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第74話 エピローグ1 吸血貴族、大学に連れ去られる

『えー、行方不明になっていたバイオロイドですが、我々の捜索により無事に発見されましたことを、ここにご報告いたします。皆様には多大なご心配をおかけしたことを、深くお詫び申し上げたい。バイオロイドに異常はなく、今後も世界最先端の技術がつまった人造人体として、諸処の研究に役立てたいと――』


 五日が経った。

 夏本番を迎え、外は汗ばむ気候。鳴り響くヒグラシの音が、けだるい暑さを助長している。

 ここ数日で気温はみるみる上昇し、真夏並みの暑さになっていた。

 日差しは強く、屋外にいる者の肌を焦がし、屋内にいる者にはエアコンの起動を強要する。

 日傘を差す女性やTシャツ短パン姿の男性も目立ち始め、町は陽炎の立ちのぼる夏の空気に変わろうとしていた。


 あの日以来、雨は降っておらず、カラッとした晴れの日が続いている。

 今年の夏は例年より雨の少ない日が続くでしょうと、気象予報士がテレビやインターネットで告げる光景を見ることが多い。

 旅行の予定がある人たちにとっては吉報だろうし、逆にいつも渇水に悩まされている人々にとっては、気をもむ夏になるのかもしれない。

 学校はそろそろ夏休みに入るころ。長期休暇を楽しみに顔を緩ませている生徒もいれば、夏の大会に向け部活に汗を流す生徒も多いだろう。

 そんな日の午後。


 空は夕陽によってオレンジ色に染まり、もうすぐ日没を迎えようとしている。

 そのころニュース番組を流していた雄斗の家のテレビ画面には、亜斗蘭逓州大学のミヤワキ教授の姿が映っていた。

 どこかの会見場と思しき場所で多くの記者に取り囲まれた教授は、いくつものマイクが置かれた長机の向こうで、三か月ほどかけた捜索の末、バイオロイドの回収に成功したことを発表している。

 そして教授の斜め後ろには、彼が取り戻したと主張するバイオロイドの本体が、記者たちからやや離れた場所でイスに腰掛けていた。


 警備員らしい二人の男の狭間で、無表情な顔をした黒髪の女性バイオロイドは、話すことも動くこともなく、ただそこにじっと座っているだけだった。

 バイオロイド本来の姿。動くはずのない、人造人体のあるべき姿がそこにはあった。

 本来なら喜んでしかるべき場面。だが、教授の顔に笑顔は一切見えない。

 それどころか、教授は眉間にしわを寄せながら、複雑な顔つきで手元の原稿を抑揚なく読み上げていた。

 そんな教授に対し、記者からは次々に質問が浴びせられる。


『バイオロイドはどこで見つかったんですか?』

『どこかに隠れていたのですか? それとも誰かが隠していたのですか?』

『動くはずのないものが動いて逃げたことについてはどうお考えですか?』


 教授は広い額に浮かんだ汗をハンカチでぬぐいつつ、厳しい表情で答えた。


『えー、それについてですが、えー、バイオロイドは、我が大学にある古い倉庫で発見されました。えー、ふだんはあまり使用されておらず、さらにかなり奥深くに押し込めてあったため、いままで見つからなかったと、えー、思われます』


『大学にあったんですか?』

『どうしていままで見つからなかったんでしょうか? 大学内は探していなかったのですか?』

『それは誰かが隠したということでしょうか?』


『えー、それについては、警察の方にご協力いただき、えー、真相の解明を進めているところでありまして……』


『誰かがバイオロイドを盗んで、大学の倉庫に隠したということでしょうか?』

『では、大学の関係者が関わっていると?』

『教授が隠していたわけではないんですか?』


『な、なにを言う! 私が自分でバイオロイドを隠すなど――ゴ、ゴホン! あー、そんなことは決してありません。えー、大学の関係者も含め、いま調べているところですので、えー、これについてはこれ以上は申し上げられません』


