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S.A.K.U.R.A.~蒼の魂~  作者: 猫人間
【第参章】結
PR
70/70

その拾捌―選択―

さーて、今週の〇〇さんは……

・龍二乱入

・新人調教

・変態現る

の三本です♪

うふふふふふふε( o´<`o)3

「俺の名は龍二! お前、今この場で俺と勝負しろ!」


 突如現れた青年こと、衣笠龍二は人混みを押し退け舞台へ上がると滝野を指さした。

 すぐさま滝野の前に踏み出し臨戦態勢を取る西法寺(さいほうじ)


「へぇ〜、飛び入りかい? いいね。そういうの嫌いじゃないよ」


 その後ろから滝野が面白そうに顔を出した。


「ちょっと君ね、そういうことは他所でやってくれ――」

「――うるせぇ!」


 龍二は自身の刀である御室有明(おむろありあけ)を抜き、西法寺にその切っ先を向ける。

 それまで諭すような笑顔を見せていた西法寺から、それらが消える。


「おい! お前何勝手なことしてんだ!」


 突然の乱入に加えて無礼な態度に、怒りを露わにしながら咲耶(さくや)がやって来る。

 元々つり上がった鋭い目を更に釣り上がらせ凄まれると、どんな強面でも臆してしまうだろう。


「うるせぇ、部外者は引っ込んでろ」


 しかし龍二は怯むどころか、今度は刀を咲耶の方に向けて舌打ち混じりに言い捨てた。


「ああ!? てめぇ誰に向かって口聞いてんだこの野郎! 部外者はお前の方だろうがよ!」


 当然、火に油。もはやその目は三角に近い。顔を真っ赤にさせ頭上からは今にも煙が上がりそうだ。


「おいおい、咲耶! 一緒になってどうするんだ!」


 バタバタと烈火の如く怒る咲耶の肩を押さえる四季(しき)が引きずられる程の勢いだった。

 そこへ、この状況にも動じることなく小松が歩いてきた。


「咲耶。とりあえずお前は落ち着け。そしてお前は今すぐ(それ)を下ろせ」


 仏頂面を一層際立たせて、咲耶と龍二を交互に見ながら言った。


「俺はそいつと決闘するまでは、ここから動かないぞ」


 龍二は刀を構えたまま、滝野の方に目をやった。


「ふーん、そんなに俺と決闘したいとは光栄だね。けど、威嚇の為に易々と刀を抜くのは軽率だと思うよ」

「生憎、育ちが悪いもんでね」

「ま、俺の方は決闘を受けても良いんだけどね」

「それはこの者の要求をのむことになる。よって認められない」


 ちょっとした好奇心で滝野が提案するも、小松の淡々とした口調で拒否された。


「まあ、つまみ出すのは簡単だが……ここは一つ、俺達と勝負してみるか?」


 小松の言葉に観客達がざわめいた。


「あんたら朱雀の一員か?」

「てめえ! どなたに向かって口聞いてんだ!! 朱雀(すざく)の三銃士を知らねぇのか!!」

「知らねぇ。興味もねぇ」

「はぁ……無知とはこのことか……だが、しかし」

「我々も舐められたものだな」


 正直気乗りはしないが仕方ないな、という様子の小松と西法寺。


「こうなりゃ骨の髄まで思い知らせてやろうぜ!」


 そして誰よりもやる気な咲耶が、指をポキポキと鳴らしながら言った。

 その咲耶の肩を掴み、引き止める四季。


「まあ待て。お前は考え無しに暴れ回るからな。この会場が消し飛んじまうだろ。ここは俺に任せてな」


 咲耶は不満そうだったが意外と大人しく引き下がった。顔は穏やかでも、その言葉に逆らえない何かを感じ取った為である。


 朱雀の三銃士直々の戦闘とあって、帰りかけていた観客も再び集まり始めていた。


「あの三銃士の戦いを間近に見れるなんて感激だな!」

「龍二っていやぁ、あの最近噂になってる無法地帯の輩だろ?」

「あの子中々美形だわ〜」

「そういやぁ、あの”龍の都”に住んでる衣笠本家の次男も龍二って名じゃなかったか?」

