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第67話 アイドルは夢を与える仕事がお好き

「19K入りを辞退するやてぇぇぇ!?」


 事務所に響き渡るプロデューサーの声。

 ミナミナの所属するアイドル事務所にいたスタッフが全員驚き、声のした方をふり向く。

 彼らの目に映ったのは、事務所の奥の席に座るプロデューサーの前で深々と頭を下げた、ミナミナの姿だった。


「ごめんなさい、プロデューサー! ミナミナ、色々考えたけど、やっぱり19Kのアイドルにはなれません。だから――19K入りをとりやめさせて下さい!」


「急にそないなこと言われても、もう発表してもうとるし……昨日かて、お世話になっとる番組とかスポンサーにあいさつ行ったばっかりやないか。そんで今日のワイ生で、ファンのみんなに正式発表する予定やったやろ」


「だからごめんなさい! ミナミナ、昨日会った人全員に謝ります! 何日かけてでも、一人ずつ謝って回ります! だから――」


 面を上げ、ミナミナは懇願するようにプロデューサーをみつめる。

 その瞳には、簡単には揺らぎそうにない強く固い意志がみなぎっていた。


 日曜日の朝。

 いつもより一時間以上早く事務所に姿を現したミナミナは、事務所のスタッフへのあいさつもそこそこに、すぐさまプロデューサーの席へ向かった。

 朝は一杯のエスプレッソからと決めているプロデューサーは、今日も圧縮された豆から濾しだされた濃く苦いそれを口につけようとしていた。

 そこでミナミナから突然「19K入りを辞退したい」との衝撃発言が飛び出し、彼は思わず口に含んだエスプレッソをふき出してしまったのだった。


 何度か大げさに咳をしてから、困ったように眉根を寄せるプロデューサー。

 冒頭のやり取りを経て、ミナミナからはずっとかたくなな視線が注がれている。

 それを受けとめ、しばらく彼女の懸命な顔つきを眺めてから、プロデューサーはあきらめたように小さく息をはいた。


「――そんなけ言うんやったら、どういう訳か聞かせてくれるやろな」


 彼の重々しい言葉に、ミナミナはすでに覚悟を決めてきたというように、はっきりとうなずいた。

 それから彼女は、19Kのメンバー入りについての経緯を、洗いざらい正直に語った。

 ホワイトテイルで大学側の交渉人に、19Kへの加入と引き換えにイオネラの情報を渡すよう提案されたこと。

 そしてそれを承諾し、イオネラについて必要な情報をミナミナが教えてしまったこと。

 全てを。


 ミナミナが淡々と事実を話すのを、プロデューサーをはじめ、周りのスタッフも仕事の手を止め、真剣な顔でただ黙って聞いていた。

 イオネラがバイオロイドであることは、以前ミナミナがワイワイ生放送「ミナミナのブルースカイ・クロニクル」にイオネラをゲストとして呼んだ時のトラブルから、プロデューサーだけは知っていた。

 ただそれも知っていた、というだけで、どこまで信じてくれているかは、ミナミナにも分からなかった。


 普通に考えれば、イオネラの正体は吸血鬼の魂が乗り移った人造人間である、などという話は、笑い話にもならない空想上の設定としか思われない。

 さらに、19Kへの加入が電話一本であっさり実行されるという話も、通常ならあり得ない。そのことはミナミナも十分認識していた。

 だが、ここで下手なウソをついたところでまた自分の心に暗い陰を落とすだけだし、プロデューサーや他のスタッフに対して誠意が無い。

 信じてもらえなくてもいい。ただ自分の心の内に隠し、押し込めていた全てを、みんなに伝えるだけ。

 それは彼女自身の心にいつのまにか肥大していたうみをつぶし、けがれた傷を取り出すような作業だった。


 ミナミナはひととおりのことを話し終えると、昨日イオネラに言われたことを思い出しながら、付け加えた。


「――ミナミナ、思い出したの。自分が本当になりたかったものを。ミナミナの夢は、日本一のアイドルになることだってみんなに公言してたし、ミナミナもそう思ってた。でも違ったの。ミナミナはただ、たくさんの人たちに夢を与えられるような、そんな存在になりたかった――そんな仕事がしたかっただけなの。それをかなえる手段として『日本一のアイドルになる』っていう目標があっただけ。

