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第35話 吸血貴族はお忍びの来日がお好き


 雄斗は家を出てからずっと、アスファルトの路地を全力で駆けていた。

 中継の場所は分かっていた。

 ミナミナが家に来たとき、「場所はグリーン・グラン・ビルの十三階。ここからすごく近いから、歩いていこ!」とイオネラに伝えていたのを彼は覚えていたからだった。

 なぜそれを記憶していたのかは分からない。

 だが自然と、滅多に外出することのないイオネラの行く先のことが、雄斗には気になっていたのだった。

 そのイオネラが、バイオロイドの顔をネット上にさらしてしまった。

 もしかしたら、それがきっかけで、イオネラが家を追われることになるかもしれない――。

 以前から懸念していた不安が、思いもかけない形で噴出していた。


 イオネラが捕まる。大学だか研究所だかで、実験の材料にされる。

 動かないはずのバイオロイドが――人間の内臓を再現するためだけの存在だったはずの研究素材が、人間のように意思を持って、展示中に研究者らの囲みを破り、逃走した。

 この不可解きわまる事件の謎を、研究者らはぜひ解明したいと思っているはずだ。

 人工の体に吸血鬼の魂が乗り移り、魔法で変装し、怪力を得て、日本語も話せる――。

 これら全てが、彼らの研究者としての興味を誘う、壮大な研究テーマになるはずだった。


 もし捕まったとして、イオネラが何をされるのか、雄斗には予想がつかなかった。

 だが彼は、イオネラが研究者らに捕まれば、きっとひどい目にあわされることを予感していた。

 イオネラは人間ではない。あくまで体はバイオロイド――人工の体だ。

 つまり彼女には、人権がない。

 人が人として生きる権利。日本国民を少なくとも法律上は守ってくれている日本国憲法は、だが人ではない、ロボットと同列の存在であるイオネラのことは対象の外だ。

 しかも彼女の体を造ったのは、彼女を追っている研究者ら。

 自分たちが造った「モノ」をどうしようと、彼らの勝手なのである。

 いくら人間の魂が乗り移っていると雄斗らが主張しても、だれもそんな非科学的なことは信じてくれないだろう。

 大学の研究者らの手に渡ってしまえば、イオネラが平穏な暮らしに戻ることは、おそらくかなわなくなる。


 イオネラが家にやってきてから、もし彼女が捕まってしまった場合のことを、雄斗は日々考えていた。

 それが今、現実になるかもしれない。

 爆発しそうな恐怖に、雄斗の体がつき動かされる。

 息を切らせ、雄斗は全力でアスファルトを駆けた。

 ふと、こんなときにミナミナのPVに出ていた宙を翔けるスケートボードがあったらいいのにと、彼は思った。


(なんで俺が、イオネラのことでこんなに心配しなきゃいけねえんだよ……)


 そんな思いも一瞬よぎりながら、雄斗は交差点の角を曲がる。

 通行人は彼の様子を見て、何をあんなに必死になっているのだろうと疑問に感じたはずだった。

 それくらい、雄斗の走りはなりふりかまわぬ様相を呈していた。

 息が苦しい。

 弓道部にいたころは、このくらいのランニングなら平気だったのに――。

 雄斗は自分の体が以前よりかなり重くなっていたことにショックを受けながらも、イオネラがいるはずのグリーン・グラン・ビルを目指してひたすらに手足を動かした。


 そのとき、雄斗の持っていたスマートフォンが鳴った。

 彼はポケットから黒い無骨なそれを取り出すと、いったん走るのをやめる。

 そして切れ切れの息づかいのまま、彼は「ツグミ」と表示された電話に出た。


「もしもし? ツグミか!?」


『うん。お兄ちゃん、もう着いた?』


「もうすぐだ。マンションまであと一分くらい。そっちはどうだ? なにか変化あったか?」


『とりあえず、番組は再開したけど』


「再開した……?」


 雄斗はがく然とした。信じられないという顔つきで電話をにぎりしめる。

 これ以上、イオネラの顔を広める気か――?