「けど、あそこの次男は死んだって聞くぞ? どうせ人違いだよ」


 観客の中では、そんな会話もちらほら聞こえてくるのだった。


「あの馬鹿、何やってんだ」

「何か企んでそうではあったけど、まさかこんな大それたことをね……」


 寒咲(かんざき)筑紫(つくし)も目を丸くさせ開いた口が塞がらないようだ。


「だけど、悔しいことに龍二は俺らの中でも一番強いしな。もしかすると一人くらいは倒せるんじゃねぇか?」

「さてね。龍二の能力は俺達が一番よく分かってる。ここは朱雀の力を拝見させてもらうとしようか」


 龍二と対面して、小松を真ん中に西法寺と四季が両脇に立った。


「俺達三人の内、誰か一人にでも”一太刀”当てることが出来たら、望み通り決闘を認めてやろう」


 小松はそう言って懐から瓢箪状の瓶を取り出した。瓶の中には黄金色の砂が入っている。


「制限時間はこの砂が全て落ちる迄だ」


 砂の量から、時間にして約九町(※一キロメートル)を走りきるくらいだろう。


 全員倒すどころか、たった一太刀浴びせるだけでいいのか。何だか拍子抜けしてしまう。


(こいつら俺を舐めているのか?)


「どうした? 受けるのか? 受けないのか?」

「勿論、受けて立とうじゃねぇか。言うまでもないが手加減しねぇぞ」

「当然だ。寧ろ我々を殺す気で来なければ、かすりもしないぞ」

「分かったよ。じゃあ遠慮なくいかせてもらうぜ」


 龍二は宣言すると刀を構えた。

 三銃士の三人は腕を組んで立ちはだかる。


「それじゃあ、よーい……初め!!」


 咲耶が合図と共に瓶を逆さにする。黄金色の砂がさらさらと落ちて時を刻む。


 相手が朱雀ならば最初から全力を出すまでだ。

 龍二は目の前にいる小松目掛けて突進して行った。


凜々(りり)ー!!」


 名刀、御室有明から勢いよく放たれた荒れ狂う斬撃に、相手のみならず周りも巻き込み吹き飛ばす。筈なのだが――龍二の体は宙に浮いていた。


「ッ!?」


 龍二の体は弧を描くように回転し、受け身も取れずドンと背中から地面に叩きつけられた。


 ――何が起きた!?


 速すぎて状況を飲み込むまで数秒掛かった。

 着物の胸元が緩んでいるところを見ると、突進したと同時に素早く胸ぐらを掴まれ宙に放り投げられたのだろう。


「何だ。もう終わりか?」


 小松は腕を組んだまま言った。見ると元いた場所から一歩も動いていなかった。


「くそっ……!」


 刀を持ち直し、上体を起こすと小松の足元を薙ぎ払う。

 素早く小松は後ろに飛び退いた。


「チッ!」


 龍二は立ち上がると、今度は目先にいた西法寺に向かって斬り掛かった。


射威刃喰(しゃいにんぐ)!!」


 ――バリバリ!!


 真正面から振り下ろされた斬波は眩い火花を散らし、地に稲妻型の亀裂を入れた。

 しかし目先に捉えていた筈の西法寺の姿が何処にもない。


「――消えたッ!?」

「何処を見ている?」

「うッ!!」


 いつの間にか背後に回り込まれていた西法寺に、背中を蹴り倒される。

 顔面から倒れ、口からは土混じりの血の味がした。


「口程にも無いな……」


 やれやれといった様子で西法寺が言った。


「なんというか、勢いだけだな。お前は」


 頭上から穏やかながらも言い捨てるように四季の声がした。

 挑発的な言葉に、龍二は怒りに震えながら上体を起こして四季を睨みつけた。


「そう睨んでる暇があったら早いとこ当ててみろ」


 龍二はふと瓢箪状の瓶を見た。中の砂は早くも残り半分を切っている。


「畜生! 馬鹿にすんな!」


 龍二は立ち上がると刀を構え、四季へ走り寄った。

 素早く刀を振るうも、それは空を切った。


(何なんだよこいつら速すぎる……!)


 すかさず連続で右に左に、刃を薙ぎ払うが四季はいずれも身のこなしだけで避けてみせる。


(俺はこんな所で燻っている場合じゃねぇんだ!)