 でもいつのまにか、ミナミナの中でその目標自体が目的になってた。どんなことをしてでも、日本一のアイドルになるって。たとえ親友を裏切ってでも、自分の夢をかなえることが正しいことなんだって。――おかしいよね。ミナミナは人に夢を与えなくちゃいけない存在なのに、逆に夢を壊すようなことをして。そのことに、今日ようやく気づいたの」


 ミナミナは自嘲気味に微笑むと、どこかすがすがしい様子で話を続けた。


「このままじゃミナミナ、日本一どころか、アイドルを続ける資格も無いから……。でもイオちゃんは、このことを告白しても全部受け止めてくれたんです。ミナミナのやったことは正しいって、こんなチャンス二度と無いんだからって、励ましてくれたんです。ミナミナ、イオちゃんのかけてくれた言葉がすごくうれしかった。こんないい親友、ほかにいないと思うから……。

 でもきっと、このままイオちゃんに甘えてばかりじゃいけないと思うんです。もう一度、自分のなりたかったものを見つめ直すべきだって――19Kに入ることと引き換えに、自分の中で守っていた大事なものを失くしちゃダメだって、ミナミナ、やっと気づくことができました」


 ミナミナが話し終える。

 彼女の話をじっと聞いていたプロデューサーが、複雑な感情を目じりにたたえる。

 そしてゆっくりと、彼はミナミナを気づかうように口を開いた。


「ミナミナ」


「ああ、分かってます、プロデューサー! 『そうは言うてもなあ、いままで絶対無理やと思ってた19K入りが実現するねんぞ。この機会をみすみす逃すねんかいな』と言いたいんですよね? でももうミナミナは決めました。何を言われても、19Kには入りませんから!」


「いや、ちゃうてミナミナ」


「あああ、分かってます、プロデューサー! 『世の中、きれいごとばっかではやっていけないねん。夢を実現させるためにときには後ろめたいことをしなあかんのやねん』と言いたいんですよね? でもミナミナ、ファンのみんなにこれからも夢を与え続けたいから――自分が夢を破るようなことはしないって、もう決めましたから!」


「いや、だからちゃうてミナミナ」


「ああああ、分かってます、プロデューサー! 『イオちゃんは別にいい言うてるねんやろ? 19Kに入れば仕事も増えるし、収入も上がる。ここにいるスタッフのこと思うねんやったら19Kに入るべきやろうやねん』と言いたいんですよね? 本当にそれはごめんなさい。でもミナミナ、いままで以上にうんと働くし、もっと仕事が増えるよう一生懸命がんばりますから!」


「とりあえずミナミナ、その気持ち悪い関西弁使うのやめてくれへんか……」


「へっ?」


 身振り手振りで必死に訴えていたミナミナがようやく動きを止めるのを見て、プロデューサーが苦笑する。


「ちゃうんや、ミナミナ」


「じ、じゃあ、もっと別のことで怒ってる……?」


「怒ってへんがな」プロデューサーはばつが悪そうにこめかみを指で引っかく。


「――そんなことやろうと思うとったんや」


「えっ?」


 プロデューサーの意外なセリフに、ミナミナは息をとめた。


「なんで……? 知ってたんですか?」


「調べたんや。ミナミナの19K入りの話がきたんがあまりに唐突やったから、なんかアヤシイ思うてな。この業界、都合のええ話はそうそうない。うまい話には必ず裏があるさかいに、な」


 そう言ってプロデューサーは口元を上げた。


「19Kのアイドル抱えてる知り合いの芸能事務所のやつとか、仲のええプロデューサー連中に訊いてみてん。ほならそいつらも青天の霹靂へきれきで、ビックリしとったんと同時に腹立てとった。そらそうやわな。ほかにも19K候補のアイドルはようけおんのに、その子ら全員飛び越してミナミナが19K入ることになったんやから。

 ほんでミナミナを加入させることを決めたんは誰や、思うていろいろ訊いて回ったら、やっぱり19Kの総合プロデューサーの独断らしいわ。周りを無視して一方的に決めてしもうたんやと。なんで他の事務所の反感買うこと知っててそんなことしたんかが分からんかってんけど、いまミナミナが話してくれた内容と合わせて考えたら、だいだい納得がいったわ」


