その拾漆―闘争―
長らくお待たせ致しました(^_^;)
久しぶりの投稿です!
騒ぎも落ち着いた頃、闘技場では引き続き第二回戦が開始された。
気付けば船原も爺もいつの間にか姿を消していた。恐らく騒ぎに紛れて立ち去ったのだろう。
「フギャー!」
先程から筑紫の猫は不機嫌そうに体を舐め回していた。さっき爺がばら蒔いた札束が毛に纏わりついて気持ちが悪かったに違いない。筑紫は猫に張り付いた金を取りながら、ちゃっかり枚数を数えている。
「お前も貰っとけば良かったのに」
「俺はそんな汚い金には興味ねぇ」
「全く、変な所に拘るね〜」
筑紫は苦笑いしながらそっと札束を懐にしまうのだった。
ふん、と鼻を鳴らし、再び闘技場に目を向ける。
両者共に一歩も譲らぬ攻防戦を繰り広げているが、この戦いも長くは続かないと察した。程なくして西側が倒れ勝負は決したようだ。
続いて第三回戦、四回戦と滞りなく進められていく。
流石に第一回戦のように一瞬で片がつくことはないが、どれも勝負が着くまでにあまり時間を要さないようだった。
ちらほら龍雲院の者もいたが、その差は雲泥の差だった。
中には大刀を手に勝負を挑んだ者が小刀で伏せられた例もある。どんなに良い武器を持ってしても、ここでは実力と経験が物を言うのだ。
(こいつは面白い)
こうして他人の技を拝見できるのも中々興味深い。
ただその都度、隣にいる筑紫がああでもないとか、ここはこうすべきだとか、意見してくるので集中出来ないのだった。彼の策士としての血が騒ぐのだろうが。
「続いて第九回戦!! 東に〜」
赤い着物に身を包み、一括りにした長髪を左右に揺らしながら登場してきたのは――
「龍雲院出身。寒咲武琉氏!!」
『キャー!』
観客から黄色い歓声が上がった。
顔立ちの整った小顔に高い小鼻、つり上がった大きな瞳。左頬に十字の大きな刀傷があるものの、その容姿を壊してしまう程のものでは無い。寧ろそれを含めて美男子が更に際立って見えるのだ。
歓声を受けて寒咲の方も満更では無い様子だ。心做しか口元が緩んでいる。
「おっ、いよいよだな」
「あいつ。気が緩んでるが大丈夫か?」
少し不安要素はあるが、寒咲は「人斬り剣心」の異名を持つほど剣の腕には長けている。そう易々とやられるとは思えないが。
「続いて西に〜」
『キャー!! キャー!!』
寒咲の時よりも数倍大きい黄色い歓声。
春風のように爽やかに登場したのは、寒咲と同じくらい若く愛らしい顔立ちの美男子だ。毛先を遊ばせた金髪混じりの茶髪。耳にぶら下げた飾りが歩く度にチャラチャラと鳴り、それに見合ってこの美男子もチャラチャラしている。
「長咲出身。滝野鷹寛氏!!」
「あっ、俺のことは鷹寛でいいからっ! よろしくっ!」
開いた口も軽々しい。何とも軽薄な男だ。
とりあえずこいつとは確実に馬が合わないと思った。
滝野は歓声に答えるように手を振りながら観客を見た。途端に、頭を抱え込んで地に膝を着いたのだ。
「くッ……! 俺としたことがッ! これは想定外だったぜ……」
悔しげに顔を歪める滝野。一体、それ程までに何があったというのか?
「こんなにッ……こんなに沢山、可愛い子がいるとはッ!!」
(は?)
