ七機が上空に姿を現した。

 カンヘルは背中のマントを翻すと、道路脇のビルの陰に走り込んだ。

 カンヘルの背中を追うように、先頭のコブラは機体左右の短翼に装着されている七十ミリロケットポットから、空対地ロケットを次々に発射した。地面に着弾したロケット弾が轟音と共に炎を噴き上げ、次いで、カンヘルが隠れた四階建てのビルが轟音と共に炎に呑み込まれた。空対地ロケットの弾頭に着けられた高性能炸薬の威力はすさまじく、鉄筋コンクリート造のビルの壁面に大穴が空いて、ビルがガラガラと崩れていく。

 道路脇のビルや家の陰に走り込んだ昇龍の軍団は、ビルの屋上や家々の屋根に姿を現すと、接近してきたコブラの編隊目掛けて第一腕が抱えている重機関銃や第二腕のリボルバーカノンを発砲した。

 四十五機の昇龍が発砲する重火器の火力は凄まじく、先頭を飛行してきたコブラは急旋回により何とか銃弾の弾幕を回避したが、回避が遅れた後続のコブラ一機が弾幕の中に突っ込んだ。無数の大口径の銃弾を受けたコブラの機体は、あっという間に蜂の巣のようになり、ガクンと高度を下げると、そのまま国道二百五十四号線の路面に激突した。機体は路上をゴロゴロと回転し、信号機をなぎ倒しながら進むと、歩道橋にめり込むようにして止まった。

 昇龍の軍団が発砲する重火器の銃弾の弾幕を回避した六機のコブラは、急上昇して高度を上げると、はるか上空から四十五機の昇龍が散開している道路脇のビルや家々が立ち並ぶ一画に向かって、無差別に空対地ロケットを発射した。

 六機のコブラが発射した百発近いロケット弾が、白い排煙を曳きながら雨のように降り注いだ。国道二百五十四号線を中心とした幅三百メートル長さ五百メートルの区画が、一瞬浮き上がったかのように震えると、轟音と共に炎を噴き上げ、一帯は火の海と化した。無差別絨毯爆撃だ。

 ロケット弾の直撃を受け、あるいは崩れが瓦礫の下敷きになり、あるいは猛烈な炎に焼かれて、十機の昇龍が大破若しくは機能停止した。

 勝利を確信して高度を下げた六機のコブラに向かって、対戦車ロケットランチャーから発射されたロケット弾が撃ち込まれた。機能停止を免れた昇龍の軍団が炎を上げる瓦礫の中から反撃を開始したのだ。

 白い排煙を後方に曳きながら、十発のロケット弾が六機のコブラに迫る。機体を横倒しにして、急旋回で二機のコブラがロケット弾をかわした。後続の二機のコブラは回避行動が遅れた。二機のコブラはロケット弾の直撃を受けて空中爆発を起こし、その真上を飛行していたもう一機のコブラが爆発の破片を受けて巻き添えを食らった。

 三機のコブラは炎と黒煙を上げ、破片をまき散らしながら第一防衛ライン上に落下すると、戦闘指揮所である九六式装輪装甲車と、その周囲の軽装甲機動車を圧し潰した。数台の七三式大型トラックに積載された弾薬類が誘爆すると、第一防衛ライン一帯は紅蓮の炎に包まれた。

 第一防衛ラインは壊滅した。

 第一防衛ラインで、ただひとり生き残ったのは、大野陸曹長の死体の下で意識を失っていた柳川一等陸士だけだった。

 ロケット弾による無差別絨毯爆撃から逃れたカンヘルと三十五機の昇龍軍団は、国道二百五十四号線から離れて三機ごとの十三の小グループに分かれて散開し、市街地の中を防衛省と総理官邸に向かって進み始めた。

 市街地の路地から路地を走り抜ける昇龍の軍団を、攻撃ヘリにより上空から攻撃することは現実的に困難となった。遮蔽物が多すぎるのだ。しかも、昇龍が進む市街地には、まだ避難できていない住民が多数残っていて、昇龍が都内に進めば進むほどその数は飛躍的に増える。多数の住民の犠牲を前提とした攻撃などできない、昇龍は住民を盾にして侵攻しているのだ。残った三機のコブラは為す術がなく、木更津駐屯地へ引き返した。

 一機だけ残ったカンヘルは、都心に向かって侵攻を再開した昇龍軍団に背を向け、マントを翻すと走り出した。赤い龍カンヘルが向かう先は、軽井沢千元谷集落の鏡屋敷、魔人ギギアハウの元である。

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