『それで、動くはずのないバイオロイドが自分で動いて逃げたことについてはどうお考えですか?』


『それは、えー、やはり何者かがバイオロイドに遠隔装置を仕込み、えー、動かしていたのではないかと』


『ではやはり大学の関係者が関わっている可能性が高いということでしょうか?』

『遠隔操作とは、そんなに簡単にできるものなのでしょうか?』

『あのときの放送では、取り押さえようとした大の大人が投げ飛ばされていましたが、それも遠隔操作だったということでしょうか?』

『やはり教授ご自身の自作自演だったのでは?』


『な、何を言う! 私が自分でバイオロイドを操作するなど――ゴ、ゴホン! あー、そんなことは決してありません。えー、それについても現在調べている最中でありまして――』


『バイオロイドからその遠隔装置は見つかったのでしょうか?』


『だからそれも調べていて――』


『結局、バイオロイドはなぜ大学の倉庫にあったのでしょうか? 教授はどうお考えですか?』

『このプロジェクトの研究費用には税金も一部投入されているとのことですが、いまの説明で国民が納得するとお思いですか?』

『テレビ局と組んだ演出だったとの声もありますが?』

『やはり教授ご自身の自作自演だったのでは?』


『ええい、だから私がやったのではないと言っているだろう! いい加減にしろ! バイオロイドが戻ってきたのだからそれでよいではないか!! だいたいお前たち記者は年上に対するものの訊き方が――』


 度重なる質問に堪忍袋の緒が切れた教授。

 記者と教授の激しいやりとりが、テレビ中継で繰り広げられる。

 そんな騒々しい画面を、桃色の髪に赤と青のオッドアイの女の子――ツグミは色のない目つきで見つめていた。

 ソファの背もたれに置いた腕へ頭を乗せ、じっとテレビの方へ顔を向けている。


 バイオロイド――イオネラの体が、教授の手に渡ってしまった。

 その事実に、だがなぜか彼女は驚く様子も悲しむ様子もなく、ただ淡々と教授の発表を目の当たりにしていた。


 そんなツグミのすぐ横には、もう一人の人物がいた。

 彼は、ソファに座りくつろいだ様子で、妹と同じように教授の記者会見の様子を眺めている。

 いつもと変わらない、見慣れた兄の姿。

 ツグミの兄――雄斗の姿が、そこにはあった。

 数日前に極度の貧血状態のままイオネラを捜し、イオネラに血を吸わせ、そのまま倒れたはずの雄斗の姿が。


 雄斗は、生きていた。

 顔が蒼白になり、心臓が止まっていたはずの雄斗。

 いまは血色もよく、どこにも不健康な部分は見られない。少なくとも、表面上は。

 そんな彼も、イオネラの体を取り戻したと発表するミヤワキ教授を、なぜか特段感情の無い目で見つめている。


 お互いに口を開くことなく、リビングを流れる静かな時間。

 と、そこへ。


 ピンポン、と来客を告げる玄関の呼び鈴が鳴った。

 だが、耳に入らなかったのか、二人はソファから動かない。

 するとまた、ピンポン、と呼び鈴が鳴る。

 そしてすぐさま、呼び鈴が連打された。


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!


 家の者が出てこないのをいら立つような押し方。

 そしてそれを待たず、玄関の扉が開く音がした。

 続いて、ドタドタと室内を速足で歩いてくる音。

 そして最後に、リビングに入る扉が勢いよく開かれた。


「ちょっと雄斗君、あれどういうこと!?」


 声を上げながら部屋に入ってきたのは、もはやすっかり彼らと顔なじみになっていた、人気絶頂アニオタ系アイドルのミナミナだった。

 ソファからゆっくりふり返った、色の無い二人の目つきに、信じられないといった驚きと怒りの表情を浮かべたミナミナの姿が映る。

 興奮状態のミナミナは、雄斗とツグミの姿を見つけると、すぐさまソファへ近づいて身を乗り出した。


「なんで……なんで二人とも、そんなニュースを見てて平気なの?」


 きょとんとする二人に構わず、ミナミナがガマンならないといった調子で言い放つ。


「雄斗君が一命をとりとめたっていうから、遅ればせながらお見舞いにこようと思って今日やっとスケジュールを開けて来たのに、その途中でネットニュースをチェックしていたら、あの大学教授がイオちゃんを回収したって……なんでイオちゃん、あいつらの手に渡っちゃったの!? ツグミちゃんだって、イオちゃんはもう大学に追いかけられることはないって教えてくれてたのに、なんで……なんであいつらなんかに捕まっちゃったの!?」


