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第37話 吸血貴族は地下アイドルがお好き

 それから三人は、お互いの生活のことについて、話に花を咲かせた。

 雄斗らが知ったのは、ミナミナが雄斗と同い年であること、ふだんは近くにある私立の女子高に通っていて、休みの日には秋場原や池府黒あたりによく出かけていること、とはいえ休日は月に一回あるかどうかというくらい忙しいこと、などなど。

 対してミナミナは、雄斗とイオネラの暮らしぶりについて、興味深そうに尋ねてきた。


「え~? じゃあ雄斗クンは、イオちゃんと妹の三人だけで住んでるんだ~。両親とも海外だなんてすごいよね~、面白そう」


「べつに面白くねえよ。毎日飯を作らないといけねえし、掃除とか洗濯とか、全部自分たちでやらないといけねえから、大変なだけだって」


「でも、二年前っていったら、まだ中学生でしょ? 普通なら、お父さんが単身赴任するか、家族みんなで移住しそうだけど……雄斗クンはよっぽど親に信頼されてたんだね」


「信頼なんて……あの親父に限ってするわけねえし。ってか、俺たちだけで住むって言い出したのは、俺だから」


「そうなの? 雄斗クン、みかけによらず言うね~。――じゃあ今度、ミナミナも雄斗クン家にお邪魔していい? クローディアさんとも一度お話ししてみたいし。あ、雄斗クンがイオちゃんに血を吸われている姿もみてみたいなぁ~」


 わざわざ見せるほどのものでもないんだが、と雄斗は思ったが、ミナミナが期待に目をらんらんと輝かせているのを見て、何も言い出すことができなかった。


「雄斗クンって、イオちゃんに毎日血を吸われてるんだよね。やっぱりその最中って気持ちいいの? アニメとかだと、血を吸われている人はよく『天にも昇る気持ち』になるっていうから」


「いや、別になにも。最初にチクッて痛むけど、それだけ。まあ献血みたいな感じかな」


「え~~そうなの~? ミナミナ、ガッカリなんですけどぉ……」


「気持ちいいほうがいいのかよ……」


「決まってるじゃないですか! ミナミナはイオちゃんに血を吸われるべく、いま健康的な自然食に少しずつシフトしてるんですから! 目指せ腸内環境正常化! まずは一日一本の野菜ジュースから!」


 はりきって食生活改善を宣言するミナミナに、イオネラは告げた。


「じゃが、いま仮におぬしの血を吸えば、おそらく気持ちよくなると思うぞ」


「えっ? ホント?」イオネラの言葉に、思わずソファから立ち上がるミナミナ。


「うむ。ユウトが気持ちよくならないのは、こやつが健康体だからじゃ。不健康な人間の血を吸うと、その者の体の中にある毒素まで吸いだすから、それが吸われた者に快感を与えているようじゃのう」


「じゃあいま吸ってよぉイオちゃぁん」


「いまはだめじゃ。それに、わらわは原則、健康な人間の血しか吸わぬ。すまぬな」


 心底残念そうな顔をするミナミナに、雄斗は苦笑する。


「そんなにイオネラに血を吸われたいのかよ」


「あっ、雄斗クン、ミナミナのことバカにしましたね! もうミナミナはイオちゃんに出逢ってからというもの、一日も欠かさずに吸血シチュエーションのイメトレを欠かしてないんですよ!

