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S.A.K.U.R.A.~蒼の魂~  作者: 猫人間
【第参章】結
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67/70

その拾伍―驟雨―

投稿が遅くなり申し訳ないですm(_ _)m

その分、文書は長めです(^_^;)

 臣が謹慎してから六日が経った―――


 突如、頬を打つ雫。それは瞬く間に広がり激しく降り注ぐ。

 雨を凌ごうと木陰に立つも、それはあまり意味を成していないようにみえた。靴は泥に汚れた挙句、中まで染みて気持ちが悪い。


(全く最悪な気分だ)


 龍二は小さく舌打ちをすると目線を上げた。空はどんよりとした厚い雲に覆われている。

 近頃は雪の降る日が続いていたが、この日は珍しく雨だ。雪になるには寒さが足りない。それなのに尚更気温が低く感じるのだった。

 これでは歩き回ることは不可能だ。いや、そもそも目的などないのだが。


 臣と連帯責任で謹慎している綾人。そして未だ個人任務から戻っていない直樹。二人の隊長が不在の中、当然三代目に任務が与えられる訳もなく、この六日の間を龍二はただ何となく過ごしていた。


 風の噂で現在、臣は(おりょう)の茶屋で働いているらしい。別に謹慎中に臣が何処で何をしようと、関係のないことだ。

 だというのに、何故こんなにも心がざわめくのだろうか。


 騒動の後、龍二は武家屋敷に赴く道中、臣と出くわした。言葉は交わさなかったが、すれ違った際に警告した。


(もう妹とは関わるな)


 そう"心の中"で。声に出していないのだから、伝わらないのも当然と言えば当然のこと。

 だが二年間共に過ごしてきた相棒ならば、どこかで伝わると思っていたのだ。

 或いはそれを分かった上での行動だというのか。


(俺よりも妹を選ぶというのか――)


 馬鹿馬鹿しい。臣の性格上、客に絡まれる妹を放ってはおけず、護衛も兼ねて店を手伝っているに違いない。それは決して自分への嫌がらせのつもりではないと。分かってはいるのに。

 どこまでも女々しい自分に腹が立ち、乱暴に髪を掻きむしった。


『――何を恐れている?』


 まただ。それはこの六日間ずっと頭から離れない言葉だった。

 龍二があの場に居たのは何も偶然ではない。龍二もまた鴛鴦に呼び出されていたのだ。

 何故、自分一人だけが呼び出されたのか。

 多少の心当たりも抱えながら龍二は屋敷内へと足を踏み入れたのだった。


『久しいな衣笠。こうして二人で話すのは初めてか』

『はい……』


 警戒から表情を強ばらせている龍二に対し、鴛鴦は事も無げに話し始めた。


『最初に会ったのは二年前の戦いの後だったか』

『そうですね……』

『あれからもう二年も経つのか。時が過ぎるのは早いものよ……だが、実はそれよりも以前に私は一度、お前と会っているのだよ。お前は知らないだろうが、"十二年前"の龍雲院(りゅううんいん)でな……』

『あ、ああ……"あの時"の……あの場にいらっしゃったのですか』

『表には顔を出していないがな。あの時のお前はまだ若く、恐れ知らずという様子であった……』


 そう言って懐かしむように目を細ませる鴛鴦だが、龍二の表情は相変わらず硬いままだった。

 わざわざ、こんな昔話をするためだけに呼び出されたわけではない筈だ。


『それが二年前に会った時には、鞍馬もだが、お前も変わっていて驚いたよ。そしてこうも思った。これなら三代目は大丈夫だと。安心しておったのだがな……』


 そこで一度話を区切る鴛鴦。微笑んではいるがどこか悲しげな。そしていつになく真剣な。そんな表情だ。


『なぁ、衣笠よ。今一度聞いて欲しい。どんなに共に過ごしてきたとしても、人は変わっていくのだ。だがそれは、悪い方向ばかりにではない。二年前のお前達のようにな。変わっていくことを恐れるでない』


