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第70話 下僕は主の後を追うのがお好き


 一時間近くが経過した。


 雨は相変わらず町に降り注ぎ、アスファルトに落ちた水滴は水の流れとなって地面をはい進む。

 へこみにたまった雨粒は、道のあちこちに水たまりを形作っている。

 天気予報によると、雨は今日の夜半まで降り続く。おそらく、イオネラを捜す間はずっと降りやまないだろう。

 雄斗は城山道駅を降り立ってから、しつこい雨に抗うように傘をさして歩き始めた。


 ホワイトテイルからユラたちと手分けしてイオネラを捜していた雄斗は、ツグミからの情報を受け、すぐに近くの駅から城山道駅に向かう電車にとび乗った。

 それから駅に到着するまで、約一時間。

 ふつつかの目撃情報を最後に、イオネラに関する有力なつぶやきは、ついったあず上には寄せられなかった。

 イオネラが人目につかないところへ行ってしまったのか、たまたま彼女の姿を見つける人がいなかったのか。

 もし前者だとすれば、むしろそれはイオネラが城山公園へ向かっているという証左でもあった。

 降りしきる雨の中、緑地公園へわざわざ足を運ぼうとする人は少ない。

 雄斗の住んでいた町は周辺に秋場原や珠川沿いなど、人通りの多い道がいくつもあった。

 それに比べ、城山道駅の周りは住宅街とはいえ、繁華街よりは人通りがはるかに少ない。まして、雨の中。

 現に雄斗は、いまのところ通りを歩く人に一度もすれ違っていない。

 この現実を考えれば、ふつつかの情報は(本人は自覚していないかもしれないが)非常に貴重なものだったといえた。


 このあたりを、イオネラが歩いたはずだ。

 傘をさして歩きながら、雄斗はイオネラの影を追い、人気のない住宅街の道を進んでいた。

 二日前。

 彼が電車内ではしゃいでいた無邪気なイオネラと歩いていた道。

 何ということのない、ただのアスファルトの道。

 この道を歩いて、雄斗はイオネラと城山公園に向かったのだった。

 イオネラがもしここにきたのだとすれば――

 同じ道を歩き、目的地である公園へ向かっているはずだ。


 雄斗は濡れそぼったイオネラの姿を想像し、歩みを早めようとする。

 だが、再度おとずれた激しい痛みに、思わず顔をしかめる。


「くっ……そ……」


 激しい頭痛。

 駅を降りたあたりから、彼を悩ませていた痛みが再発する。

 ガンガンと頭を内側からたたかれるような音。それに伴って強い吐き気。

 極度の貧血が原因であることは明確だった。

 本来なら自宅で安静にしておかねばならないほど重篤な血の欠乏。

 それをおして、雄斗はイオネラを捜して走り回ったあげく、家から一時間ほど離れたこの場所にやってきた。

 疲労する体に血を巡らせようと心臓が全力で働く。だが運ぶ血が足りず、最も血液を必要とする人間の器官――脳が悲鳴をあげている。

 雄斗は少しだけ歩くのを止め、近くにある他人の家の塀にもたれかかる。

 本当ならいますぐにでもこの場に倒れたい。

 倒れて誰かに助けてもらいたい。

 救急車で病院にでも運んでもらえれば、どれほど楽だろう。

 だがそれでも――

 雄斗は体が訴える陳情を遮断し、再び歩き始めた。


 途切れ途切れでも、少しずつでも、歩みを進める。

 いまの彼を支えているのは、イオネラを助けたい――そのただ一点だけだった。


 ツグミはついったあずを使って、イオネラの目撃情報を収集してくれている。

 ミナミナは、事務所の人達やユラさんらと一緒に大人数でこちらへ向かって捜索に協力しようとしてくれている。

 月森先生はイオネラに最適な血を用意して待っていてくれている。

 なら、俺は――。

 俺にできることは、何だ。


 ただでさえ貧血で、とても使い物にはならない自分の体。

 捜索するだけなら、ミナミナやユラさんらに任せた方がいいだろう。

 自分は月森先生のもとで休んでいた方がいいのかもしれない。病室で休み、吉報を待っていた方が賢明なのかもしれない。

 でも――

 たぶん、いまのイオネラを救うことができるのは、自分だけだ。

 そんな確信が、雄斗にはあった。


 いまのイオネラは、吸血衝動という感情と、それを抑えようとする理性とがせめぎ合っている状態にある。

 実際、ここでイオネラに遭遇したツグミのCSO友だちは、イオネラに話しかけようとしたとたんいまにも襲いかかってきそうなくらい恐ろしい目つきでにらまれたらしい。