 背中から羽交い絞めにするイオちゃん。ミナミナは必死にもがくけど、イオちゃんの毒牙からは逃れられない。ミナミナの首筋に、イオちゃんの鋭い犬歯が突き刺さる。にじむ赤い血。イオちゃんが血をひとつ吸うたびに、ミナミナは快感に全身を支配される。『だ、だめだよ、イオちゃん……ミナミナ、吸血鬼になっちゃう……ミナミナ、みんなのアイドルなのに……イオちゃんだけのものに、なっちゃう……』」


 自分だけの妄想の世界に浸り、もだえるミナミナ。雄斗は思わず顔を引きつらせる。

 ここまで自分の世界に入り込めるから、ある意味これだけ売れたんだな……。

 勝手に納得する雄斗の横で、イオネラは目を細めていた。


「ま、雄斗の血が使えなくなったら、考えてやってもよいぞ。こやつもいつ体調が悪くなるか分からぬからのう。先日など、わらわの許しを得ずに薬など飲んだものじゃから、血を吸えなくなっての。しかたなくツグミの血を吸ってやったりしたこともあった」


「ツグミ、って――クローディアさんのこと? 妹さん? で、どうだったの?」


「うむ。最初は強く抵抗してきおったが、わらわがマイトの力で無理やり押さえこんで血を吸っているうちに、少しずつ身をゆだねるようになってきてのう。おそらく血を吸われることが気持ちいいと感じておったのではないかな」


「イオちゃぁぁぁん! ミナミナの血も吸ってーーーーーー!!」


 店内中に響くくらい大きなミナミナの声に、店内のミナミナのファンたちは何ごとかと色めきたつ。

「血?」「血って言った?」とやや興奮ぎみにウワサするファンに、雄斗は何と言い訳してよいのか分からず、顔をひきつらせたままその場を過ごすしかなかった。






「ところで、ミナミナのことも訊いてよいか」


 イオネラが言うと、ようやく落ち着きを取り戻したミナミナが、手元のキャラメルマキアートに口をつけてから元気よくうなずいた。


「うん、いいよ~」


「ミナミナはどうして、アイドルなどという職業についておるのじゃ。この時代では、ユウトくらいの歳で定職につく者は珍しいのじゃろう」


「まあ、ミナミナの場合、定職とはとてもいえないけどね」


 ミナミナは少し言い含むように告げてから、話し始めた。


「アイドルを始めたのは、お小遣いを稼ぐためかな。ミナミナ、好きなアニメとか声優さんの追っかけみたいなことをしてたから、すぐにお金が足りなくなっちゃって、それでアルバイトのつもりでやりはじめたんだ。

 求人広告に載ってたのは、公演一回で五千円。土日の一日二回公演なら日当一万円だし、平日もやればやるだけ稼げるから、端っこのほうで踊るだけなら意外とおいしいかもと思ったの」


 それを訊き、イオネラは雄斗に尋ねる。


「五千円というのは、そんなにおいしい給料なのかえ」


「まあ、俺もバイトしたことないし分からねえけど……一日八時間働くとして、一万円なら結構わりがいいかもな」


「でもね、本当はそうじゃないんだ」


 ミナミナがやや声のトーンを下げる。「『地下ドル』って知ってる?」


 ミナミナの言葉に、イオネラが再び雄斗の方を向く。


「わらわは知らぬが……ユウトよ、説明せよ」


「いや、俺も知らねえんだけど……」


「これじゃ。全く、おぬしはつくづく役に立たぬ下僕じゃのう」


「んだと。もう一度言ってみろ」


「はいはいー! ケンカはやめましょー!」


 あわてて二人のやりあいをとめるミナミナ。


「『地下ドル』っていうのは『地下アイドル』のこと。テレビとか雑誌とかの有名なメディアには出ずに、劇場の公演だけで売り出してるアイドルのことなの。その求人は、地下アイドルの公演に出る人を募集してたんだ」


「なるほど。しかし『地下アイドル』とは、なんとも陰鬱な名前じゃな」


「うん。ミナミナもそう思う。最近じゃ気をつかって『ライブアイドル』なんて呼ばれるときもあるけど、いまの実情をみたら、くやしいけど『地下ドル』の方が合ってるんだよね」


