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S.A.K.U.R.A.~蒼の魂~  作者: 猫人間
【第参章】結
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68/70

その拾陸―転機―

体調不良により前話より5ヶ月もの期間が

空いてしまい申し訳ないです(_ _*))

 中街にある広場にてそれは完成しつつあった。

 春の適温とはいえ動けば途端に汗が吹き出してくる中で、複数人の男達は作業を続けている。

 彼らとは少し離れた場所で一人黙々と作業を続ける、短髪黒髪の若い男は着物の袖を肩の所まで捲り上げていた。


「おつかれ! うっちー!」


 愛称で呼ばれた若者は額からとめどなく流れる汗を拭いながら振り返る。そんな彼に先輩らしき年配の男が水の入った瓢箪(ひょうたん)を投げて渡した。


「ああ、どうも」


 若者は瓢箪(ひょうたん)を受け取ると水分を欲していたのか、勢いよく飲み始めた。汗に濡れた喉仏が激しく上下している。

 そんな彼を横目に、先輩は腰を下ろして問いかけた。


「どうだ? 此処にも慣れてきたか?」

「そりゃ七日も居れば嫌でも馴染みますって。業者の人全員にも顔覚えられましたし」

「そうかそうか……」


 不満げに話す若者に、苦笑いしながら答える先輩。


「あー、早く帰りてぇ。十日間も家を空けるんで、うちの鬼よ……嫁がもう爆発数前なんすよ。早いとこ終わらして帰りたいっすわ」

「ははっ、いいじゃないか。早く帰ってきて欲しいなんて言われる内が。その内に帰ってこない方が楽だ、なんて言われるんだぞ」

「それはそうかも知れないっすけどね……」


 若者はそう呟くと残りの水を全て飲み干した。それを確認した先輩は立ち上がると先程まで若者が作業していた場所を見やった。


「おう、出来上がってきたな」

「これを十日間もかけて設営とか、まじしんどいっすよね……というか、これ何なんすか? 闘技場?」

「ああ、これはな――」


 ***


「朱雀新人選抜戦?」


 四葉から渡された一枚の紙を見て俺は顔を顰めた。


「そ、不定期で開催される朱雀の新人を決める大会。それが今回はこの国で行われるんだって! 異国の人達を入れるなんて滅多にない事だから、街の皆はここ数日この話題でもちきりよ」

「確かにこの国にしては珍しいな」


 俺は落としていた目線を上げて答える。

 すると四葉がぐいっと身を乗り出してきた。


「ねぇ、龍二くん。これは良い機会じゃない?」

「は?」


 言葉の意味を理解できず、俺はぽかんとした顔で目をしばたかせた。


「だって、龍二くんの夢は世界最強の侍になることでしょう? ここでもし優勝とかして、それで朱雀になれたりとかしたら凄いじゃん! 皆、龍二くんのこと認めてくれると思うよ」


 この龍雲院を含めた、数ある侍国家の中でも最強と呼ばれる侍達が集う市原虎の尾。その国を代表する最強の侍一味が朱雀だ。そのことは外の情報が入ってこないこの龍雲院ですら、子供でも知っているくらい有名だった。


「確かに俺の夢は最強の侍になることだ……」


 そこで一度間を取り、頭を左右に振った。


「だからと言って俺は朱雀なんぞに入る気はねぇ。最強の侍達と並べられるなど御免だ。英雄などと持て(はや)されたくもないし、誰かの下につく気もない」

「そっか……」


 四葉は笑顔のままだったが、若干表情に影が差した気がした。

 後になって言い方がキツかった事に気がついた。

 折角、四葉が俺のことを考えて持ってきた話だというのに。どうして自分はこんな言い方しか出来ないのかと、自己嫌悪に陥るのだった。

 二人の間で流れる気まずい沈黙に耐えかね、必死に言葉を探していた時だった。


「龍二くんがそういう性格じゃないってことも勿論知ってるよ」

 