 鴛鴦の言いたいとしていることを何となく察した。


『衣笠。"何を恐れている?" 例え環境や考え方が変わったとして。離れていくような、お前達の絆はそんなものだったのか?』


 何と返したらよいのか分からずに、龍二は黙って目を伏せるしかなかった――


 分かっている。例え状況が変わったとしても、三代目としての絆は変わらないと。信じている。信じたい。けれど――

 疑惑。不安。そして何よりも恐れている。

 自分の築き上げてきた世界に妹が割り込んでくるのが。臣を妹に取られてしまうのが。捨てた筈の過去と向き合うのが。変わっていくことが――

 三代目は自分にとって、やっと見つけた居場所。自分の存在を感じられる場所。

 それを失ってしまうのが、とてつもなく怖い。

 全て投げ出してきたというのに。故郷も、家族も、大切な彼女(ひと)も――


 その時、ぎゅっと胸を締め付けられる感覚に思わず胸の辺りを押さえた。ふっと息を吐き出して見上げた空に浮かぶ、孤独という名の雲。その雲が降らせているこの雨の名は確か――


『"驟雨(しゅうう)"っていうんだって。なんか、龍二くんみたい……』


 そう言って雨の如く冷えきっていた自分に、太陽のように暖かな笑顔を向けた彼女。

 あの日彼女の言った通り、雪にもなれず、この投げやりな感じは、まるで今の自分を映し出しているようだった――


 ***


「――追え! 追え!」


 突如、降ってきた雨のせいで視界は最悪だ。煩わしく張り付いた前髪を払いながら俺は走っていた。


「路地裏へ逃げたぞ!」


 路地裏へ逃げ込めば撒けると思ったか。

 だが、寧ろ路地裏は俺の庭みたいなもの。いや、”俺達”の。


「龍二! そっち行ったぞ!」


 よし、きたか。

 激しい雨音に邪魔されながらも、僅かに足音がこちらへ近付いてきているのが分かった。

 俺は御室有明(おむろありあけ)の柄をぎゅっと握りしめた。


 ――今だ!


 脇道から飛び出してきた俺を見て、標的はわっと声を上げ咄嗟に踵を返そうとする。が、泥濘に足を取られ、どすんと腰を着いた。


「わあっ! た、頼む! 見逃してくれッ! お、俺には嫁と、まだ小さい餓鬼がいるんだよ!」


 頬の痩けた無精髭面の顔を歪ませ、欠けた黄色い歯を剥き出しにして喚く標的。その見窄らしい成りが、命乞いにより更に増して見える。


「その嫁と餓鬼を捨てたのは何処のどいつだ。今更、被害者ぶるな」


 俺は冷めた目で標的を見下ろしながら、鞘から刀を抜いた。


「恨むなら、これまでの自分を恨め――」

「ア゛ア゛ッ――」


 標的の叫びと俺が刀を振り下ろしたのは、ほぼ同時だった――


「龍二! やったか?」


 事がすんだ後、一括りにした長髪を左右に揺らしながら俺の元へ駆けて来る、少し背が低めの小柄な男。小顔に高い小鼻、そしてつり上がった大きな瞳は猫を思わせる美青年。そして小顔の左頬には、十字の大きな刀傷が刻まれていた。


「ああ。ほらよ」


 俺は足元に転がるそれを掴みあげると、投げて渡した。


「うえっ! お、お前、投げて寄越すなよっ!」

「いい加減慣れろ」

「お前は慣れすぎだっつーの!」


 ぶつぶつと愚痴を零しながらも、それを麻袋に入れる刀傷の男。


「ニャーン」


 ふとその鳴き声に目線を下げる。いつの間にやら足元には白黒の八割れ猫が、頭部無き骸の胴体をくんかくんかしていた。


「駄目じゃないか"凪々(なな)"。そんなもの食べたらお腹壊しちゃうぞ〜」


 その声に猫はふっと目線を上げる。そして、とてとてと軽快な足取りで声の主の元へ駆け出して行くと、その肩に飛び乗り綺麗に収まったのだった。


「よしよし、凪々は良い子だな〜」


 猫の喉元に手を入れ慣れた手つきでくすぐっている、一括りにされた長髪にスラッとした細身。刀傷の男とは対象的に、六尺(※一八〇センチ)を優に超える高身長。二重まぶたの柔和な細目を更に細ませ、その小顔を破顔させているもう一人の美青年。


