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第68話 アイドルはお姉さん的存在がお好き

 最初の返信は、ツグミがイオネラを捜しに出てから約十分後にきた。


〈それっぽいコなら青町のほうにいたよ~。朝七時くらいだったと思う。住宅街を歩いてた。ドラッグユサカの裏あたり〉


 青町は雄斗らが住む町の隣にある。

 ツグミはついったあずで自らの居所を「都内」としか知らせていない。なのに第一報がこれほど近くでの目撃情報。

 「それっぽいコ」がイオネラである確度は高いといえるのではないか。ツグミはそう思った。


 それ以降、「赤い長髪に紅色の猫目、長袖のジャケットを着た女の子」に関する情報が、次々とツグミの下に寄せられた。


〈植野のローシンの前にいたぞ! 二時間くらい前!〉


〈国道三号線から脇道に入っていくのを見たけど。一時間以上前かな。。。中華料理ミドウのある交差点〉


〈珠川の河川敷でそんな感じの人がいました。八時十分。真っ赤な髪で長いジャケットだから多分合ってると……。堤防の下に△座りでふるえながらうずくまってました。怖くて近寄れず(--;〉


〈ジョギング中、堤防にそれらしき人。場所:珠川の河川敷。テニス場からやや下流側。状態:芝生の上でうずくまるように座り込み、全身をふるわせている。見ていてやや心配になるが、救急車を呼ぶほどでもないと考え素通り〉


〈シルフィですよ~? 捜索乙! 愛しのクロたんへ転送するんでヨロ→三十分くらい前「生そば達磨」青町店の前で見たおー(^o^) コスプレかと思ったけど赤髪地毛? ガチ環コレの紅シェイド嬢似。声かけるべきだった〉


 これまで寄せられた情報から、ツグミは有力そうなものを抜き出して時系列に並べてみた。

 このほかにもいくつかあるが、シルフィから転送されたものがいまのところ最も新しい情報のようだった。

 三十分前に「生そば達磨」青町店。

 自宅から歩いて十分はかからない。


 これらの情報をもとに、イオネラの足取りを追うと、まず彼女は早朝に家を出た後、青町、植野とさまよい、珠川の河川敷にやってきたようだった。

 そこで彼女はなぜか地べたに座り込み、顔を隠したまま、みかけた人がやや不審に思うほど体を小刻みにふるわせていたらしい。

 きっとそれは、せり上がった吸血衝動に耐えていたのではないか。ツグミは想像した。

 やがて衝動が治まり、イオネラは再び青町に向けて歩き出す。

 それがちょうど三十分前。


「すごい……」


 正直、ここまで正確にイオネラの行動が追えるとは、ツグミも予想していなかった。

 もはや足を止め、スマホに届く情報を整理するほうにツグミの時間は費やされていた。

 このままいけば、自分たちが見つける前に誰かがイオネラを捕まえてくれるのではないか。そうも思えた。

 とにかく、河川敷から「生そば達磨」へ向かう道あたりを捜そう。

 ツグミがうなずいて歩を進めようとしたとき、またついーとの着信を知らせる短いメロディが鳴った。内容を確かめる。


〈さっき青町駅でそんな感じの人見た。お金もないのに切符の買い方に悩んでるみたいだったから、買ってあげたんだけど。外国人観光客かなって思ってた〉


〈あー、十分くらい前に電車の中で見た! 春崎線の白石神社行き普通。俺は長子駅で降りたからどこまでいったか分からないけど、参考になれば〉


〈電車内でそんな子がいたよ~☆ 赤い髪に暑そうなジャケットだったから間違いないと思う(*^^*) 十分くらい前、白石神社行きの電車! もう少し気づくのが早かったらなぁ~。私はあいにく殿ヶ谷で下車しちゃった。お役に立てました?〉


 新たな三つのツイートを見て、ツグミは驚きと落胆を隠せなかった。

 イオネラが青町駅から電車に乗ったことを示す情報。


(姉さまが……まさか電車に乗っていっちゃうなんて……)


 吸血衝動があるから、下手に遠出はできないだろう。実際、河川敷で衝動をこらえている目撃情報もある。

 きっと家の近くをさまよっているに違いない。その前提で、雄斗らはイオネラを捜していた。

 だが電車に乗ってしまったとなると、捜索しなければいけない範囲は格段に広がってしまう。

 せめて降車駅だけでも分かればよかったが、あいにくそこまで書かれた都合の良いついーとは寄せられてこない。


(とりあえず、お兄ちゃんに知らせないと)


 ツグミはスマートフォンの画面を「ついったあず」から発信履歴へ切り替え、雄斗へ電話をかけた。

 電話に出た兄に、ツグミはついったあずで得られた情報を手短に伝える。


「――だから姉さま、相当遠くへ行っちゃったみたいなの。でもどの駅で降りたのか分からないし……。ついったあずの反応を待ってるんだけど、それからなかなか情報がこなくて……」