 四葉が躊躇いがちに言うと、顔を伏せて言葉を続けた。


「……だけどね。あの時、私を助けてくれた。私にとっては龍二くんは、英雄なんだよ」


 その言葉に胸がきゅっとなった。

 あんなの大したことないのに。英雄なんて大袈裟なんだよ。

 だが思いとは裏腹に、ほんのり熱くなった頬を無意識に掻きながら呟いた。


「俺は英雄なんかじゃない……」


 嬉しさを悟られないよう咄嗟に顔を背けてしまう俺だった。


「……だが、確かにお前の言う通りかもな。ここに行けば何かが変わるかも知れない。今の自分の実力がどれほどのものか確かめてみる良い機会だ。他の強者達も興味あるしな」


 顔を上げた表情に明るさが戻った気がした。

 良かった。四葉にはいつだって笑顔でいてもらいたいのだ。


 四葉の笑顔も見れて満足したところで、俺の思考は次の選抜戦のことで埋め尽くされた。


「……悪ぃ。少し集中したいんだ。一人にさせてくれないか?」

「分かった。龍二くん、一度決めたらとことん入り込んじゃうもんね」


 そう言って微笑む四葉。俺の考えているなどお見通しだ。伊達に一緒にいる訳ではない。

 しかし、せっかくの二人の時間だったというのに。

 この話だって、俺の事を思って持ってきてくれた。

 四葉はいつだって俺の事を考えてくれている。それなのに俺は自分のことばかりだ。


 申し訳なく思いながら四葉から貰った紙を懐に入れて立ち上がる。


「ありがとな」


 礼を述べてぽんと四葉の頭に手を乗せた。今俺に出来るせめてもの気持ちだった。


 それでも四葉は少女のようなあどけなさが残る笑顔を見せた。いつだってその笑顔に救われているのだ。


「頑張ってね! 応援してるから!」

「おう!」


 四葉から背中を押された俺は答えるように頷いた。そして見送る四葉の視線を背に感じながら、無法地帯へと繋がる大橋を渡って行った。


 選抜戦までの時間は少ない。今の実力でどこまでやれるか。

 そんな事を考えていると、向かい側から人が渡ってくるのが見えた。

 橋の上での風に強く煽られ、亡霊のように白い着物をはためかせながら無気力な足取りが更に不気味さを醸し出していた。手には新たな麻袋を抱えており、これから換金しにでも行くのだろう。


「よう」


 すれ違いざまにその男、瑠威翔に声をかけた。力のない、虚ろな視線が向けられる。


「おう」


 互いに挨拶を述べ、そのまま通り過ぎようとした。だが俺は、ふと振り返って瑠威翔の背に投げかけた。


「なぁ瑠威翔、お前――」


(選抜戦のこと知ってるか?)


 そう言おうとしたが、言葉が出てこなかった。


「なんだ?」

「いや、なんでもねぇ」


 きっと聞いたところで、俺の中で既に答えは出ていたからだろう。


「そうか」


 瑠威翔は再び虚ろな視線を下げ、特に気にすることなくその場を立ち去った。

 その背中を見送りながら、俺は強く拳を握り締めた。

 何としてもここで爪痕を残すこと。それが四葉への恩返しだと。改めて決意を固めたのだった。


 ***


 時を同じくして、此処は唯一龍雲院と隣国を結ぶ国境。そこには通行する人々を厳重に審査する関所が構えられている。両国の承認を得た"通行許可証"が無ければ、一切の出入りを禁じられているのであった。


「あ〜! やっと通れたぜー! ったく、審査通過するのに三日もかかるってどうなってんだ! これだから鎖国国家ってのは面倒だぜ全く!」


 今まさに関所を通過したばかりの男が大声で不満をぶつけた。

 笠を被り、背には大きな荷物を背負っている。旅人らしき風貌の男だ。

 つり上がった太い眉と鋭い目付き。そして口髭と顎髭を生やした面は、いかにも血の気が多そうである。


「まあまあ、咲耶(さくや)。そう言うなって。これでも早く通れた方なんだぞ。それも(たけ)さんがやっとの事で交渉して下さったおかげだ」


 落ち着いた口調で、隣で喚いている咲耶という男を窘めている中年の男。彼も同じく旅人らしき風貌だ。顔立ちの整った顔には口髭と顎髭を生やしているが、その柔和な瞳はいかにも温厚そうな人柄を表しているのだった。


