第33話 吸血貴族はアニオタ系アイドルの生放送がお好き
「ミナミナの昼なま、ブルースカイ・クロニクル! テレビじゃぜんっっっっっぜん話し足りないことーーーーー!!」
エコーのかかった甲高いセリフの直後、晴れた日曜の正午にぴったり合った、明るく軽やかな音楽が流れ出す。
ミナミナがソロボーカルで歌う、この番組のオープニング曲「Take me Sunday」。
テンポの良いイントロからAメロのリズムに移るところで、ミナミナがカメラの前に姿を現す。
「こんにちはーーーーーーー!! あなたの休日の天使・ミナミナだよ~♪ 今日もこのマニアックな放送に来てくれてどうもありがとうあなたの熱意がミナミナのハートをとらえて離さないよ今日も全力で番組スタートするからみんなも応援してねじゃあさっそくーーー?
ミナ推し上等インフェルノーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
デスクトップパソコンのデスクに取り付けられた小型カメラに向かって、拳を突き上げながら、お決まりのあいさつ「ミナ推し上等インフェルノ」を絶叫するミナミナ。
そしてとつぜんマジメな声になり、「ミナミナ、エアグルメレポートしまーす」と宣言する。
「わ~~~¥ このパスタ、すっごくおいしそう~~♪
なんかこう、トマトソースがじゅわ~! っていうか? たっぷりかかってるし、チーズもいっぱい入ってるから、おいしそうー。
じゃあ食べてみますね~。……うーーーーん! なにこれめちゃくちゃうまいんですけどー?
なんていうか、口の中でパスタが暴れてるっていうか、もう舌を刺激して? ありえない味になってるっていうか。ほっぺたが落ちそうなんですけど~?
……えー、こんな感じでどうでしょう」
ミナミナは若干焦りつつディレクターの方へ一瞬目線を向けると、どんがらがっしゃーん、と天井が大きく崩れ去るような効果音が鳴り響いた。
「ええーーー!? いまのダメ!? 必死にレポートしたのにありえない~~~! ショックー……。
――ということで始まりましたー、ミナミナの青クロ! っていうか最近、ここふくらませ過ぎじゃないですか? 毎回無茶ぶりな気がするんですけどー? っていうかエアグルメレポートってなに?
これ、絶対プロデューサーの陰謀、っていうか趣味ですからね。絶対。うん。絶対。――まあ、ミナミナも演技は嫌いじゃない、っていうかむしろ好きなんですけど。このままだとますます調子にのっていろんなことやらされそうだし。次はエア漫才やれとか言われたらどうしよー。こわいなー。
さてさて。今日は何の日か知ってますか? 今日はみんなとミナミナのお楽しみ、『蒼寂のパープル・ゲート』最新話の発売日ですからね~♪ みなさん書店へゴーゴー! 毎回大どんでん返しの展開で楽しみなんですけど、ミナミナはもちろん、アニメ版で声をあてさせて頂いている一理乃咲子の活躍に期待してます!
――ああっ、そんなこと言ってる場合じゃない! 今日はね今日はね。みなさんもお待ちかねの、あのゲストが登場ですよ~。楽しみですね~。吸血鬼さんですよ~。まあだれも信じてないんでしょうけど。みんな絶対びっくりしますからね! 目ん玉ひんむいてよくみていなさいよ! by一理乃咲子! ふふふ、ここでも宣伝。
『一人コントに力入り過ぎ』コントじゃありませんから! グルメレポートです一応! それにこれはつかみですから、つ・か・み! できるだけみんなにミナミナのことを知ってほしいから、初見さんの心も最初にがっちりつかんでおかないと!
『逆に客離れないか?』そんなことありません! ミナミナは歌も踊りもトークもお芝居もできる、マルチアイドルなんですから! あ、もちろんアニメ系が最重要ですけど。
『これでグルメレポートはムリだということがよく分かったw』ムリじゃありません~! 今日は本物の食べ物が目の前に無いから、全部想像でやってるんですよ? その方がムリくありません? 本物のパスタがあったら絶対だれもマネできないような、よだれのしたたるグルメレポートを展開しますから!