「どういうことですか……?」


「たぶんそのバイオロイドの研究を支援しとるスポンサー企業の中に、19Kの総合プロデューサーへのパイプを持っとるやつがおんのやろ。そいつがバイオロイドを取り戻すために、ミナミナを19Kに入れるようもちかけたんとちゃうか。もちろん、そいつにしか出せへん何らかの報酬と引き換えや。その企業が提供しとる番組へ19Kメンバーを出演させるとか、でかい公演会場の使用権を一定期間譲渡するとか。業界がちごうても上の方でつながっとんのは、よくあることやからなあ」


 交渉人と自称していた少年――ライネックも同じことを言っていたと、ミナミナは思い出した。

 バイオロイドの開発は国家プロジェクトであり、日本政府が管理する研究機関が主導し、有名な大企業がスポンサーとして資金を提供している。

 そのバイオロイドが行方不明になり、いまだに見つからないということは、彼らにとってとんだ失態に違いなかった。


『だから彼らは、あらゆる手段、あらゆるコネを使ってバイオロイドの情報を集めています。例えば仮に、とある小さな事務所のアイドルが有名なアイドルグループに加入することで、バイオロイドの居所がつかめるとわかれば、彼らは全力をあげてそのアイドルグループを統括する企業、あるいは人物にコンタクトをとり、便宜を図ってもらうよう打診するでしょう』


 少年の言葉がミナミナの頭をよぎる。

 彼はミナミナの前では全知全能であるかのように振る舞い、卑しく巧みな話術でミナミナからイオネラの――バイオロイドの情報を聞きだした。

 彼の手のひらの上で、ミナミナは転がされていた。ミナミナ自身も、それを自覚していたつもりだった。

 だが彼の狙いは違った。そのことが、いまのミナミナには分かる。

 少年の狙いは、ミナミナの心の中にあった良心をマヒさせることにあったのだ、と。


 友人を裏切り、19Kに加入することを、理屈の上で正当化する。

 ミナミナはイオネラとアイドル事務所のスタッフを天秤にかけされられた。

 だがミナミナが最初に考えていた通り、本来その二つは同じ天秤に上がるものではない。

 それがいつのまにか、彼女の中で二つは交換できるものだと思い込まされていた。


 もしイオネラを見捨て、19Kの正式メンバーになっていれば、心のしこりは彼女の中で一生残り続けることになっただろう。

 いや、いまですらもう遅いのかもしれない。

 すでにイオネラが大学側に捕まっていれば、ミナミナの犯した過ちが原因であることは明らかで、いまさら19K入りを辞退するといったところでただ彼女の良心の痛みをわずかに和らげる程度の意味しかない。

 だがそれでも、ミナミナは間違った道から、希望のある道へ戻ろうとしていた。

 自分の理想とするアイドルへの道へ。


「それでもミナミナが19Kをやりたい、言うんやったら、わいはそれを推そう思っとった。絶好のチャンスであることには違いないからな。さっきミナミナも言うたけど、この業界、きれいごとばかり言うてられへんし。それにミナミナが曲がりなりにも19Kに入れるんは、それなりの知名度があったからやとも思うし。――やけどミナミナが断るんやったら、わいもそれを受け入れるつもりや」


「でも、ミナミナのせいで、この事務所の評判が悪くなったりしたら……それで仕事とかが減って、みんなに迷惑をかけるかもしれないし……」


「なんや、事務所の心配してくれとんのか? それはわいの仕事やで。ミナミナはただ、アイドルいう他人の夢を育てる仕事に精を出してくれればそれでええんや。ほかはなんも心配せんでええ。19K入り辞退の謝罪とか、屁でもないわ。わいに全部任せえ」