「全くこの国はどうなってんだ! あの丈さんの話を渋るとは、どうかしてるぞ!」

「こらこら、咲耶。声が大きい。関所の者に聞かれたらお前、また逆戻りだぞ」

「ぐぬぬ……」


 まだ何か言いたそうだが、大人しく口を噤む咲耶だった。


「大体丈さんも、なんでまたこんな面倒な地に決めたんだろうな」

「さあな。だけど、あの方のことだ。何かお考えがあってのことだろう」

「だとしてもよ……この街の連中共、いけ好かねぇよ!」

「こらっ! 口を慎め! ほらっ、も、もう行くぞ咲耶」


 関所の役人がこちらを睨んでいるのを見て、中年の男は慌てて咲耶を関所から遠ざけるのであった。


「全く、何度も言うが何もこの街の人達だけじゃない。全国各地から侍の猛者達が集まるんだ。お前、先輩らしく行儀よくしろよ」

「へーい……」

「どうやら小松(こまつ)西法寺(さいほうじ)も、昨日ここに到着しているらしい。あの方も数日前にはいらっしゃっているようだし、あとは我々が合流するだけだな」

「そういえば四季(しき)さん……"あの人"は一体何処に行っちゃったんすかね?」

「ああ、あの人は基本、団体行動を好まないからな……まあ、きっともうこの国には着いている筈だ。安心しろ」

「へーい」


 そんな会話をしながら二人は宿へと向かう。その二人の腰には立派な刀の鞘が差してあった。


 ***


 普段より人の多い通りを息を切らしながら駆け抜けて行く。

 今日は各国から猛者共が集まっている。何が起きるのか、その先は予測がつかない。そんな緊張(スリル)に俺はかつてないほどの高揚感に満ち溢れていたのだった。


 ――ドン!!


「あっっ!」


 その時、すれ違いざまに誰かとぶつかり、その衝撃で俺は勢いよく地面に倒れ込んだ。気持ちが昂るあまり、前をよく見ていなかったのだ。


「チッ、くそっ……」


 悪態をつきながら顔を上げた瞬間、俺は磔にされたようにその場から動けなくなった。


(――なんだこの気迫は!?)


 黒い着物。一纏めにされた腰まではある長い髪。整えらた顎髭。頭には笠を深く被り、陰となって表情は読み取れないが、只者ではないことはこの人物から溢れる覇気が物語っている。


(――こいつは強い)


