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第38話 間話 ~ツグミのオフ会~

「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様♪ 今日は数あるメイドカフェの中から『ホワイトテイル』をお選びいただき、ありがとうございます☆ ドリンクでもフードでも、なんなりとお申し付けくださいね♪」


 三人のいる店は、秋場原の本格的なメイドカフェだった。

 大通りからやや外れたところにある、白と茶色を基調にしたアンティークな概観のこの店は、平日の夕方である今日もほぼ満席だった。


 三人は店の奥まったところにある四人掛けのテーブル席に、やや緊張した面持ちで座っている。

 一人はオレンジ色の襟つきシャツに、白いジーパンをはいた、背が高くやや肩幅の広い青年。年齢は二十代なかば。

 一人はグレーのプルオーバーに白のチュールスカート、赤いふちどりのメガネをかけた、おとなしそうな少女。年齢は十代後半。

 もう一人は、くたびれたポロシャツの内側に、かわいい二次元の女性キャクターが描かれたTシャツをきた、オタクらしいややふくよかな男性。年齢は三十弱。


 三人は、今日が初対面だった。

 少なくとも、現実世界では。


「いかがなさいますかご主人様? 今日はエリ特製『メイドとLOVELOVEデザインカプチーノ』がオススメですよぉ☆」


 エリがいつものように、得意のデザインカプチーノを推してくる。両ひざをついたエリに、下から上目づかいに見上げられたポロシャツの男性があたふたしていると、肩幅の広い青年が救い舟を出した。


「まだ一人来てないんで、注文はもう少し後にしてもらえますか」


「はい、かしこまりましたご主人様♪ ご注文の際はいつでもこのエリにご用命下さいね~☆」


 そうしてにこやかに去っていくメイド姿の店員を見ながら、青年はつぶやいた。


「……いったい、どんな人なんだろうな」


 それに、向かいの席に座っていた少女がぼそぼそと小さな声で答えた。


「た、たぶん……すごい人なんだと……だ、だって、日本一になっちゃった人だから……」


「でもそんな人に限って、意外と見た目ふつーだったりするんだよな」


「そ、そうですよね、私、期待しすぎですよね、はは……」


 少女はごまかし笑いのまま、水の入ったコップに口をつける。

 オタクの男性は、なにやら口をもごもごとさせているが、結局黙ったまま。

 少しだけ、三人の間に沈黙が落ちる。

 だが、それから間もなくして。


「――おっ、あれか?」


 青年が店に入ってきた一人の客に気づく。

 その少女は、エリに案内され、どんどん自分たちのテーブルに向かってくる。


「えっ……ほ、ほんとに……? ほんとにあの人?」


「絶対そうだろ。だってあのキャラのまんまじゃん。髪がだいぶ短いけど」


「…………!」


 目を丸くする三人。

 その視線の先にいた客は、ついにテーブルのそばまでくると、三人に対して少しだけ恥ずかしそうな笑みをうかべつつ、右手をひかえめにふって見せた。

 鮮やかな桃色のショートヘアに、左目が蒼色、右目が紅色のその少女は、黒いシンプルなTシャツにストレッチパンツという出で立ちで、彼らの前に立つ。

 その姿を見て、三人はほぼ同時に声を上げた。


「「「クローディア!」」」






 オフ会。


 それは、少しの緊張と、わずかな不安と、その先にある大きな期待が込められた集まり。

 ネットでしかつながりの無かった者たちが、リアルの世界での出会いを楽しむ貴重な時間。


 クローディアことツグミがやってきたのは、彼女が一年間、頭の上から足の先までどっぷり浸かっていたCSO――クライシスソード・オンラインで、ともに旅をしていたパーティ「Crisis Blader」のメンバーとのオフ会だった。


「でも、リーダーがまさかCSOのキャラそのままの格好してるなんて、さすがに思わなかったな。ひさしぶりにマジでビビッた」


 そう言って笑顔をみせる肩幅の広い青年は、「ノボル=D=サキヤマ」。


「だから私、言ったじゃん……やっぱりクロさん、ただものじゃなかった……」


 そう言いつつ、緊張してかクローディアと視線を合わせられずにいるメガネの少女は、「不束者」こと「ふつつか」。


「クロたんコスktkrキタコレーー! ヤバすぎでしょ!!」


 そう言って、さきほどまでほとんどしゃべらなかったのに、クローディアを前にしたとたん興奮ぎみになるオタクの男性は、「シルフィ」。


 いつも異世界でともに戦っていた三人の、現実世界での姿。

 クローディアは、首を横に振りつつ、落ち着いた様子で答えた。


「いや、これコスじゃないから。いつもこうだし」


「いつも? じゃあ学校とかもこれで? え、ええっ!?」ふつつかが驚く。


「さすがリーダー。日本一の魔術師だけあるな……」ノボルは嘆息する。


「それどういう意味よ……。でもみんなだって日本一でしょ。この三人がいてくれたから、私も日本一がとれたわけで」


「泣かせるこというねぇ……」


「と、とりあえずなにか頼む?」


 ふつつかの言葉に、待っていたエリがすぐさま注文をとり始める。


「メイドとLOVELOVEデザインカプチーノ」をノボルとシルフィが、「濃厚ミルクのカフェラテ」をふつつかが、「エスプレッソアイスティー」をクローディアが、そして全員が「自家製もものいろケーキ」を注文。


