表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/78

第46話 吸血貴族は下僕の過去がお好き


 テーブルを囲んで座ると、イオネラは小詩に、雄斗の弓道部での様子をつぶさに尋ねた。

 特にイオネラが聞きたがっていたのは、雄斗が弓道に全力を注いでいたころから、すべてのことに無気力になっているいまの状態に至った、転換点だった。

 そのきっかけとなったと思われる出来事に、小詩は中学三年生の夏の大会を挙げた。

 彼らのいた弓道部はもともと弱小校だったが、雄斗らの頑張りにより県大会で初優勝をおさめ、創部以来初めて関東大会出場を決めた。

 彼らは初出場の勢いそのままにトーナメントを次々と勝ち上がっていき、奇跡的に関東大会でも優勝することができた。

 次は、全国大会。

 周りからの期待も高まるばかりだったが、大会へ向けたスケジュール管理から会場への移動まで、部員らにとっては皆初めてづくしのことで、小詩も相当あわてふためいていた。

 そんな中でも、雄斗は全く動じずに、ただ淡々といつも通りの練習をこなし、本番に臨もうとしていた。


「そのころの雄斗は、本当にすごかったんだ。僕なんて、全国大会に出場できるって思うだけでも緊張して足がふるえたのに、雄斗は全国で優勝することしか考えていなかった。学校でもずっと弓道のことに集中していて……練習の成績も、あのころが三年間で一番よかったんじゃないかな」


 だが、一回戦であたったのが、ここ四年連続で優勝している、全国大会でも屈指の名門校だった。

 それを聞いたとたん、部員のほとんどはあきらめ顔になり、「勝っても負けても悔いの残らないようにしよう」と試合の前から負けた時の言い訳を探すように皆で言い合っていた。

 そこにくぎを刺したのが、雄斗だった。

 弓道は、極論すれば、自分がどれだけ的を射とめるかが勝負。相手とのかけひきは必要ない。

 だから相手がどこだとしても、どのようにすれば矢を的に数多く中てられるか、そのためにはいま何をすればいいか、そのことだけに集中すればいい。

 雄斗はそう部員に伝え、黙々と練習に打ち込んでいた。

 そこには常勝校を恐れる気持ちなど、まるで無かった。


 そして試合当日。

 ふたをあけてみると、雄斗と小詩らの中学が、終始試合を優位に進めていた。

 常にごくわずかリードしながら、試合が進行していく。

 最後の射手は、雄斗。

 その矢が的にあたれば、彼らの勝利という状況にまで至っていた。

 矢を放つ雄斗。

 だがそこで、不可解なことが起きた。


「雄斗の矢は、ちゃんと的をとらえたんだ。でも審判が、雄斗の射た後に、足が所定の位置からはみ出てるってなんくせをつけてきたんだ。それでもう一度うち直したら、それもはみ出てるって言われて……。

 そんなこと、他の試合では指摘されたことないし、雄斗の足が特別前に出ていたようにも見えなかったんだけど……なんであのとき審判が雄斗に警告したのか、いまもわからないんだ」