 何がなんでも爪痕を残す。そう彼女に誓った。それなのに爪痕を残すどころか、素手相手にまともに刀を振るう事も出来ない。

 焦れば焦るほど刀は虚しく空を切るばかりだった。


「そう闇雲に刀を振るうな」


 その矢先、龍二の踏み込んだ右足に、四季が足を掛けて払った。

 刃を当てる事ばかりに注意がいき足元が散漫になっているところを突かれ、均衡を失った体はドンと勢いよく地に打ち付けられた。


「終わりだ」

「うっ……!」


 四季に頭を押さえ付けられ、じたばたするも体は地面から離れなかった。


「終了ー!!」


 見ると中の砂は全て瓶の底に溜まっている。呆気ないほど勝負は着いたのだった。


「ほら、行くぞ」


 四季が龍二の腕を掴んで立たせると、そのまま舞台袖まで連れて行く。

 龍二は特に抵抗もせず放心状態に近かった。


(何も出来なかった……)


 最強とまではいかなくとも、それなりに腕の立つ方だと自負していた。強豪達と並ぶほどだと。

 しかし、実際はその足元にすら追い付いていない。こんなにも最強への道は遠い。

 これが最強。これが世界。

 この国に居る限り最強の侍にはなれない。この国から出ることすら出来ない。出ることが出来ないから強くなれない。嫌な悪循環だ。

 もはや最強の侍になる夢は絶たれたのか。こんな、こんな――


「こんな屈辱は初めてだって?」


 その時、舞台を降りる手前で声をかけたのは滝野だった。


「いや、なんかそんな顔してたからさ」


 腕を組みながらすました顔でいう様は、龍二の神経を逆なでする。


「何が言いたい?」


 龍二は頭に血が上ってくるのを必死に堪えながら滝野を睨んだ。


「確かに君はこの国では腕の達つ方なのかも知れない。だけどね。甘いよ。君はまだ”世界”を知らない」


 その時、龍二の中で張り詰めていた糸がプツンと切れた。


「お前に何が分かるんだ!!」


 四季が止める間もなく掴まれていた腕を振り払うと、収めていた刀を抜き滝野に斬り掛かる。

 滝野もすぐさま自身の刀、松前愛染(まつまえあいぜん)を抜き放ち、振り下ろされた刃を受け止めた。

 二つの刃から小さく火花が散った。


「こら! 勝手に戦闘を始めるな!!」


 四季が怒鳴るが、龍二は聞く耳も持たず怒りのままに刀を振り続けた。

 龍二の愛刀、御室有明と滝野の愛刀、松前愛染は互いにキンキンと甲高い金属音を立てながら弾かれ合う。


「へぇ〜、やっぱり君の刀も業物のようだね。どうやら”松前一派”と、君の刀とでは相性が悪いみたいだ。互いに力を打ち消し合ってしまうみたい。こんな刀初めてだ。面白いね〜」


 一方の滝野は次から次へと繰り出される刃を全て受け止めながら、興味津々の様子で口を動かすのも止めない。どうやら話の片手間で戦闘しているようだ。


(俺はまともに相手にすらされていないということかよ。ふざけやがって!)