 ネット事情に疎い雄斗は、一瞬でも放送に映った時点で彼女の顔はネットの海に拡散する、という可能性に気づかず、感情的にそう考えた。


「イオネラも出てるのか?」


『うん。さっきと変わらずにトークしてるんだけど、なんていうか、その……』


 歯切れの悪いツグミの言葉に、雄斗はさらに訊いた。


「なんだよ。はっきり言えよ」


 イライラした口調で電話を強くにぎる雄斗の耳に、なぜか少し噴き出しそうなツグミの声が届いた。


『……姉さまの設定が、『お忍びで日本に来ている某国の貴族だから、顔出しはできないので、特殊メイクで別人の顔にした』っていうことになってる』


 そのとたん、雄斗は何もない道ですっ転んだ。


 思い切りアスファルトの上にすべりこむ雄斗。

 熱い地面にはいつくばりながら、彼はなんとか顔だけを上げた。


「………………なんだよそれ………………」


『ごめん、私も最初笑っちゃった』


 雄斗が家を出る前と比べ、口調の軽いツグミに、雄斗は起き上がりながら電話口で否定した。


「いやいや、無理がありすぎるだろ。お忍びの貴族とか、特殊メイクとか……だいたい、メイクするにしても、なんでわざわざバイオロイドの顔にすんだよ」


『そのメイクさんが、バイオロイドのニュースをみてあの顔に一目ぼれして、姉さまの顔をバイオロイドそっくりにしちゃった、っていうことになってる』


「そんなバカみたいな話……バレるに決まってるって」


 だが雄斗の気持ちとは対照的に、ツグミはなかば面白そうに話す。


『でも案外、みんな信じてるよ。っていうか、ネタになってる』


「……え?」


 ふだんネットを使わない、ワイワイ生放送など名前も知らなかった雄斗にとって、番組の雰囲気を推し量るには、ネット番組の視聴経験が不足していた。

 入場者の感覚が理解できない雄斗だったが、ツグミはすでに安心して番組を見ているようだった。


『とりあえず私も援護射撃してるけど。〔よく見れば、バイオロイドの顔とちょっと違うね〕っと。だからひとまず深刻な状況にはなってないよ。大丈夫――』











「『よく見れば、バイオロイドの顔とちょっと違うね』でしょ~? よく似てるけど、目がちょっと大きいし、髪も少し長いんだよね~」


 ツグミの送ったコメントに反応し、ミナミナが話を合わせる。

 流れるコメントには『たしかに、ちょっと違う気がする』『でもよく似てるな~w』『まあ本物のバイオロイド出演さすわけないか』などというものが大勢を占めるようになっていた。

 ミナミナはうなずきながら、心の中で大量にかいている冷や汗を表には出さず、話を続ける。


「イオちゃんはじつは吸血鬼であると同時に、とある国のものすっっっごく高い身分の人なんだけど、前から日本に興味があったみたいで、お忍びで来日してるの。だよね、イオちゃん?」


 事前に簡単な口裏あわせをしていたイオネラは、さすがにあわてた様子などみじんもみせず、落ち着き払った表情ではっきりと答える。


「うむ。日本にいるとはいえ、世間にはわらわのことをねたむ不届者が多いからのう。こうして顔だけ隠しておるのじゃ。――そういえば最初に出かけたのは秋場原じゃったな。そこでおぬしと出会ったのじゃ」


「そうそう! そうなんだよね~。で、そこで意気投合しちゃって~。もうそのときからミナミナのハートはイオちゃんに奪われっぱなしなんですよ~」


 入場者からのコメントには『で、吸血鬼ってどのへんが?』『いまからミナミナの血を吸うんだよね?w』『十字架とニンニクは苦手だから吸血鬼ですとか無しなw』というものはあるが、元々ミナミナのコアなファンばかりが見にきている番組であったためか、バイオロイドに関する悲観的な記述はもうほとんどみられなくなっていた。


「そうなんです。イオちゃんは吸血鬼ですからね! 世の中には吸血鬼のお話はアニメも小説もごまんとありますけど、みんなの目の前にいるのは本物なんですから。でも――そういえば、イオちゃんが吸血鬼なことを証明するのって案外難しいのかな。ほんとはミナミナの血を吸ってほしいんだけどなー」


「すまぬな。わらわは澄んだ血を有する者しか利用せぬ。現代生活をして初めて驚いたことは、いまの人間の血が不味くて飲めたものではないということじゃ。いくら下民とはいえ、おぬしらはもう少し体によいものを摂取したほうがよいぞ」


「イオネラ様からのありがたい忠告、痛み入ります! ミナミナもこれからは食品添加物無添加のナチュラルな食材を食べるよう心がけるよ。そしていつかイオちゃんに血を吸ってもらうんだーふふふ。『吸血できないの?』『ほんとに吸血鬼かよw』あー、疑ってますねー。じゃあイオちゃん、吸血鬼だという証拠、みんなにみせてあげて!」