 それからミナミナは、うつむき加減のまま、なぜか小さく笑顔をつくった。


「やってみて初めて分かったんだけど、公演の準備は全部自分たちがしなくちゃいけないし、公演が終わったら、グッズの販売とか、握手サービスとかもあって、後片付けを含めたら一日仕事になるんだよね。それに公演の無い日にも、本番で使う道具や衣装作りとかを手伝ったりして、その日には交通費しか出ないから、結局全然割に合わない仕事なの。まあこれでもすごく恵まれてるほうだって、他の事務所の人からは言われるけどね」


「そうなるとますます疑問じゃ。そんな仕事を、なぜおぬしは今も続けておる?」


 イオネラの言葉に、ミナミナは平然と答えた。


「最初は、こんな仕事続けられるのかなって、不安だったよ。でも、辞めようっていう気持ちには一度もならなかった。だって公演って、すっっごく楽しいから。

 ミナミナの入った事務所は、まだできたばかりの小さなところで、何もかも一から始めようとしていたの。新店のオープニングスタッフみたいな感じかな。何も決まったものがないから、公演の内容から、演出から、歌も踊りも、グッズ何にしよう? とか、事務所の人たちと、ミナミナといっしょに入ったメンバーとでいつもつくっていくの。

 メンバーは全部で十四人いるんだけど、みんなアルバイト、って言われて入ったのに、アイドルに対する意識がすごく高くて――プロデューサーがそういう人を選んで採用したみたいなんだよね――みんな遅くまで、どうしたら次はもっといい公演になるだろうって話し合って、必死に頑張ってるの。だから、最初はお小遣い稼ぎのつもりだったミナミナも、やっていくうちに、アイドルの楽しさにいつのまにか引き込まれていったって感じかな。

 そんなだから、好きなアニメグッズを全部買ったり、声優さんを追っかけたりはできなくなったの。けどその代わり、ミナミナ自身が声優さんに会えるくらいに有名になりたい、と思えるようになったんだ」


 ミナミナから聞かされる、全く知らない「地下アイドル」という世界の事情に、雄斗はただただ感心していた。

 アイドルの世界は厳しい、となんとなく聞いてはいた雄斗だったが、その具体的な現実を、彼はいま目の当たりにした気分だった。

 そんな雄斗に対して、イオネラは眉ひとつ動かさずに尋ねる。


「その公演、客は何人くらいおるのじゃ? 客が少なければ、そもそも仕事として成り立たぬはずじゃが」


「いまはたくさん来てくれるようになったけど、最初のころは多くても二十人くらいだったかな。少ないときは十人切るときもあるし。でも来てくれる人はみんな、ミナミナとか、メンバーのことをすごく応援してくれるし、逆にファンのみんなのテンションに乗せられて、ミナミナたちも盛り上がったりするの。そうそう、ファンの人たちが、一緒に公演の手伝いをしてくれることもあるんだよ」


「公演の手伝い?」


「このあいだも、池府黒の野外イベントでステージ公演したとき、いつもきてくれるファンのみんなが小道具とか機械の準備とかを手伝ってくれたの。それで、公演になるとみんな最前線で盛り上がってくれて……なんだか変だよね。お金をもらってる人に仕事手伝ってもらってるなんて。でも、ファンのみんなはミナミナたちを有名にするためにがんばってくれてて、みんなもそれを楽しんでくれてるの。

 だからミナミナも、みんなのために絶対売れなきゃ、って。もっとガンバらなきゃって思うの。たまたま、ミナミナは最近テレビとかによく出させてもらってるけど、他のメンバーもどんどんファンの数を増やしてるし、ミナミナも負けてられないんだ。それにファンのみんなの思いを受けたら、休んでるヒマなんかないよね。もっともっと、ミナミナはみんなのために、日本一のアイドルになるために、全力投球するつもりなのです!」


