第34話 アイドルはワイワイ生放送に賭けている
雄斗とツグミの目に映ったのは、イオネラが幻影魔法で隠しているはずの、バイオロイドの顔だった。
彼らが驚きながら見つめているワイワイ生放送で、しかしイオネラはふだんと同じように高貴な態度で、ミナミナに接した。
『わらわがシェーンベルク家の跡取り娘にして、トランシルヴァニア公国エミオール州の第一主権者、イオネラ・シェーンベルクじゃ』
『わー、イオちゃん~! ほらほら、本物の吸血鬼ですよー? みんなどうですか? 現代によみがえった吸血鬼が、目の前にいるんですよ~? 感動しすぎて卒倒しませんか?』
『ふむ。下民どもにわらわの高貴な姿をむやみにさらすのはあまり好ましくないのじゃが、どうしてもとミナミナがいうでの。仕方なく引き受けてやったのじゃ』
『その上から目線なところがまさに貴族~♪ イオちゃん、今日はいっぱいしゃべっていってね~!』
『無論。今日は全人類を我が前にひざまずかせるための、第一歩となる日じゃからの』
『そんなセリフがさらっと出るイオちゃんってステキ! ミナミナもそんな理想郷の実現に、全力で加担するからね!』
「なんだよ、これ……」
雄斗は青ざめた顔でつぶやいた。
追われているはずのバイオロイドの顔で、なぜか平然とネット番組に出ているイオネラ。
彼女の体がバイオロイドで、本当の顔を魔法で隠していることは、ミナミナも知っているはずだった。
もしこのことが警察に伝われば――あの血走った目の大学教授などに知られれば、すぐさまイオネラを捕まえようとして追ってくるだろう。
なのに、イオネラは全世界に広がるネットの海へ、バレてはいけないはずだったバイオロイドの顔をさらしている。
彼女の意図が理解できないでいる雄斗の前で、ツグミは真剣な表情のまま画面を見つめ、あらゆる可能性を必死に模索した。
そしてひとつの結論に達すると、ツグミは左右で色の違う瞳にバイオロイドの顔を映しながら、画面に向かって小さく口にした。
「――姉さまの魔法が、効いてないのかも」
「効いてない?」
雄斗の言葉に、ツグミはパソコンのディスプレイ画面をにらみつけた。
「ほら、これ見て」
ツグミが指差す画面を雄斗がのぞくと、そこには入場者による大量の「横文字コメント」が右から左へと流れていた。
『見たことある顔?』
『バイオロイドじゃんw やばくね?』
『これ、あのニュースの人じゃないの? すごい似てる』
『ちょっと大丈夫?』
『吸血鬼とかかすむw』
これらのコメントは、大半の『これが吸血鬼!』『ってか男だとばかり思ってた』『JK?』『めちゃかわいい』といったものに比べると、割合は一割以下しかなく、あまり目立つものではなかった。
だがそのコメントにうながされてか、しだいに「バイオロイド」という単語を含んだコメントが数を増してくる。
「そのうち全員気づくよ。一時期あれだけ報道されてたから、みんな思い出すと思う」
「なら、なんであいつ顔隠してないんだよ!」
怒気をはらんだ声を発する雄斗。兄の焦る様子に、ツグミはむしろ努めて冷静になろうとした。
「たぶん二人とも気づいてないんじゃないかな。姉さまの顔がバイオロイドになってるってこと」
「気づいてない? んなわけねえだろ。イオネラはともかく、あの顔を前にして話してるミナミナがなんで気づかねえんだよ」
「――カメラ」
「カメラ?」
ツグミのつぶやいた一言に、雄斗は困惑する。だがツグミは、どこか確信したように告げた。
「ネット配信用に使っているカメラ。これを通すと、姉さまの魔法が効かなくなる、っていうことはないかな」
「まさか、そんな……。魔法って、そんなに不便なものなのか?」
「私も知らないけど、幻影魔法は人の精神を操作する魔法だって、姉さまから聞いたことがある。だから変装に使っている魔法も、直接見ている人の心をだましているだけで、心のない機械はだませないって考えたら……もしかしたら、写真とか電波とか、そういうものを通すと全部ダメなのかも。よく考えたら、私も姉さまをスマホのカメラ越しに見たりしたことないし」
「でも、それならなんでこの番組は続けてんだ? スタッフの方がイオネラの異常に気づいて――」
雄斗がそう言った瞬間。
二人のトークする光景が、急に停止する。
直後、二人の姿は消え、画面は黒一色になった。
急に中断した番組。だがその間もコメントは流れ続ける。
『tmt?』『tmt』『こっちもtmt』『ってか中止?』などと、入場者の戸惑いの声が見える。
「ツグミ、この『tmt』ってなんだ……?」
「『tomatta(止まった)』の略。――配信が止まったみたい」
「止まった……止めたんじゃないのか」
いてもたってもいられないという表情の雄斗に、ツグミも不安そうに眉根を寄せる。
「ただ回線が込み合ってる、っていうだけの可能性もあるけど、たぶんスタッフが、姉さまの顔に気づいて――」
それを聞いたとたん、雄斗はイスから立ち上がった。
「お兄ちゃん?」
「俺、見に行ってくる。ここにいてもらちが明かない」