「と言われてものう。いまのわらわはまだ魔力が元に戻っておらぬから、たいしたことはできぬぞ。魔力さえあれば、おぬしをコウモリに変えたり、心を操ることも可能なのじゃが。せいぜいできることといえば……ディレクターよ。何か固いものはないか? できれば金属製のものが――アルミ製のコップ? まあそれでもよい。これくらいのものなら……このとおり、片手でひとひねりじゃ」


「うわっ!? えっ、うそ!? みんな見ましたか? 片手でにぎりつぶしましたよ? ってミナミナ、素でビックリなんですけど! イオちゃん、そんなことできたの?」


「『マイト』という力を増強する簡単な魔法じゃ。これくらいならば今の魔力でも造作ない」


「『最初から用意されていたコップじゃ(^^;』う~ん、まだ疑ってますね? じゃあ次、イオちゃんの魔の手にかかる物をみんなに選んでもらうことにするよ。900番目にコメントくれた人のリクエストにお答えしますからね~。さあ、900番目のリクエストは――『全自動洗濯機』!?」


「問題ない。たしか玄関先にあったのう。ディレクターよ、いますぐここへ」


「ダメダメダメ! 問題大アリだよ~! あの洗濯機が無くなったら、うちの事務所の所属アイドルの下着はどこで洗ったらいいんですか~!」


「そうか? ならばしかたあるまいが」


「ふー、あぶないあぶない。あやうく吸血鬼の魔の手にかかったミナミナたちは毎日コインランドリーに通わされるところだったよ~。えーと、『魔法か知らんがとりあえず怪力なのはよくわかった』『ってかミナミナ衝撃事実告白したなw』『所属アイドルの下着を事務所で洗ってるとか』あ、え? 普通じゃないですか? 結構住み込みの子も多いし。私は通ってるからここのは使ってないですけど……そんなことはどうだっていいんです! じゃあ次は950番目の人のリクエストを――」


 そうしてミナミナとイオネラのトークコーナーは進行していき――

 午後一時。無事に番組は終了した。






「なんとか乗り切ったー……」


 くたくたになりながら、ミナミナはイスの上で思い切りのけぞった。

 停止したカメラの後ろにいた三名のスタッフも、ひとまず安どの表情を浮かべている。


「ミナミナの昼なま! ~ブルースカイ・クロニクル~」は、先週までの入場者記録を大きく上回っていた。

 いつもと同様の時間、同じ内容の番組をこなしたはずだった。むしろ気の合うゲスト――イオネラとのトークであったため、いつもより気楽に臨んだはずだったが、終わってみるとミナミナは、心身ともにひどく消耗したような感覚をおぼえていた。

 エンジニアの男性が、アクセス解析画面を見つめながら伝える。


「イオネラさんへの注目度が高かったのか、登場時間ごろの入場者が大きく伸びてますね。でもそこからはほぼ平坦、かな」


「結局、ルーターの故障、っていうことにはしたけど、五分近く番組を空けちゃったし、それからあともバイオロイドのごまかしに気がいっちゃって、イオちゃんに鋭いツッコミができなかったから、いつもよりつまらないミナミナになってたかも……あ、クローディアさんの話するの忘れちゃったよ~」


 くやしがるミナミナ。だがディレクターはたしなめるように言った。


「無事に番組を終えられたんだからいいだろ。それにまだどうなるか分からないからな。……もしかしたら、イオネラさんを追ってるそのなんとか大学とかがかぎつけて、こっちに問い合わせがくるかもしれない」


「ごめんなさい、そのときは知らないフリをしててほしい。ミナミナも絶対言わないから」


「もちろんそのつもりだけど……。ただし、プロデューサーには今回の件、全部報告するからな。まあ、どこまで信じてもらえるか分からないが」


「うん、分かった……。プロデューサーなら、きっと分かってくれるよ」


 そのときだけ急にしおらしくなるミナミナ。そして、すぐにぱっと明るい顔を見せる。


「今日見にきてくれていた人も、みんなイオちゃんが特殊メイクだってことを信じてくれたみたいだし、大丈夫だよね」


 そこへ、心配性の女性ADがつぶやく。


「……でも、本当に全員が信じてくれたんでしょうか。イオネラさんの顔、バイオロイドそのものなんでしょ? いくら特殊メイクっていっても、同じ顔ならやっぱりだれかが疑うんじゃ――」