 そんな彼女をミナミナやユラさんが捕まえようとしたところで、返り討ちにあうだけではないか。

 むしろ、吸血衝動に冒されているイオネラは、やってきた相手の血を誰彼かまわず吸おうとしてしまうのではないか――。

 そうすれば、イオネラは自分の体に合わない血を吸うことになり、また体調を悪化させてしまう。

 体質改善に取り組んでいたミナミナの血を吸った時でさえ、ひどい症状に陥ったイオネラだ。

 見知らぬ他人の血を吸えば命に関わる結果になることも、十分予想できた。


 だから――

 吸わせるなら、自分の血でないといけない。

 イオネラに、俺の血を吸わせないといけない。

 それが――そのことこそが、いまの俺がやるべきことだ。


 雄斗はそう信じ、雨の中を少しずつ歩いていく。

 だが、足取りは重い。

 ふだんの歩みなら、十分もあれば公園にたどり着く。

 だがこのままのペースだと、公園に着くまでに三十分以上はかかるだろう。

 そこからさらに、公園内のイオネラに追いつくまでに、どのくらいかかるか。

 それまで、自分の体がもつか――。


 雄斗は悲観的な予測を頭の中からふり払う。

 たとえ何十分かかっても、休み休みでも――

 イオネラに追いつく。追いつけるはずだ。

 俺の直感が正しければ。

 雄斗の脳内に描かれているのは、公園内にあるただ一つの場所。

 そこへ向かって。

 そこにイオネラがいると信じて、雄斗は一歩一歩、歩みを進める。


 だが、そのとき。

 彼の視界の端に、予期せぬ人物の姿が映った。

 目の前のT字路から傘を持って歩いてきた体格の大きなその男は、雄斗の姿に気がつくと、わずかに驚いた表情を浮かべて後ろをふり返った。

 誰かの名を呼んでいる。おそらく、男の後ろにいる者に向かって。

 真っ黒なスーツに身を包んだ男。

 嫌な予感がした。

 あのスーツの色、そして男の顔つきに、雄斗は何となく見覚えがあった。


 その予感はすぐに的中する。

 通りの角から出てきたのは、神経質そうな顔をさらにいらだたせていた、老人の姿。

 ミヤワキ教授――。


「ウソ……だろ……」


 どうしてここに――?

 大きな疑問が湧きあがるのと同時に、最も遭いたくない相手に遭遇してしまったこの状況に、雄斗は絶望的な気持ちになった。

 逃げないと――。

 無駄だと思いながら、わずかな希望に賭けて雄斗は後ろをふり返り、もと来た道を走ろうとする。

 だが三歩、五歩と進むだに、視界がぐらりと揺れだす。

 まっすぐに進むこともままならず、雄斗の足どりはふらふらと怪しくなる。


(あ、あれ……?)


 足がもつれ、雄斗は倒れそうになるのを塀に手をおくことで何とかこらえる。

 だがそこへ――

 背後から迫っていた男が、雄斗の体を捕えた。


「おわっ!?」


 急に後ろから組みつかれ、傘を手放して必死に抵抗する雄斗。

 だがいつものような力が入らない。いや、たとえ力が入ったとしても、相当な剛腕だったその男にはかなわなかっただろう。

 両腕を背中に回され、雄斗は完全に動きを封じられた。


「いっ……て……何すんだよ……!」


 雄斗の言葉に、男は答えない。

 代わりに声をあげたのは、バシャバシャと水たまりを横切って走ってきた老人の方だった。


「ほう! これは面白いやつがいたものだな!」


 スーツの男が雄斗の体を博士の方へ無理やり向ける。

 痛みにうめく雄斗の顔を、愉快でならないというように口元を上げて眺める老人。

 それは確かに、イオネラを血眼になって捜しているミヤワキ教授だった。


 教授の後ろからも、数人のスーツ男がついてきている。

 イオネラに出会う前に、ミヤワキ教授に遭遇してしまった自分の不幸を雄斗は呪った。

 傘を失い、雨に濡れる雄斗はもはや、無力な捕囚だった。


「貴様、なぜこんなところにいる? ん? この近くにバイオロイドが逃げてきたのだろう。隠しても無駄だぞ」


 勝ち誇った笑みをたたえる教授に、雄斗は逆に冷めた心でしらを切った。


「…………知らね」


「往生際の悪い奴だ。貴様たちの手口は分かっているのだぞ。SNSを使ってネット上のやつらからバイオロイドの目撃情報を収集したのだろう。バイオロイドは城山道駅を降り、城山公園に向かっていった。そしてそれを聞いたお前は電車に乗ってここにやってきた。そうだろう?」