 力強く話すミナミナ。

 その姿に、雄斗は少なからず感じるものがあった。

 大勢の人の前に出る公演。そのための、お金にならない準備。

 休みの日にも仕事をし、そして平日は他の生徒と同様に高校へ通学。

 放課後にはまた事務所へ行って準備をし、その夕方から公演――。

 いまのミナミナは明るくしゃべっているが、大変だというひとことでは片付けられないくらい、様々な辛苦も経験しているに違いなかった。

 いつも陽気なアニオタアイドルというイメージでしかなかったミナミナ。

 そんな彼女に対する認識が少し変わったと、雄斗は感じていた。


 だが――

 イオネラはそれでも、腕を組みながら表情ひとつ変えない。

 それどころか、彼女はやや首をかしげながら低い声で告げた。


「――なるほど。おぬしの現状はよく分かった。

 じゃが、おぬしはひとつ大事なことを話しておらぬのではないか」


「えっ?」


 きょとんとするミナミナ。

 イオネラは、白いカップを持ち上げてレモンティーをひとつ口に含んでから、ゆっくりと言った。


「みんなのために頑張る、とおぬしは言ったが、おそらくそれは少し違う。

 人は、不特定多数のだれかのためには頑張れぬ。本当に人間が自分の心血を注ごうと思うのは、もっと具体的な『だれか』のためであるはずじゃ。それを訊きたい」


 イオネラの放った言葉に、ミナミナは一瞬、戸惑う目つきをみせた。

 そして少しだけ視線を落とすと、ミナミナは静かにつぶやいた。


「……みんなのため、っていうのは、本当だよ。ファンのみんなもそうだし、メンバーのためにも、まだ小さい事務所のスタッフのためにも、ミナミナはもっと売れないといけなきゃだと思う。

 でも、それでもあえてだれか一人、っていうなら……やっぱり、プロデューサーかな」


「プロデューサー?」


「うん。うちの事務所の社長。っていってもすごく若い男の人だけどね。その人が公演の企画とか、出張公演の場所とかを全部決めるの。だからみんなはプロデューサーって呼んでる。最初にミナミナを面接で採用してくれたのも、プロデューサーなの」


「その、プロデューサーとかいう者のために、おぬしは日本一のアイドルになりがたっている、ということか」


「うん、そう……かな。ミナミナがアイドルになるきっかけをつくってくれたのが、プロデューサーだったから。

 最初に受けたアルバイトの面接で、他のスタッフがいい顔しなかったのに、プロデューサーだけはミナミナのことをベタ誉めしてくれて。ほら、他のメンバーは、アイドルになりたいっていう意識が高いって言ったでしょ。ミナミナはただ割のいい給料がもらえる仕事だと思ってただけで、アイドルに対してはあんまり興味がなかったから……。

 学校じゃ、ミナミナはそんなにしゃべるほうじゃなかったし、ただのアニオタで、友だちもそんなにいないから……人前に出るのもすごく苦手だったんだよ。そんな私を変えてくれたのが、プロデューサーなんだ」


 ミナミナは珍しくしおらしい態度のまま、話を続ける。


「アイドルになってから、プロデューサーは私のことをずっと推してくれるし……テレビとかロケで私がミスしちゃっても、真っ先にかばってくれるの。それにすごく仕事熱心な人だし、メンバーのみんなをもっとメジャーにするために、毎日だれよりも遅くまで事務所に残って、だれよりも早く事務所にきてるし、ずっと働きづめで目にクマが張りついたみたいになって……。