 刀を持つ手に力が篭もる。なんとか隙を突きたいところだが、ああ見えて滝野には一瞬の隙もない。

 いつまでも張り合いのない攻防続きに、次第に龍二の息も上がっていく。


「確かに君の刀は素晴らしい。だけど残念だよ。持ち主がそれに伴ってないようじゃあね」


 そう言うが否や滝野はくるりと刃を峰に返し、一瞬の隙を突いて龍二の肋へ打ち付けた。

 一瞬息が詰まる程の激痛に龍二は肋を押さえ蹲った。


「悪いけど、君を対等とは認められないな」


 勝ち誇ったように告げる滝野。その滝野を見上げ睨み付けると再び立ち上がった。


「あまり動かない方が良いよ。多分、肋骨何本かイッちゃってるから」

「うるせぇ……負けっぱなしで終われるかよ……」

「諦めないといえば聞こえはいいけど、君の場合は往生際が悪いな〜」


 滝野は呆れながらも、どことなく楽しそうだ。

 息をするだけでも激痛が走るが、なるべく息を浅く吐きながら、龍二は眼光の先で滝野を捉えると両手で柄を掴んで構えを取った。

 今出来る最大級の技。これに全てを掛ける。


「あの構え……何かする気だね。面白い。見せてもらおうか」


 龍二は大きく刀を振りかぶり叫んだ。


龍紋(りゅうもん)多岐(だき)!!」


 龍二の体はその負荷に耐えきれず吐血したが、その太刀から放たれた凄まじい太刀風は渦を巻いて滝野の方へ迫る。


「へぇ〜、これは面白いね」


 迫り来る竜巻に滝野は笑みを浮かべると、松前愛染を振るった。


黒璃空(ぐろりあ)!!」


 その太刀風は龍二の倍以上に凄まじく、瞬く間に渦を飲み込み消し飛ばしてしまった。


「そんな!?」

「ほらほら、よそ見してたら駄目じゃないか?」


 いつの間にか目の前に来ていた滝野は峰打ちで龍二の刀を叩き落とすと、刃を目の前に突き立てた。


「殺せよ」


 龍二は投げやり気味に言った。


「そんなことしないよ」


 滝野は困ったように微笑み松前愛染を鞘に収めると、落ちている御室有明を拾い上げる。


「まあ俺の相手には乏しいけど、中々楽しかったよ。これで終わりにしよう」


 そう言って龍二に御室有明を差し出した。

 その瞬間、龍二はそれを奪い返すように取り上げ、滝野目掛けて無茶苦茶に斬りかかった。


「わあっ! わあっ! 危なッ――」

「勝負は既に着いてる。これ以上は恥を晒すだけだ」

「――ッ!?」


 その時、頭上から諭すように低い男の声がした。

 足音どころか気配すら全く感じなかった。それは瞬間移動でもしない限り不可能だ。


(なんだ? 動かねぇ!?)


 刀を振り上げた手は、そのまま石化したように幾ら力を込めても微動だにしない。龍二は首を傾けて後ろを振り返った。

 背後には頭部に深々と刻まれた二本の傷跡。そして両眼共に漆黒の眼帯を当てた男が、龍二の手を掴んで立っていたのだった。


「な、なんだお前! 離せ! こいつだけは許さ――」

「手荒な真似はしたくなかったが……」


 言い終わらぬうちに、男は龍二の腕を捻り上げた。


「痛ッ!!」


 強く掴まれた手首の痛さに思わず声を上げた刹那、首筋に鈍い衝撃が走る。そして龍二の意識はそこで途切れた。


「おい。この坊主、救護室で寝かしてやれ」


 男に言われ四季と咲耶が駆け寄ってきた。


「篤士さん! いつの間に!? つーか、今まで何処に居たんすか!」

「まあまあ、話は後だ。それよりも先に彼を運ぶぞ」

「ったく、好き勝手暴れやがって」


 二人は気を失い倒れている龍二を抱え運んで行った。


「あ、貴方が……あの伝説の侍……!?」


 滝野はその男、紅鶴(べにづる)篤士(あつし)を見て何度も目をしばたかせる。

 紅鶴はそんな滝野を一瞥すると、凛とした表情で言った。


「確か鷹寛と言ったな。正式に朱雀に入ったからには、生半可な気持ちでは務まらないぞ。覚悟は出来ているか?」

「はいっ!」


 滝野はビシッと背筋を伸ばし、右手を額に当てて敬礼するのだった。


 伝説の侍の登場に観客達が騒ぐ中、寒咲と筑紫は互いに難しい顔をしていた。


「龍二、あいつ大丈夫かよ?」


 すぐにでも龍二の元へ行こうとする寒咲の肩を筑紫が押さえた。


「待て。今、俺達が会っても何が出来る? 励ましも慰めの言葉も今のあいつには逆効果だろ。ここはそっとしておいた方が良い」

「そうだけどよ……なんか悔しいんだ……あの龍二が手も足も出ないなんてよ……」


 自分が負けた時よりも悔しげに唇を噛み締める寒咲に筑紫が優しく肩を叩く。


「気持ちは分かるさ。俺の知る限りでは龍二はこの国では誰よりも強い。だけど世界相手じゃ、俺達はほんの井の中の蛙に過ぎないってことなんだよ……」


 筑紫の言葉に今度は何も言えない寒咲だった。


 一方、龍二は四季と咲耶に両脇を抱えられ、救護室である天幕の中へ運び込まれた。

 その様子を少し離れた木の影から伺っている者が居た。白と青の斑模様の着物に背中までかかる黒色のちぢれ髪。あの時、姿を消した筈の能面だった。


「ふーん……面白いね……かれ……」


 その者は落ち着き払った声で呟くと、そっと顔の能面を外した。

 その面の下は、白く透き通った美肌。切れ長の双眸。筋の通った鼻。全てが整った顔立ちの男だった。


 男が場所を変えようと歩き出した時、会場の撤去の為に準備していた若者とすれ違った。

 その際、山積みに木材を抱えた若者は前が見えずに、男とぶつかってしまった。


「痛てっ!」


 カラカラと音を立てて辺りに木材が散らばった。


「あっ、ごめんね〜、大丈夫?」

「こちらこそ前を見てなくて、すいません」

「そっ、怪我しなくて何よりだよ」


 男は軽い口調で話しながら、散らばった木材を拾い集めると若者に渡した。


「ありがとうございます」


 ところが男は差し出した木材を離さない。男は若者に顔をぐっと近付けてこう言った。


「ところで、きみには夢があるかい?」


 いきなり突拍子な質問に、若者は怪訝な顔をした。一時考えるような間が空いた後、若者は自信を持って答えた。


「俺のは……夢じゃないな。今はこんな仕事してるけど、いつかは小説家になってみせる。あとは子供の成長を見届けること。嫁と死ぬまで添い遂げること。全部叶えてみせるさ。だから夢なんて言葉で終わらせるつもりはない」