「クソっ!! この街に来てから、まだ一人も軟派できてねぇよ!!」
(なんだ……こいつ……)
すると今度は蛙の如く跳ね上がると観客に向かって叫び出した。
「イェーイ! ハニィ達〜! この後、俺と飯行かね?」
『キャー! キャー!』
(もう、お前帰れ)
一方その様子を審判席で見ている小松は、腕を組んで苛立たしげに呟いた。
「おい。あいつ……来る場所、間違えてねぇか?」
***
「おい! さっきから俺を無視してんじゃねーぞ!!」
ここまで無視され続けてきた寒咲が遂に痺れを切らし怒り出した。
滝野はようやく対戦相手の存在に気付いたのか寒咲の方に目を向ける。
「ああ。悪いけど、男には興味無いんだ」
真顔で淡々と答える滝野。
「てめぇ! ちょっと女にモテるからって良い気になるなよ!! ここでは顔じゃねぇ! 力で屈伏させてやるぜ!」
「確かに君の言う通りだ。楽しみにしてるよ」
猿の如くキーキー喚く寒咲に対して、滝野は諭すような余裕の笑顔。
「だけど俺。こう見えて”本気”だからねっ」
そう言って前髪をかき上げニコッと笑ってみせると、その美形にえくぼがくっきりと浮かび上がった。
『キャー!!』
途端に黄色い歓声が上がる。
ものの数分で観客中の女を抱き込みやがった。ある意味、強敵と言えるだろうが。 そういう気障な態度がいちいち鼻につく野郎だ。
「寒咲まんまと相手に転がされやがって……」
思わず溜息が漏れた。
ただそれが寒咲の闘争心に尚更火を付けたようだ。もう文句を言う気力も失せたのか、鞘から自身の刀を引き抜くと滝野との間合いを取った。
「それでは互いに見合って……」
寒咲は腰を低く落として構える。目付きは獲物を狩る猫の如く真剣だ。
「こんな茶番とっとと終わらせてやるよ!」
「ふふっ、楽しくいこうね」
一方の滝野は微笑みながら柄に手を掛け、やや斜めに構えて相手を見据えた。
両者の視線がかち合い火花を散らす。
「――初めッ!!」
合図と同時に疾風の如く駆け出す寒咲。
――キーン!!
甲高い金属音を立てて両者の刃がかち合った。まずは一刀目、入りは悪くない。
寒咲は素早く離れると体勢を整え二刀目を繰り出した。しかしこれもまた滝野の刃に受けられる。
再び間髪入れずに刀を振るう寒咲。右、左、斜めにと高速で振るい出される刃を全て見切っている滝野。意外と只者ではないようだ。
しかし滝野は一方的に受けるばかりで一向に反撃する気配がない。
長々と繰り返されるやり取りに、早くも観客達は飽き始めていた。
「なんだお前、受けるばかりかよ?」
流石の寒咲も進展のない戦いに痺れを切らし問いかけた。寒咲の方が圧倒的に動きが激しい為、心做しか息が上がっている。
「うーん、俺って基本的に闘い事は好まないんだけどな〜」
寒咲の猛攻を受けながらも滝野はまだ余裕の表情を見せる。
「はっ! とんだ腰抜け野郎だな! だったらさっさと決着を――」
「――だから早く終わらせようね」
笑顔の裏で滝野の瞳が怪しく光る。
その瞬間、滝野は力で刀を弾き返すと身を屈め懐に潜り込むように寒咲の背後へ回った。
「なっ!? しまった!」
回り込まれた滝野の攻撃を避けようと寒咲も瞬時に体を右に回転させながら刀を薙ぎ払う。が、その一手は一瞬滝野が早かった。刃が届く矢先、刀の柄頭で寒咲の後頸部を打つ。
「ぐほッ!!」
首筋に食らった鈍い衝撃に、寒咲は足元をふらつかせ前のめりに倒れ込んだ。
「寒咲氏、戦闘不能。勝者、滝野鷹寛氏!」
観客、特に女性陣からの歓声が響き渡る。
滝野は刀を鞘に収めると観客に向かって華麗に礼をする。そして倒れている寒咲の傍にしゃがみ込むと手を差し伸べたのだった。
「くッ……何の、真似だ?」