「はは、相変わらず容赦ねぇな」


 猫男はちらりと骸に目をやり、にやりと笑いながら言った。

 ちなみに先程から凪々と呼んでいる猫。雌のような名だが、生粋の雄猫らしい。何でも"なな"という名は縁起が良いのだとか。


「痛みを感じる間もなく逝かせてやったのが、せめてもの情けだ」


 二人とも人を血も涙もないように言うが、俺にだって情の一つはあるのだ。

 俺は少しむっとしながら刀を鞘に収め、猫男に問いかける。


「で、こいつ何級だ?」

「えーと、おお、まじか。"上級"だぜ!」


 猫男が懐から取り出した紙を何枚か捲りながら、驚きと歓喜の表情を浮かべた。


「そうか。それなら、ここひと月は暮らせるな」

「なんでお前は、そう冷静なんだよ。もっと喜べよ!」


 俺の反応が気に入らなかったのか、刀傷の男が噛みついてきた。


「それくらいで浮かれるな。いいから、とっとと換金してくるぞ」


 うるさい小蠅を追い払うように手を払いながら歩き出す俺に、不満げな表情で着いて来る刀傷の男。その後ろに笑いを堪えながら猫男が続くのだった。


 ***


 龍雲院の中心部に堂々と構える天守閣。屋根には(しゃちほこ)の代わりにこの街の象徴でもある「龍」が備え付けられている。

 城の周りにある街は、龍の紋章を持つ者。つまり上流階級と呼ばれる侍達の宗家と分家が住まう「龍の都」と呼ばれている。

 この国の殿とは名ばかりで、為政者は主に龍の紋章を持つ者達である。紋章の龍が握る水晶玉によって階級が定められ、階級が高い者は多くの発言が許される。当然発言が多い分、物事を有利に進めることが出来るというわけだ。

 この国の政治など微塵も興味は無いのだが。


 そして城の近くの山から流れる滝、「龍の滝」から流れる運河によって街は区切られ形成されている。城から近い順に上街、中街、下街と呼ばれ、街によって住む人の身分も違ってくる。

 富める者は更に富み、貧しき者は道具に取って代わられる。この国はまさに格差社会の見本ともいえるだろう。

 そんな一番身分の低い下街からも遠く離れ、半ば忘れ去られたように存在するのが、下街からも追い出されるような荒くれ者や賞金首の罪人が集まる、その名の通りの無法地帯だ。