 尻もちをついたまま呆然としている俺を、笠の隙間から鋭い瞳が貫いた。

 そして腰にした刀の柄に左手が触れる。

 斬られる。咄嗟にそう思ったが、微動たりとも動くことが出来なかった。


「ぶつかってすまない。怪我はないか?」

「え?」


 落ち着きのある低音と目の前に差し伸べられた掌に俺は動揺を隠せなかった。

 明らかに非があるのは俺の方だ。当然斬り捨てられるものと思っていたのだが、反対に謝罪されたのだ。

 予想に反した態度に困惑しながら恐る恐る手を取る。一瞬、宙に浮く感覚と共に力強く引き上げられた。


「あ、ありがとう……」

「うむ。若人よ。元気があるのは良いが、目線は前を向かねばな」

「すいません……」


 落ち着いた声で窘められ俺は頭を垂れる。すると男はふと地に落ちていた紙を拾い上げた。


「これは……選抜戦の……」


 どうやら倒れた際に俺の懐から落ちたのだろう。


「若人。お前もこれに出場するのか?」

「え、まあな……」

「そうか。だが、こいつは生易しいものではないぞ? 特に他国を知らぬ者には……」


 そう問いかける男の声がいつになく真剣に思えた。


「そうかも知れねぇ……だけど俺にとっちゃ正直、選抜なんかどうでもいい」

「ほう、それはどういうことかな……?」

「俺はこの孤立した国で一生を終えるつもりはねぇ。俺という存在を全世界に知らしめる。これはその一歩だ。だから何としてでも爪痕を残してやるんだ」


 俺の言葉に男は何も答えなかった。


「……そうか。ならば健闘を祈るぞ」


 そう言って持っていた紙を渡すと、男は踵を返して人混みの中へ消えていった。

 男と別れても尚、未だ余韻が残っている。一体、奴は何者だったのだろうか。あの風貌から、この国の者ではないのは確かだが。

 疑問が残るまま俺は会場へと向かったのだった。


 一方、笠の男は人混みの中を歩きながら先程出会った若人のことを思い浮かべていた。


「爪痕を残すか……面白いな……」


 そう呟くと口元に笑みが零れたのだった。


 ***


 中街まで出るのは随分と久しぶりだった。普段は無法地帯と下街の往復程度だからだ。

 中街は中心部だけあって龍宮城下で一番広い街なのだが、それでもこの大人数では街に人が入り切らないのではと危惧する程だった。

 会場へ近付くにつれ増えていく人に酔いそうになって目線を下げた時、数ある人々の足元に見覚えのある八割れ猫が目に入った。


「ニャー!」


 猫は俺と目が合うと瞬時に踵を返し、とてとてと人混みの中を進んで行く。

 もしやと思い猫の後を付けると、案の定そこには見物客に混じって筑紫が立っていた。


「おっ、龍二!」


 猫を抱き上げながら筑紫が笑みを浮かべた。


「もしかして、凪々が連れて来てくれたのか〜、良い子だな〜、凪々は〜」


 そう言って猫を撫でくり回しながら猫馬鹿を発揮している筑紫。

 そんなものただの偶然だろうと思ったが、あえて何も言わないことにした。ここで否定すれば、向きになった筑紫に猫の知識を永遠と聞かされることになるからだ。


「なんだお前。出るのか?」

「いや、俺は見物に来ただけだよ。何せ強者揃いの戦いなんて、滅多にお目にかかれるもんじゃないからな」

「そうか」

「そうそう、武琉は出るみたいだけどな。さっき申し込みに行ってたよ。そういや、お前も出るんだろ? 早くしないと締め切っちゃうぞ? お前、世界に名を轟かせてやるっていつも言ってるもんな。その腕を見せつけてやる機会じゃねぇか」

「ああ。だが俺は朱雀なんぞに興味はねぇ。それに……」


 不意に目の前にある闘技場に目を向けた。広場の中央に選抜戦にはお誂え向きの闘技場が設置され、その周りを大勢の観客が取り囲んでいる。

 ここで一体一の熱き戦いが繰り広げられるわけだ。だが俺は――


「ちまちまと勝ち抜き戦をやるつもりもねぇよ」

「そうか……」


 俺の言葉に多少の引っ掛かりを感じただろうが、筑紫はそれ以上何も聞いてこなかった。


「あそこにいるのは朱雀の三銃士じゃないか!」


 その時、観客が声を上げながら競技場横にある審判席の方を指さした。そこに腰掛けているのは見るからに屈強な男達だ。

 左から、色黒肌につり上がった眉と口髭が印象の強面な男。先程から唇の端をピクピク痙攣させている。

 隣は切れ長の瞳に頬に付いた大きなほくろが特徴的な男。口元を緩めどこか楽しげな様子だ。

 その隣は口髭と顎髭を生やし柔和な瞳の顔立ちの整った男。何やら横にいる、この中では一番若い男と話しているようだ。


「あっ! 朱雀の”狂犬”咲耶もいるぞ!」

「おいっ! 今、狂犬って言った奴どいつだぁ!!」


 それを聞きつけた一番若い男が、身を乗り出してきた。

 口髭と顎髭を生やした面に、つり上がった太い眉と鋭い目を更につり上がらせ吠えている様は成程、いかにも狂犬である。


「おら! 文句があるならかかってこいよ!!」

「こらっ! 咲耶落ち着けって!」

「ちょ、離してくださいよ! 四季さん!」


 今にも殴り掛かりに行きそうな勢いの咲耶(さくや)(あきら)を、隣の温厚な男、四季(しき)乃輔(だいすけ)が必死に取り押さえているのだった。


(これが、あの最強と呼ばれる侍達なのか……?)