 だから私、プロデューサーのために絶対売れなきゃ、って。事務所がもっと楽になるように、プロデューサーがもっと楽できるように、私、頑張らなきゃ、って思ってるの」


 静かな、だが芯のこもった熱弁を聞きながら、彼女が自分のことをいつのまにか「ミナミナ」ではなく「私」と呼んでいることに、雄斗は気がついた。

 それはミナミナが、アイドルという「設定」ではなく、自分自身の本心から発した言葉であることの証だった。

 ミナミナであるときの彼女が、ウソをついていたわけではない。

 だが、それよりも深いところにある、何物にも包まれていない無垢むくな意思が、心の真皮が、ミナミナに「私」と言わせたのだと、雄斗は思った。

 本当のミナミナ。

 それは、ただのアニメ好きで、声優好きな女子高生。

 そんな彼女に、「ミナミナ」という、ファンから愛されるアイドルの肖像を積み上げた。

 いまの彼女は、まばゆい肖像の中で働き、活躍し、充実した毎日を過ごしている。

 そして、そんな彼女を仕立て上げたのが、屋台骨であるプロデューサー。


「なるほど、な。おぬしにとって、その男はかけがえのない存在ということか」


 イオネラの言葉に、ミナミナは自嘲ぎみに右手を振る。


「かえがえのない、っていうのは大げさだけど……でも、言われてみればそうだよね」


「おぬし、そのプロデューサーのことが好きなのじゃな」


 唐突に。

 イオネラの繰り出した直接的な質問に、雄斗は飲もうとしていた水を噴き出しそうになった。

 だが、ミナミナは顔色ひとつ変えず、即答した。


「うん、好き。大好き」


 声を静めるでもなく、言いよどむこともなく、堂々と。

 この店にいるミナミナのファンが聞いたら卒倒するようなことを、ミナミナは言ってのけたのではないかと思い、雄斗は少し不安に駆られた。

 だがミナミナは、それでも構わないとばかりにはっきりした態度で、イオネラに自分の気持ちを伝えていた。

 イオネラは、そんなミナミナの様子をただ腕を組みながら、じっと見つめている。


「……ふむ、なるほどな。おぬしは心の底から、その男のことを好いておるのじゃな」


「そういわれると、なんか照れるよイオちゃん~えへへ」


 と、思い出したように元の「ミナミナ」に戻った彼女が、小さく舌を出して笑顔を見せる。

 それにつられてか、自分の中での疑問が解けたためか、イオネラもやや目元を緩ませた。


「じゃがミナミナ。わらわはもうひとつ、訊きたいことがある」


「うん、なになに~?」


「日本一のアイドルになる、とおぬしは言うておったが、それはどうやったらなれるものなのじゃ? 何か日本一を決める大会でもあるのかえ」


 イオネラの問いに、ミナミナは困ったようにやや眉根を寄せた。


「う~ん、競技じゃないから大会なんてないし、特にこうしたら日本一、っていうのはないんだけど……日本で一番有名になったら、日本一、かな。分かりやすいのは、RGS19Kの総選挙で一位をとることだと思うけど」


「あーるじーえす……なんじゃと?」


 聞き慣れない単語に、イオネラは目を丸くする。

 ミナミナはそれを見て、いちから説明した。


「『Reinhard = G = Steiner 19 Knights(ラインハルト・ジー・シュタイナー・ナインティーン・ナイツ)』。長いから、略して『RGS19K』とか『19K』ってみんな呼んでるの。

 普段は高校生、でも放課後は異世界で騎士、っていう設定で、テレビにひっぱりだこの超人気アイドルグループだよ。最初は秋場原の劇場で公演してるだけだったんだけど、いろんな有名事務所からよりすぐりのアイドルを選んで結成した、っていうだけあって、すぐ人気に火がついちゃって。

 もういまじゃ、アルバムの月間売り上げ枚数の日本一を新作出すたびに更新したり、日本アルカデミー賞を二年連続で獲ったり、年末のMHK紅白歌合戦にも出場したりしてるから、知らない日本人の方が少ないんじゃないかな」


「でも、ユウトは知らなかったわけじゃな」とイオネラ。


「いや、俺だって名前くらいは知ってるから」と雄斗。


「それで知ってるつもりとは……全く。おぬしはつくづく使えぬ下僕じゃのう」


「んだと。もう一度言ってみろ」


「はいはいー! ケンカはやめましょー!」


 またあわてて止めに入るミナミナ。

 あらためて、イオネラはミナミナの方へ向きなおす。


「では、総選挙というのはなんぞや」


「総選挙は、年に一度行われる、19Kのメンバーで行うファン投票なの。人気のある人は次に出す曲でセンターポジションをとれるんだけど、人気のない人は歌わせてもらえなかったり、それどころか候補生と正規メンバーを交代させられちゃったりして、結構厳しいイベントなんだ。だからファンの人たちは選挙の前になると戦々恐々になるし、それだけ正規メンバーのアイドルはレベルも高いんだ」


