第47話 吸血貴族はなれなれしい者が苦手
亜斗蘭逓州大学産業工学部別棟。
まだできて十年もたたない、ガラス張りの近代的な建物の一室で、二人の男が向かい合っていた。
一方は、神経質そうな目つきでたたずむ、初老の科学者・ミヤワキ教授。
常に新品同様の白衣を着こんだバイオロイドの産みの親は、たたずまいこそ清楚だが、その表情はここ数か月間ずっとつのらせている焦りと不安に醜くゆがんでいる。
そんな彼が、わずかに期待をこめた表情で、しわの目立つ口を開いた。
「――有力な情報が、見つかったと?」
すがるような声を発する教授。
だが、紺色のスーツに身を包んだ目の前の男は、それを払いのけるような冷たい声色で返答した。
「有力、というには頼りないものですが。我々のほうでもいくつか、可能性のある情報を得ているというだけです。真偽のほどはこれから」
オールバックに細い目をしたその男は、これまで何度も教授のもとを訪れていた、出資者の遣いだった。
ミヤワキ教授の手がける主要な研究――バイオロイド開発に、多額の費用を出資している某大手企業の手先。
その男が、抑揚のない声で述べた。
「こちらにも何か進展はあったかと思いやって参りましたが、そのご様子では教授のほうには有用な情報は入ってきていないようですね」
「そうだ。全く、我が大学の研究員は自らの研究テーマには熱心だが、人捜しは素人だ。一向に捜索が進まん。あとの頼みは警察だが、最近はこちらが求めてもいい加減な情報を流してくるばかりで、なかば無視されている状態だ。くそっ」
「警察の方たちは、今回の事件を『事件』とはとらえていない向きがあるようです。動くはずのないバイオロイドが勝手に動き出し、逃げ出した、という我々の主張を信じていない。逃げたのはじつはただの人間じゃなかったのかと」
「やつらは事の重大性を分かっておらんのだ!」教授はいらだつように側頭部の白髪をかきむしった。「我々ですら信じがたい現象が目の前で起きたのだぞ! そもそも、バイオロイドが動くはずがないという証言は、何人もの関係者からとれているはずだ。なぜそれでも警察は捜査を縮小しようとするのだ!」
「我々が口裏をあわせているとでも考えているのでしょう。警察にとっては、まさにいま教授のおっしゃった『信じがたい現象』を簡単に認めるわけにはいかないでしょうから。動くはずのない物体が意思をもって動き出す、ということは、おとぎ話の世界でのみ通用することです」
「くそっ……役立たずが!」
教授は腹立たしげに近くの実験台をたたく。
それを冷たく一瞥し、遣いの男は色のない視線を教授に向ける。
「もちろん、このままバイオロイドが見つからない、という結末は、我々としても避けたいと考えています。四方八方手を尽くして得たわずかな情報から、何とか尻尾をつかんでみますので、もう少々お待ち下さい」
「頼むぞ。情けないことだが、もはやそちらしか頼れる者がおらん。――ところで、いま得ている情報とは、どのようなものだ?」
教授の質問に、男はよどみなく答えた。
「バイオロイドによく似た人物の映像が、インターネットの動画サイトに流れていた、というものです。人気アイドルのネット番組にゲストとして出演していた、とのことで」
「なんだ、それか」それを聞いた教授は、あからさまに落胆した表情を見せた。
「その情報なら、我々もつかんでいる。インターネットが得意なうちの研究員が見つけてきたのだが、明らかに別人だ。わしもその映像を見たが、目の大きさや顔の輪郭が異なるし、髪の長さも違う。バイオロイドをつくったわしが言うのだから確実だ」
「たしかにそうです。ですが、いくつか気になる点があるのです」
「気になる点……?」
「ご説明すると長くなりますのでここでは申し上げませんが、こうした事案を得意とする『専門の者』にいま調べさせているところです。少々クセのある人間ですが、もし情報が確かなら、我々にきっと良い情報をもたらしてくれるでしょう」
「ふん。無駄だと思うがな」
教授は独りごとのようにつぶやいてから、何かに気が付いたように不安そうな顔色になった。
「その『専門の者』が何をするのか知らんが――あまり、手荒なマネだけはせんでくれよ。わしが自分の人生をかけて造り出したバイオロイドだ。傷つけられるのは耐えられん」