 教授がこの場所を見つけた理由を知った雄斗は、だが落ち込むことなく、青ざめた顔のままあざ笑うような表情を浮かべてみせた。


「……何言ってんの。俺はこの近くの知り合いの家に用事があるから来ただけだっつーの」


「はっ! 見え透いたウソをつくんじゃない、このガキが。お前らのやる姑息な手段などわしには全てお見通しなのだ。さっさとあきらめてバイオロイドの行き先を認めろ!」


 本当のところ、ついったあずの情報を教えたのはライネックだったが、見つけたのは自分だといわんばかりに教授はSNSの情報を盾に自白を迫る。

 だが、そんなミヤワキ教授に対し、雄斗はすでに心を決めていた。


 もう俺は、この状況から逃れられない。

 ならせめて――

 こいつらを挑発し、足止めして、ミナミナやユラさんらが公園でイオネラを見つけるまでの時間を稼いでやる。

 今にも意識が途切れそうな状態で、たいしたことはできないかもしれない。

 でももう俺にできることは、それしかない。


「何を勘違いしてるのか知らねえけど、イオネラならもうツグミが見つけたぜ。珠川の近くで歩いてるのを捕まえたんだ」


「……何?」


「ウソだと思うならお友だちの警察にでも訊いてみたらいいだろ」


「貴様……また口から出まかせを言ってるんじゃないだろうな? おい、もっと締め上げろ」


 教授の指示に答え、雄斗を捕えていた男が腕の締め付けを強める。


「ぐ……ああ……!」


「どうだ。本当のことを言う気になったか! バイオロイドは城山公園に行ったんだろう! どうなんだ!」


「だ……から……イオネラは……珠川だって……」


「ちっ、わしのことをバカにしおって! おい、もっと強くだ! 容赦するな!!」


 さらなる教授の命令に、男はやや戸惑いながらもさらに雄斗の腕を締め付ける。

 肩の関節が極められ、生身の骨をハンマーでたたかれたかのように激しい痛みが雄斗を襲う。


 それから何度か教授と雄斗の間で、同じやりとりが繰り返された。

 十人近くいるスーツ男たちの前で、教授は抵抗できない雄斗に怒鳴り散らす。

 だが、なかなか口を割らない雄斗に業を煮やし、教授はさらにきつく責めたてる。

 口を開くことこそないものの、雄斗は目に見えて衰弱していった。


 過ぎゆく時間の中で、徐々に虫の息になる雄斗。

 本当なら皮肉の一つでも教授に言ってみせたかったが、貧血による頭痛と締め上げられた腕と肩の痛みとで、いまにも消えそうになる意識を元に戻すのが精いっぱいだった。


 薄れゆく視界。

 雄斗は自分のふがいなさに歯噛みした。


(ミナミナ。ユラさん。ごめん。そんなに時間、稼げそうにない……)

(イオネラ――)

(できれば直接行ってやりたかったけど……ごめん)

(やっぱ俺、根性無しの無気力な男だった)

(俺、ここで――)