「このお店、『自家製もものいろケーキ』がすごく評判いいらしいんだけど……」


 ふつつかの言葉に、クローディアが興味を持つ。


「じゃあ、この店のチョイスはふつつか?」


「ううん。オフ会しようって言い出したのは私だけど、お店はシルフィ。この店、すごくお気に入りなんだって」


 シルフィがやや照れた顔をする。


「ここのお店は飲み物もデザートもこだわってるし、サービスも超ハイレベルで、食べナビでも4点台だし、よく使ってる感じなわけで……」


「無理するなよシルフィ。メイドが好きなんだろ。大丈夫。俺もひそかなるメイドマニアだ」とノボル。


「ぼ、僕はメイドマニアじゃないんですけど……僕はあくまでもミナミナひと筋であって、そのミナミナがこの店をよく使ってるからであって、決してそんな下心があってこの店を使ってるわけじゃないお」


「いや、俺にも下心は別にないんだが……ってかシルフィ、二次元好きだと思ってたんだが、アイドル好きの方だったか」


「それまちがい。ミナミナは三次元化した二次元アイドルという認識でファンの間では統一済み」


「結局二次元好きなのな……」


 苦笑するノボルに、シルフィは若干うつむきながら答えた。


「でも、やっぱり僕がシルフィ、っていうのはちょっと恥ずかしいというか……みんな僕のこと、女だと思ってたんじゃないかとか思ったりして」


「いや、想像通りだった」とノボル。

「うん、知ってた」とふつつか。

「むしろイメージどおりで安心した」とクローディア。


「く、クロたんまでっ? それどういうことっ!?」


 三人の反応に、シルフィは戸惑うばかりだった。


 それから四人は、お互いのことについて話に花を咲かせた。

 ふつつかは今年高校を卒業したばかり。だが最後の方はあまり学校に行っておらず、卒業してから進学するでも就職するでもなく、ただ課金するためだけに週一のバイトをするだけの生活を送っている。部屋ではCSOをするか「ついったあず」でつぶやくかスマホでBL小説を読むか、という腐女子。

 シルフィは実家でニート。気が向いたときとミナミナの新作グッズが発売される直前だけ、単発のバイトをする。それ以外のほとんどの時間を自室のパソコンの前で過ごし、CSOとミナミナの生放送視聴に人生の大半を費やしている。もちろんミナミナのライブはほぼ欠かさずチェックしている。

 ノボルはネットビジネスで生活費を稼いでいる、元ブラック企業のSE。何で稼いでいるのかと訊くと、本人いわく「まあ、アフィリエイトとかいろいろね」。基本自室から出ることはなく、買い物は全て通販で済ませているが、時間が空けば趣味の筋力トレーニングを欠かさない。

 そしてクローディアは、現役中学生で先日まで不登校生活。


「みんな見事にひきこもりだな。ま、そりゃそうか。時間と金が無いとCSOで勝つことなんてできないからなぁ」


「自家製もものいろケーキ」をおいしそうにほおばりながら話す自称・甘党のノボルに、クローディアはうなずく。


「それでも、CSOはまだマシなほうだよ。お金だけじゃ勝てないし」


 そのとき、彼女の前で沈んだ顔をしているふつつかにクローディアは気づく。


「ど、どうしたのふつつか……」


「クロさんが……わ、わたしより四つも年下だったなんて……ショックすぎて……。大人びてるからてっきり年上だと思ってたのに、クロさんを尊敬していた私はなんだったんだろう……ブツブツ」


「といわれても、私も困るんだけど……」


 苦笑いのクローディア。

 そこへ、ノボルが神妙な顔で尋ねる。


「リーダー、CSOはもうほとんどやってないのか?」


 その質問に、ふつつかとシルフィも、元パーティリーダーに視線を向ける。

 当のクローディアは、悟ったような笑顔になりながら、


「そう、かな。たまにログインするけど、プレイはほとんどしてないよ」


「そうか、残念だな……。もう戻ってくるつもりもないのか」


「うん。他のゲームはするかもしれないけど、CSOみたいにどハマりするゲームはしばらくやらないつもり」


 クローディアの言葉に、少しだけ落ちる沈黙。


「……でも私、クロさんとパーティ組めて、とても楽しかったよ」


 少しして、おもむろにふつつかが口を開く。


「最初、コミュで会ったときは、正直ちょっと怖いっていうか、ギスギスした人かなと思ったけど……一緒に戦闘してるうちに、すごく神な魔法の使い方するクロさんと話せるのがだんだんうれしくなってきて……クロさんに引きずられてプレイしてたら、いつのまにかパーティランキングが全国一位になってて……。