「そのメンバーに加わることができれば、日本一のアイドルになれる、ということか?」


「なれれば、だけどね。うちみたいな小さな事務所だと、いろいろ大人の事情で、19Kの候補生になるのも難しいみたいなんだよね」


「じゃが、ミナミナは十分に魅力ある人間だとわらわは思うがな。テレビを見ておっても、おぬしほどのトークスキルをもった人間、そうはおらぬ。歌も、この現代の曲はわらわにはなじめぬが、単純に歌唱力という点だけでみれば、おそらくかなり上手いと思うぞ」


「ま、外にも出ずに一日中テレビばっか見てるテレビオタクだからな、イオネラは」と雄斗。


「なんじゃと。もう一度いってみよ!」


「はいはいー! ケンカはやめましょー!!」


 今度は逆パターンか、と思わず額の汗をぬぐうしぐさをみせるミナミナ。


「トークと歌はミナミナもちょっとだけ自信があるんだけど……雄斗クンは、ミナミナのこと、アイドルとしてどう思う? 正直に言っていいよ」


 急にミナミナは、雄斗に向かって尋ねた。

 言われた雄斗は、腕を組んでうなる。


「どう、って……俺はアイドルのことはよく分かんねーけど。でもたぶん、ミナミナの話してるのはオタク向けのネタなんだろうなと思って、今日の放送は見てた」


 雄斗の言葉に、特段ショックを受けることもなく、ミナミナは冷静にうなずいた。


「うん、そうだよね。やっぱり。だからミナミナ、これからはもっといろんな人に楽しんでもらえるような、一般受けするアイドルになっていかなきゃいけないと思うの。

 そんなことしたら、ミナミナの良さが無くなるって周りの人はいうんだけど……もちろん、アニオタっていうステータスは捨てないつもりだよ。でも、日本一のアイドルになるには、もっと広い層の人に受け入れてもらわないといけないの。ミナミナだって、19Kのメンバーには気持ちで絶対負けるつもりはないし、あの人たちとは違う道から、日本一になろう! って、そう思ってるんだ。

 だから、ファンのみんなや、同じ事務所のメンバー、スタッフの人たち、プロデューサー、みんなのために、ミナミナはもっともっと、頑張るつもりなのです!」


 びしっ! と右手で最敬礼し、またいつもの明るい笑顔を見せるミナミナ。

 その熱意の込められたセリフに、雄斗も、イオネラも、少なからず心を打たれていた。

 アイドルに対するミナミナの思いに、イオネラはうれしそうにやや口元を上げている。

 雄斗も、さらにミナミナに対する認識が変わって――


 ――いや。

 このとき雄斗は、イオネラとは少し違う感情を抱いていた。

 ミナミナの言葉には、彼も心を揺り動かされていた。

 だがそれとは別に、雄斗は無意識のうちに、ミナミナの充実したいまの表情に、既視感を感じていた。

 日本で一番になる、という目標をもっていた、以前の自分を彼女に重ねて。


 彼はミナミナの表情を見て、心の中で嘆息していた。

 まるで昔なつかしい風景でも見ているかのように、彼はせん望のまなざしをミナミナに向けていた。

 ――俺には、ミナミナみたいな思いをもつことは、無理だ。

 何かにうちこんで、懸命になり、頂点を目指す。日本で、一番の人間になる。

 その意志をもつことは、俺にはできない。

 俺には、もう――。


「うむ、よくぞ言ったな、ミナミナよ。おぬしはわらわの世界征服計画の一端を担うに十分な素質を備えておる。計画を開始する際は、おぬしにも存分に働いてもらうからな。頼んだぞ」