 結局、雄斗は三度目の矢をはずし、その後に行われた延長戦は小詩が成績を崩して、あえなく雄斗と小詩の中学は常勝校に敗北した。

 自責の念にかられ、小詩はその場ですぐ涙した。

 主将に肩をかしてもらわなければならないほど、小詩は足腰がくだけて歩けない状態になった。


「いま思えば情けないんだけどね。あのときの僕は、悔しさと申し訳なさで、どうしようもなかったんだ。でも――」


 問題はそのあとだと、小詩は目の前の二人に真剣な顔で告げた。

 射場にたたずむ雄斗が、何かのきっかけでとつぜん相手校の選手になぐりかかったのだった。

 会場は一時騒然となる。

 小詩もそれに気づき、射場へ駆け戻ったときには、まるで別人かと見まがうほどに怒りをぶちまけて暴れる雄斗が、大勢の人にとめられていた。

 結局、殴られた相手校の選手は大事には至らず、そのまま翌日以降の試合にも出場した。

 そして当然のように決勝までコマを進め、そこで勝利し、見事に五年連続の栄冠を手にした。

 一方、雄斗らの中学は、雄斗の暴力事件が尾を引き、その後三ヶ月間の活動停止処分となった。

 雄斗は小詩ら他の三年生と一緒に夏の大会で引退したが、結果的に後輩に迷惑をかける形となり、その後、雄斗が弓道部へ顔を出すことはなくなった。


「なんでそんなことをしたのか、僕も何度も雄斗に尋ねてみたんだ。でも全然答えてくれなくて……。たぶん相手校の選手になにかひどいことを言われたと思うんだけど。いつもは静かな雄斗があんなに怒るなんて、きっとよほどのことだったんだろうと思うよ。試合で理不尽な判定もあったからよけいに、ね」


 静かな感情をこめる小詩の話に、真剣に耳を傾けるイオネラ。

 小詩はなかば笑みとも苦みともつかない表情を浮かべている。だがその心の奥底では、推し量るに余る悔しさや悲しさを秘めているはずだった。

 中学三年生の夏に起きた、不可解な事件。

 多感な時期に、あるいは一生心に傷を残すようなできごと。

 雄斗が抱えていた闇の一端が、みえたような気がした。


「なるほどのう……。ユウトめ、弓兵時代にそんな経験をしておったのじゃな」


「私も初めて聞いた。お兄ちゃん、そんなことになってたんだ……全然言ってくれなかった」


 二人の心からの嘆息に、小詩もうなずいた。


「雄斗らしいよね、そういうところ。ひとりで全部抱え込むクセがあるから。雄斗って、他の人によけいな心配をかけさせたくない、っていう気持ちが強すぎて、たまに隠し事が多くなっちゃうんだよね。本人は自覚してないみたいだけど」


 小詩のなにげない言葉に、イオネラはふと眉を上げた。

 昨日、月森先生のもとでの精密検査を終えた後、路上でケンカをしたときの雄斗の様子が一瞬、脳裏によみがえる。

 隠し事をするのは、相手に心配をかけさせたくないから。

 その言葉に思いをはせたイオネラは、再び口を開いた。


「小詩よ。その部活は、いまユウトとおぬしが通っておる高校にもあるのか?」


「弓道部? あるよ。僕も部員だし。あと大翔もいるから」


「たいしょう?」


「ああ、中学のときに部長だった人。雄斗と大翔が、うちの学校のツートップだったんだ。大翔は何でも頭から突っ込んでいく性格で、雄斗はいつも立ち止まって考えるタイプだから、全然性格が合わなくて毎日ケンカばかりしていたんだけど、それがお互いにとっていい刺激になっていたみたい」


「その大翔という男が、いま雄斗の通っている高校にいるのか。ふむ……」


 なにやら考え込むように、イオネラが視線をテーブルに落とす。


「……ユウトの無気力な性格を改善するには、中学時代の弓道部であった出来事の記憶を、何とかして上書きせねばならぬな。あやつの生きる気力も、きっとそこから生まれるじゃろう」


