その拾壱―諸刃の剣―
あの日の記憶が閃光のように蘇る。
永遠に続くと思っていた日常は、ほんの些細なことで崩れ落ちていくのだ――
忘れもしないあの日。
一生消えることのない記憶。
それは俺の故郷、桜丘で起こった悲劇。
俺の故郷、桜丘は"桜の森"と呼ばれる特殊な気候ゆえ、年中散ることなく咲き続ける何万本もの桜の木が覆う山と、その麓にある小さな村で形成される自然豊かな地だった。
俺は先代から代々受け継がれてきたこの地と村を、幼い頃から共に過ごしてきた仲間達と守り暮らしていた。
他の人里からは離れた場所にある為、特に大きな諍いもなく、何の変哲もない平凡な日常だったが、それでも毎日が平和だった――あの日までは。
桜丘の反乱――今ではそう呼ばれ歴史に刻まれた、この地で起こった最初で最後の大抗争。
ある時、ある者がこの地と桜を我が物にしようと目論み、村全体を巻き込んだ抗争が起きたのだ。
そしてその首謀者は――
共に夢を語り合い、同じ時を過ごしてきた仲間。
俺の幼い頃からの親友だった。
突然の裏切りに俺は半信半疑に陥りながらも反乱を止める為、首謀者を追って森の中へ入っていった。
それでも九割は疑っても残りの一割までは疑う事ができなかった。
(きっと何かの間違いだ。頼むからそうであってくれ――)
何度もそう願った。
しかしそこには、かつての親友の面影はなく、欲と憎悪にまみれた男の姿があった。
そして、疑惑が全て確信に変わった――
裏切られた怒り、悲しみ、絶望。
色んな感情がいっぺんに襲ってきた。
「くそぉォォォォ!!!!」
俺は故郷の為、親友に刀を振るったのだった――
そして、気がつくと全てが終わっていた。
桜の花びらの絨毯の上で横たわるあいつの姿。
その周りに広がる真っ赤な鮮血で花びらが赤く染まっていく――
途切れゆく意識の中、最後の力をくり絞りあいつは俺を見て、こう吐いた。
「武臣……お前が……早く……止めてくれ……れば……こんな……ことに……は…………」
そう言い残して動かなくなったかつての親友の姿に、俺は茫然と立ち尽くすしかなかった。
――救えなかった。
側にいながら、こいつの心の闇に気付いてやることができなかった。
俺が早く気付いて止めていれば、こんなことにはならなかったのかも知れない。
俺のせいだ――
そんな俺に追い打ちをかけるように、待ち受けていたのは更なる絶望だった。
気が付くと、俺の背後から黒い煙が上がっているのが見えた。
その方角は、村のある場所だ。
俺は急いで、山の中を駆け下りた――
心臓は激しく波打ち、息をするにも苦しい程だ。
両足は砂利や草に切られ、血肉の塊と化していた。
それでも俺は一瞬も緩めることはなかった。
脳裏によぎる不安を振り払いながら、何度も自分に言い聞かせた。
――大丈夫だ。必ず皆は無事だ。
無事だ。無事だ。無事だ。
そうして、全速力で村へと戻った俺の眼光に広がる景色は――
夜の黒い空を染め上げる血のように真っ赤な赤い色。
燃えさかる炎の海にのまれ灰と化していく故郷。
そして、その周りにころがる沢山の人。
パキパキという不気味な音を立て、崩れ去っていく。
真っ赤な炎は全てを包み、焼き尽くしていく。
燃えていく。憎しみも痛みも。
全てが赤く燃えていく。燃えていく。
草木も、村も、人も――
俺はその瞬間、地獄に突き落とされた――
呆然と立ち尽くし、故郷が燃えていく様をただ見続けるしかなかった。
そして俺は、両膝をつきその場に崩れ落ちた。
「うわぁぁぁぁぁぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
俺は叫んだ。
滝のように溢れ出る涙を流し、声が涸れるまで何度も何度も泣き叫んだ。
叫び続けた。
何に対して怒りをぶつけたらいいのかも分からない。
なんせ首謀者はもうこの世には居ないのだから。
この涙は怒りからくるものなのか、悔しさからくるものなのか、悲しみからくるものなのか、分からない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
俺は誰も守れなかった。
大切な家族も、友人も、仲間さえも。
守れなかった。守れなかった。守れなかった。守れなかった。
俺はその瞬間、"独り"になった――
それ以来、俺の心は固い檻の中に閉ざされた。
信じていた仲間に裏切られた。
大切なものを全て失った。
誰かを信じることが怖くなった。
いつからか感情さえ捨てた毎日を過ごし、誰かがくれた優しい言葉も受け止められず、そんな自分を嫌いになった。
――どうすればいいんだ? (助けて欲しい……)
自分って何だ? (もう分からない……)
大切なものを失った時、俺の心の中には深い闇のようなものが広がっていった。
俺はずっと暗い闇の中をさまよい続けていた――
その闇の中で、自分なりに見つけ出した答え。
故郷、桜丘を生涯"死ぬまで守り続ける"こと。
これが俺に残された使命だ。
大切なものを失い、心に空いた穴を埋めることに必死になった――
桜丘に侵入してきた者は容赦なく斬った。
そうやって何人も人を殺めてきた俺は、いつしか「桜丘の魔物」と呼ばれるようになった。
魔物と呼ばれても仕方ない。
俺にはもう人らしい感情は残っていなかったのだ。
――俺は一人で充分だ。
もう人を信じるのが怖い。
もう裏切られたくない。
もう傷付きたくない。
もう失いたくない。
もう仲間なんて要らない。
そう思って生きてきた――あの日までは。
地獄のような場所で絶望の淵に立たされたとしても、そこから這い上がれる一本の蜘蛛の糸がある。
その救いの蜘蛛の糸を垂らした人物――それが龍二だった。
武士櫻の件で俺を仲間に引き入れる為、桜丘へとやってきた隊長とその仲間達を俺は追い払った――いや、追い払おうとした。だが、できなかった。
その仲間の一人、龍二が俺の前に立ちはだかったからだ。
龍二とは十日に渡り生死を賭けた死闘を繰り広げた。
俺に真正面から挑んでくる奴は初めてだった。
しかも、俺と互角に渡り合った奴は今まで、誰一人として居なかったのだ。
結果勝負はつかなかったが、俺は衣笠龍二という人物に興味を持ったのだ。
これほどまでに強く、しかも自分と同様に人に従うような男ではない奴が、何故この一味に信用を寄せているのか。
そしてこんな俺に、龍二は"仲間"だと言ってくれたのだ。
「人は何度だってやり直せる。大丈夫だ。俺達がついてる」
あの時、そう言って龍二が差しのべた手は、地獄から這い上がる一本の蜘蛛の糸のようにみえた。
俺はもう一度人を信じ、その蜘蛛の糸を掴んでみようと思ったのだ。
今の俺が居るのは、龍二のおかげだ。
龍二は俺の大切な仲間であり、相棒なのだ。
その大切な人が眼の前で傷付けられた。
俺はまた失ってしまう。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
『うわぁぁぁぁぁぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
「うわぁぁぁぁぁぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
あの頃の自分と声が重なった――




