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第76話 エピローグ3 真相


『違う。あの会場で――秋葉原のイベントのときに、イオちゃんはバイオロイドの体に魂を乗り移らせたの。だからいまのイオちゃんは、教授さんが知ってるバイオロイドじゃない。れっきとした人間なの! 感情と理性をもった、一人の女の子なの!』


『くだらん。全部お前の妄想だ。そんなことが信じられるとでも思うのか。さあ、さっさとそこをどけ』


『どかない』


『どけ!』


『絶対どかない!』


『いい加減にしろ! 子どもの遊びに付き合っているヒマはないのだ!』


『あっ!』


『うおおおおおお!!』

『ミナミナに手を出したなぁぁぁぁぁ!!』

『お前らの罪は一生かかってもつぐなえねえぞぉぉぉ!!』

『謝れ! いますぐ謝れ! まあ謝っても許さねえけどな!』

『当然だお! ミナミナに暴力をふるうとかマスコミも黙らないレベルだし!!』

『ちょ、ちょっとみんな落ち着いて! だめ、ケガするから……!』


『な、なんだきさまらは!? こら、やめろ! 私の邪魔をするな! ええい、全員取り押さえろ!!』




 絶句する教授を前に、女性は悠々とした動きでディスプレイを閉じた。


「いつ、だれに動画を撮られているか分からない現代って怖いわね。これはミナミナの後ろにいたファンが撮影したそうよ。もちろん、ミナミナの指示で。彼女、国民的アイドルといわれるだけあって、いざというときの頭の回転が速いのね。こういう娘、好みだわ」


「だ、だが……これは向こうからも襲いかかってきたのだぞ。被害はこちらの方がむしろ大きいくらいだ。立派な傷害罪だ。わ、我々は被害者なのだ!」


「これを傷害罪だというのなら、あなたも同罪でしょう? そもそもこういうのは、最初に手を出した方が負けなのよ。それにもしも私がこれをマスコミに渡したとしたら、彼らはどこの部分を使うと思う? 編集して、ミナミナが突き飛ばされたところだけを切り出して電波に乗せた方が、視聴者のウケがいいに決まっているでしょう。あなた、絶対に手を出してはいけない著名人に手を出したのよ。そのことをもう少し自覚したほうがいいわ」


 彼女の言葉に、教授は表情の深刻さ度合いをさらに高めた。

 顔じゅうから汗がふき出し、頭を抱える彼に、女性は冷たく言い放った。


「これを公開したら、あなたしばらくこの世界では生きていけないわね。さて、どうしましょうか。あなたを社会的に抹殺するのにこれ以上ないネタが手に入ったから、迷うところね」


「ぐおお……!」


「――なんてね。悲しまなくてもいいわ。あなたには存分に働いてもらうから。私の手の中で、ね」


 女性の言葉に――

 教授は一瞬何を言われたのか分からなかったのか、不思議そうな顔つきで面を上げた。


「働いて……もらう……?」


「そう。だっていまのバイオロイドはあなたにしかつくれないんだから。自分で言っていたでしょう? あなたに製造してもらうのが、研究を進めるためには一番効率的なのよ。ただし、手柄は全て総括研究員の私のものになるけど、ね」


「きさま……そんなことをして、科学者として恥ずかしくないのか……!」


「警察まで動員して未成年の子を陥れたあなたに言われたくないわ。あ、そうそう。あなたが頼りにしていた警察のエライ人もカンカンだったわよ。あの兄妹をバイオロイドの窃盗犯だと偽って家の110番を遮断させたって。ま、これだけいろんなところに手を伸ばしていれば、死人でもあなたの罪に気づくわね」


「くっ………そお………!」


 悔しそうに両の拳を握りしめる教授。

 だがこの事態を打開する理論を、教授は思いつけなかった。

 バイオロイドを取り戻そうと手を尽くしていた教授。

 だがその裏側で、目の前の女性はさらに大きな手を仕組んでいた。

 バイオロイドの理論を確立し、設計図まで仕上げていた彼女が、その設計図を研究所から持ち出し製造を極秘裏に進めたミヤワキ教授から、バイオロイドを取り戻すために。

 ――いや。


「まさか……最初から気づいていたのか? 設計図を私が盗んだことに」


「まさか。盗まれたのは私のミスよ。でも盗んだのがあなただというのは何となく想像がついたから、それとなく調べてみたの。そうしたら意外にあっさり、あなたがひそかに約束を結んだスポンサー企業が割れたわ。