そしてふり返り、すぐさま駆け出そうとする雄斗。ツグミもあわててイスを立つ。
「なら、私も――」
「ツグミはここにいて、番組を見ていてくれ。状況に変化があったら連絡してほしい」
「……うん、分かった」
雄斗が、すぐさま部屋から飛び出ていく。階段を下りていく音がし、その後、あわただしく玄関の扉を開け閉めする音がツグミの耳に入った。
イオネラのところへ向かう兄を見送ったツグミは、しばらく空いたままの部屋のドアを見つめていた。
部屋を出る前に見せた、兄の焦りに満ちた顔。
その光景が、ツグミの心に残っていた。
いつも気力の薄い兄の、珍しく急な行動に、ツグミは少し驚かされた。だが彼女の目じりは、どこかそれを面白がるような色を少しだけにじませていた。
「……なんだかんだで、お兄ちゃんは姉さまのことが心配なんだよね」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイーーーー!!」
十畳一間のスタジオで、ミナミナはスタッフに平謝りしていた。
パソコンに映っているイオネラが「あの」バイオロイドの顔であることに、続々と流れてくるコメントから気づいたディレクターは、中継をいったん止め、ミナミナに事情を問い正した。
イオネラの体が、じつは人工の体であり、開発者である某大学の研究者から追われている身であることを、事前にミナミナはディレクターらに説明していなかった。
吸血鬼であることすら信じてもらえないのに、バイオロイドにとりついたてん末など、まず理解してもらえないだろうと、彼女はそう判断したからだった。
実際、スタッフの三人は自分の目が信じられないでいた。
直接見ると赤い長髪に赤い猫目の顔なのに、パソコンに映ると黒いショートヘアに黒目の顔へ変わる、などという超常現象を、彼らとしてもにわかには認めたくないのだった。
しかし、イオネラが彼らの目の前で魔法を使い、顔を自在に変化させてみせると、スタッフは納得を強要させられた。
それとともに、彼らの中で、イオネラは吸血鬼であるという「設定」が「本物かもしれない」という認識に変わったのだった。
だが問題は、「彼女の体がバイオロイドである」ということだった。
「イオちゃんの魔法がカメラの前じゃ効かなくなるなんて思わなかったから……本当に本当にごめんなさい!」
「いや。わらわの方こそうかつじゃった。以前の魔力がなかなか戻らぬ今の状況で、この時代での魔法の効力をあまり試してはいなかったからな。これはわらわのミスじゃ」
「イオちゃんは悪くないよ! 全部ミナミナのせいだよ。イオちゃんが追われている身だって知ってて、番組に呼んじゃったんだから……」
沈痛な面持ちのミナミナに、若いディレクターは焦りから生じた汗をぬぐう。
「と、とにかく、この場をどうするかを考えないと。ずっと番組を止めるわけには――」
そこへ、やや太った体つきのエンジニアが、パソコンの画面をじっと見つめたまま緊張した声で伝える。
「みんな、結構ざわついてますよ……。ニュースで出ていたバイオロイドじゃないかって、コメントがたくさん流れてる」
「や、やっぱり、番組を中止にした方が……」
小柄な女性のADが不安そうな顔で口にする。ディレクターもうなづきかけるが、それをミナミナは首を振って拒否した。
「ダメ。いまやめたら、みんなによけい怪しまれる。やっぱりイオちゃんがバイオロイドだったんだ、ってうわさが広がるに決まってる」
「と言っても、これ以上放送したら、バイオロイドの顔がさらに広まるだけじゃないか」
ディレクターの言葉に、エンジニアはため息をついた。
「……もう遅いですよ。ミナミナくらいの放送なら、すでに映ったイオネラさんの映像を記録して、他の動画サイトに投稿する人がいると思います。そうすればどんどん拡散していくし、疑惑は収まりようがないですよ……」
「じゃあ、どうしたら……」
ADが青ざめる。まだ経験の浅いディレクターも判断に迷っているようで、腕組をしたままうなるだけだった。
ここで判断を間違えれば、番組の存亡自体にも関わるかもしれない。そう思うと、慎重に考えなければいけなかった。
だが、もう番組を中断して三分近くになる。これ以上間を空けていては、それこそ疑惑は膨らむばかりだった。
そこへ――
「何を悩んでおるのじゃ。ばれてしまったものは仕方がない。いまさら中止にしても、見ている下民どもの疑いが広がるだけじゃろう。それなら堂々と話せばよいのじゃ」
この場にいる五人の中で唯一、落ち着きはらっているイオネラ。その態度にミナミナは痛く感心しながらも、やはり首を横に振った。
「それはダメだよ。うちの番組はともかく、これがきっかけでイオちゃんが大学に――もしかしたら警察にだって追われるかもしれないし。捕まったら、あの血走った目の博士に何されるか分からないよ? それだけは絶対にダメ」
「じゃあ、どうするんだよ、ミナミナ」
ディレクターの言葉に、ミナミナは全力で頭を回転させながら、強く決意したように瞳の光を強めた。
「――ミナミナに考えがあるから、任せて。番組は再開だよ!」