『春崎線』


 すると、しばらく間をあけてから、雄斗はどこか確信めいたようにはっきりした調子で答えた。


『――城山道』


「えっ?」


『イオネラ、城山道駅で降りるつもりだ』


「どうして分かるの――」


 そこまで言って、ツグミはひとつの記憶に突き当たった。


「……城山公園!」


『そうだ。イオネラは、きっとそこに行こうとしてる』


「でもなんで? たしかにお兄ちゃんとこのあいだ行った所だけど、わざわざそんなところまで……」


『分からねえけど、イオネラが電車に乗ったのはそのときだけだし、全然知らねえ駅で降りるとも思えねえだろ。たぶん――いや絶対、イオネラは城山公園に行く気だ』


「そうだね。それしか手がかりがないし……」


『俺、いまちょうど青町駅の近くにいるから、このまま電車に乗ってく。ツグミはミナミナやユラさんにこのことを知らせておいてくれないか』


「うん。わかった」


 通話が切れる。

 ツグミは言われたとおり、まずミナミナへ連絡をとろうとアドレス帳を手繰った。


(でもどうして、姉さまはわざわざ城山公園に行こうとしてるんだろ……)


 疑問に思いながら、ツグミは「まだ姉さまが城山道駅で降りたかどうかは分からない」とも、頭の冷静な部分で考えた。

 とにかく、今はイオネラの足取りを追うことに集中しよう。ツグミはアドレス帳からミナミナの名を選ぶと、すばやく通話ボタンを押した。











「えっ、城山公園? って春崎線で行くところだよね? ――うん、うん。分かった」


 業務用につくられたバンタイプの大型車。

 その後部座席で、ミナミナはツグミとの通話を終えスマートフォンを耳元から離すと、車を運転するプロデューサーに声をかけた。


「プロデューサー、イオちゃんの行き先がわかりました。城山公園に向かって下さい!」


「城山公園やて!? えらいまた遠いとこ行ったんやなあ。ここから一時間近くかかるで?」


「イオちゃん、春崎線の電車に乗ったみたいなんです。まだ城山公園に向かってるっていう確証はないんですけど、イオちゃんが行ったことのある場所がそこしかないからって」


「なるほど。ほなとりあえずそっち向かうで。伊藤にも連絡しといてや!」


 ハンドルを大きく切るプロデューサー。外の景色が激しく流れ、ミナミナは席の縁をつかんで揺れる体を支えた。

 朝には止んでいた雨が再び降り出し、フロントガラスにはいくつもの水の玉ができている。

 プロデューサーがハンドルのわきにあるスイッチを下げると、二本の長く黒いワイパーが付着した水滴を押しのけ、目の前の視界を開いた。


「でも……城山公園まで行っちゃうと往復で二時間かかっちゃいますから、生放送には間に合いそうにないですよね。伊藤さん怒るだろうなぁ……」


 スマホをにぎりしめながら悲しくつぶやくミナミナとは対照的に、プロデューサーは元気よく答えた。


「なにいうとんねん。生放送やったら、城山公園でやったらええやないか」


「えっ?」


 プロデューサーこそなにいうとんねんと、ミナミナは一瞬耳を疑った。

 だが彼は右手でハンドルをつかみながら、左手の親指でミナミナの座席の後ろを指した。


「最近、ワイワイ生放送でも現場から中継とか、ようやっとるやろ? 今日の『青クロ!』は城山公園から初の生中継や」


 ミナミナは示された先にある、広い荷物スペースをふり返った。

 かぶせられた大きな布きれを取り払うと、その下から小型のスチールカメラからノートパソコン、折り畳み机やロケ用の照明、集音マイク、スピーカー、アンプまで並べられていた。


「プロデューサー、これ……!」


「生中継てやったことないけど、そんなけあったら何とかなるやろ。今日はミナミナが19K入りを断る、記念すべき日やからな。ド派手にいくで!」


「プロデューサー!」


 ミナミナは感激して、プロデューサーの首根っこに後ろから腕を回して抱き付こうとした。


「ちょ、ちょいまちいな! 運転中やって!」


「やっぱり好きですプロデューサー! 最高ですプロデューサー!」


「ほめちぎってくれるんはありがたいんやけど、それは愛奈に言うたってえな」


「愛奈さん……?」


 言われ、ミナミナは助手席の方に視線を移した。

 そこには、白を基調に水色のポイントがあしらわれた、さわやかな色合いのワンピースを身にまとった女性が座っていた。

 やや茶色味を帯びた、ウェーブのかかった長い髪に、優しそうな黒い瞳。

 斜め後ろから見ても線が細く、清楚な印象を受けるその美しい顔立ちの女性は、ミナミナの視線に気づいて首をめぐらせると、白い百合から生まれた妖精のように小さく微笑んだ。