 そして現在、俺はその無法地帯に身を潜めていた。


 あの家に居た頃は出ても上街までしか赴いたことがなかったが、父から出来る限り遠くへ遠くへと逃げた結果、身分など何一つ存在しないこの地に辿り着いたのだった。

 本来ならばこの忌まわしい国からも出て行きたい所ではあったのだが、鎖国状態にある最中国外に出ることは不可能だった。


 しかし幾ら月日が経とうとも、父が追っ手を仕向けることは無かった。

 あの家に戻るくらいならば、その場で自決も(いと)わない覚悟だったのだが。どうやらそれはせずに済みそうだった。

 だがそれもその筈なのだ。父は"そんなこと"にかまけている暇など無かったのだから――


 それを知ったのは、俺が家を出てから半年が経とうとしていた頃だった。

 たまたま世間話をしていた老人の横を通り過ぎる際、"衣笠"という単語に引っ掛かりを覚えた俺は物陰に隠れ、話を盗み聞きしたのだ。


 丁度、俺があの家を出て数日後のことだったらしい。

 これまでの宗家(衣笠)の横暴に限界を覚えた分家(花笠)が、宗家に対して抗争を起こしたのだ。分家が宗家に抗争を起こすなど前代未聞だった。

 更には宗家側に付く他の分家も応戦し、抗争を起こした分家は――全滅した。

 男も女も幼子も。このまま宗家に従うくらいならと、その場で自決する者もいたそうだ。

 こうして前代未聞の抗争は、最悪な形で終結したのだった。

 ただ一つ謎を残すのが、その分家の名刀「松前富貴(まつまえふうき)」が幾ら人手を増やし捜索しても"見つからなかった"という――


 そして、それに便乗してのことか、宗家の次男"衣笠龍二"はその戦いで――死んだ。ことになっているらしい。

 成程、通りで世間体ばかり気にする父が、いつまでも俺を野放しにしている訳だ。

 それを知った時、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。何故か悲しいとは微塵も思わなかった。

 寧ろこれで枷が外れて、心が軽くなった喜びの方が大きかったのだった。


 ちなみに、その抗争を起こし"龍の名"を汚したとして、宗家は紋章の水晶玉を一つ失ったようだ。

 だがそんなことは、見知らぬ他人が亡くなったことに等しいくらいどうでもいいことだった――


 それから俺は一人で生きてきた。

 宗家次男としての衣笠龍二は死んだ。俺は苗字を捨て、ただの"龍二"として名乗っていた。

 家を飛び出してからは自分がいかに狭い空間に閉じ込められて生きてきたのかがよく分かった。

 ただ外の世界でも人の欲深さは変わらない。人は誰だって我が身のかわいさのためなら人を傷つける。命だって奪う。

 この世は嘘と裏切りの世界だ。


 家族、友人、仲間――そんなものは必要ない。そうやって余計な関係を持って裏切られた者達を何人も見てきた。

 味方など誰一人としていない。裏切られるくらいなら仲間など必要ない。

 誰も信じず、誰の助けも借りないと。そう思っていた――


 だがこれまで食う物にも寝る所も保証されていた家とは違い、この地で生きていくのは甘くない。弱き者は強き者に食い尽くされていく。此処はそんな弱肉強食の世界なのだ。

 この無法地帯にまともな職などある筈もなく、俺はこの地に集まる賞金首を狩り、その報酬で食いつないでいた。

 しかし幾ら無法地帯とは言えど、賞金首にそうそう出会す訳でもないし、初めの頃は狩り損ねることの方が多かった。

 ただこの容姿のおかげで、食い物に困ることは少なかった。いざとなれば女の家を点々としていたからだ。それも今、思い返せば黒歴史だ。


 そんな生活を送っていた頃だろうか、あの二人に出会ったのは。


『おい! ここは俺らの領地だぞ! 勝手に入ってくんじゃねーよ!』


 新しい"狩り場"を探して何気なしに足を踏み入れた所、赤い着物に身を包んだ左頬に十字の刀傷を負った男が、分かりやすく闘争心剥き出しで迫ってきた。


『領地だと、知らなかったんだ』


 面倒だな。と内心思いながらも、争ってまで領地拡大をしたい訳でもない。不必要な戦いは避けるに限る。

 しかし刀傷の男は一切表情を変えなかった。


『ならば、しかとその身に教えてやるよ!』


 結局そうなるのか。そう思うが否や、刀傷の男は身軽に飛び上がると、素早く鞘から刀を引き抜き斬りつけて来た。

 流石に応戦せざる得なくなった俺も、御室有明を抜きざまにその刀を受けた。

 相対する二つの剣筋は激突するも拮抗せずに、手に痺れを与えて振り抜かれた。甲高い金属音が鼓膜を殴る。

 瞬時に刀を振るうも、相手は猫のような身のかわしで右に左にと避けていく。

 その合間に相手も隙を見て刀を振るい、何度も刃先が喉元を掠めた。


(こいつ中々やるじゃないか)


 稀に見る強者に、俺は口元をつり上がらせる。だがそれは相手も同じのようだ。

 一瞬、相手と目が合った。

 互いに打ち合うのを止め、足を滑らせながら再び間合いを取る。

 互いに刀を握る手に力を入れ、軸足を強張らせ、地を蹴った。二人の間隙は相対的に縮まり、互いの剣尖の動きに精神を集中させる。

 再び金属質の破裂音を鳴らして、二筋の剣閃が激突する。一瞬の拮抗の後、俺の体は後ろ向きに転倒するような形で押し負けた。


『っ……!!』


 後ろに倒れこみながらも、俺は左足を振り上げる。刀傷の男が、鋭い眼差しを俺の左足に注ぐ。

 右手が上になるように握っていた刀の柄。右手を離し、長い柄の柄頭にあてがい直す。左右の手の間に余裕を持たせるように捧げ持ち、柄を蹴りの軌道に割り込ませたのだ。

 相手の目論見通り、蹴りは刀の柄を蹴りつける。


『お……おぉっ……!』


 鉄棒を蹴ったかのような痺れにも似た衝撃が足を襲うが、痛みが発生しないのを良いことにそのまま蹴り抜く。相手が握っている柄は上方向に弾かれ、余勢で上体ごと若干仰け反って蹴りを逃れる。