 想像していたものとの違いに疑念を抱くのだった。


 ***


「はい! では只今より朱雀新人選抜戦を始めさせていただきますー! 進行を努めさせて頂きますのは私、西法寺(さいほうじ)義弘(よしひろ)でーす!」


 闘技場の中央に立ち、生き生きとした進行を行うのは、切れ長目のほくろの男だ。


「まず初めに、この大会の選抜方法についてご説明致します! 参加者はこの場内において、一体一の勝ち抜き戦を行います。どちらかが戦闘不能、又は場内から出た時点で試合終了とします。また無駄な殺生を避けるため、打ち合う際は"峰打ち"とします。故意に相手を傷付ける違反行為など我々が危険だと判断した場合は中断させ、その場で即失格となります。そして最後に。えー、中には腕試しと称して参加する者もいるかと思いますが……」


 西法寺はそこで言葉を区切ると意味深な笑みを浮かべた。


「くれぐれも"痛い目"を見ないように……」


 その時、脳裏にあの笠の男の言葉が浮かぶ。


『こいつは生易しいものではないぞ? 特に他国を知らぬ者には……』


 確かに生半可な気持ちでは望めない。この戦いを勝ち抜いた者。正に最強と言えるだろう。

 ならば俺が挑むべき相手はただ一人――


「それでは。皆さんのご検討を祈ります!」


 こうして今、朱雀新人選抜戦が幕を開けたのだ――


「早速、第一回戦を始めさせていただきたいと思います! あー、東に〜」

「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 その時荒れ狂うような叫び声と共に、薄汚れた襤褸雑巾のような塊が転がり出た。


「秩父出身。船原(ふなばら)凱次(かいじ)氏!!」

「俺はア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!! 十代にじで殺戮者(キラ)と呼ばれだが、博打で負げ地下送り! 借金を返ず為の強制労働! 地獄、地獄、地獄の日々! ごの戦いで優勝ずれば俺は晴れで自由になれるんだ!! 何がなんでもごの手で自由を勝ぢ取っでやる!! ぞじで俺ァ新世界の神となるんだア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 船原という男は独特の嗄声で喚いているが、言っていることは殆ど聞き取れなかった。


「なんか、初っ端からやべぇ奴が出てきたな……」


 筑紫が右の親指で唇をなぞりながら面白そうに笑みを浮かべた。

 確かに無法地帯ですら、あそこまでの破天荒な奴は居ない。そう思いながらもう一度目を向けた時、船原の首に何やら光るものが見えた。


(鎖……?)


 その首には重々しい金属の鎖が括り付けられていたのだった。


「続いて西に〜」


 西法寺の掛け声と共に、白と青の斑模様の着物を翻し、背中までかかる黒色のちぢれ髪を揺らしながら、そいつは悠々とした足取りで登場した。


(――は?)


 その瞬間、会場にいた誰もが呆気に取られた。


(能面!?)

 

 ***


 そこに現れたのは喜怒哀楽の表情がはっきりしない女系の能面を付けた人物だった。その髪の長さ故、男か女か判別を付けるのは難しい。腰にした三尺程ある刀は、柄が血のように赤いのが印象的だ。


「かちかち山出身。名無しの権兵衛氏!」

「おい! 真面目にやれよ! 」

「ふざけてんのか!」


 明らかに偽名だと分かる紹介に周囲から抗議の声が上がった。


「そうだ! そうだ!」


 対戦相手である船原も八重歯を剥き出しにして同調した。


「…………」


 しかし、その中でも能面は一言も発さず微動だにしない。それが尚不気味な容姿を醸し出していた。


「ったく、変人ばかりじゃねぇか……」


 選抜戦はこんな連中ばかりなのだろうか。

 会場が湧く中、そのまま進行を続ける西法寺。


「はい! それでは互いに見合って――初めッ!!」

「こんなふざけた野郎、秒で終わらせてやるよォォ!!」


 そう叫ぶや否や、刀を両手に突進していく船原。試合が始まったのにも関わらず能面は一切の動きを見せない。


「その首、貰ったあア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 その瞬間、能面の手が刀の柄を撫でる――

 両者の間に砂埃を上げて一瞬の風が吹いた。


「――ガアッ!!」


 呻き声を上げてドサッと地に倒れ込んだのは――船原だった。


(――!?)