「ごめんね。だけど俺も"本気"だって言ったじゃん? それに戦った相手には敬意を払わないとね」
「フッ……やっぱ、俺、お前嫌いだわ……」
不貞腐れながらも渋々滝野の手を取る寒咲。
「ふふっ、よく言われるよ」
滝野は微笑みながら寒咲の手を引き立ち上がらせた。観客から拍手が沸き起こる中二人は闘技場を後にした。
あの人斬りとも呼ばれた男がまさかの初戦敗退とは。
「寒咲の奴、序盤に精神を乱してたから嫌な予感はしてたが、こうもあっさりと敗れるとはな……しかしあの気障野郎はなんで反撃しなかったんだ……」
俺の疑問にすぐさま筑紫が解説を入れる。
「あれは反撃出来なかった訳じゃない。わざと受けに徹底することで、相手の体力を消耗させるのと同時に行動を読んでいたんだ。それに恐らく彼はまだ完全には本気を出していないと思うよ。武琉ももう少し冷静だったら対処出来たかも知れないのに……してやられたな」
滝野鷹寛。それにあの能面にしても。無法地帯の連中とは圧倒的に格が違う。
(益々、面白くなってきやがったな)
確かに腕試しでこの勝ち抜き戦に参加しても良かったが、目的は俺の実力を連中に知らしめること。ちまちまと勝ち抜き戦をやって無駄な体力を削る暇はない。討つべき相手は一人で十分だ。
俺の手は闘いを求めるかのように、早くもむずむずしているのだった。
***
第十回戦、十一回戦を見送り、続いて第十二回戦が始まろうとしていた。
「クソっ……痛てぇ〜」
そこへしかめっ面で打たれた所を摩りながら寒咲が戻って来た。
「おう。武琉、お疲れ様。惜しかったな〜」
「ったく、情けない奴だ」
「うっせぇよ……」
寒咲は不貞腐れてそっぽを向いてしまった。
「さて、早くも初戦最終試合! 第十二回! 東に〜、弥摩潟出身。沙藤紅華氏!」
そこに登場したのは、肩までかかった茶色の艶の良い長髪に可愛らしい顔立ちの女だった。
紫の装束を見にまとい、腰巻いた赤い帯が風に揺れている。程よく張った胸を真っ直ぐに反らせ、装束の隙間からほのかに覗かせる谷間が刺激的だ。更に丈の短い装束からは太腿から足先にかけてその美脚を惜しげもなく晒しているのだった。
その魅惑的な姿に観客、今度は男性陣から歓喜の声が上がる。
「お、おんな、か?」
「へぇ〜、女が戦うなんて珍しいな」
この龍雲院には女剣士なんてものは、まず存在しない。それだけに寒咲も筑紫も興味津々のようだった。
「これじゃあ、相手の男は戦いにくそうだな〜」
「ま、相手にもよるだろうけど……」
二人がそんな会話をしている内に、対戦相手の紹介が始まった。
「西に〜、龍雲院出身。吉備瑠威翔氏!」
聞き覚えのある名に、一瞬耳を疑った。
「ん? 吉備って……あっ!」
「あいつも出てたのかよ……」
相変わらず青白い顔色に虚ろな瞳。白と赤の斑模様の着物が風に靡き、亡霊のような様に拍車がかかっている。
「あっちゃ〜、よりにもよってあいつが相手じゃ、彼女も災難だな」
「だけど流石のあいつも、女相手には多少なりとも手加減するんじゃねぇか?」
そう筑紫は言うが、瑠威翔のことだ。恐らく――
「それでは互いに見合って……初めっ!!」
瑠威翔の異様な容姿に相手は誰もが尻込みしてしまいそうだが、紅華は臆することなく腰に下がる刀の柄を一度握り、その存在を強く感じ確かめると飛び出した。
「やあっ!!」
甲高い掛け声と共に、一気に間合いを詰めると刀を袈裟懸けに振り下ろす。 当然ながらそれを高い金属音を発しながら瑠威翔の刀が受け止めた。
すかさず紅華は綺麗な舞で宙返りして間合いを取って見せる。
もう一度間合いを詰め、紅華の刀が勢いよく速さをつけて打ち込んだ。これも瑠威翔の刃が完璧に受け止める。