『吸血鬼って本気? どうせネタなことに2円賭け』本気に決まってるじゃないですか! みんなこのあと絶対驚きますよ~。ホントに吸血鬼なんですから。ホントにホントですよ? っていうか2円って安っ! 」
つまめるくらいの小さなカメラに、立ち姿のまま延々とまくしたてるミナミナ。
ときおりパソコンの画面を注視して、リアルタイムで送信された「入場者」からのコメントにリアクションをとる。
外から見ているとややこっけいな光景だが、それが「ワイワイ生放送」での番組の常だった。
スタートから話の止まらないミナミナはそのまましゃべり続け、「ゆるキャラ限定リクエストものまね」「肉球大好きミナミナのにくきゅうむにむにグッズ紹介」「深海の生き物についてただひたすら語る〔深海語〕」など、ミナミナの趣味全開のマニアックなコーナーをこなし、いつのまにか曲紹介の時間に。
「で、このリュウグウノツカイっていう魚がすっっっごくキュートなのは――あれ? もう二十五分? わ、もう曲紹介の時間かぁ。早いよね~時が経つのって。
『ミナミナしゃべりすぎて作業用に使えない』作業用にしないで下さい~! ミナミナの顔と、姿と、このスタジオを見て! コメントもいっぱい下さい! 休日のお昼。あなたの一服の清涼剤になることがミナミナの役目ですから! あ、もうほんと時間ない? ええと、じゃあ今日お届けする曲は――」
そして曲紹介が終わり、ワイワイ生放送の画面が曲のプロモーション・ビデオの映像に切り替わる。
スタジオ中継はいったん中断し、ここでようやくミナミナはひと息ついた。
「ミナミナ、いい感じできてるよ。入場者数もコメント数もよく伸びてる。このままいけば過去最高だ」
ディレクターがほころんだ顔で、ワイワイ生放送が映るディスプレイ画面をのぞきながら伝える。ミナミナはほっとしたような表情でイスに座り、うんと伸びをした。
「まあ、いままで少しずつ右肩上がりだもんね。でももっと伸びるよ。なんといっても今日はイオちゃんがいるもん。ねー、イオちゃん?」
ミナミナが控え室(廊下)でイスに座っているイオネラに呼びかける。当の吸血貴族は、ミナミナに対し不敵な笑みを浮かべた。
「ま、わらわの尊い身分をもってすれば、下民どもの注目を集めることなどたやすいことじゃ。しかしさすがじゃなミナミナ。おぬしのとどまることを知らぬしゃべり口は、なかなかに稀有な才能じゃ」
「お褒めにあずかり恐縮ですイオネラ様♪ でもミナミナは自然に話してるだけなんだけどねー。一人で放送してるから、しゃべらないと静かになっちゃうし。話していた方がミナミナも楽しいし」
「曲明けにゲストコーナーだからね。――ではイオネラさん、お願いします」
ディレクターがかしこまった態度で話すと、イオネラは鷹揚にうなづいた。
「うむ。入るタイミングは任せたぞ、ディレクターよ」
「はい。私が手で合図したら、スタジオにお入り下さい」
イオネラとディレクターのやりとりに、ミナミナは苦笑した。
「さすがイオちゃん、もうディレクターを支配してる……。よーし、ミナミナもがんばろー!」
おー! とばかりに拳をつきあげたミナミナは、曲が明けてから、自分とイオネラとの間で繰り広げられるはずのトークを心待ちにした。
「もうすぐ姉さまが出てくるよ」
ツグミのパソコンのディスプレイには、ミナミナの最新曲「I Need Your Games」のプロモーション・ビデオが流れている。
その、水色の髪の少女が、空飛ぶスケートボードのようなものに乗って仮想都市を翔けるSF的な世界観の映像を、雄斗はただぼう然とながめていた。
「そうだな」
「お兄ちゃん、どうしたの。もう少し緊張感とか、ないの?」
CSOのプレイ時に使用していた高機能なイス――座面も背面もネット様式で、長時間座っていても汗ばんだり腰に負担がかからないよう、反発や姿勢に最新の工夫がこらされている「クーロンチェア」に座るツグミが、軽やかにイスを回転させ兄に訊く。
その兄は、自室から持ってきた素朴な座イスに腰を下ろし、ひざにひじをついて顔をのせながら、無気力な表情でつぶやいた。
「いや、パソコンではこんなことやってるんだなー、と思って。テレビとはまた違った楽しみ方があるんだな」
「その気のない言い方、絶対バカにしてるでしょ、お兄ちゃん」
むっとするツグミに、雄斗は首を振る。
「いや、そういうわけじゃねえんだけど……なんか、こういう世界もあるんだな、っていう」