彼の何気ない言葉に――
遣いの男は、これまで全く変化のなかった目つきを、わずかに鋭くした。
「教授」
わずかに凄みのきいた言葉。
だがその変化を、ミヤワキ教授は敏感に感じ取った。
男は少しだけ間をおいてから、忠告するように教授を見上げる。
「教授。ウソはいけません。ウソは、これまで築き上げてきたお互いの信頼関係を損ないます。
自分の造り出したバイオロイドが傷つけられるのを恐れる。そんな感情は、教授には無いはずです。教授が恐れているのは、我々が事を荒立てて警察が介入した場合に、自分の犯した罪が露見することに対してでしょう」
男の言葉に、教授は一瞬狼狽してから、思わず歯噛みした。
だが、男は冷徹に続ける。
「我々がそのことを非難するつもりはありません。むしろ、不正をいとわず実利を優先させた教授という人間を高く評価しています。だからこそ、我々はバイオロイドという有用性の高い研究に投資し、その使い道を教授にお任せしたのです。ですから我々の前ではどうか、『バイオロイドが傷つかないように』などという青臭い建前をつくろわないで頂きたい」
それともう一つ、と男は顔を上げた。
「手荒なマネだけは、と教授はおっしゃいましたが、たとえ我々がこれからおこなうことが『手荒なマネ』だったとしても、教授にはそれを止める権利はありません。
我々は何としてもバイオロイドを発見、回収しなければなりません。この研究には多額の費用がかかっておりますし、政府、企業、工学会など多くの関係者、関係機関がかかわっている一大プロジェクトなのです。その唯一の成果品が行方不明となった以上、その発見に手段を選んでいる場合ではありません。
もしこのままバイオロイドが見つからなければ、教授の信用は失墜し、二度とバイオロイド製作に携わることはかなわなくなるでしょう。もはや事態は一刻の猶予もないとご理解頂きたい」
男は静かに、だがはっきりとした口調で一気に述べると、「では、私はこれで」と一礼し、部屋を出ていった。
あとに残された教授は、男が伝えた言葉を心の中で反すうした。
それとともに、教授の表情に、焦燥の色が表れる
――あんなやつらと手を組んだのは、本当に正解だったのか。
教授は男が去って行った扉を見つめながら、後悔の念を抑え込むように拳をにぎりしめた。
「イオちゃぁ~~~ん!! ひさしぶりぃぃぃぃ! 元気? 元気? 元気だった? まさかイオちゃん自らミナミナの楽屋にきてくれるなんて思わなかったよ~!!」
関東ローカルの某テレビ局。
番組収録のために設けられたミナミナの楽屋に、イオネラはいた。
数時間前。
イオネラはミナミナに電話をかけていた。
ひさしぶりの連絡にすぐさま応答したミナミナへ、イオネラは用件を簡単に伝えた。
「短時間でもよいから、どこかで二人きりで直接会えぬか」
ミナミナは即座にOKし、テレビ番組の収録が終わった後の楽屋にイオネラを招いたのだった。
十畳ほどの和室に入ると、ミナミナはあいさつ代わりにイオネラへ抱きついてから、ひととおり再会の喜びを伝えた。
「こっちから連絡できずにごめんね~。ここ最近、ロケ番組と劇場のイベントが続いちゃって、休みの日がほんとに一日もなかったんだよ~。もうイオちゃんへの思いは募るばかりで、いつ休めるかってマネージャーさんに毎日聞いてたんだけど、いまが大事な時だからってスケジュールを殺人的に埋められてたりしたから……ほんとにごめんね」
謝り倒すミナミナに対し、畳のしかれた楽屋にクツを脱いで腰を下ろしたイオネラは、怒る様子もなく柔和な笑顔を見せた。
「よいよい。わらわの方こそ、突然押しかけてすまぬのう。どうしてもおぬしと会って話す用事ができたものでな。――ところで、今日はテレビの仕事だったのかえ?」
「うん。トーク番組。今日は『いまこそ聞きたい! アイドルの本音トーーーーーーーク!!』っていうタイトルで、いろんな有名アイドルが十人くらい出てたの。それにミナミナも呼ばれたんだけどね……」
すると、ミナミナは少し浮かない顔をした。
「――あまり楽しそうな様子ではないな」