もう一度、と見せかけて全く同じ体制と動きから下へ繰り出す。瑠威翔は足を引いて避けるが、屈みこんだ隙に頭上から打ち込まれた。すんでのところで紅華の刃を受け止め、薙ぎ払った。
剣技は間合いの取り方が重要になるが、この女はそれが上手い。それに加えて機敏な動き。女といえど剣の腕はその辺の男と比べても優秀といえる。
互いに体勢を立て直すと、じりじりと距離を取って相手の出方を伺う。
そこで紅華が一気に瑠威翔の懐へ飛び込むと、股から顎に向かって斬り上げた。 瞬時に後ろへ飛びのいた瑠威翔の袖と前髪が少し切れて宙を舞った。
「ちっ」
瑠威翔が僅かに顔を顰めて舌打ちした。
一切感情を表に出さない瑠威翔にとって珍しいことだ。
あの瑠威翔が押され気味だ。これは寒咲に次いで初戦敗退も有り得るのか。
瑠威翔は体勢を構えると上段から胴へと刀を振り下ろした。 紅華は刀でそれを受け止める。
カチカチと刃が交わり均衡しているように見えたが、瑠威翔はそのまま紅華を容易いと言わんばかりの様子で押しながら右足を上げ、紅華の腹を容赦なく蹴り飛ばしたのだ。
紅華はズザザッと後ろに下がりながらも踏み留まり、中段の構えを崩さぬまま、ぐっと顔をしかめた。
「おい! 女相手に何しやがる!」
観客から非難の声が上がる。
紅華は肩で大きく息をしながらも、再び瑠威翔の前へ踏み出し刀を振った。
瑠威翔は間合いに合わせ足を引くと、振り下ろそうとする紅華の手首を掴み、僅かに引き寄せる。紅華の足が一歩前に出たその瞬間、瑠威翔の蹴りが再び腹に叩き込まれる。
「ぐっ……」
瑠威翔が掴んでいた手を離すと、紅華は手にした刀を落とし、力無く二つ折りに蹲った。
「おい! 女をいたぶって楽しいか!」
「この屑野郎!」
瑠威翔への非難の嵐が更に強くなった。
「おいおい、流石にやり過ぎなんじゃ……」
「少しは手加減すればいいのに……」
寒咲と筑紫の二人も、鼻に皺を寄せて嫌悪感を露わにしている。
「お前ら馬鹿か」
苛立ちの篭った声に、二人は驚いたように俺を見た。
「本当に手加減するべきだと思うか? それならお前ら、今すぐ侍止めろ」
「な、なんだよ! なんでお前にそこまで言われなきゃ……」
「まあ待て、武琉」
散々な言われように今にも殴りかかってきそうな勢いの寒咲。それを筑紫が手で庇い制止した。
俺は寒咲をひと睨みして言った。
「あいつは真剣なんだ。誰に対してもな。真剣だからこそ絶対に手加減したりしねぇ。手加減するってことは、相手の女に対しても侮辱しているのと同じことだ」
俺の言葉に寒咲も筑紫も黙り込むと、それ以上は何も言わなくなった。
一方闘技場では、流石にこれ以上の続行は不可能と判断したのか、西法寺が紅華の傍に駆け寄り様子を伺う。
「えー、寒咲氏、戦闘不……」
「――待って!」
西法寺の言葉を遮ったのは、紅華だ。
「あたしは、まだ、戦えんだよ……!」
この状態でもまだ闘争心を捨ててはいないようだ。
荒い息を吐いて四つん這いになりながらも、何とか立ち上がってみせた。
そして目の前の瑠威翔に視線を向け口角を上げた。その美しい唇は切れて血が滲んでいる。
「ありがとよ……手加減してくれなくて。正直さ、今まで戦ってきた奴らは、あたしが女だから、真剣に相手してくれる奴は、いなかった……あんたが初めてだよ」
息も途切れ途切れで話す紅華。
紅華の言葉に瑠威翔は目を合わせず、虚ろな瞳で呟いた。
「……俺は最初から、お前を女だからだという目で見ていない……」
やはり俺の思った通り。瑠威翔は相手を見て判断する奴じゃない。
そんな瑠威翔だからこそ俺が唯一、友と認めた相手なのだ。
「それでは、試合続行!」
再び互いに距離を取り刀を構えると、今度はジリジリと間合いを詰めていく。
会場の誰もが息を飲んで見守る中、どちらからともなく踏み込んだ。
――カキーン!!