 怒りと悲しさに、若干涙を浮かべながら声をふるわせるミナミナ。

 だが、必死に訴える彼女とは対照的に、雄斗は平然と告げた。


「何を言っておるのじゃ。わらわならここにおるぞ」


「――えっ?」


 ミナミナは一瞬、自分の耳を疑った。

 聞き間違いかと思い、周りを確かめる。

 だが、部屋には雄斗とツグミの二人以外、誰もいない。


 そもそもいまの声は、正面から聞こえたはずだった。

 彼女の前にいるのは、雄斗。

 確かに、どこからどう見ても、雄斗である。

 だがその口から発せられたのは――


「わらわはどこにも行っておらぬ。あやつらに捕まってもおらぬ。安心せい」


 どう聞いても、イオネラの口調だった。

 雄斗の口から――男の声で、イオネラの言葉が発せられている。


「えっ……えっ?」


 大きく戸惑うミナミナ。

 そんな彼女へ雄斗は――確かに雄斗であるはずの彼は、和やかに微笑みかけた。


「わらわはいま、ユウトの中で生きておる。ユウトの体の中に、わらわの魂があるのじゃ。いま、わらわはユウトとして、ユウトの代わりに話しておるだけなのじゃ。だから何も心配することはないぞ。わらわはここにおる」


 そう言う雄斗の顔を見つめて――

 ミナミナは何かを理解したように「あっ――」と口を開いた。

 そして彼女の顔が一気に青ざめる。

 極めて深刻なことに、気づいてしまったかのように。


「あっ……ごめん、ツグミちゃん。そんなつもりじゃなかったの。イオちゃんを連れさられたショックで、雄斗君が自分の中に別の人格――イオちゃんの人格をつくっているとか……自分の中にイオちゃんがいるっていう妄想を抱くことで、イオちゃんを大学に奪われた事実を消そうとしているとか……イオちゃんは常に自分と一緒にいるんだって思い込もうとしているとか……ツグミちゃんはそれを全て知っててわざと雄斗君の妄想に付き合っているとか……雄斗君がそんな精神状態になってるなんて思わなかったから……ごめん……ほんとにごめん……」


「こやつはいったい何を悩んでおるのじゃ……?」


「ああっ! もういいから、雄斗君! イオちゃんは大学に連れさられたの! 事実なのよ、雄斗君! もう勝手な妄想に引きこもるのはやめて、現実を直視して! 現実を認めるのよ、雄斗君!」