 蹴りを命中させることはできなかったが、十分な隙を作るのには成功したといっていいだろう。

 俺は猫の如く身軽に着地すると同時に相手の喉元を掴み、そのまま地面に押し倒した。


『ぐっ……!?』


 その衝撃に相手は顔を顰め呻いた。


『へぇ〜、あんた凄いな。あの"人斬り剣心"を押さえるなんて』


 その時、別の男の声がした。俺は刀傷の男から手を離し振り返る。

 そこに水色の着物を着た高身長の男が面白げに口元をつり上がらせながら、緩やかな足取りで歩いてきた。その肩には白黒の八割れ猫が乗っている。


『お前も! 見てねぇーで助けろよ!』


 未だ仰向けに倒れたままで刀傷の男が喚く。


『悪ぃ悪ぃ。けど、俺は争い事は好きじゃないって言ってるだろ?』


 猫男は刀傷の男に目を向け苦笑しながら言った。そして俺の方に向き直ると、爽やかな笑顔を向けながら話し出す。


『申し遅れました。俺の名は筑紫爽太(つくしそうた)。そしてこの子は凪々。呼び名は女の子っぽいけど、雄猫だからね』


 微笑みながら猫の喉元を撫でる筑紫という男。次に目線を下に落とし、刀傷の男を見て言った。


『あと、そこで倒れてんのが寒咲武琉(かんざきたける)

『って、おい! 俺は猫の後かよ!』


 刀傷の男、寒咲はすぐさま立ち上がると筑紫に抗議する。

 筑紫はそれを軽く受け流すと、右手で自身の顎を触りながら俺の顔をまじまじと見つめて言った。


『あんたの腕、相当強いって見込んだよ。あんた俺らの仲間にならないか?』

『俺は誰とも仲間になる気は無い』

『ああ、そういう(たち)ね……』


 拒否する俺に筑紫は何かを考えるように間を置いて、再び口を開いた。


『じゃあ"手を組もう"。勿論、俺らはあんたに従うよ。これならどうかな?』

『おい! てめぇ! 何、俺まで数に入れてんだッ――』


 喚く寒咲の口を筑紫の手が塞ぐ。


『諦めろ。もう勝負はついてるだろ?』

『ちっ……!』

『負けた奴は潔く、その下に付く。それが此処での掟だからな。ところで、あんた名前は?』

『俺は……龍二』

『ふーん、苗字は?』

『…………』

『言えねぇってことは、さてはお尋ね者だな?』


 右手で顎を触りながら探るような目付きで言う寒咲。


『まあまあ、武琉。誰しも知られたくない事情ってものはあるよ』


 寒咲を諭しながら筑紫が苦笑する。


『とりあえず、よろしくな龍二』

『ああ……』


 友好的に手を差し出す筑紫の手を渋々ながらも握ったのだった。


 こうして二人と手を組んでからは、狩りの成功率は以前よりも格段に上がった。

 血の気の多い寒咲は、標的と共に厄介事も引き連れてくるが、その神速の剣技から「人斬り剣心」の通り名を持つ程、腕は確かだった。

 一方の筑紫もそれなりに剣の腕は立つ方だが、争い事は好む性格ではない。どちらかと言えば策略家だった。そして、見ての通りの"猫馬鹿"である。

 その為、付いた通り名は「旅猫」。俺だけ全然強そうじゃないと零しながらも、満更でもない様子なのは、やはり猫馬鹿だといえる。

 ちなみに俺は「首狩りの"龍"」と呼ばれるようになった。本当は"首狩り"でなく、"最強の侍"の名が欲しい為、まだ満足はしていなかった。

 俺たち三人は「地獄の番犬」と呼ばれ無法地帯の連中を震撼させていたが、一部の間では「美男子三銃士」とも呼ばれ、人気があったそうだ。


 二人とは殆ど毎日行動を共にしているが、手を組んでいるだけで特別仲間とは思っていない。

 ただ金の割当で揉めることは多々あっても、一緒に居て息苦しくない連中だった。

 確かにあの家にいた頃は食う物も寝る場所も保証されていたし、身の危険を感じることも無かった。しかし、それでもあの家には息苦しさがあった。勿論あの家に戻りたいとは微塵も思わなかった。