「ふふっ、強欲なんだね〜、いいね。そういうの嫌いじゃないよ」


 男は切れ長の双眸を更に細めた。そしてようやく木材を離すと、更に左手に持っていた能面を差し出した。


「そんなきみに。はい。これあげるよ」

「は?」

「きみも中々面白いけどね」


 そう言って若者に手を伸ばすと、そっと頬に手をあてがった。

 いきなり会った見ず知らずの男に顔を触られ、若者は身の毛がよだつのを感じた。


「残念だ。たった今、非常に興味深いものを見つけてしまったからね」


 男は手を離すと、口元を引き上げ意味深な笑みを浮かべたのだった。


 ***


「うっちー、なんか顔色悪いけど大丈夫か?」

「いや何でもないっす」


 数時間後、すっかり人気もなくなった会場は、若者を含めた作業員達の手によって解体され、元の殺風景な広場と化していた。


 二張りだけ残された天幕の中では、仏頂面を浮かべた小松が腕を組んで、新人の滝野と対峙していた。


「お前。さっきのあれ。わざとだろ?」

「あ〜、あれは、彼の刀に興味があったんですよ。中々の業物みたいだし、一度打ち合ってみたいな。ってね。まあ彼自身には別に興味なかったんですけどね」

「は?」


 小松の眉毛がピクリと上がり、顔が一層険しくなる。


「けど彼は自信過剰な所があったので、ここは現実というものを教えてあげようと思って」

「それをお前が教えてやる必要は無い」


 悪びれもせずに、ぬけぬけと話す滝野に小松は苛立ちを滲ませながら言った。


「お前のは正義感というより、興味本位の自己満足だ。自惚れるのもいい加減にしろ。ここに加わったからには、今後お前の身勝手な行動は許されない。朱雀としての自覚を持て」