 うろたえるように耳をふさぎながら頭をふるふると振り、ミナミナは悲壮な顔つきで雄斗を励まそうとする。

 そんな彼女の行動に、どうしたものかと困った顔をする雄斗。

 二人の光景に、ツグミは可笑しさをこらえきれず「プッ」と吹きだした。


「ちがうよ、ミナミナ。姉さまが誤解を生むような説明しちゃうから……」


「へっ?」


 ツグミの言葉に、今度はミナミナがきょとんとした。


「雄斗君、あまりにショックで自分の心の中に仮のイオちゃんをつくったんじゃないの……?」


「ミナミナ、想像力豊かすぎ。いま姉さまは、お兄ちゃんの体に魂を移してるの。ほら、ミナミナだって一度、乗り移られたでしょ?」


「――あっ」


 言われ、ミナミナは思い出した。

 りんかなシティでのイベントのとき。吸血鬼の棺を開けたとたん、自分がイオネラの魂にとりこまれたことを。

 そのときは、ミナミナの自我が強すぎて魂の入る余地がなく、イオネラはすぐさま近くにあった人間の体――正確には、人間に近い体、バイオロイドに乗り移ったのだった。


「じゃあ、いま雄斗君の体には、イオちゃんの魂が乗り移ってるっていうこと?」


「その通りじゃ」うなずくイオネラに、ミナミナはようやく納得したような表情を見せた。


「でも……それじゃあ、雄斗君は? 雄斗君自身の魂は、どこにいっちゃったの?」


「案ずるでない。ユウトの魂は、この体の中で息づいておる。――そうじゃな。そのあたりのことも含めて、ミナミナには一から話をしておかねばなるまい」


「ミナミナ、姉さまを見つけてからすぐに生中継に入っちゃって、それから間もなく海外ロケだったもんね。私から話すよ」


 そして、ツグミは語り始めた。

 あの日――失踪したイオネラが城山公園で見つかり、雄斗が倒れた後のてん末を。






 動かなくなった雄斗を胸に抱きしめたまま途方に暮れていたイオネラの耳に、携帯の着信音が聞こえた。

 イオネラは雄斗のデニムのポケットに手をつっこみ、黒い不愛想な折り畳み式ガラケーを取り出すと、救いを求めるように電話に出た。


『あっ、雄斗? 小詩だけど。いま僕、月森先生のところにいて――』


「助けてくれ! ユウトが――ユウトが、死んでしまう!」


『えっ、あ、あれ? イオネラ? なんで――もしかしてもう、雄斗に会えたの?』


「そうじゃ。ユウトがわらわを捜しに来てくれて――そんなことより、ユウトが大変なのじゃ。わらわが残り少ない血を吸ってしまったばかりに、ユウトが動かなくなってしまったのじゃ!」


『動かなく……それって、気を失ったってこと?』


「いや、違う! どれだけ呼びかけても反応せぬし、心臓の音も聞こえなくなってしもうて……周りには助けてくれるものもおらぬし、わらわはどうすればよいか――」


 うろたえるばかりのイオネラに、小詩も困惑した様子で訊いた。


『イオネラはいまどこにいるの?』


「城山公園じゃ。それも一番奥の……。このままではユウトが死んでしまう……いや、もう死んでおるのかもしれぬ……わらわのせいで……わらわのせいで……!」


『ちょ、ちょっとイオネラ――』


「わらわがユウトを殺してしまったのじゃ……わらわがユウトの血を吸わなければ、こんなことにはならなかったのじゃ……! やはりわらわは死ぬべきだったのに……自分の欲望のままにまた大切な者の命を奪って……わらわは大バカ者じゃ……わらわには生きる資格など無い……ユウトがいないこの世など、わらわの生きる意味がない……いっそわらわもこのまま死んでしまうべきなのじゃ……ユウト、すまぬ……わらわのせいじゃ……みんなわらわのせいで、迷惑をかけ――」


『しっかりして!!』


 ――と。

 ふだんの小詩から想像もつかない怒声が、イオネラのつかむ携帯から聞こえてきた。


『いまユウトの近くにはイオネラしかいないんでしょ? ならイオネラがちゃんとしないとダメだよ! 雄斗を助けられるのは、イオネラしかいないんだから! しっかりしてよ!』


 小詩からぶつけられた強い言葉が、イオネラの耳に響く。

 イオネラは、ようやく我に返り、元の落ち着きを取り戻した。


「す、すまぬ。取り乱しておった……。ありがとう、コウタ」


『ううん、ごめん。僕もつい……。で、雄斗はいまどうなってるの』


「わらわが血を吸ってから、意識が無くなってしもうた。さっきユウトの胸に耳をあてたら、心臓の音も聞こえなんだ。このままではユウトが――」


『あっ、いまそばに月森先生がいるから、電話代わるね』


 そう言って小詩がいったん電話から離れる。

 イオネラの耳に、小詩が現在の状況を月森先生に説明しているらしい声が届く。

 すると月森先生が『ええっ! そそそそ、それは大変です!』『ど、どうしましょう!? どうしましょう!?』と慌てふためいている様子が聞こえてきた。

 一番取り乱しているのは月森先生ではないかと思いながらイオネラが聞いていると、『も、もうだめです! ふ、ふふふ、ふるえ止めを飲みます!』『えっ、先生、それウイスキーのビンじゃ……あ、そんな一気に流し込んだら……』というようなやりとりが聞こえてきた。