双方の刃が甲高い金属音を鳴らして交わった。一度、刃を離すと今度は激しい打ち合いになった。
薙いでは受け、避けては打つ。技と技のぶつかり合い。見ていて飽きることのない試合だった。
両者激しい攻防戦の最中、体を低くかがめて足を踏み込んだ紅華は、一瞬の隙を狙い瑠威翔の腹部目掛けて刀を横一文字に薙ぎ払った。
表情を歪め瑠威翔の動きが一瞬止まった。峰とはいえ、相当な痛手だろう。
間髪入れず紅華が刀を振り下ろすと、それを避けた瑠威翔が紅華が動くより早く、目にも見えぬ速さで紅華の背後へ回り、喉元にピタッと刀を突き付けた。
為す術のなくなった紅華は、諦めたように笑みを浮かべると、刀を離し両手を上げた。刀は鈍い音をさせ地の上に転がった。
「沙藤氏、降参により。勝者、吉備瑠威翔氏!」
観客からは圧倒的に落胆の声が上がった。
「おい、女……」
非常に珍しいことに、瑠威翔が紅華に自分から声をかけた。
「また機会があったら闘りたいな……」
「ふん……」
瑠威翔の言葉に紅華はそっぽを向いた。
「だったら相手の名前くらい覚えとけ。ばーか」
「分かった。覚えておく。沙藤紅華」
「うっせぇ……次会った時は負けねぇからな。吉備瑠威翔」
そして紅華は口角を上げると拳を突き出した。
一方の瑠威翔も僅かにではあるが、口端が上がったような気がした。
互いが互いに認め合った瞬間だった。
「あの女、中々腕は良かったんだけどな。本来ならもっと上へ行けた筈なのに。相手が悪かったな……」
「俺はもっとあの女の戦いを見たかったのに、残念だ……」
「だが、あの男に一撃でも攻撃を食らわした時、おらぁすっきりしたぜ!」
紅華は賞賛を浴び、一方の瑠威翔は非難の嵐の中、舞台を後にした。
だが瑠威翔は外野の評価など気にしてはいないだろう。
瑠威翔にとって価値のあるものは名声などではなく、強い相手と戦うことで得られる経験値だ。
もしかすると、俺の討つべき相手は瑠威翔になるかも知れない。
***
初戦を終え、準々決勝、準決勝戦と試合は順調に続いていく。
中でも頭角を現しているのが、滝野鷹寛と吉備瑠威翔の二名だ。
「今回は優秀な人材が多くて面白いな」
小松が口元を緩める。が、やはり表情が硬い。
「咲耶も、浮かれていると、あっという間に後輩に追い抜かれてしまうぞ」
そう言って四季が目を細めて悪戯な笑みを浮かべた。咲耶は不機嫌そうに頬を膨らませるが、ふと何かに気付いたように辺りを見渡した。
「そういえば、あの能面、初戦以来姿を見ないですね」
「ああ。まあ、この試合は腕試しの奴らも多いからな」
途中で棄権する者も珍しくはない。小松は対して気には止めていないようだった。
「さーて、いよいよ、最終決勝戦!! 勝ち上がった二名はこちら!! まず東に〜」
観客から、特に女性陣から鼓膜が破れそうになるくらいの甲高い歓声が上がった。
「長咲が生んだ貴公子! 滝野鷹寛氏〜!!」
滝野は颯爽と舞台に上がると、右手を胸に当て華麗に礼をした。そして春風よりも爽やかに笑顔を見せた。
そして何処から摘んできたのか、懐から一本の薔薇を取り出し女性陣に放ってみせた。たちまちに女同士の激しい争奪戦が始まるのだった。
「ごほん。えー、もう、よろしいでしょうか?」
滝野の演出に無駄な時間を費やし、西法寺は若干苛立ち気味に聞く。
「あ、すいません〜、どうぞ、続けて下さい〜」
対して悪びれもせず滝野が促した。