「はい! ミナミナはイオちゃんの目指す悪夢のような世界を実現させるために、粉骨砕身働き尽くします! よろしくお願いしま~す♪」


 そんな楽しそうな二人の会話も、過去の記憶にとらわれた雄斗の耳には入ってこなかった。

 彼の視界に、再び深緑と赤茶色の制服を着た、メイドの姿が入ってくるまでは。


「イオネラ様、おくつろぎ頂けてますでしょうか」


 三人のテーブルのそばに、いつのまにか「ホワイトテイル」のメイド長、ユラが立っていた。

 あいかわらず服装に一切の乱れがない彼女は、清楚な雰囲気をかもし出しながら、雄斗のすぐ斜め前で、三人に向かい姿勢を正していた。

 どうやら客の注文がひととおり落ち着いたところで、ユラがイオネラたちの様子を見にきたようだった。

 彼女はテーブルをさっと見渡すと、少し不安そうに眉を寄せた。


「あの……『自家製もものいろケーキ』はお気に召しませんでしたでしょうか」


 言われ、三人は手元に置き去りにされた、八分の一カットの桃がのったスポンジケーキに目を移した。


「ああっ、ごめんユラ! ミナミナたち、話に夢中になってて食べるの忘れてたよ~。っていうかほとんどミナミナがしゃべってたんですけど。イオちゃんも雄斗クンも、食べて食べて~♪」


 勧められるがままに、二人はフォークを手にとりケーキを食べ始める。

 桃色のクリームであしらわれた、そのしっとりとしてやわらかいケーキを、雄斗とイオネラはほぼ同時にほおばる。


「ぬっ、これは……」


 イオネラが驚きに目を見開いた。


「ほのかに香る桃のクリームと甘すぎないスポンジが、見事に口の中で調和しておる。うっすらシロップでコーティングされている桃も、果実の酸味と溶けあい、えもいわれぬ味わいじゃ。わらわのいたトランシルヴァニアの宮殿でも、これほどのものはなかなかお目にかかれなかったぞ」


 カップラーメンを大喜びですするイオネラの味覚はあまり信じられなかったが、雄斗にとってもこのケーキは目が覚めるほど美味しく感じられていた。

 そんな二人に、ユラは心からほっとしたような表情を浮かべる。


「よかったです……。このケーキは、当店にいる腕利きのパティシエが、こだわり抜いた天然原料のみを使用してつくっておりますので、必ずイオネラ様にもご満足頂けると思っておりました」


「うむ。なかなかの品であったぞ。次も期待しておるからな」


「はい。今後もイオネラ様のご期待に沿えるよう、ユラは全力を尽くします」


 完成された主従関係だ、と雄斗はただ感心するばかりだった。


「ね、おいしいでしょ?」

「うむ。おぬしが薦めるだけのことはあるな」


 とミナミナがイオネラと会話する中、ユラが急に雄斗の顔をのぞき込んできた。


「雄斗様……エリの『LOVELOVEデザインカプチーノ』、どこかご不満だったでしょうか……?」


 再び不安そうになるユラに、雄斗は首を振った。


「い、いや……そういうわけじゃないんだけど、なんていうか、あまりによくできてて飲むのがもったいないっていうか……」


 雄斗の前に置かれた、エリ特製『LOVELOVEデザインカプチーノ』は、3Dデザインカプチーノだった。

 通常ならばカップの上面にのったスチームミルクに、ハートやリーフ(葉)の絵を描くだけなのだが、このカプチーノは泡だったミルクを上方へ巧みに寄せて、立体的なウサギの形を作り上げていた。