「す、すいません……」


 小松の厳しい叱責に、風船の空気が萎んだように縮こまる滝野だった。


「おい咲耶!」


 すると小松は、今しがた外から戻ってきたばかりの咲耶を呼びつけた。


「なんすか?」


 頭をガシガシと掻きむしりながらやって来た咲耶の肩に、小松がポンと手を置く。


「お前、今日からこいつの教育係な」

「えー! なんでこのチャラ男と!」

「えー! なんでこの狂犬と!」


 同時に不満の声を上げる咲耶と滝野。


「咲耶。お前はもう先輩だ。今まで教わった分、しっかりと後輩を導いてやれ。そして滝野。お前は朱雀としての認識がまだ甘い。これからみっちり鍛えられるといい」

「まー、小松さんの頼みならしょーがねぇっすね。俺がビシバシ鍛えてやりますよ!」

「えっと……俺、厳しいのはあんま……」

「うるせぇ! 大体、俺はまだお前を完全には認めちゃいねぇからな!」

「えーっ!? ちょっと、お手柔らかに頼みま……」

「うっせぇ! つべこべ言ってねぇで行くぞ!」

「ひぇ〜!!」


 咲耶は問答無用で滝野の首の後ろを掴み、ズルズルと外へ引きずって行ったのだった。


「はぁ〜、全くなんでうちはこう問題児ばかり集まるんだ」


 小松が溜息をつきながら椅子に腰掛けた。

 同感だ。と隣に座る西法寺も苦笑いを浮かべた。


「ははは、随分と賑やかになったものだな」


 そこに入ってきたのは、黒い着物に一纏めにされた腰まではある長い髪。頭に深く被った笠。今朝、龍二とぶつかったその人だった。


(たけ)さん!?』


 小松と西法寺は同時に立ち上がると片膝を着いて頭を下げた。


「観客に混じり試合を見ていたが、楽しませて貰ったよ」


 そう言いながら被っていた笠を外す。整えらた顎髭に、穏やかながらも何もかも見透かしていそうな瞳を持つ、精悍な顔付きの男だった。それは優しくも厳しい印象を与えた。


「ところで、本日より新しく加わる滝野鷹寛という男だが。お前達の目にはどう映る?」


 鴛鴦(おしどり)の問いに二人は互いに顔を見合わせると、西法寺が手を挙げ発言する。


「あ、はい。勝敗は元より、何と言っても彼の剣の腕。冷静な判断力。少々自己中心的ではありますが正義感も強い。朱雀としては申し分ないでしょう。ただ……」

「ただ……?」


 その後は小松が引き継いだ。


「はっきり申し上げますと……”軽過ぎ”ます。これでは朱雀の品質を落としかねません」

「そうかそうか、ククククッ……」


 その言葉に鴛鴦は可笑しそうに笑い声を上げた。


「良いではないか。彼もまた、朱雀の未来なのだ」


 そして咳払いを一つすると今度は真面目な顔付きになる。


「だがもし、彼が間違いを犯しそうになったのなら、その時は我々が正しく導いてやればいい。皆で彼を育ててゆこう。彼は我々の大切な仲間なのだからな」


 そう言って二人に優しく微笑みを向けた。


『はい。分かりました』


 二人は鴛鴦をしっかりと見据え賛意を表する。


「それと、丈さん。惜しくも初戦敗退となった沙藤紅華(さとうこうか)ですが、彼女もキレの良さと剣の腕前は目を見張るものがありました。女性とはいえ有能な剣士であることには変わりありません」


 そう提言する西法寺に鴛鴦は相槌を打つ。


「確かに彼女には、私も将来性を感じた。現在、侍として活躍しているのは男性が殆どだが、これからは女性にも活躍して貰いたい。そこで、新たに女性が活躍する組を作ろうと思ってな。ゆくゆくは彼女にそこの指揮を任せたいと考えている。それまで彼女には候補生として、うちで修行を行って貰おう」

「そこまで、考えていらっしゃるのですね」


 鴛鴦はその者の可能性だけでなく、その先まで見据えている。

 やはりこの方には敵わないな。西法寺はただただ感嘆するばかりであった。


「早速だが、義弘(よしひろ)よ。彼女にこの事を伝えて貰えるか。彼女が快く承諾してもらえたら、我々も歓迎すると」

「御意。早速、伝えに行って参ります」


 西法寺は片膝を着いて鴛鴦に礼すると、駆け足で外に飛び出して行った。


「それから丈さん。吉備瑠威翔(きびるいと)も、滝野と渡り合える程の有能な人材だと思うのですが」

「ああ、私も出来ることならば、是非とも彼にはうちに来てもらいたいがな。しかし、彼は我々の誘いに乗るような真似はしないだろうな……」


 鴛鴦も小松と同様に瑠威翔の腕は認めているようだが、彼の己を曲げない性格も見極めているようだった。


「篤士はどう思う?」

「はい。丈さん」


(いつの間に――!?)


 またも音もなく、鴛鴦の隣に立っている紅鶴を小松は驚愕の眼差しで見つめた。


「我々が強制できるものではないでしょう。道は己で決めるものですから」


 紅鶴の言葉に鴛鴦も同意の意を示した。

 そこへ、駆け込むようにして四季が外から入ってきた。


「小松さん! お伝えしときたいことが!」


 その時、鴛鴦がいることに気づいた四季は慌てて片膝を着いて頭を下げる。


「あっ! 丈さん。いらっしゃっていたとは知らずに、失礼しました」

「構わん。それより話を続けてくれ」

「あ、はい。実は先程まで救護室で寝かせていた例の青年が、目を離した隙に忽然と姿を消しておりまして……」

「そんな奴放っておけ」


 四季の報告に興味がなさそうに小松が言った。


「そんなことよりも、”もう一つの仕事”に取り掛かるぞ」


 小松はそう言って鴛鴦に一礼してから、四季を連れて外へ出て行った。

 二人きりになったのをみて、紅鶴は鴛鴦と話し始めた。


「それともう一人。気になる者がおりまして……」

「ほう、奇遇だな。私も同じことを思っていた所だよ」


 ***


 隙を見て救護室の天幕から抜け出した龍二は、折れている肋を押さえ、なるべく息を浅く吐きながらも小走りで街中を進んでいた。

 いや、”避けている”と言った方が正しい。


「ねぇ〜、ねぇ〜、ねぇ〜!」

「うるせぇ! 付いてくんな!」


 抜け出して少し進んだ所から、妙な男にこんな調子でずっと付きまとわれているのだった。

 男は美形なのだが、それを打ち消してしまう程に異様さが際立っていた。


「さっきの戦いぼくも見てたよ〜、きみ、いいねぇ〜。一言で言えば()()()