「うん。いつもならミナミナ、ゲストのだれよりもしゃべるようにしてるんだけど、今日はうまくMCの人とからめなくて、話があんまり盛り上がらなかったんだ……。メインの話題は全部19Kの人たちがもっていっちゃって、ミナミナあんまり存在感なかったな、って……あ、ごめんね。グチっぽくなっちゃった」
「かまわぬ。まあ、何度もやっていれば、そういうこともあるじゃろう。あまり気にせず次のことを考えるのが良策じゃぞ」
「だよね。でも今日は19Kとひさびさにガチンコ勝負だったからなぁ……ちょっと悔しいよ。浜西カナって知ってる? 19Kの総選挙でいつも3位以内に入ってる大人気の子なんだけど。カナちゃん、収録が終わってからミナミナのところにきて、『いまの事務所じゃ19Kに入れないんでしょ? なら移籍すればいいのに。そうしたら私といっしょに活動できるよ』とかって平気で言うんだよ。向こうにしてみたら、ミナミナのいる事務所なんて眼中にないんだなって、改めて思い知らされたよ」
ぷんすかと怒るミナミナに、イオネラは苦笑する。
「そういう者もおるじゃろうな。なにしろおぬしは才能にあふれておる。周りの言葉に惑わされず、自分の信じた道を貫くことは大事なことじゃ。だが、世の中それだけでは回らぬこともあるからのう」
「あー! イオちゃんひどい!! じゃあイオちゃんは、ミナミナが移籍したほうがいいっていうの?」
「それはおぬしの考え方ひとつじゃ。ま、おぬしが移籍に首を縦に振らぬことくらい、想像はつくがな。いまの事務所にいながらにして『日本一のアイドルになる』ことが、おぬしの最終的な夢じゃろうから」
「うん、絶対。この事務所から19Kの正規メンバーになって、いまのメンバーをごぼう抜きするんだから。そうすれば、プロデューサーも――」
そこで、楽屋の扉がノックされる音がした。続けて、扉の開く音。
「ミナミナー。プロデューサーが呼んでるよー?」
現れたのは、ミナミナの所属するアイドルグループのメンバーだった。
メンバーの中でもミナミナと最も仲の良い、おとなしそうな彼女は、部屋の中にいたイオネラに目をとめた。
「あれ、お客さん? ごめん、ミナミナしかいないかと思って……」
「いいよユカリン。プロデューサー? 何の用事だろ」
「うん。来週からの劇場イベントのことで、ちょっと話があるみたいだったけど」
「せやで。来週のイベントはミナミナがメインやから、いまから話をつめとかんとあかんからな~」
そのユカリンの後ろから――
関西弁を話す男が、唐突に現れた。
「プロデューサー!?」
とたん、ミナミナが声を上げて立ち上がる。
びっくりしてよけるユカリンの前で、プロデューサーと呼ばれた男はそそくさとクツを脱ぎ、畳の上にあがった。
ひょろっと背が高く、無精ひげを生やしたまだ二十代とおぼしき彼は、着崩れた半袖のカッターシャツに灰色チェックのスラックスという軽装で、イオネラとミナミナのそばに立った。
黒い短髪の髪で、目はやや落ちくぼんでいるものの、その瞳の中にはギラギラと強烈に光るものがある。
常に好奇心に飢えているような顔つきの彼は、ミナミナの横にいるイオネラに目をとめた。
「なんや、客か? ミナミナが楽屋に知り合いを呼ぶて珍しいなぁ。それも外国人や」
「イオちゃんですよ~、プロデューサー。あの、ワイ生の件の」
「ワイ生の……ああ、あのときのか! 名前『イオネラ』やったかいな? ヨーロッパの方のなんやエラい貴族とかいう」
かなりざっくりした認識に、イオネラはむっとして対抗するかのように立ち上がる。
「わらわはトランシルヴァニア公国で最も高貴な貴族、シェーンベルク家の唯一の跡取り娘、イオネラ=シェーンベルクなるぞ。ミナミナの客人である相手の身分くらい正確に覚えよ!」
イオネラの言葉に、プロデューサーは好奇心を刺激されたように目を大きく開いた。
そしてすぐさまイオネラに近づくと、その手を取りぶんぶんと両手で握手する。
「へえ~、もう高貴キャラ完全に仕上がってるやん! その堂々とした態度、風格……なかなかお目にかかれへん逸材やで!」
「なっ!? お、おぬしのようななれなれしい者に褒められたところで、なんらうれしくもないわ! さっさと手を放せ! 放さねば即刻市中引き回しの上、打ち首拷問の刑に処すぞ!!」
「おおお、そのにじみでる傍若無人さ、時代錯誤な言い回し、最高やわ! なんや本物の貴族に見えてきたがな!」
