その弍拾肆―虎の尾―
「――それでは、鞍馬」
(――!?)
突如、自分の名が呼ばれるなど、想定していなかった臣が、身構えた。
「お前に、これを――」
鴛鴦の言葉で、横で控えていた紅鶴が席を立ち、一度奥へと姿を消すと、再びある物を持って臣の前へと歩いてきた。
そして紅鶴は臣の前に、ゆっくりと紫色の上質な布で覆われたそれを置いた。
布で覆われているそれは、何やら上が極端に長く、下は真っ直ぐに下りている。外見だけではこれが何なのか判別しかねた。
臣が戸惑っていると、鴛鴦の合図で紅鶴がゆっくりと、その布を捲った――
――それは、黒い台に掛けられた、一本の刀だった。
光沢のある黒い鞘は、一見しただけでもその辺の物でないことは確実だ。
「その刀の名は"虎の尾"。この地、市原虎の尾から名を取った、世界に二つと無い宝刀だ」
予想以上の貴重な刀に、臣のみならず他の仲間達も、思わず目を丸くした。
(そんな凄い刀を、何故俺の前に?)
「鞍馬。お前の刀は、今回の闘いで失ったと聞いた。その刀の代わりにはなれないだろうが、せめてもの俺の気持ちだ。この刀をお前に託したい」
「――ですが……」
「臣。折角の丈さんからの差上物だ。しっかりと受け取れ」
綾人に言われ、臣は緊張で震える手でその刀、虎の尾を手に取ると、ゆっくりと鞘から刀を引き抜いてみせた。
虎の尾――長さ二尺七寸(※八七センチ)。刃は鞘の光沢以上に輝きを放ち、その波紋はその名通り、虎の尾を思わせた。
思わず声を漏らす仲間達。
臣は一通り虎の尾を眺めた後、ゆっくりとそれを鞘に納めた。
「こんな立派な刀、俺なんかには勿体ないくらいです。ありがとうございます」
「――時に、お前程の者が刀を折られるとはな……一体、何者だ?」
「それは……」
鴛鴦の問いかけに、臣は一瞬、言葉を詰まらせるが、一時の間を置き再び口を開いた。
「実は――」
所々言葉につっかえながらも、臣は事の経緯を鴛鴦に話した。
十万もの者達が悪に加担したこと。その黒幕は"山猫"という山賊で、成人にも達していない少年二人だったということ。
「――"山猫"……その名は度々耳にしている。が、その素性は今まで全く掴めなかった。まるで、黒猫が闇に溶けこむようにな……」
鴛鴦はいつになく真剣な顔つきになった。
「しかし……そうか花笠、あの一族にまさか生き残りが居たとは……」
信じられないという表情は一瞬。直後、なにかを察したように重く頷く鴛鴦。
「とにかく、たった二人の少年によって十万もの者達が悪に手を染めた。恐ろしいことだが、これが現実だ」
そこで、鴛鴦は一度言葉を止めると、今度は静かな声で話し始めた。
「しかし、これは俺の想像の域を出ないが……その龍之介という少年。恐らく自分の存在を世に知らせたかったのかも知れないな……彼以外にも、この世には忘れ去られた者達というのは星の数ほど存在する……」
そう話す表情は、心做しか少し悲しげであった。
「その匡孝という少年も、恐らく過去に何かしらの事情を抱えているに違いない。そう考えると、その少年達も、ある意味では"被害者"なのかも知れぬな……」
鴛鴦の言葉に七人も、神妙な面持ちになった。
「こうなる前に止めることが出来なかった。それだけが悔やまれるが――改めてお前達には礼を言う。この負の連鎖を、止めてくれて本当に有難う」
鴛鴦は両手の拳を強く握り締めると、再び頭を下げ、礼を言った。
そして、頭を上げると七人の顔を一人一人見つめて言った。
「恐らくそういう者達は、この先も現れるであろう。しかし、それに屈することなく、今後も世界を守って欲しい。お前達の大和魂でな――」
鴛鴦の言葉に、七人は強く頷いた。
「だから尚更、この刀は鞍馬。お前にこそ、持っていて欲しいのだ。受け取ってはくれまいか?」
鴛鴦は再び、臣を見ると問いかけた。
「お気持ちは有難いです。――ですが……」
鴛鴦の言葉に臣がふと、左腰にしている刀の柄を握りしめる。
「お前の気持ちも分かるが……しかし、それでは戦えぬであろう?」
臣の左腰の刀――千本櫻は闘いの際、山猫兄弟の弟、日暮匡孝の手によって、折られていたのだった。
「そうですが……この刀は――」
千本櫻――故郷を失くした臣にとっては、この刀も形見のひとつなのである。