「……ま、いいけど。いまだにテレビのHD予約もままならないお兄ちゃんに、ワイ生のよさを知ってもらうのは難しいと分かってた」
「それとこれとは関係ねーだろ。どうせ俺はアナログ派だよ」
「はいはい。携帯で十文字打つのに三分かかるお兄ちゃんは、根っからのアナログ派だもんね」
「ツグミ、最近俺に対するツッコミがきつくないか……?」
妹からあげあしをとられた雄斗は、軽くショックを受ける。
以前はもう少しおとなしくひかえめな性格だったのに、ひきこもり生活を終えてから俺への当たりがきつくなっている気がする――。
むしろこれが本当のツグミで、素の姿を兄に見せてくれているだけなんだ。そう思えばうれしい気もするが、どこか皮肉めいた態度に、雄斗は心の中で泣き笑いするしかなかった。
映像が終了し、再びパソコンの画面がスタジオ中継に戻る。
「もうすぐ出てくるのか」
「みんなびっくりするよ。たとえ吸血鬼だって信じてもらえなくても、姉さまの高貴キャラは本物だもん。きっとミナミナとオモシロトークを繰り広げてくれると思うな。そして見ている人たちをみんなとりこにするところから、姉さまの世界征服伝説が序章を告げるの。どうしよう、胸のドキドキが止まらない……」
もはやイオネラ信者と化して目を輝かせるツグミの姿を、雄斗は後ろから引きつった顔でながめるしかなかった。
「あ、出てきた」
画面にミナミナが現れる。いつのまにか用意された二脚の木製チェア。そのひとつにミナミナが座る。画面右側に置かれたイスは空いたまま。
『さあ、いよいよお待ちかねのコーナーがやってきましたよー! っていうかだれよりもミナミナが待ちかねてたんですけどー。本日のゲストコーナー!! わーパチパチパチ!』
まるでめでたいことでもあったかのように全力で拍手するミナミナ。
画面には『いよいよか』『のるかそるか見ものw』『リアル吸血鬼なら俺、血吸ってもらうわ』といった入場者からの横文字のコメントが右から左へ流れていく。
ツグミもキーをすばやくたたき、『吸血鬼楽しみ(^^)』とコメントを送る。
ひっきりなしに流れるコメントに、皆の興味はゲストへ集中している様子がうかがえた。
『では、本日のゲストです。いよいよ呼びますよー。ほんとに呼びますよー。いいですかー。まだですよー。ミナミナが名前をコールするまで入ってきちゃダメですからねー。さあ、みんなどんな人だと思いますかー。吸血鬼さんですからねー。牙はあるとして――え、引っ張りすぎ? 失礼しました。あんまり引っ張ると客は引いてしまいますもんね。そうですよね。じゃあ紹介しましょう! 六百年の時を越えてこの現代に復活した伝説の吸血鬼、イオネラ・シェーンベルクさんです! どうぞ~~~!!』
イスから立ち上がり、イオネラを迎え入れるミナミナ。まるで室内に大観衆がいるような拍手の効果音をエンジニアが入れる。
そこへ――
画面右側から、すっと入ってきた人物。
黒いニットとストレッチパンツに、初夏だというのに真っ赤なロングコートをはおった、背の高いスレンダーな体。
そして、雄斗が毎日見ている、真っ赤な長髪に血のような赤い猫目の、好奇心旺盛な顔――
「――えっ?」
――では、なかった。
雄斗の目に映ったのは、イオネラとは似ても似つかぬ人間の顔。
それが、イオネラが今朝着ていったものと全く同じ、赤と黒の派手な服を身にまとい、画面に現れていた。
「お兄ちゃん、これ――」
ツグミも驚愕して目を見開く。雄斗はただぼうぜんとするしかない。
とつぜん出てきた、イオネラではない別の人物。
あまりのことに、雄斗はしばらく言葉を発することができなかった。
ツグミも、何が起きているのか理解が追いつかずに、二の句が継げないでいる。
だがその顔に、雄斗は見覚えがあった。
そして、ツグミにも。
彼女の顔を見た瞬間から雄斗の心を支配したのは、困惑ではなく、疑問だった。
「彼女はだれだ?」ではない。
「なぜ彼女で?」 という問い。
雄斗は悠然とイスに座るその人物の顔を、黒い瞳にはっきりと映した。
ショートヘアの黒い髪に、シャープな輪郭。やや茶色みがかった瞳。
全ての日本人モデルの平均をとったような、端整で美しい顔。
いつものイオネラの顔と比べると、マネキンのように表情に乏しいそれは――
イオネラがとりついているバイオロイドの、魔法で変装しているはずの顔だった。