 私なんかが、って思って毎日プレッシャーだったけど、クロさんがいたからずっとやってこれたと思うし、私、本当に感謝してて……あ、あの、何言ってんだろ私……」


 テーブルに向かって、恥ずかしそうにうつむくふつつか。

 そこへ、シルフィも口を開く。


「僕も、クロたんとパーティ組めて、すごい幸運だったっていうか……クロたんの萌えるカリスマ性ハンパなかったし。あのパーティにいたとき、僕の人生の中で一番集中してたような気がしたお。他のパーティとかもう考えられないし。クロたん無しのCSOなんかもうCSOじゃないって感じだお」


 ノボルも、静かに話し始めた。


「俺はパーティに入るのは一番最後だったけど……正直にいうと、ちょっと組んで上位を目指せそうにないメンバーだったら、すぐに抜けようと思ってたんだよな。

 でもリーダーの求心力にまず魅かれて、それからふつつかやシルフィが、リーダーに足りない部分にちょうどぴったりハマってたから、これはすごいな、って直感したんだ。っていうよりか、俺もこの仲間に加わりたい、って、素直にそう思ったな」


 三人の言葉に、どこかこそばゆいような表情を浮かべるクローディア。


「なんなの、みんなして。恥ずかしいからやめてよ」


「みんなリーダーのことを尊敬してるってことだよ。中学生でそれだけカリスマ性をもった人間、そうはいないぜ」


 ノボルの言葉に、ふつつかも同調する。


「私、いまだに覚えてるもん。クロさんがCSOのコミュに書いた言葉。『私、最高位魔術師になるから、力を貸して』って。もうナンバーワンになるって確信してるんだこの人は。すごいなって、そう思った」


 そして、ふつつかは決意したように、この日初めてクローディアに視線を向ける。


「だから……クロさん、またCSOやろ? 第四部! まだ始まったばかりだし、クロさんとなら絶対また一位をとれるよ! 私たちと一緒に、もう一度新しい冒険に」


「ゴメン無理」


 クローディア即答。


 すこーん、と打ったボールがすぐにはね返って自分の頭を直撃したような衝撃。

 うちひしがれたふつつかは、半分なみだ目でかすれた声を発する。


「はえ……なんで……」


「ごめんね、ふつつか。私、決意固いから。あ、『ついったあず』ならいくらでも付き合うよ」


「イヤイヤイヤ! 私はクロさんとCSOがやりたいのーー!」


「どっちが中学生だか……」


 ノボルが苦笑する。そこへシルフィも口を挟む。


「でも僕はCSOが終わっても、未来永劫クロたんの味方だお! ついったあずも毎日クロたんに@ついーとしてるし! それは僕がクロたんを愛してるから!」


「その愛却下。ってかたまに十秒に一回ペースで@ついーとしてくるの、ほんとやめてほしいんだけど」


 クローディアがばっさり切り捨てる。


「ってか、シルフィはリーダーとミナミナと、どっちが大事なの?」とノボル。

 それへ、シルフィは真面目な顔で返す。


「クロたんとミナミナは違う次元で生きてるから、どっちも大事なわけ。比べることなんてできないお。CSOの最高位魔術師とアニオタマスターアイドルが同じ世界で会うことないし」


「そういうもんかね……まあ、たしかにミナミナと会うことなんてないだろうけど」


 ノボルが言うのに、ふつつかが苦笑する。


「でもこの店、ミナミナがよく来るんでしょ。だったらこの場で会う可能性もあったりして……ハハ……」


「万一会ってもクロたんとミナミナが話をすることないし。やっぱり二人は別の次元に生きてるという僕の見解」


「でもこのあいだ、ミナミナ家に来たよ」


 クローディアが告げる。

 その言葉に、三人が「えっ?」と目を丸くする。


「クロさん、それホント?」

「クロたん……いや、絶対ウソだ……いや、でもクロたんはウソつかない……ま、まさか、時空のゆがみがカオスに発生中!?」

「おちつけシルフィ。意外にあり得るぞ。よく考えれば、CSOのテーマ曲、ミナミナが歌うようになったんだよな。だからミナミナがゲーム会社の人たちと一緒に、CSO第三部最高位魔術師であるリーダーのところへ、インタビューにいったとか」


「いや、そんなんじゃないんだけど……吸血鬼の姉さまがミナミナと知り合いで、ワイワイ生放送に出演するから、ミナミナがうちまで迎えに来たの」


「「「は……?」」」


 三人とも、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

 そんな彼らを見て、クローディアは少しだけ得意げな顔になった。

 イオネラの高慢な表情を思い浮かべ、どこから説明しよう、と悩みながら。


 平日の夕方。

 店の外には、アニメグッズ目当てやアイドルの公演に行く人たちが往来する、いつもの秋場原の風景があった。


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