 イオネラの言葉に、ツグミも同意を示すようにうなずく。

 だが。


「でも……それだけじゃないような気がするよ」


 小詩は少しだけ、同情するような目を二人に向ける。

 イオネラは彼の視線に、疑問をはさんだ。


「なぜじゃ。あやつが無気力になった原因は、おぬしの話してくれた中三の夏の大会じゃろう。それ以外に、心あたりがあるというのか?」


「いや、あてはないんだけど……なんていうのかな。なんとなく、それが全部じゃない気がするんだ」


 困ったように、小詩が目つきを緩める。


「――雄斗のやる気がなくなったのは、他にも理由があるような気がする。もちろん、弓道部の夏の大会が大きなきっかけになってるとは思うんだけど。女の勘、ってやつかな」


「……おぬしは男じゃろう? 女の勘とはなんじゃ」


「あ、そ、そうだね……」小詩はごまかすようにあはは、と笑う。「じゃあ男の勘、ってやつ」


「おぬし、男にしては少しなよなよし過ぎておるのう。男子たるもの、もっと力強く心をもたねば、異性を引きつけることはできぬぞ」


 そこへ、ツグミが首を振った。


「違うよ姉さま。こうたちゃんは女の子よりも男の子のほうが好きなんだよ」


「む、そうなのか? なるほど、それならば合点がいくのう。同性愛者はときに異性よりも異性らしくなるから、わらわもすっかりだまされておったわ」


「そうそう。こうたちゃん、お兄ちゃんにべったりなんだよね」


「ちょ、ちょっと!」


 二人が勝手に進める話を、小詩は止めた。


「僕は普通に女の子が好きだから。同性が好きだなんて、そんな……」


「隠さずともよいぞ、小詩。わらわのいた国でも決して珍しい存在ではない。ユウトのことが好きならば、はっきりとそう言ってくれたほうがこちらとしても解りやすくてよい」


「ち、違うよ! 雄斗のことは好きだけど、そういうやましい関係じゃないし……ボーイズラブの作品が好きでコミケで買いあさってるとか、マンガの一場面を雄斗と僕に置き換えて想像してみるとか、そんなこと絶対にしてないから……!」


 してるんだな、とイオネラとツグミは心の中で思った。

 顔を赤くしながらあわてる小詩の解りやすい反応に、イオネラはなぜか感心する。


「おぬしは正直な人間じゃのう。ユウトももう少し小詩を見習ってほしいものじゃ。――ところで、今日は何の用だったのじゃ?」


「ああ、うん……雄斗にぜひ読んでもらいたい、おすすめの同人誌を持ってきたんだ。これなんだけど」


「ドージンシ?」


 そういうと小詩は、わきに置いていた大きな紙袋の中身を、テーブルの上にぶちまけた。






「――あれ」


 雄斗が家に帰り着くと、玄関に見慣れないクツが一足置かれていた。

 だれか来てるのか。そう思い、リビングのほうがやけにさわがしいことに気付く。


「……小詩?」


 雄斗はクツを脱ぎ、リビングへと足を運ぶ。

 すると。


「これは短いが、なかなか画が凝っておるのう。 ひょっとして『琥珀色こはくいろのレイ』か?」


「そうそう、よく知ってるね! それ、数あるレイの二次創作の中でも一番画がきれいなんだ。でも話ならこっちのほうが面白いかな」


「姉さま姉さま、これも面白いよ! 同人誌だからってあなどれないね。これはなんの二次創作?」


「これはオリジナルだよ。ハナPさん、毎回いいマンガを描くんだよね~」


「字が読めたらもう少し楽しめるのじゃがな。わらわもそろそろ本気でニホンゴを学ばなければならぬのう……おお、これも知っておるぞ! 『アウトオブバレット‐狼の刻‐』のマスダ少佐じゃな! 毎週水曜日に放送しておる」


「そう! イオネラ、深夜アニメにすごく詳しいよね? じゃあこの二次作品なんかもおすすめかな。『私の愛はあなたよりも深い』」


「毎日観ておるから、当然じゃ。これは……『キラリLove☆』の近藤水穂じゃな」


「正解! すごいよイオネラ。じゃあこっちは――」


「あ、お兄ちゃんおかえり。何してるの、そんなところでつっ立ったまま」


「ユウトよ、おぬしはなぜ小詩の同人誌をもっと読まぬのじゃ? 小詩が悲しんでおるぞ」


「そうだよ雄斗。僕、雄斗のことを想っていつも同人誌を紹介してるのに、いつもそっけないんだもん。こんなに面白いのに、もったいないよ? ――あ、こっちは先週出たばっかりの新作なんだ」


 そこでは、「小詩の持ってきたマンガ・小説・イラスト集、計三十冊以上ある山のような同人誌を読みあさる会」が開催されていた。

 おそらくその一冊一冊について、後日小詩から感想を求められるだろうと思い、雄斗は閉口した。


「まだ見たい? じゃあいまから家に帰ってとってくるよ。ちょっと待っててね!」


 ――いや、多すぎるからやめて。雄斗は心の中で叫んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