「続いて西に〜、龍雲院の亡霊! 吉備瑠威翔氏〜!!」
滝野の時とは全くの正反対に、観客から野次が飛んだ。
「あいつあれだろ? 無法地帯の溝鼠」
「溝鼠は溝鼠らしく無法地帯で這いずり回ってろ!」
これまでの試合で十分瑠威翔の実力は理解している筈だろうが、それでも尚、誹謗中傷は止まない。無法地帯の住人というだけで見下しているのだ。
「君達! そういうの止めないか!!」
その時、声を上げたのは滝野だった。
「そうやって人を口撃して、結果自分自身を穢していることに気付かないのか? 悪いけど俺はそんな中で試合をする気には到底なれないな」
さっきまでの態度と一変して、いつになく厳しい顔つきで喚起する滝野に観客は水を打ったように静かになった。
「さてと。これで静かになったね」
滝野は瑠威翔の方を見つめるとニコッと笑った。
「……俺は別に微塵も気にしてはいないが」
余計なお世話だ。というように瑠威翔は呟いた。
「ま、これは俺自身の為でもあるのさ。外野なんか気にせず、公平に闘いたいからね」
「……そうか」
「君とは楽しめそうだね。相手してあげるよ。この愛刀、”松前愛染”でね」
そう言って滝野は腰の刀を引き抜いて見せた。二尺(※六十センチ)程の刃が稲妻の如く閃いた。
「松前……? どこかで聞いたことがある名だが……」
「ああ。松前愛染は松前一派の業物、十九工の一つさ。名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな?」
それもその筈、その十九工の一つ「松前富貴」が行方知れずになっていると、この龍雲院では一時噂になっていたからだ。
「ま、興味は無いな……」
瑠威翔はそう言い放つと、ゆっくりと刀を抜きながら滝野の前に立った。
「やる気だね。受けて立つよ」
滝野も真っ直ぐに瑠威翔を見据え、上段の構えをとった。
滝野が前に出れば、瑠威翔も半歩下がり、互いに間合いを計る。
誰も寄せ付けないほど、ピンと張りつめた空気。 互いに構えた刀が、相手の出る瞬間を見極めようと、ぎらりと輝いた。
「咲耶、よーく見とけよ。あの二人のどちらかが、お前の後輩になるかも知れないんだ」
四季が二人を指差しながら咲耶に言った。
「まあ、どっちもいけ好かねぇけどな〜」
咲耶はふんとそっぽ向いて、両腕を頭の後ろで組み、仰け反ってみせるのだった。
「それでは最終戦! 互いに見合って……初めっ!!」
その瞬間、地を蹴る二人の刀がキンと高い音を立てる。 カチカチと刃がぶつかり、均衡する力に両者の腕が振るえる。
そのまま力任せに刀を押しながら、滝野は瑠威翔に顔を近づけ、にやりと笑った。
「やっぱり、君は一筋縄じゃいかなそうだね」
刀を受け止めた瑠威翔は、滝野を睨む。
そのまま力で押し合うようにギリギリと刀を合わせた後、互いに後ろへ飛びのいて距離を置き、八相に構えたまま、じりっじりっと足で地面を擦りつつ、再度間合いをはかる。
そして両者共、一気に距離を詰め二、三度打ち合うと再び間合いをとった。
互いに互いの力量を確かめているようだ。
次に動いたのは瑠威翔だった。
滝野の間合いに飛び込み大きく刀を振り下ろした。
瑠威翔の刀を受け止めた滝野は、力で刀を弾き返すと、左下から右上へと斬り上げた。
サッと飛び退いた瑠威翔の左頬に血を滲ませる一本の線が現れる。
構わず瑠威翔は体を整え刀を振りかぶった。
――キーン!!