 限界だった。

 全身の筋肉が弛緩し、雄斗は力なくまぶたを閉じようとする。

 そのとき。


「ごふっ!?」


 雄斗の背中に軽い衝撃が走り、男の重い声が聞こえる。

 それとともに、固められていた腕が解かれる感触。

 続いて、どさり、と地面に人の倒れる音が、雄斗の耳に届いた。


「なっ、どうした……!?」


 驚く教授の顔が一瞬見えたところで――

 意識の消えかかった雄斗もヒザが崩れ、その場に横倒しになった。

 全身を打ちつける雨。

 その冷たさにわずかながら気を保っていると、雄斗は教授の戸惑う声を聞いた。


「な、なんだ、お前らは……!?」


 大きな驚がくと少しの戸惑いを含んだ教授の言葉に、雄斗の背後から、高くはっきりした女性の声があがった。


「我らが主の捜索を妨害し、主にとって大切な方を傷つける罪深き者たちは、天上天下一人残らず、我らホワイトテイルのバトルメイドが、十全排除させて頂きます!」


 その声に、聞き覚えがあった。

 雄斗は震える腕を何とか立たせ、声の主を確認するために首を後ろへめぐらせる。

 そこに立っていたのは――

 雄斗を捕えていた男を身長より高い棒で一突きした後、教授らを紫色の瞳でしっかりとにらみすえている、ホワイトテイルのメイド長・ユラだった。


「ユラ、さん……?」


 さきほどホワイトテイルの前で会ったときと同様、彼女は雨の中、メイド服姿のままで、店から取り出した「不動明王蒼木杖」を構えていた。

 そしてその後ろには、ほかにメイド服姿の女性たちが三人。

 顔立ちはいずれもユラと同じか、少し下の年齢に見える女の子だったが、雰囲気が普通のメイドとは明らかに異なっている。

 教授らの方を鋭くにらむ彼女らの手には、それぞれ一風変わった獲物――小さな金属製のロッド、腕を覆う特殊な形のバトン、金色に輝く長い扇子が握られていた。


 彼女らが、ホワイトテイルの秘密戦闘員・バトルメイド。

 いつもはホワイトテイルで働くごく普通のメイド。

 しかしいざというとき、ホワイトテイルに仇をなす悪を討ち倒すための戦士として、彼女たちバトルメイドが立ち上がるのだ!

 ――と、ユラはさきほどホワイトテイルの前で、自前の棒を握りしめながら雄斗に力強く語っていた。


 それを聞いた雄斗は、いくら闘うといってもまさか本気で武器をふり回したりはしないだろう、使うのは護身術程度のものだろうとなんとなく考えていた。

 だが目の前にいるのは、どうみても個性あふれる武具で丁々発止とやり合うつもりのメイド達。


(……想像以上に、すごいことになってる)


 四者四様で教授らと対峙するユラたちに顔をひきつらせながら、違う意味で感動する雄斗。

 その横をすりぬけ、もう一人、雄斗のそばへやってきたメイドがいた。


「雄斗君、大丈夫?」


「――エリちゃん?」


 見上げると、先ほど店先でユラと一緒に会ったエリが、雄斗の顔を心配そうにのぞきこんでいる。

 その表情にはいつも雄斗のことを茶化す営業スマイルはなく、代わりに真剣味が込められていた。


「ずいぶんひどい目に遭わされたんだね。かわいそう……」


「いや、俺は大丈夫……。それよりどうしてユラさんたちがここに? 城山公園に行くはずじゃ……」


「そうしようとして、この道をたまたま車で通ったら、ユラさんが雄斗君とあのジジイの姿を見つけたの。――ここはエリたちが何とかするから。雄斗君、どこか痛む? あっちの車まで走れる?」


 エリの言葉に、力をふりしぼって何とか立ち上がる雄斗。それを守るように、ユラたち四人のメイドが一斉に前に出る。

 雄斗が顔を上げると、二十メートルほど先に灰色の大型バンが停車しているのが見えた。

 ユラさんらは、あれに乗ってきたのか。

 走ろうとする雄斗。だがやはり足に力が入らず、すぐによろけてしまう。それを脇に入り込んで支えるエリ。


「あっ、無理しなくていいよ。少しずつ行こう。ね」


「おい、勝手なことをするな!」


 そこへ――

 ようやくミヤワキ教授が険しい顔で声を上げた。


「一体なんなんだお前らは!? いきなり出てきたかと思ったらガキをかばい始めおって……。お前らもそのガキの仲間か?」


「私たちは雄斗君の友人です。そして、あなたたちが追っているイオネラ様に忠誠を誓う使用人です」


「使用人……? ではなんだ。お前らはあの人造人体を本物の人間に見立てて、それに仕えているとでもいうのか? はっ! バカバカし過ぎてものもいえん。――おい、何をしている。とっととあの娘どもを追い払え!」