「は?」

「あぁ〜、その氷のような冷たい態度も……いいよぉ〜。惚れ惚れしてしまうよぉ〜」

「悪いが変人に好かれる趣味はねぇ」

「惚れる対象に男も女も関係ないだろ?」

「知るか。お前の自論に付き合ってる暇はねぇ!」


 今すぐにでも追っ払いたい所だが、人目が付く場所で騒ぎを起こすのも何かと面倒だ。

 龍二は何とか撒こうと足早に進めているうちに、いつの間にか下街と無法地帯の間の河原まで来ていたのだった。


「付いてくんなって言ってるだろッ!!」


 ここまで来てもまだ付きまとう男に、龍二は遂に腰の鞘から刀を抜き放った。

 しかし、男は表情を変えることなく笑みを浮かべたままだ。


「いいね。きみのその硬く立派な鋭い刃で、ぼくの奥底まで貫いてみせておくれよ」

「気持ち悪ぃんだよ! 変態野郎!」


 龍二は痛みを堪えながら男に向かって振りかぶった。


 ――カン!!


 その刃は男の目先で止まる。


「いいね。凄くいいよ」


 男は刃を三尺程ある刀を収めたままの鞘で受け止めてみせたのだった。


(またかよ……)


 負傷しているとはいえ、こう何度も攻撃を防がれると、龍二の精神は崩壊数前だった。

 龍二は力なく刃を離すと鞘に収めた。


「あれっ? 止めちゃうの〜?」


 男は残念そうな顔をしながら、再び腰に鞘を差した。

 その時、柄の部分が赤いことに気が付いた。


「お前、まさか……」


 白と青の斑模様の着物。背中までかかる黒色のちぢれ髪。顔が分からなかったので気付くのに遅れたが間違いない。


「初戦で戦ってた能面か!?」

「見ててくれたの? 嬉しい〜。じゃあ、ぼくたちもう知り合いだね。()()()()〜」


 あの異様な空気を漂わせていた能面の中身がこいつだったとは。今は別の意味で異様だが。


「能面が俺に何の用だ?」

「だ〜か〜ら〜、きみに惚れたって言ってるじゃないか」


 性癖はともかく、あの試合の様子からして剣の腕前は間違いなく格上だ。


(そんな奴が何故、俺なんかに)


「それにしても、きみの刀はこう、なんというか……そう! 猪!」

「はあっ?」

「猪みたいで、とても可愛げがある」

「てめぇ、どこまで馬鹿にしてんだ!!」

「うーん、その突き刺さるような冷たい瞳。あぁ……凄く良い。惚れ惚れしてしまうよぉ……」


 男のねっとりと絡み付くような言い回しに龍二の嫌悪感が更に増してきた。


「ねぇ〜、ところでさぁ〜」

「なんだ変態野郎」

「きみ、ぼくの”弟子”にならないか?」

「は?」


 ***


「龍二くん!」


 突然の聞き慣れた心地よい声。振り返ると向こうから四葉が駆けて来るのが見えた。


「四葉!? どうして!」

「きっと、ここだろうって……」


 かなり走ってきたのだろう。四葉は顔を真っ赤にさせながら荒く息を吐いている。


「ごめんなさい、お店があったから選抜戦は見に行けなかったのだけど。街の人が噂してたから……龍二くん大丈夫なの!?」

「へぇ〜、きみ。可愛いねぇ~」


 そんな四葉を、男が舐めるように見つめていることに気が付いた龍二は、急いで四葉の傍に寄った。

 こいつ女にも興味あるのか。まあそれが普通なのだが。


「龍二くん、こちらの方は……?」

「ただの変態だ。四葉こいつには近づくな」


 龍二は男から四葉を隠すように立ちはだかった。


「ねぇきみ。ぼくの女にならないか?」

「てめぇ! さっきからふざけてんじゃねぇぞ!」


 龍二の剣幕に男は両手を合わせて、へらへらと笑いながら平謝りした。


「ごめんごめん。冗談だよ。この娘はきみの女だろ?」

「だったらどうした!」

「流石のぼくでも、人の(もの)にまでは手は出さないよ」


 そして男は人差し指を唇に当てると怪しげな瞳で言った。


「そんな幸せなきみに一つ、特別に情報を教えてあげる。きみも知っての通り、今朱雀の連中が入国しているだろ? 表向きは選抜戦で仲間を加える為としているが……真の目的はこの国の視察。この国の秘密を丸裸にしようという魂胆さ。なんかやな感じだろ〜? ぼくは(まさぐ)るのは好きでも、(まさぐ)られるのは趣味じゃないんでね」