それを滝野の刀が受け止め甲高い金属音が響く。
刃が滑り互いの鍔が重なると同時に、瑠威翔の体は滝野の左側へと回り込んだ。 重なった刃はそれに合わせて動き、滝野の刃が上に乗る。
ハッと滝野が息を飲んだ瞬間、瑠威翔は勢いよく腕を引き、滝野の顔に瑠威翔の肘がめり込む。
その衝撃に滝野が仰け反ると、空っぽの胸元に閃光の一撃が走った。
そのまま二つ折りに蹲る滝野を尻目に、頬から垂れてきた血を舌で舐め取った。
今や瑠威翔の虚ろな目は完全に見開かれ、冷笑を口元に湛えている。
その顔は明らかに楽しんでいるように思えた。
「とどめの――」
瑠威翔は体を斜めに左手を前に突き出した。
「あの構えは!?」
「不味いッ!」
「おい! 戦闘は最小限にッ――」
小松、四季、西法寺の三人が何かを察知し止めようとするも、その声は届いていない。
瑠威翔は目を閉じ精神統一させた後、右手の刀を大きく振りかぶった。
「――斬麈!!」
斬撃から繰り出された斬波はうねりを上げて、闘技場をのみ込んだ。
余波は審判及び観客席にまで渡り、身を屈めなければ吹き飛ばされそうな程だった。
辺りは砂埃に包まれ視界が白で埋め尽くされた。
一時経って視界も晴れてきた頃、再び闘技場の様子を確認することが出来た。
舞台には変わらず二つの人影が対峙している。
あの攻撃を受けても尚立っていられるとは。観客から歓声が上がるも、それは一瞬にして止んだ。
その滝野の姿は、腕で庇った為か両腕共に切り傷だらけで血が滴り落ち、着物の袖は破れ、その筋肉隆々の腕が晒されている。
しかし、皆が注目しているのは、その両腕に刻まれている”刺青”にだ。
左腕にはメラメラと燃える太陽と思わしき印。そして右腕には、大きく描かれた髪の長い美しい女性が妖艶な瞳でこちらを見つめるのだった。
観客はあからさまに眉を顰めたり、指を指してひそひそと話をしたりした。
何しろ刺青は罪人の証として刻まれるのが一般的だったからだ。
不穏な空気が漂う中、構わず西法寺が瑠威翔の前に歩み寄り叱責した。
「吉備瑠威翔氏! 故意に相手を傷付ける戦闘は違反だと、最初に伝えた筈! よって失か――」
「――待った!」
西法寺の声を遮ったのは、滝野だ。
肩で息を吐いて痛みで震えながらも、観客に向けて右腕を突き出し人差し指を立てた。
「一つだけ言わせて貰うけど。確かに刺青がどんな意味を持つのか、俺にも知っている。だけど、これは俺自身で刻んだものだ。周りからどう見られようが、俺はそれも全て受け止めるつもりだ」
そして今度は瑠威翔の方に向き直ると、キッと睨んだ。
「それと。君は端から朱雀には興味が無い。腕試しでこの試合に参加した。そうだろ?」
凛とした瞳。その瞳の奥で左腕に刻んだ太陽の如くメラメラと闘争心が燃えている。
「だけど俺は本気だ。俺は朱雀に入って、人々を守れるようにもっと強くなる! ……もう二度と、大切な誰かを失わない為にも」
そう言って無意識に左手で右腕を押さえた。
「だから、こんな勝ち方はしたくない。正々堂々、本気で君に勝つ!」
瑠威翔に宣戦布告した滝野は、直後、高く飛び上がると刀を大きく振りかぶった。
「――二日月!!」
閃光の一撃と共に、斬風の渦が瑠威翔に襲いかかる。その強烈な風圧を受け止めきれず、瑠威翔は横薙ぎに吹き飛ばされた。
深手を負っているのにも関わらず、その威力は凄まじいものだった。
「もうあいつら無茶苦茶だ……」
審判席に避難してきた西法寺がお手上げ状態だと呟いた。
「良いじゃねぇか。これは面白い」
一方の小松はいつもの仏頂面ではなく、満面の笑みを浮かべているのだった。
「なんかまっさん楽しんでないか?」
「そうっすね……」
その様子に四季と咲耶は異様なものを見るかのように小松を見つめた。
衝撃で吹き飛ばされた瑠威翔は、そのまま固い地面に叩きつけられる。直前に刀を地に突き刺して踏ん張った為、既の所で場外には出ずに済んだ。
瑠威翔は何とか起き上がってみせると、滝野を前に刀を正眼に構えた。
滝野もまた両腕の痛みに耐えながら、刀を振りかぶった。
両者共荒い息を吐きながら、鋭い突き刺すような眼差しで互いを見つめている。
次で決める。互いは合致したように走り寄った。
瑠威翔は正眼に構えた刀を振り被り右から左へ向け振り下ろす。滝野は抜き放っていた刀の柄をクルリと回し峰に返した。
――キンッ!