 でもせっかくだから、バイオロイドの製造に成功するまでわざとあなたを泳がせたのよ。そのほうが功名心が刺激されてあなたのモチベーションが上がるものね。結果は大成功。あなたはみごとバイオロイドを造り上げてくれたし、さらにこんな動画を撮られるなんていう致命的なミスをしてくれたから、あなたを説き伏せる手間も省けたってわけ」


「な……!」


 ミヤワキ教授は絶句するしかなかった。

 彼女の言うことが本当なら――

 最初から、この目の前の女――元上司である女学者のてのひらの上で動かされていたということになる――。

 ショックのあまり、思考が完全に停止したミヤワキ教授。

 その前で、女性はタブレットの画面に視線を落としながら、ひとり悦に入っていた。


「ウフフ……バイオロイドに乗り移った吸血鬼。本当だとしたら、こんなに研究しがいのあるものはないわ。極めて非科学的で、いまだに半信半疑なんだけど……月森が言うのなら信ぴょう性があるし、喫緊に彼女――イオネラには会わないといけないわね。ま、私はあなたみたいに乱暴じゃないから、きちんと相手に理解を求めて地道に研究させてもらうつもりだけど」


 悠然と話す女性を、ミヤワキ教授は恨めしそうに見上げた。

 おそらく彼女の視線の先には、バイオロイドに乗り移ったとされる吸血鬼、イオネラ=シェーンベルクとかいう者の姿があるのだろう。

 いまだにバイオロイドが動き出した理由が、教授には分からないでいた。

 あの丘の上で出会ったバイオロイド。

 姿は似ても似つかない。だがあの交渉人の少年、ライネックが「彼女こそがバイオロイド」だと知らせてきたのだった。

 態度は不遜。余計な冗談や与太話ばかりしゃべる。話すだけでいらだちが募る少年。

 だが、ウソはつかない。

 ライネックは遠回しの表現を使用することは多々あっても、教授に対してウソをついたことはこれまでに一度もなかった。

 教授は彼のそこを信用して、バイオロイドとは全く違う姿のイオネラを追ったのだった。


 しかし結果的に、バイオロイドの回収はかなわなかった。

 人間の内臓器官を再現するためだけに開発したはずの人造人体が、動くどころか、不思議な力でスーツ男たちを吹き飛ばし、手からとつぜん炎をふき出して自分の体を焼き尽くした。

 目が覚めると火は消えており、燃えたと思われた服にはひとつも焼け焦げた跡が無く、教授は狐につままれたような感覚に襲われたのだった。


 理解できない。何一つ科学的に、説明できることが無い。

 やつの体がいったいどうなっているのか。そもそも、バイオロイドはいったい何がどうなってしまったのか。

 自分の手で造り出したものだけに、考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。


 悄然とするしかない教授。

 その耳に、ゆっくりと扉の開く音が届いた。

 だれかと思い、教授が力なく部屋の入り口をふり返る。

 すると、そこにいた者の姿に、教授はさらなる衝撃を受けた。

 驚きが、教授の口をついて出た。


「――き、きさまもグルだったのか!?」


 教授の剣幕に、彼はいつもと同じように人を喰ったような笑みをみせた。


「グルだなんて人聞きが悪いなあ。ボクだって一応、教授の力になれるよう色々と気を遣ったつもりなんですよ、ミヤワキ教授」


 そこには、白く整ったジャケットに身を包んだ金髪碧眼の少年、ライネックの姿があった。

 いっそう目つきを険しくする教授に対し、ライネックは緊張感に欠けた笑顔をニコニコと返す。


「外から聞いていましたけど、面白い会話でしたねえ。でも追い詰められていくミヤワキ教授があまりにかわいそうだったので、思わず入ってきちゃいました。いくら攻めるのが好きだからって、勝ち目のない相手をいじめて楽しむのはあなたの悪いところですよ、上條エレナさん」