「ええい、無礼にもほどがあるぞ! わらわはただ、吸血貴族としての存在を示すために――」
「吸血鬼!? その設定も受けるわ~。二次元ではようけあるけど、リアルで吸血鬼を主張するやつってそうそうおらへんからな~。――で、いつから来られる? 明日からいける?」
がっちりイオネラの手をつかんだまま両目で強く訴えるプロデューサーに、ミナミナは言いつけた。
「もう、プロデューサー! イオちゃんはアイドル志望じゃないんですから!」
「えっ、ちゃうの? なんやぁ、ミナミナが連れてきてくれたもんやとばかり思うてたのに……。イオちゃん、どや。これからわいと一緒に夢のトップアイドルを目指してみいひん? まずは関東のテレビ番組を総ナメにするで!」
勝手なことをのたまうプロデューサーの手をようやく振り払うと、イオネラは憤然とした顔でミナミナを見た。
「こやつはいったい何なのじゃ。わらわの高貴で尊い身分もわきまえず、このようにずけずけと……」
「ごめんイオちゃん~。プロデューサー、気に入った人がいると見境なくアイドルに誘っちゃうから……」
「当たり前やろミナミナ。金もないコネもない、まだ始めたばかりの小さいうちの事務所からしたら、人材が唯一の武器なんやで。そんな中でや。イオちゃんこそ、まさにうちの事務所が必要としていたキャラ、さらに注目度を上げるためのアイドルになりうる存在やと思わんか?
うちのアイドル、わりとおとなしめのやつが多いさかいな~。イオちゃんみたいに自分のことを堂々と主張する、態度のでかいキャラが欲しかってん。ほんま助かるわ~。――で、『緊急来日! 外国人吸血鬼アイドル、イオネラ・シェーンベルク様』あたりで明日夕の劇場デビューで手打たへん?」
「プロデューサー!!」
そろそろミナミナが本気で怒り出しそうなのを見て、プロデューサーはようやく口を止めた。
「わわ、わかったわかった。いや~悪い悪い、ついつい」
「ついついじゃありませんよもー。プロデューサー、調子に乗りすぎです。いつもそんな態度だから他の人に軽く見られちゃうんですよ?」
「そういわれてもなぁ……性分やさかい。これはと思った女の子を見たら後悔する前に声かけんと我慢できんのや」
「そのねじれた性分、すぐ直して下さい!」
それからいくつかミナミナと明日のイベントの件について二、三言葉を交わすと、プロデューサーはユカリンと一緒に部屋を出ていった。
イオネラに名刺を渡してから「気が変わったらいつでもいうてや! アイドル枠、空けとくさかいな♪」と一方的に言い残して。
彼の去っていった扉を見つめながら、イオネラは憤りに顔を赤くした。
「全く、ちゃらちゃらしおってからに……。あやつ、本当におぬしのプロデューサーなのか?」
「うん。あの人がうちの事務所の総合プロデューサー兼代表取締役社長」
「あやつがトップ……。ミナミナ、あんな軽そうな者の下で本当に大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫! ああ見えて、うちのどのアイドルからも好かれてるし、どんな事務所の人たちとも仲良くしていて、すごく仕事ができる人だから。いまも元気そうにふるまってたけど、じつは昨日まで過労で倒れてたんだ。ここ最近、大きな仕事が立て続けに入ってきてたから……」
そう言うミナミナの顔に、少しだけ不安の色が浮かぶ。
「プロデューサー、頑張りすぎて自分の体のことまで気が回らないみたいだから……そこがちょっと心配かな」
真剣な様子で語るミナミナに、イオネラは両手を腰にあてたまま向き直った。
「ミナミナ。前にも聞いたが、やはりおぬし、あやつのことを好いておるのか」
「うん、もちろん!」ミナミナが即答する。
「ミナミナのことをすごく大切に思ってくれてるし、やっぱりあの人がいたおかげで、ミナミナはいまみたいに充実した毎日を送れてるから――できればずっと、プロデューサーといっしょに過ごしたいなって思うよ」
「ならば、いっそのこともう結婚してしまえばよかろうに」
平然と言い出すイオネラに、ミナミナは一転戸惑う。
「け、結婚……?」
「そうじゃ。この国では、女は十六で結婚できるのじゃろう? おぬしにはすでにその資格があるのじゃから、好きならば迷わずあの者と籍を入れ結婚し、生活をともにすればよい。それとも、なにか結婚できない事情でもあるのかえ?」
