その拾―傷―
一体どれだけの数、斬っただろうか。
この数日の間に臣の姿は見る影もなく変わっていた。
服は所々斬り裂かれ、そこからは生傷が覗く。
額は汗と血で滲んでいる。
髪は乱れ、その血と汗に貼りついて見える。
そのため、彼の形相は、ただでさえ恐ろしくなっているところへ、魔王の隈をかいたように、世にもあるまじき物凄さに見えるのだった。
「はあっ……はあっ……」
さすがに、呼吸も全身でつき始めてきた。
鮫の鰓ような助骨が大きな波を打つ。
もはや、脳は完全にその機能を果たしておらず、機械的に身体が動いているようなものだ。
そして、それは隣にいる"相棒"も同じようだ。
龍二もまた同様に集団の野犬に襲われたかのような酷い成りで、その美しい横顔は汗と血で汚れている。
「おい、大丈夫か? ……龍二」
刀を構え目先は敵を見据えたまま、臣が声をかける。
すると龍二がふと笑みを浮かべた。
「どうした?」
思わず龍二を見る臣。
「……いや、だって、臣が俺の名を呼んでくれたの初めてだったから……嬉しくて」
「は? ……ったく、こんな時に馬鹿かよ……」
呆れて再び目線を戻す臣だが、龍二の笑顔に心なしか先程よりも元気が出たような気がした。
(これなら、まだまだいけそうだ)
再び勢いを取り戻した二人に、敵の一人が喚いた。
「くそっ、武士櫻は眼の前だってのに……相手はたったの二人だぞ! さっさと片付けっちまえ!」
男の言葉に圧され敵陣が太刀を振りかぶりながら踏みこんでくる。
臣はその長大な体軀を縮めるや、敵の横合いに向かって一気に跳躍した。敵の脇を跳び抜ける刹那、その横胴を薙ぎ払った。
「櫻壽!!」
腹の底から響かせる掛け声とその太刀風で、桜の花びらと共に敵の陣が吹っ飛ぶ。
長さ二尺五寸(※七五センチ)。その美しく波打つ波紋が特徴――名刀「千本櫻」がなせる必殺奥義だ。
一方の龍二も引き下がるように、その胴目掛け重い一太刀を浴びせた。
斬られながら敵も鋭く刀を突き出したが、その刃先は龍二の袖を斬り裂いただけだった。
男は崩れるように膝をつき、それから徐々に身体を傾けて横転した。
「どいつもこいつも使えねぇ屑ばかりだな! 退け! 俺が始末してやる!」
そう言って龍二の目の前に立ちはだかるのは、先程から喚いていた男だった。
男は龍二と向かい合うやいなや、間を入れずに踏みこんできた。
打ちかかる男の太刀を、首の一振りでかわし峰打ちで逆胴を決める。
「いいっ!!」
龍二の強烈な一打に男は左胴を押さえ顔を歪める。が、次の瞬間、龍二の顔面目掛けて、砂を蹴り上げた。
「いっ……!!」
痛みで咄嗟に龍二は両目を押さえる。
その隙をついて、男が猛刀を振った。
――しまった……!!
男の卑怯なやり口になす術なく、白銀の切っ先が龍二を襲った――
「龍二!!!!」
向かい合っていた敵を斬り払い、臣が叫んだ。
龍二の顔面は右額から口端までの六寸(※一八センチ)ほど斜め下に切り裂かれ、その傷口からはおびただしい量の血が溢れていた。
龍二の美顔が血で汚れていく。
横顔が真っ赤な血の色で染まっていく。
その時、龍二の姿があの日見た情景と重なった――
真っ赤に染められた桜の花びら。
灰となっていく故郷。
辺り一面にころがる人。
死体。死体。死体――
「ヴわぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァ!!!」
突然、臣が大地を揺るがすほどの叫び声を上げ、両手で頭を抱え込んだ。
血走った目は見開かれ、呼吸は荒い。
――俺は誰も守れなかった。
守れなかった。守れなかった。守れなかった。守れなかった。
あの時も今も。俺は誰一人として救えなかった。
(そして俺はまた、失ってしまうのか――?)