 静まり返る会場。

 腹を抱えてのたうち回る船原に対し、能面はその場を一分たりとも動いていなかった。


「な、何が起こったんだ?」

「何も見えなかったぞ……」


 それは一瞬にして、決着が着いてしまったのだった。


「船原氏、戦闘不能。勝者、名無しの権兵衛氏!」


 西法寺の判定で今、戦いに終止符が打たれた。


「ぢぐじょう!! なんでだよォォ!! 俺はごごで負げるわげにはいがねぇんだよォォ!!」


 未だ諦めのつかない船原は、腹を押さえ地を這いつくばりながら能面の足にしがみついた。


「……退け。屑……きみは美しくない……」


 ぼそりと能面から発せられた声。それは美しい低音で、凍り付くように冷たいものだった。そして穢れを払うように足を退ける。


「ええい! もうよい! こんな茶番見ておられるかッ!!」


 その時、前列で見ていた白髪頭に白髭の翁が立ち上がった。


「か、会長!」


 船原の土色の顔から一気に血の気が引き益々顔色が悪くなる。どうやら相当怯えているようだ。

 翁は手に持っている杖を向けて、隣にいる全身黒ずくめの覆面をした男に何やら指示した。恐らく翁の手下だろう。

 すぐさま手下は立ち上がると、ジャラジャラと不気味な音を立てながら船原の元へ向かって行く。銀色に輝く鎖を手にして。


「嫌だァァ!!」


 船原が必死に抵抗するも虚しく、首の鎖に繋がれ引き摺り下ろされる。全く人間らしい扱いを受けていない。

 そして哀れな犬が翁の前に差し出された。


「全く! 大金叩いてここまで来ただけでなく、機会まで与えてやったというのに。ほんの数秒で終わるとは、つまらん! とんだ無駄金じゃ! やはりお前は地下で溝鼠(どぶねずみ)のように這いずり廻るのが相応しいな! この屑が! 屑! 屑! 屑!」


 翁は地に転がる船原に罵声を浴びせると何度も何度も杖を振り下ろした。その挙句、手下が持ってきた桶に入っている冷水を浴びせたのだった。


「くッ……キンキンに冷えてやがる!!」


 元々襤褸雑巾のような成りが、益々無惨な姿と化した。

 胸糞の悪くなる光景に遂に見かねた咲耶が憤慨しながら立ち上がった。


「待てっ! 咲耶!!」

「四季さん! 離して下さい! これを見逃せって言うんですか! こんな、人の命を弄ぶような真似。許されるって言うんですか!!」

「気持ちは分かるが、今は堪えてくれ! あの爺さん。あれは地下に造られた、帝国の会長、裏社会の人間だ。今の俺達じゃ、まだ完全に捕らえることは出来ないんだ……すまない……許してくれ……咲耶……」


 咲耶を押さえながらも悔しげに顔を歪める四季。


「すいませんが御老台。ここは大勢の人の目があります故、お引き取り願おうか」

「あっ! 小松さん!」


 その時、翁の前に強面の男、小松敏雄(こまつとしお)が立ちはだかった。相変わらず口元をヒクヒクさせているが、厳しい眼を向けている。それ故に強面が一層際立って見えるのだった。


「おお。これはお見苦しい所を見せて、すまなんだ」


 鋭い眼で睨まれても、翁は微塵も怯む素振りがない。流石に裏の人間、一筋縄ではいかないのだろう。


「お詫びに。ほれ、餞別じゃ!」


 そう言って翁は懐から札束を取り出すと、バッと頭上へとばら蒔いたのだった。

 その瞬間、歓喜の声を上げながら洪水のように人の波が押し寄せた。


「畜生……狂ってやがる……こいつら、どいつもこいつも狂ってやがる!!」


 船原の叫びは、金に群がる人々の声にかき消されていった。

 頭上を舞う札束は、まるで舞い散る花びらだ。その金を掴もうと飛び交う無数の手は、花びらの下で踊る酔いどれだ。

 美しくない。汚い金の匂いも。それに群がる人々も。ただただ醜いと思った。

 こんな紙切れ。こんな紙切れ。こんな紙切れ――


(やはり、きみもそう思うかい――?)


 一瞬、あの能面がこっちを見ているような気がして闘技場に目を向けた。

 しかし先程までそこに居たはずの能面は、跡形もなく姿を消していたのだった――

都合により今後も更新が亀並みとなりますが……(T T)

ゆっくりでも更新はしていきますので

何卒、今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

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