 ライネックの言葉に、エレナと呼ばれた女性は、不愉快そうに眉をひそめた。


「私のことなんてどうだっていいわ。それよりお前には文句がある。お前は高い能力を笠に、周りの人間をかき回すことしか考えていない。もっと自分の力を有効に使うすべを覚えなさい」


「といわれましても、いつもボクはボクの好奇心がおもむくままに動いているだけですし。今回もボクなりに興味のある対象で『実験』がしたかっただけですから。最初からそういう話で雇用契約を交わしていたでしょう?」


「ふん。どうせそう言うだろうと思っていたけれど。お前を思い通り使おうというのは、猫にナイフとフォークでネズミを食べろと言っているようなものね」


「お前お前って……ひどいなあ。ボクにはライネックっていう名前があるんですから、ちゃんと名前で呼んでくださいよ、お母様」


「お前に母親と呼ばれる筋合いはない」


 心のナイーヴな部分に触れられたのか、一瞬顔をこわばらせるエレナ。

 だがすぐに小さくため息をつき、バカバカしそうに顔をそむける。ライネックは彼女の様子を眺め、ずっとつくり笑顔を崩さないまま。

 そんな二人のやりとりが醸し出す軽い空気感が我慢できなかったのか、ミヤワキ教授はとつぜん声を上げた。


「きさま、バイオロイドの発案者だからといっていい気になるなよ。バイオロイドを造ったのはこの私なのだ! たとえ何年かかってでも必ず、バイオロイドを私の手に取り戻すからな!」


「はいはい、分かっているわ。いつでも再チャレンジは受け付けるから。私もその方が研究に緊張感をもてるし。常に喉元に剣先を突き付けられている感覚って好きよ。ゾクゾクしちゃう。でも勘違いしないでね。あなたも同じ状況にあるんだから」


 余裕を見せながら冷酷な言葉を浴びせるエレナの態度に、ミヤワキ教授は憤然とした表情でうなると、すぐさま背を向けて二人の前を去っていった。

 教授が扉を乱暴に開けて出ていこうとする。そこへ、入れ違いに入ってきた人物がいた。

 その女性は教授の放つ雰囲気にひどく驚いてとびのくと、開いた扉の角に頭を強くぶつけた。


「っ~~~~~~~~~~!!」


 あまりの痛みにそのまま声が出ずしゃがみこんでしまう彼女に、エレナは苦笑した。


「月森、大丈夫? いま『ゴツン』ってにぶい音がしたけど」


「だ、大丈夫じゃないです~~~~! いった…………」


 白衣を着た眼鏡の女性――月森先生は何とか立ち上がるも、後頭部のあたりをさすりながら涙目になっていた。


「い、いまの人、すごい顔してましたけど、なにかあったんですか……?」


「ええ、ちょっとね。彼の今後について相談に乗ってあげてたの」


「は、はあ……そうなんですか」


 どこか納得できないような表情で月森先生は首をかしげたが、すぐ横にいた少年の姿が目に入ったとたん「あっ」と声を上げるなり深く頭を下げた。


「あ、あああ、ありがとうございましたっ! 血を提供して下さって! おかげで患者さんの一命をとりとめることができました!」


「いえ。ボクなんかの血でよければ、いつでもご提供しますよ。それで人ひとりの命が救えるのなら、安いものです」


 さらっといい人を演じるライネックに、エレナはあきれ返ったように眉をひそめた。

 だが月森先生は彼の見せる笑顔を信じきっているようで、心の底から喜びをあらわすと、エレナの方に向き直った。


「あ、あああの、上條さんも、血の提供者を紹介して頂いてありがとうございました。ほんとに、ほんとにありがとうございました!」


 床に頭がついてしまうのではと思うほど頭を深々と下げる月森先生をみて、エレナはライネックに対するのとは正反対に、思わず吹きだしていた。


「月森はかしこまりすぎね。毎回言っているけど、元同僚だし同い年なんだから、敬語なんて使わなくていいのに。ほんと『ふるえ止め』を飲んだ時と大違い」


「そそそ、その話はしないって約束じゃないですかぁ……!」


「全く、急に電話かけてきたと思ったら、いきなり車で椥辻学園まで迎えにこいって。それから城山公園までエンジン全開で飛ばせって……。ネズミ取りを時速200kmでぶっちぎれって言われた時はさすがにどうしようかと思ったわ。あれでもし私が免許取り消しになってたら、月森責任取ってくれるのかしら」