それは鞍馬家に代々受け継がれてきた名刀だった。
今は亡き父からようやく一人前と認められた時、父の手より渡されたものであった。
その時の気持ちは、今でもこの胸に残っている――
「鞍馬。その刀、よっぽど大切な物なのだろう。しかし、このままでは錆びて朽ちていくだけだ」
分かっている。
この刀――千本櫻は死んだ。
それでも認めたくなかった、自分がいたのだ。
鴛鴦から突きつけられた言葉に、臣はただ口を噤むしかなかった。
「――そこでだ、一人、俺の知り合いに、信用出来る職人がいてな。その者は専属で朱雀の刀の修繕などにも携わっているほど、腕は確かだ。もし良ければ、一度、その刀を見てもらってはどうだ? 何かしらの手は施して貰えるだろう」
「丈さん……」
死んでしまった刀は、もう使えない。その時点で運命は決まっているのだ。
そのことは臣も重々承知の事実だった。それでも意地になっていた自分を鴛鴦は呆れるどころか、提案までしてくれたのだ。
鴛鴦の優しさに触れ、思わず感極まった臣は、声を押し殺し泣き出した。溢れ出す涙が、ぽたぽたと床に落ちていく。
その臣の背中を両脇に居る綾人と直樹が、優しく摩ってやるのだった。
しばらく経ち、臣はようやく落ち着きを取り戻すと、ぐいっと袖で涙を拭い、今度はしっかりと虎の尾を手に取り、左腰の千本櫻と共に差した。
「この刀を受け取った以上、それに見合う侍になります。今後も、三代目の名に恥じぬよう、務めて参ります」
臣はぐっと力を込めて、鴛鴦の目を見据えて言った後、両膝と両手を着き、深々と頭を下げた。
「丈さん! 俺達もまだまだ隊長としては未熟者ではありますが、今後ともこの仲間達と共に、一層精進していく所存でございます」
「何卒、宜しく御願い致します」
綾人と直樹の隊長二人も、臣と同じくしっかりと頭を下げた。
「お、俺らも!」
「た、丈さん」
「僕達も頑張ります!」
健二郎、英莉衣、恭徳の三人は、緊張しながらも頭を下げる。
龍二だけは何も言わなかったが、他の皆に合わせてゆっくりと頭を下げた。その姿勢は、他の誰よりも礼儀正しかった。
「うむ。お前達の心意気。しっかりと受け取った。今後も期待しているぞ」
鴛鴦が優しく微笑みながら、言った。
「長々と時間を取らせてすまなかったな。お前達の顔を一目見れて良かったぞ」
「では、これにて失礼致します」
綾人の言葉で、七人は立ち上がると、鴛鴦にもう一度一礼し、その場を後にする――
「鞍馬」
その時、皆と共に出て行こうとした臣の背中に、鴛鴦が呼びかけた。
臣が立ち止まり後ろを振り返る。鴛鴦は真っ直ぐな視線で臣の瞳を見据えて言った。
「良い"仲間"を持ったな」
(――!!)
臣が後ろを見ると視線の先には、
腕を組んで得意げな顔をする綾人。
優しく微笑む直樹。
それぞれ親指を立てる健二郎と、人差し指と中指を立てて見せる英莉衣。
子犬のように無邪気な笑みを見せる恭徳。
そして誰よりも嬉しそうに、笑顔を向ける龍二の姿。
そうだ俺はもう独りじゃない。
俺には"仲間"がいる――
臣はこの時、改めて実感したのだった。
臣はもう一度鴛鴦の方に向き直ると、真っ直ぐな視線で力強く言った。
「はい!」
そして、涙で滲んだ瞳を細め、両頬を引き上げ真っ白な歯を見せると、満面の笑みを浮かべたのだ。
故郷での事件があって以降、一度も笑ったことのなかった臣が、初めて見せた笑顔だった――
そうか。という様に鴛鴦も頷いた。
例え涙で濡れたとしても、今が笑顔でいられれば、何も問題はないのだ。
"雨が降らなければ虹は出ない"。この七人は正しく、虹そのものである。
七人それぞれの色で、この先も輝きを放ってくれることだろう。
――こいつは、もう大丈夫だ。
こいつには頼もしい仲間達がいる。
臣はもう一度、鴛鴦に一礼すると、踵を返して颯爽と仲間達の元へ駆け出していった――
後にする七人の背中を見送りながら、ふと紅鶴が鴛鴦の耳元で囁いた。
「丈さん。彼等はこの先、もっと強くなりますよ」
その言葉に、鴛鴦は微笑みながら頷いた。
そんなことは分かっている。と――
(作者余談)
そういえば、滝野は何のために来たのだろうか?w
そして次回、遂に第弍章完結!!