 生きていく為に賞金首を狩り、金を稼ぎ食いつないでいく。そんな日々を過ごしている内、俺は二十になろうとしていた。


 ***


「よう、"(りゅう)"」


 路地裏から出た途端、声をかけられた。

 その声に足を止め振り返る。材木に紛れて気が付かなかったが、積み上げられた材木の上に黒髪の青年が座っていた。俯いているため前髪がかぶさって、表情は見えない。

 ちなみに身に纏っている着物の白地に付いた、赤い斑点模様は返り血によって染められたものらしい。

 それにしても相変わらず気配を隠すのが上手い。


「おう。瑠威翔(るいと)か」


 俺が答えるとその青年、吉備瑠威翔(きびるいと)が顔を上げた。

 血を抜かれたかの如く青白い顔に、墨で描かれたように目の下にくっきりと刻まれた隈さえなければ、俺達三人にも引けを取らない美青年だった。


「お前、今月何人殺った?」


 瑠威翔が"何らか"の骨をしゃぶりながら問いかける。


「十ってとこだ。瑠威翔、お前は?」

「ククククッ……またお前の勝ちだな。俺は八だ。ほら、やるよ」


 瑠威翔が投げて渡した麻袋は、水分を含んでずしりと重たかった。


「なんだよ、これ?」


 大方の予想は付いていたが。一応、聞いてみる。


「今日、狩ってきた奴らの首だ。雑魚ばかりだから、大した金にはならねぇけどよ」


 瑠威翔のしゃぶっている骨がボリッと不気味な音を立てる。


「おう、ありがとな」


 ずしりと重みのある麻袋を肩にかけ、とりあえず礼を述べた。


「強盗、強姦、殺人……こいつらのやってきた罪と比べたら、俺らの方がまだまともにみえるな」


 瑠威翔は唇を触りながら呟くと、にやりと笑ってみせた。その笑みに若干の薄気味悪さを感じた寒咲と筑紫は、ごくりと生唾を飲んだ。


「じゃ、またな」


 そう言って瑠威翔はしゃぶっていた"何らか"の骨を地に吐き出し、その場を後にしたのだった。


「ひぇ〜、相変わらず、あいつイカれてるぜ……」


 瑠威翔の背中を見送りながら、寒咲がそっと呟く。


「あいつに目を付けられたら、骨まで残らないみたいだしな……」


 瑠威翔の吐き出した骨をちらりと見ながら筑紫が言った。


「まじかよ。極力、あいつとは関わりたくねーぜ」


 そんな二人の会話を耳にしながら俺は黙って歩いていた。


 瑠威翔とは一度、領地争いの時に一戦交えたことがあった。

 俺達三人相手にも一切動じることなく刀を振るう様は、常識外れの無法地帯でも特に型破りだった。

 寒咲と筑紫が脱落していく中、俺と瑠威翔だけは最後の最後まで一騎打ちを止めなかった。

 戦いは三日に渡っても決着はつかず――お互いに相打ちという形で力尽きたのだった。

 それ以降、互いの強さを認めあった仲。瑠威翔は俺にとって初めての(ライバル)となった。新密に言葉を交わすような間柄ではないが、双方の間に言葉など必要なかった。


 ただ瑠威翔の身の上はよく知らない。瑠威翔だけでなく、寒咲も筑紫もここにいる連中は皆そうだ。

 餌に群がる鳩や雀のそれと同じように、自分のことに精一杯で他人まで気にかけている暇などない。それにここにいる者達は何らかの事情を抱えている者ばかりなので、わざわざ聞き出すような野暮な真似はしないのだ。