「わわわ、す、すみません! 私、も、もう二度と生涯絶対一生金輪際ふるえ止めは飲みませんから!」


「ほんと、そうしてもらいたいものだわ……」


 頭が痛そうにこめかみを人差し指でおさえるエレナ。申し訳なさそうに頭を下げる月森先生。

 元同僚どうしという二人のやりとりを、ライネックは可笑しそうにながめていた。

 その彼へ、月森先生は再び向き直った。


「それにしても、イオネラさんと全く同じ成分の血の人がよく見つかったなと……。ほ、本当にありがとうございました」


 ライネックはニコニコ顔を崩さないまま、謙遜するように手を振って応じた。


「お役に立ててボクもうれしいです。――ところで、お二人はどういったご関係なのでしょう。よろしければ教えて頂けますか」


「わ、私は以前、バイオロイドの研究所に勤めていたことがあって、そ、そのとき私と同じチームにいたのが、上條さんなんです。年齢は同じなんですけど、私なんかよりすごく仕事が早くて、頼りがいがあって……。研究者として全然かないませんでした」


 おそるおそるといった調子で話す月森に、エレナは口を挟んだ。


「なに謙遜しているの。いまの日本のバイオロイド技術が世界でも特異的な地位を確立しているのは、月森の着想とそれを実現する理論があったからでしょう。あなたがいなければ、日本のレベルは外国勢に大きく後れをとっていた。あなたこそ、バイオロイドの開発の立役者なのよ」


「そそそそそそそそ、そんなことありません! おおお、恐れ多いです……。わ、私は自分がしたいように好き勝手させてもらってただけで……他の人の忠告とか無視して、ただ研究に没頭していただけですし……結局、研究所の人間関係がイヤで逃げてしまって……いい大人なのに、は、恥ずかしいです」


「それが月森の才能だと思うんだけどね。でもあなたが研究所を辞めなければ、私もここまで苦労することは無かったかも。そう考えると、ミヤワキ教授にバイオロイドの製造をとられたのも、元をたどれば月森のせいなのかもね」


「す、すす、すみません……本当にすみません……ごめんなさいゆるして下さい謝ります申し訳ありませんでした……」


「ほんとに、エレナさんは月森先生をいじめるのが好きなんですねえ」


 二人のやりとりを眺めていたライネックはわざとらしく感心してみせる。「だから虐めているつもりはないんだけど」とエレナが返すのにも、彼は肩をすくめるだけだった。

 そんなライネックに、月森先生は再び向き直った。


「そ、そういえば、さっきの話ですが――あの、ご存じないと思いますが、柊さん――今回の患者さんの血は、日本人にはごく少ない成分だったんです。だからいままでなかなか合致する方が見つからなくて……。あの、が、外国の方ですよね。どちらのご出身ですか?」


 するとライネックは、用意していたような満面の笑みを持ち出して答えた。


「ボク、東欧出身なんですよ。ワラキアというところ」


「ワラキア?」


「ルーマニアのワラキア地方。首都のブカレストがあるところです」


「あ、知ってます! ドラキュラで有名なところですね」


「ああ、うれしいな。そうです」


「でも、ずいぶんお若く見えますけど……」


「こう見えて、十八なんです。でも背が低いし童顔だから、小学生に間違えられることもあるんですよ」


 ライネックの言葉に、月森先生は疑うことなく「そうなんですね~」と感心したようにうなずいた。

 純粋な様子の月森先生に、さすがに十八というには幼すぎる彼は、気にせずきわめて優しい口調で伝えた。


「ボクでよければ、いつでも血を提供しますから。なんなりとおっしゃって下さいね」


 ライネックは少しだけ首を傾けながら、人懐っこい顔で微笑む。

「いい人」を演じた、彼の白い天使のような笑顔。

 その口元には、人の肌に突き立てれば血が滲みだすような、鋭い八重歯がのぞいていた。


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