 イヤな予感がしていると、イオネラの耳にようやく、月森先生の声が届いた。


『ふうぅ……ったくよぉ、てめえは面倒ごとばかり持ち込みやがるな。んで? いま柊はてめえの目の前でぶっ倒れてるのか』


 予想通りデキあがった月森先生に、イオネラはある意味でいっそう不安になった。


「あ、う、うむ。そうじゃ……。一向に目を覚まさぬ」


『心臓も動いてないとか言ってたな。どうやって確かめた?』


「ユウトの胸に耳を当てて、聞いてみたのじゃ」


『ふん。それは信用できねえな……。首につかみかかってみろ。頸動脈けいどうみゃくを確かめるんだ』


「……分からぬが、鼓動らしきものはないぞ」


『そうか……。ちっ、心臓マッサージやれっつったって分からねえだろうな……。お前、いまどこにいる?』


「城山公園じゃ。電車で移動してきた」


『ならここから一時間近くかかるか。――イオネラ。もしお前の言っている状態が本当なら――』


 ふるえ止めを飲んだ月森先生は、しごく落ち着いた口調であっさりと告げた。


『――柊、死ぬぞ』


「なっ――!」


 狼狽するイオネラ。

 しばらく言葉が見つからなかったイオネラは、何とか声を絞り出した。


「ど、どうすれば――どうすれば、ユウトは助かるのじゃ。わらわにできることなら何でもする。だからユウトだけは……ユウトだけは」


『そうだな……。いまこの状況であたしの思いつく方法が、一つだけある』


「何じゃ、それは? 早く……早く教えてくれぬか?」


 問い詰めるイオネラに、月森先生はため息交じりに伝えた。


『――てめえが、柊の体に乗り移ることだ』


「乗り移る……?」


 言われ、イオネラははっと気がついた。

 そもそもいまの体は、バイオロイドという仮の体に乗り移っている状態。

 それなら、いまから雄斗の体に自分の魂を乗り移らせることも、可能なはずだった。


『てめえの魂を柊の体に移せば、しばらくは体がもつ可能性はある。それに賭けるしか、いまのところあたしからできるアドバイスはねえ』


「でも……それでは、ユウトの魂はどうなるのじゃ? わらわがユウトに乗り移ってしまっては、ユウト自身の魂が――」


『んなこと知るかよ。少なくとも、いまてめえができることはそれしかねえだろうが。柊の体を病院に運ぶまでの間、何とかもたせるには、それしか方法がねえんだ。分かったらさっさとやれバカ野郎。――ったく、一応医者の端くれのあたしに、魂なんて言葉使わせるんじゃねえよ』


 月森先生の言葉に、イオネラは納得した。

 そうだ。

 他に方法が見つからない以上、やるしかない。

 ユウトの命を、救うために。


 イオネラは口を引き結び、目を閉じたままの雄斗と相対した。

 まだうっすらと、雄斗は笑顔を浮かべている。

 イオネラに見せた、彼の最期の笑顔。

 ――いや、最期にはしない。

 救う。雄斗の命を。魂を。私が。


「ユウト――」


 イオネラは彼の両肩をつかみながら、その白い顔を愛おしく眺めた。

 私が、雄斗の中に入る。入って、私が雄斗になる。

 雄斗と、ひとつになる。

 雄斗――


「――今度はわらわが、おぬしを救うからな。必ず」


 それだけ言って、イオネラはそっと目を閉じた。

 そのまま、ゆっくりと雄斗の額へ、自分の額を突き合わせる。

 長く居ずまいを続けたバイオロイドの体から、生身の肉体である雄斗の体へ、魂を移すために。

 雄斗の中へ、入り込むために。

 イオネラは、祈るように雄斗と額の肌を接した。


 イオネラの額から、白いほのかな光が生まれる。

 それはゆっくりと雄斗の額へ移り、そして吸い込まれるようにして消える。

 こうしてイオネラの意識は、人造人体であるバイオロイドから、雄斗の体へと移されていった。

 力尽き果てた雄斗に、命を注ぐために。


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