「愛奈が提案したんや。せっかくやから出先で生中継したらて。そのほうが盛り上がるやろうし」


「ごめんなさい、菜摘ちゃん。私、生中継のやり方も知らないで無責任なこと言っちゃったんだけど、この人が本気にしちゃったから……」


 やわらかな口調に謙虚さと純真さを備えたその愛奈と呼ばれた女性は、プロデューサーが将来を約束した人だった。

 所属アイドルみんなのお姉さん的な存在である愛奈は、公演やイベントのたびにスタッフの一員としてつきっきりで働き、他のスタッフが仕事を終えてからも事務所の会計や庶務をこなすほどの仕事の虫だった。

 それでいて、どれだけ忙しいときでも、ミナミナらアイドルやスタッフには常に優しく、怒る姿など想像できない。

 まだ年若いアイドルらに悩み事を相談されることもよくあり、そのたびに、愛奈は包容力のある笑顔で受け止め、彼女らを静かに励ましていた。

 愛奈はプロデューサーの彼女であるということ以上に、いまの事務所には欠かせない貴重なスタッフの一員だった。


 そんな愛奈のことが、ミナミナは大好きだった。

 自分をアイドルに引き上げてくれたプロデューサーのことが好き。それと同じくらい、ミナミナは愛奈を尊敬し、好きになっていた。

 どれだけ事務所が忙しく、所属アイドルらが辛さにあえいでいるときも、愛奈だけは決して弱音をはかず、みんなを笑顔で勇気づけていた。

 愛奈は、ミナミナにとってのアイドルといってもよかった。

 人間的な魅力にあふれる彼女を目標に、ミナミナは自分を磨き続けた。

 イベントでも番組でもいつも笑顔を絶やさないようにしているのは、愛奈をまねてのことだった。


 良い姉として慕っていたそんな彼女の申し訳なさそうな言葉に、ミナミナは抱き付く対象をすぐさまプロデューサーから切り替えた。


「やっぱり好きです、愛奈さん! 最高です愛奈さん!」


「うんうん、ありがとう。私も菜摘ちゃんのこと、大好きだからね」


「もう、愛奈さん。いつになったら『ミナミナ』って呼んでくれるんですか!」


「だってこっちの呼び方に慣れちゃって……。菜摘ちゃん、事務所ができてすぐ、うちにきてくれたんだもの」


 しばらく愛奈が無理な体勢でミナミナと抱擁しあっているのを、横目ほほえましくで眺めていたプロデューサー。


「でも生中継するんやったら、もう少し人手がいったかもなぁ。いつもの四人体制で、っちゅうわけにはいかんやろうし。いまさらやけど」


「それなら、親衛隊の人達を呼びましょう!」ミナミナがようやく愛奈から離れると、輝いた目で提案した。


「あまり時間がないから、何人きてくれるか分からないけど……呼んでみるだけ呼んでみます!」


 親衛隊とは、アイドルデビュー当初からミナミナ推しだった熱狂的な古参のファンのこと。

 全部で三十名近くいる彼らは、ライブやイベントに参加するばかりか、運営の手伝いや宣伝も「布教活動」という名目で何の見返りも求めず買って出て、ミナミナのアイドル活動を全面的にバックアップしてくれる。

 まだできたばかりのアイドル事務所で、ライブのノウハウも分からないミナミナらにとって、彼らは頼れる存在だった。

 いまでこそミナミナは全国区の知名度を得つつあるため、イベント運営に親衛隊が絡むことは少なくなったものの、いざというときに独自の連絡網により秘密裏に動く存在として、ミナミナのファンの間でも伝説となっていた。


 そんな親衛隊を呼ぼうとして、ミナミナはさらに思いついた。


「ユラ達も一緒に行けないでしょうか? いまちょうど、ホワイトテイルでメイドを集めてるところだと思うので、このまま車で拾っていけばイオちゃんを捜す人手が増えます」


「せやな。それはええ案や。ほな伊藤の車をホワイトテイルに回そ。愛奈、すまんけど伊藤に連絡してくれるか」


「うん、了解。――あっ、伊藤君? ちょっとホワイトテイルに向かってもらえる? うん、そう――」


「ミナミナ、ユラに連絡しますっ!」


 スマホを取り出したミナミナは、すばやく画面を操作する。

 にわかに慌ただしくなってきたミナミナの周辺。

 雨はしだいに激しさを増し、幾筋もの水がガラスの表面を流れ落ちる。

 雄斗、ツグミ、ミナミナ。

 ユラ、小詩、ついったあ民、芸能事務所のスタッフ――。

 全員がイオネラの影を捜し、イオネラを救うために動く。

 それは――

 そのこと自体が、六百年の時を経てよみがえったイオネラが、この現代を生きてきた証だった。


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