 さらにその周りには「エリをご主人様のヒトミの中に閉じ込めて☆」というメッセージが添えられており、それはまさにひとつの「作品」と言ってよかった。


「でも、そのままでは冷めてしまいますし……召し上がっていただくことが、エリのためにもなりますから」


「それってなんだかエリが死んじゃったみたいじゃないですかぁ~」


 と、とつぜんユラの後ろから顔をのぞかせたのは、いつのまにかやってきていたエリだった。


「雄斗さん……じゃなかった。ご主人様、なんでエリのLOVELOVEカプチーノ、飲んでくれないんですかぁ~。エリ、そんなんじゃ化けてでますよぉ」


「わ、わかってるって。飲むから……う、うん。うまい」


「わぁ~♪ ご主人様、ありがとうございますぅ~☆ 次もまたエリにカプチーノ、作らせてくださいね~!」


 そう営業スマイルでのたまうと、すぐさま去っていくエリ。

 ユラがその子猫のように気まぐれな後姿をみて、苦笑する。


「全く、仕方のないコなんだから……。雄斗様、失礼致しました」


「いや、いいよ。ぜんぜん気にしてないし。ってか、思ってたよりすごいカプチーノでびっくりしたよ。エリはすごいね。さすがユラさんの店のメイドだ」


「そんなことありません。私に言わせれば、エリはまだまだメイドとしての素養が足りません。ただ、この店の従業員はアルバイトとはいえ、皆かなり厳しいテストを合格しておりますので、優秀であることは確かです」


「厳しいテスト……?」


「はい。この店のメイドになるには、それなりの合格基準があるのです。知識、技術はもちろん、戦士としての類まれな運動神経も要求され……ああ、そんなことよりも、私のことは『さん』づけになどなさらず、どうか呼び捨てになさって下さい」


「え、でも、ミナミナから聞いたけど、俺より年上なんだよね。だからむしろ俺にですます調なんか使わないで、タメ口で話してほしいくらいなんだけど」


「そんな、滅相もない……。イオネラ様の直属の部下である雄斗様に、タメ口などと……」


「いや、俺イオネラの部下じゃねえし……。いいよ、雄斗で」


「でも、その……わ、わかりました。雄斗様の命令でしたら、しかたありません」


 特に命令した覚えはないんだが、と雄斗は思ったが、ユラはごく緊張した面持ちで、雄斗に告げた。


「雄斗君……この店が気に入ったら、いつでも来てね。ユラは、大切な雄斗のために、喜んでご奉仕するから……」


 首を横に傾け、少しだけはずかしそうに笑顔を見せるユラ。

 美しく流れる黒髪が揺れ、ユラの瞳が雄斗の表情をとらえる。

 その瞬間、雄斗は心臓を一撃で射抜かれた。


(か、かわいい……!)


 自分で言い出した結果なのだが、雄斗は一気に顔を赤くしてしまう。

 するとそこへ――


「いてっ!?」


 左足に激痛。

 思い切り横から蹴りあげられた足を、反射的にかばう雄斗。


「な、なにすんだよイオネラ!」


 隣にいたイオネラは、むすっとした表情のまま、雄斗をにらみつけた。


「……別に」


 そして、テーブルにひじをついたままそっぽを向ける。

 彼女の態度が雄斗には不可解だったようで、


「別に、って何だよ。理由もねえのにいきなり暴力に訴えてくるとか、ありえねえし」


「おぬしこそ、メイドにうつつをぬかすようでは、わらわの下僕としての資質が疑われるのう」


「だから俺はお前の下僕じゃねえって何度も言ってるだろ……!」


「主に向かってその口はなんじゃ、もう一度言ってみよ……!」


「はいはいはいはいはいーーーーーー! ケンカはやめましょーーーーーー!!」


 立ち上がって顔をつきあわせる雄斗とイオネラに、ミナミナは、もうこれで何度目か分からないという思いであわてて仲裁に入るのだった。











「……ミナミナさん。私、なにかイオネラ様を怒らせるようなこと、言ったでしょうか」


 きょとんとするユラに、ミナミナはつぶやいた。


「うん……ユラのそういうとこ、罪だよ……」


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