金属のぶつかる音が走り抜け、瑠威翔と滝野の刀が十字に交わる。
――シャキッ!
と刃物が滑る音がした後、互いの刀は離れた。
瞬間、刃は煌めき瑠威翔の刀は滝野の胴体目掛け走る。 しかし、滝野の刀が真上からその剣線を叩き落とした。
――ガキンッ
柄元近くに当たった衝撃はビリビリと手を痺れさせ、瑠威翔の手から刀は離れてしまった。
その刀が落ちる間も無く、滝野の刀が瑠威翔めがけ斬りあげる。
峰に返してあるとは言え、一番に当たった肋骨は何本か折れているだろう。
瑠威翔は激痛に顔を顰めながらも、滝野の足を払おうとする。 が、一瞬早く滝野が刀をくるりと返して首元に打ち付けた。
「ぐっ……」
ぐらりと体を揺らし、瑠威翔はその場に倒れ込んだのだった。
すぐさま西法寺が瑠威翔の傍に駆け寄り様子を伺う。
瑠威翔は身体を倒し仰向けになると、そのまま目を閉じた。もはや戦意は消失しているようだ。
「吉備氏、戦闘不能。よって優勝は、滝野鷹寛氏ー!!」
西法寺が宣言するも歓声は少なく拍手も疎らだった。盛り上がりに欠けるも、滝野は明るく観客の方を見る。
「さてと! 試合も終わったことだし、後はお楽しみの……って、女居ねぇじゃん!」
振り返るも、先程まで最前列を埋めつくしていた滝野目当ての女集団は、皆手のひらを返したように居なくなってしまっていた。
「ま、俺も外野は気にしちゃいないけどさ……女を誘えないのは残念だったな……」
ガックシと肩を落とす滝野。
「そのくらいで態度を変えるような女は、所詮その程度ということだ……」
その時、いつの間にか起き上がっていたらしい瑠威翔がぼそっと呟いた。
「へぇ〜、君も言うね〜」
滝野は意外だという顔をして笑った。
「良い試合だった。俺の人生を決める相手が君で良かった」
そう言って手を差し出す滝野。
「ふっ……」
瑠威翔は僅かに口端を引き上げると、その手を無視して静かに舞台を降りて行ったのだった。
「ということで、我らの新しい仲間! 朱雀期待の新人、滝野鷹寛ー!!」
こうして朱雀に新たな新人が加入した。
「これで無事に新人も決まったな」
「けど、滝野も無茶苦茶やってたっすけど、良いんすか?」
「咲耶よく見ろ。あれほどの大技を繰り出したのにも関わらず、相手に傷は付いていない。彼はああしていて、意外にも冷静な判断力を持ち合わせているようだ」
「なるほど……」
滝野に関しては未だに半信半疑ながらも受け入れつつある咲耶だった。
一方、壮絶な戦いを目の当たりにして、筑紫が苦笑いしながら言った。
「あの吉備瑠威翔が負けるとはな……そりゃあ、武琉が負けるのも無理ないわな」
「おい! それどういう意味だよ!」
すぐさま筑紫に噛み付いてくる寒咲。
「ま、いずれにせよ、これが世界の力ってわけだ。なぁ龍、二?」
「おい、あいつ何処行きやがった?」
先程まで隣に居た龍二の姿は、何処を見渡してみてもなかった。
「これにて、朱雀新人選抜戦を終了し――」
「――おい!」
その時、闘技場にざわめきが起こった。二人がその方向に目を向けると――
「俺の名は龍二! お前、今この場で俺と勝負しろ!」
『――龍二!?』