「結婚なんて、そんな……ぷ、プロデューサーと結婚なんて、想像したことないし……っていうか、ミナミナの年齢で結婚とか、ちょっと早すぎだし……好きっていうのは、そういうことじゃないっていうか、なんていうか……そ、そもそもミナミナはまだアイドルだから恋愛なんてできないし、プロデューサーはそういう対象じゃないし……そんな、ダメだよイオちゃん……」
何を想像してか、勝手に顔を赤くしてもじもじするミナミナに、イオネラは真顔のまま言った。
「何を恥ずかしがることがある? おぬしが結婚し、子を産み、家庭をもうけて幸せになることを、おぬしのファンも望んでいるのではないか? ならば堂々とあやつと婚約し――」
「待って待って、イオちゃん。考えすぎだから……。ミナミナ、まだそんな心境にはなれないよ」
ようやく冷静さを取り戻したミナミナが、イオネラの勧めに口をはさむ。
「ミナミナはプロデューサーのことが好きだけど……尊敬、っていうのかな。その延長上にあるだけだから。恋愛とはちょっと違う、かな」
それにね、と、ミナミナはゆっくりとヒザをおって畳に座りながら、静かにつぶやいた。
「プロデューサー、もう彼女さんいるもん。とってもすてきで、きれいな彼女」
ぽつりと口にする意外な言葉に、イオネラは合わせて座りながらミナミナを見つめる。
「彼女? 妻ではなくてか」
「うん、彼女さん。長い髪で、背が高くてね。優しくておしとやかな人なの。以前は近くのラジオ局で音楽番組のパーソナリティをしてたんだけど、うちの事務所ができてからはずっと、事務所の仕事を手伝いに来てくれるんだ。メンバーのみんなに差し入れをもってきてくれたり、小道具づくりをいっしょにやってくれたり、もうほとんどうちのスタッフみたいなんだけどね」
ミナミナは、どこかうらやむような視線を宙へ投げる。
「プロデューサーのことを陰でささえてる、っていうか、もうたぶんプロデューサー、彼女さんなしじゃやっていけないくらい頼ってるから……。でもすごく仲が良くて、二人でいるとき、ほんとに楽しそうなんだ。見てて、ちょっと嫉妬しちゃうくらい……。理想のカップルってああいうのなんだな、って、ミナミナ思ってるの」
「でも、結婚はしておらぬのじゃな?」
「うん。プロデューサー、本当はプロポーズしたいんだけど、安定した収入がないからいまだに言い出せずにいるんだって。結婚指輪を買うためにお金をためようとしても、すぐに事務所のために自分の給料を取り崩しちゃうから、なかなか貯まらないって……。
だからミナミナ、決めたんだ。プロデューサーと彼女さんが結婚できるように、もっともっと売れて事務所がもうかるようにしようって。二人が幸せになれるように、もっともっと有名になろうって。それが、ミナミナにできるプロデューサーへのただひとつの恩返しだから……」
三角座りになり、ミナミナはひざに顔を乗せて感傷に浸る。
そこには、自分の心の中にあるプロデューサーへの想いと、その彼女への尊敬、そして葛藤が複雑に絡み合っているに違いなかった。
日本一のアイドルになる、というミナミナの決意は、もちろん彼女個人の夢、願望でもあったろうが、プロデューサーへの恩返しという意味も多分に含まれていたことに、イオネラは気付かされたのだった。
しばらく沈黙をおいたあと、イオネラが静かに口を開いた。
「――なるほど。おぬしのプロデューサーへの想いがよくわかったぞ。それに、アイドルへのこだわりもな」
「まあ、改めて言われると恥ずかしんだけどね。えへへ……。あ、そういえば、今日のイオちゃんの用事ってなに?」
再びもとの調子を取り戻したミナミナは、冗談めかして笑顔を見せる。
「急に時間をつくってって言われたからつくったけど……あ、もしかして、ミナミナの血を吸ってくれるとか?」
「そうじゃ。よく分かったな」
「やったー♪ ミナミナ、一発でイオちゃんの目的を当てたよ~。イオちゃんが、ミナミナの血を吸ってくれるって――えっ、えええええっっっっ!?」
驚きに思わず大声をあげるミナミナ。
だがイオネラは平静な態度のまま、ミナミナへ伝えた。
「うむ。今日はおぬしの血を吸いにきたのじゃ、ミナミナ」