 身分の違いで他人の顔色を伺うような生き方より幾分ましだった。


 ***


 下街にて換金を終えて腹を満たした後、下街と無法地帯を区切る運河の河原で一休みすることにした。

 あれほど降り注いでいた雨も、今では嘘のように晴れ渡っている。


 寒咲は濡れた着物を乾かすべく、芝生の上に大の字に寝転がると、そのままいびきをかいて眠ってしまった。

 筑紫の方はその辺の草で、猫をじゃらしている。ちなみに以前、気まぐれで猫に手を伸ばした所、鋭い爪をお見舞いされたことがあった。それ以来、猫には触れないようにしている。


「龍二くーん!」


 その時、辺りに響き渡るように大きく、名を呼ぶ澄んだ声。慌てて振り返った先には、土手の上から声に負けじと大きく手を振る娘の姿。

 その声に寝ていた寒咲も起き上がった。


「おっ、"龍二のオンナ"が来たぞ!」

「相変わらず、熱々だなお前ら」

「うるせーな」


 からかうような口調で言ってくる二人を軽く睨みつけて腰を上げた。

 いちいちあれこれ詮索されるのは面倒だし、一刻も早くこの二人の視界から外れたかったのだ。


「いーな、俺も女欲しいぜ〜、なぁ、お前もそう思うだろ?」

「うーん、俺は凪々がいるから別にいいや」

「お前ってほんと猫馬鹿だよな」


 そんな二人の会話を背中越しに聞きながら、俺は土手の上まで一気に駆け上がった。

 待っていた彼女を前にしても、俺は無意識に頭を掻きながら若干ぶっきらぼうに言った。


「お前。皆の前で呼ぶなって言っただろ」


 少し強がって見せただけなのだが、彼女の顔はみるみるうちに不機嫌になっていく。


「なによ! せっかく"おはぎ"を作って持ってきてあげたのに! 文句を言うならあげないから!」


 そう言って、ふんと顔を背ける彼女。

 それは少し卑怯ではないか。いや決して、食い意地が張っているわけではないのだが。

 背を向けてさっさと歩いて行く彼女の後を慌てて追いかけるのだった。


 彼女の名は四葉(よつは)。歳は俺の一つ下だ。感情をあまり表に出さない俺とは対象的に、喜怒哀楽のはっきりとした女だ。

 そして瑠威翔とは真逆で、こちらは眠っている間以外は四六時中喋っている。世の女は大抵がそうなのだろうが、それにしてもよく喋る。

 元々口数の少ない俺が曖昧な返事をしようものなら、真面目に聞いているのかと叱責され喧嘩になることもしょっちゅうだった。


 今の時期は心地よい気温で、河原の桜並木は桃色に色付いている。今だけの特別な情景を楽しみながらしばらく歩き、一本の桜の木の下に腰を下ろした。満開までには、あと数日という所だろうか。