「そんなこと俺の知ったことか」

「ふふっ、きみならそう言うと思ったよ。……だけどね。情報は最強の武器だよ」


 そう言って男は人差し指を龍二の方に向けた。


「きみは確かに剣の腕はある。だけど、まだ足りない。それは”情報”だ。まあ無理もないさ、こんな閉ざされた所じゃあね〜」


 それに龍二は何も言い返すことが出来なかった。

 そんなことは今日痛いほど思い知らされた。

 この国にいる限り、最強の侍など夢のまた夢だ。


「そんな訳で、ぼくはしばらくこの国を発つつもりさ」


 この男、探られると何かやましい事でもあるのだろうか。確かに秘密は両手では数え切れないほどありそうだ。


「お前が何処に行こうが知ったことじゃないが。出るのは不可能だろ。お前だって知ってるはずだ」

「いや出来る。いつ何時も、何処へだって行ける。ぼくの”権力”を使えばね」

「なんだと!? 貴様一体何者なんだ」


 ふふっ、と男は意味深な笑みを浮かべると、刺すような眼で龍二の方を見据えて言った。


「そこで、提案なんだけど。きみ。ぼくと共にこの国を出るつもりはないかい?」


 龍二は一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 あまりにも唐突すぎて、理解が追い付かない。

 出る? この国を? 一生不可能と思っていた。この閉ざされた世界から。

 一度は潰えたと思った夢に少しでも近づくことが出来るのか。

 得体の知れない奴からの提案だが、例え罠だったとしてもこれを逃したら、もう二度と機会は巡ってこないかも知れない。

 たった今、伸ばされている機会を掴むのか――


 黙りこくっている龍二に、男は微笑を浮かべる。


「どうやら迷っているようだね。無理もない。じっくり考えるといいよ。……だけど、これだけは忠告しておくけど……」


 その時、男の表情からそれまでの笑みが消え、いつになく真剣な顔付きになった。


「きみ。仮にも世界最強の侍を目指すというのなら――」


 話しながら男は龍二の後ろにいる四葉の方に目を向けて、再び龍二の方を見て言った。


「守るものは持たない方がいい」


 その言葉は矢で射抜かれたように龍二の胸に深く突き刺さった。


「なっ!? なんで、なんであんたにそんなこと……」

「守るものがあると、人はどうしてもこの世に未練が生まれる。最強になるということは、常に死と隣り合わせになるということなんだよ」

「俺は、俺は死など怖くは――」

「――きみだけの問題じゃない」


 いつものような軽々しい口調は一切なく真剣な眼差しで語る様は、一言一言が鉛のように重く思えた。


「待つ者の心配がどれほどのものなのか、きみは考えたことがあるかい? 遺された者が、どんな想いをするのか……きみは考えたことがあるかい?」


 その問いに龍二は何も返すことが出来ない。

 そもそも自分には守るものなどなかったし、死んで悲しまれる者もいなかった。

 だけど今は違う。

 今ここには四葉という大切な存在がいる。

 命の保証など出来ない中で、この先何度彼女に心配をかけるのだろう?

 自分が死んだら残された彼女はどうなる?

 夢の為なら例え死んでも良いなどと、自分はなんて愚かなのだろうか。


(俺は真に四葉のことを考えていなかったのか)


「しかし、夢が叶わなくとも幸せになる道はいくらでもある。例えば、そこに居る彼女と共に未来を築くとかね」


 そう言って男は少し表情を崩して、二人を見ると優しく微笑んだ。


「さてと、ぼくはもう行くよ」


 そしてもう一度、龍二の方を見据えて言った。


「十日後、ぼくはこの国を発つ。もしも何もかも投げ打ってぼくと共に来る覚悟があるならば。十日後の朝、関所の前に来るといい。その時は、ぼくの付き人として、世の中を見せてあげる。けれど、勿論、これはきみが決めることだ。夢か幸せか。選ぶといい……」


 最後にそう告げると、男は背を向け街の方へ歩き出して行った。


「はぁ〜、それにしても、さすがに暑いなぁ〜」


 ふと男は足を止めると、おもむろに着物を脱ぎ始めた。その中にはもう一着の着物を身に付けていた。上に着ていた安物の生地とは違い、光沢のある高級な生地だ。

 その着物の背の紋章を見た龍二は驚愕した。


「何故、あんたが!?」


 男は振り返ると()()()()()ではなく()()()と笑った。


「それは、きみには関係ないだろ?」

次回もまた見てくださいね〜

ジャンケンポン!( ᐛ )و

うふふふふふふε( o´<`o)3

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