「プロデューサー……!」


 ミナミナは感激のあまり、プロデューサーに向かって思い切り抱きついた。

 あまりの勢いにキャスターつきのイスが後ろへ大きく滑り、プロデューサーはあわてて足で止める。


「な、なんやミナミナ。銃弾でも飛んできたんか?」


「好き! 大好きです、プロデューサー!」


「えらい衆人環視の目があるこんなとこで愛の告白とか、ムードもへったくれもないなあ……。日本一のアイドル目指すんやったら、もっと周りの空気読まなあかんで」


 冗談を口にしつつ苦笑するプロデューサーに、周りのスタッフの表情もようやく緩んだ。

 ミナミナを抱きとめ、猫を相手にように彼女のツインテールの黒髪をやさしくなでるプロデューサー。

 それを受けながら、少しの間、ミナミナはプロデューサーの胸の中に顔をうずめていた。


「ミナミナ……絶対、日本一のアイドルになってみせるから……19Kになんか入らなくても、ミナミナが一番だってみんなに言ってもらえるように、私、頑張るから……!」


「せやな。ミナミナやったらできる。わいは信じとるで。ミナミナがうちにきてくれたときから――そや。せっかく辞退するんやから、『19K正式メンバー入りを蹴ったアイドル』いうて逆PRうとか。『トップアイドルグループへの加入を断ったミナミナの真意とは!?』とかドキュメンタリー番組からのオファーきそうやし。またミナミナの付加価値上がるで!」


 こんなときにも商売根性をみせるプロデューサーに、ミナミナは泣きそうになる自分の感情が可笑しくなった。

 ――やっぱり、私の居場所は、ここなんだ。

 胸に安心感が広がり、自然と笑顔がこぼれる。

 それは、ミナミナが自分の正しい立ち位置にようやく戻れたことを再確認した瞬間だった。


 そのとき。

 事務所のソファの方で、電話の着信音がメロディを奏でた。

 曲は「I Need Your Games」。ミナミナの新曲。

 その音が自分のスマートフォンのものだと気が付くと、ミナミナはプロデューサーから離れ、ソファに向かっていった。

 スマホを取りとり、画面を確かめる。

 そこには「☆☆イオちゃん☆☆」の文字があった。


「イオちゃん――!」


 ミナミナの顔に緊張が走る。

 着信ボタンを押し、すぐさまスマホを耳にあてる。


「もしもし――あっ、雄斗くん! どうしたの……えっ、イオちゃんが!?」


 疑問と驚がく、そして不安へと表情を忙しく変えながら、ミナミナは電話口で何度もうなずく。

 しばらく話してから電話を切ると、彼女は差し迫った様子で顔を上げた。


「プロデューサー! イオちゃんが、雄斗君の家からいなくなったって……」


 ミナミナの呼び声に、プロデューサーもすぐにその意味を理解した」


「捜しに行くんやな、ミナミナ」


 プロデューサーの言葉に、ミナミナはうなずく。

 そこへ、スタッフの一人から声が上がった。


「で、でも、『ワイ生』はどうするんだよ? これから二時間後には『ワイ生』の準備を始めないと……」


「伊藤さん、ごめん! ミナミナ、どうしても行かなくちゃいけないの!」


「あっ、ミナミナ!」


 スタッフが止めようとする間もなく、ミナミナは事務所を飛び出していく。


「待てや、ミナミナ!」


 プロデューサーの大きな声に、ミナミナは足を止めてふり返った。


「止めないでください、プロデューサー! ミナミナ、イオちゃんを捜しにいかなきゃいけないんです!」


 訴えるミナミナに、だがプロデューサーは怒るどころかなぜか楽しそうに笑みを浮かべていた。


「車があった方がええやろ。わいが車出すからそれでいくで」


「ぷ、プロデューサー!」


 驚きをあらわにしたのは、ミナミナではなく伊藤と呼ばれたスタッフ――『ミナミナの昼ナマ! ブルースカイ・クロニクル』を担当しているディレクターだった。

 彼へも、プロデューサーは誘うようにニタリとした笑みを向けた。


「お前もこいや。二台で探せば早いやろ。ここには浜やんと京ちゃんだけ残しといたらええから」


「で、ですが、番組に穴をあけるわけには……」


「大丈夫大丈夫。なんとかなるて。な、ミナミナ?」


 プロデューサーの力強い言葉に、ミナミナは後押しされるようにうなずいた。


「みんな、私のわがままに付き合わせてごめん! すぐにイオちゃんを見つけて、生放送までには戻ってくるから!」


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