 教授の命令に、後ろでひかえていた数人のスーツ男が無言のまま進み出る。

 彼らの手から逃れようと、雄斗とともに車へ走ろうとするエリに、ユラはふり返って声をかけた。


「エリ、雄斗君をお願いね!」


「分かってますよー! 雄斗君を車まで運んだらエリもすぐに戻ってきますからっ」


 そこへすぐさま、一人のスーツ男がユラにとびかかってくる。

 だが後ろを向いていたはずの彼女は、まるで男の動きを予想していたかのように、紫色の長い髪を揺らしながらそれを半身になって鮮やかにかわす。

 そしてすばやく体を一回転させ、男の後頭部めがけて棒をバックハンドでスイングした。


「ぐあっ!?」


 にぶい音とともに、男があっけなく倒れる。

 かわす間を与えず、わずかな隙もない動き。

 あまりの手際のよさに、思わず教授は目を丸くした。

 だがユラは当然とばかりに倒した男を冷たく見下ろす。


「不意打ちとは卑怯ですね。でも無駄です。私の前に立ちふさがる男たちは全て、ユラの岡本一条流杖術のもとにひれ伏すことになるでしょう」


 宣言しながら、なぜかサディスティックに微笑むユラ。

 その不敵さに教授は一瞬おののきながらも、すぐに後ろのスーツ男たちに指令を下した。


「ええい、何をしておる! あんな小娘ども、さっさとねじ伏せろ!」


「さあ、やるわよ。アン、チェリー、レイカ、準備はいい?」


 後ろの三人から肯定の返事がくると、ユラはスーツ男たちと相対した。

 そして直後、スーツ男たちとバトルメイドたちの戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。






 その光景をふり返る余裕もなく、雄斗は鳴りやまない頭痛に耐えながら、エリに肩を貸してもらいつつ何とか車の近くまで歩いていた。

 車まであと少しというところで、バンの横にあるスライドドアが開く。


「雄斗君、こっち! 早く!」


「ミナミナ……?」


 車から姿を現したのは、ミナミナだった。

 雨に濡れるのも気にせず、ミナミナはそのまま外に出て雄斗を車の中に導くと、エリから「ミナミナ、雄斗君を絶対、彼女のところに連れていってあげてね!」と励ましを受ける。

「うん、絶対。任せて!」とだけミナミナは伝えると、車のドアを力強く閉じた。


 発進する車。

 ミナミナは後ろの荷物スペースにあったタオルをつかめるだけつかむと、雄斗の濡れた肌や服にあてた。


「雄斗君、大丈夫……じゃないよね。顔、真っ白だよ」


「ああ……」


 頭痛が激しい。めまいがする。

 おまけにしばらく雨にあたっていたためか、寒気までしはじめた。

 貧血に追い打ちをかけるように、雨が雄斗の体温を奪い、教授によるさきほどの仕打ちが雄斗の体を痛めつけていた。

 そんな彼のひどいありさまを、助手席にいた愛奈がふり返り、心配そうに見つめる。


「本当に大丈夫……? このまま病院に行った方が――」


 雄斗は声をかけてきた女性を見上げた。そこへ、ミナミナがフォローする。


「あっ、雄斗君。この人は愛奈さん。うちの事務所の昔からのスタッフなの」


 初めて会う愛奈に、雄斗は安心させるようはっきりと首をふった。


「いや、大丈夫です。俺、イオネラに会うまで、帰れませんから……」


「そう……」


 不安そうな顔色を示す愛奈。だが、雄斗の強固な意志を感じたのか、彼女はそれ以上何も言わなかった。

 ミナミナはさらに、運転席に座る人を雄斗に紹介した。


「で、運転してくれてるのがうちのプロデューサー。いまからこの車で城山公園まで行くから」


「事情は全部聞いたで。わいがちゃあんと城山公園まで連れてったるから! なんなら駐車場からさらに奥まで管理道も通れんで。前に城山公園でミナミナのライブやったときに、あっこの管理人とは仲良うなったから」


「そうなんですか? 助かります。じゃあ……車で行ける一番奥までお願いします。たぶんイオネラ、公園の最奥にいると思うから」


「よっしゃ。任しとき」


 力強いプロデューサーの言葉に、雄斗は励まされる思いがした。

 これでいくらか、体力が温存できる――。

 雄斗は緊張を解くとすぐに気を失いそうな気がしたため、両拳に力を込めて再度気を引き締めた。

 そこへ――


「雄斗君」


 横の席に座るミナミナの呼び声に、雄斗はふり向いた。

 彼女は正面を向いたまま、一瞬だけ雄斗に横目を向けると、すぐにまぶたを下げる。

 その様子に、いつもと違う深刻な雰囲気を、雄斗は彼女から感じた。


「……私、雄斗君に謝らなきゃいけないことがあるの」


 ミナミナは、懺悔ざんげ室で牧師に告白するように、神妙な面持ちで静かに語りだした。

 自分がイオネラを裏切り、ミヤワキ教授へ情報を流した、そのてん末を。


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