 四葉と会う時は大抵この場所だ。思えば初めて出会った日も、此処だった――


 俺が無法地帯に来てから一年が経とうとしていた頃か。換金の帰り、辺りも暗くなってきた河原を歩いていた時だ。

 通りがかった茂みが何やら動いているのと、くぐもったような声が聞こえきた。

 気になった俺はその足を止める。そこで目撃したものは、男が娘に馬乗りになって口を塞ぎ乱暴しようとしていたのだ。

 俺にとってはその男が賞金首だったこともあったが、女が襲われているのを見過ごす訳にもいかなかった。


『何してる!』


 近付くと男は俺の顔を見た瞬間、腰を抜かしたように後ずさりし始め、そのまま逃げ出した。俺が賞金首狩りだと知っていたのだろう。

 このまま獲物を逃がすのは惜しい気もしたが、この娘を放って後を追うのも躊躇われた。

 彼女は薄らと目に涙を浮かべていたが、泣くまいと唇をきゅっと結んでいる。着物は乱れてはいたが、決定的な事まではされていないようだった。


『……立てるか?』


 彼女の方は見ずに手を差し出す。

 彼女は躊躇しながらも、その手を掴んで立ち上がった。と、同時に俺の胴に手を回しぎゅっとしがみついてきた時には、流石の俺も動揺を隠せなかった。

 だが、その手を振りほどくことは出来なかった。彼女の手から震えているのが伝わってきたから。

 よっぽど怖い思いをしたのだろう。当然だが。

 彼女が落ち着くまで暫くそのままにしていると、力強くしがみついていた手が緩んでそっと外された。

 彼女は一瞬俺を見たが、顔を赤くして俯いたまま黙り込んでしまった。


 そもそも何故こんな無法地帯に女が一人でいるのかと問いかけた所、何でも母親の墓があるのだと言う。

 気になり更に話を聞くと、母親とは幼き頃に死別。父親はお役目御免になった元侍で、酒と博打に溺れた挙句、その借金を返す為に一人娘を売ろうとするような屑野郎だったらしい。

 危うく売られそうになった所を、当時何かと気にかけていた商人の爺さんに使用人として引き取られ、その後は実の孫のように可愛がってくれたらしい。

 何年かしてその爺さんも亡くなり店を畳み、今は別の店で働きながらその家で一人で暮らしているようだ。

 しかし父親の借金のせいで墓まで取り上げられ、こんな無法地帯にまで移すしかなかったようだ。

 どこにでも屑な親というものはいるものだが、それにしても墓まで取り上げるとは酷い話だった。


 ただそれでも、こんな無法地帯を女一人で歩かせるのは危険だ。

 そこで考えた挙句、自分でも驚いたのだが、彼女が墓参りに行く時は俺が護衛に付くと、自ら申し出たのだった。

 いつもなら他人のことに干渉しない(たち)なのだが、何故かこの時ばかりは彼女のことをこのまま放っておくことが出来なかった。

 互いの境遇に近いものを感じていたからだろうか。


 彼女も驚きの表情を隠しきれてはいなかったが、それを承諾したのだった。

 初めの頃は、まだ彼女も警戒して殆ど会話も無かったのだが、俺に下心が無いと分かると徐々に打ち解け、こっちが話さなくても向こうから勝手に話し出すようになった。

 更には墓参りの時以外にも、しょっちゅうこの無法地帯まで訪れるようになったのだった。


『お前、あまり一人で出歩くなよ。危ないだろ』


 見かねた俺が警告するも、彼女はあっけらかんとした様子で言った。


『大丈夫よ。だってその時は龍二くんが助けに来てくれるでしょ?』


 屈託のない笑顔を向ける彼女に危機感のない奴だと呆れながらも、頼りにされていることは嬉しく思った。


 距離は次第に縮まっていき、互いに窮屈さを感じない。それどころか一緒にいて安心できる間柄だった。

 そんな二人が恋仲へと変わっていくのに、そう時間はかからなかった――


「どう?」


 口いっぱいに広がる程よい甘さの餡子。その幸福感に浸りながら淡々とおはぎを口に運ぶ俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる四葉。


「ん、うん」

「なによそれ。美味しいかどうか聞いてるのに」


 睨むような目付きで眉を寄せ唇を尖らせる。

 どうして女というやつは、すぐに感想を求めたがるのか。明らかに減っている量を見て少しは察してもらいたいものだが。


「ああ、美味いよ」


 俺が答えると途端に笑顔になり、でしょ。と得意げに笑った。

 全く面倒な女だと思うが。それでもこの笑顔を見れるなら何だって出来そうな気がした。

 初めは他人行儀だったのが、今では想像も出来ない程だ。春夏秋冬を共に過ごし、気が付けば隣に居ることが当たり前に感じていたのだった。


 最強の侍になる。その夢を忘れたわけではない。ただ元々は父と兄を見返すために定めた、言わば目標みたいなものだった。

 そんな漠然とした夢を、何をどうすれば叶えられるのか。分からずにただ何となく日々を過ごしていた。

 それでも充分満足している。これ以上は望まない。ただこんな毎日が続けばいいと思っていた。

 このまま行けば、別の生き方もあるかも知れないと。そう思い始めていた――


「ねぇ、龍二くん」

「なんだ?」


 だが、そんな俺の人生を大きく変えることになるとは。この時の俺はまだ知る由もなかった。


朱雀(すざく)って知ってる?」


 彼女の一言によって。

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