「ところが、同じ顔じゃないんだ」


 ミナミナの言葉に、ADがきょとんとする。


「同じ顔じゃない?」


「うん。さっき番組を止めたときに、イオちゃんのカメラ越しの顔をみて、違和感があったの。ミナミナが最初に見たときのバイオロイドの顔と、ちょっと違うって」


「それは、どういう……?」


「そのときは、なんとなく目が大きくて、髪も長くなってるような気がしたんだけど。で、いま事件のときの映像をネットから拾ってきたら、やっぱり顔の感じが違うの」


 ミナミナがスマホを取り出して、その静止映像をみせる。ADやディレクター、エンジニアもその狭い画面をのぞきこむ。


「……う~ん、画質が粗すぎてよく分からないな。そういわれてみれば違う気もするけど」


 ディレクターがつぶやくのに、ADとエンジニアも同調する。だが、ミナミナは確信のある目で訴えた。


「ううん。絶対違う。ファンのみんなが信用してくれたのはそれもあると思う。『バイオロイドの映像を横に並べて比べたけど、ちょっと違うね』っていうコメントもあったし」


「じゃあ、なんで顔が変わったんだ。人工の体なら、髪が伸びるはずもないだろうし」


 全員がうーん、とうなる。だがいくら考えても結論は出ず、ディレクターが詰まった空気を断ち切るように声を放った。


「ま、なぜかはともかく、結果的によかったよ。あとは何事もないことを祈るばかりだ。さて、それじゃ片付けようか」


 話をおさめようとするディレクター。ミナミナもあれこれ考えつつ、片付けに加わる。

 だがそのとき。

 いまだイスに座ったままのイオネラが、なぜかむすっとした表情で、「放送は終了しました」の文字が映っているパソコン画面を凝視していた。

 それを見つけたミナミナが、やや緊張した面持ちになる。


「どうしたの、イオちゃん。まさかミナミナのこと、怒ってる?」


 困ったように眉を寄せるミナミナに、イオネラは首を横に振った。


「そうではない。番組を見にきた下民どもに、わらわのことを吸血鬼だと認めさせることが、最後までできなかったことが口惜しいのじゃ……」


 ややふるえた声で話すイオネラに、ミナミナは苦笑した。


「なんだ、そんなことか……」


「そんなこと? これは由々しきことじゃぞミナミナ! きゃつら、わらわのことを『赤髪怪力少女』だの『高貴キャラJK』だのとさんざんコケにしおって……この罪、とても市中引き回しでは足りぬ。わらわの魔力が戻ったあかつきには、この放送を見にきた下民全員を地獄の業火で生きながらにして焼き尽くしてくれる……!!」


 そうすごみながら瞳に怒りの炎をともすイオネラに、ミナミナは焦る。


「お、落ち着いてイオちゃん! そんなことしたらミナミナ、ファンのみんなに末代までたたられちゃうよ~!」


「いいや、もはやガマンならぬ! ミナミナ、やつら全員の自宅を調べ上げるのじゃ! 順番に一人ずつ、血祭りに上げていくぞ!!」


「イオちゃん待って~!!」


 それからイオネラの気持ちをおさめるまでに五分ほどかけたミナミナ。


「――だから、あれはイオちゃんに対する、ファンなりの愛情表現なんだよ。実際、みんなイオちゃんみたいに高貴キャラを貫いた人、見たことないって驚いてたし。踏まれたいとか、怒られたいっていうマゾなコメントもあったくらいだから。吸血鬼っていうことはまたおいおい証明するとして、今日のところはみんなに知ってもらうまででOKじゃないかな?」


「何を悠長なことを。そんなことでは世界征服など――まあよい。次こそは下民どもをパソコンの前にひざまづかせてくれる。ミナミナ、この放送は来週もやっておるのか?」


「あ、と、とりあえず来週以降はしばらくゲストが埋まっちゃってるかな~、なんて……」


 ごまかし笑いのミナミナ。そして急に真剣な表情に切り替わる。


「……今日はほんとにごめんね、イオちゃん」


 ぽつりとつぶやくミナミナ。


「イオちゃんのこと、ミナミナ大好きだから、みんなに絶対紹介したいって思って呼んだんだけど……舞い上がりすぎだよね。イオちゃんの状況なんて全然考えずに……」


 うつむきながら、少しだけ憂うようにまぶたを下げ、黒く大きな瞳を隠すミナミナ。

 そんな彼女に、イオネラは高ぶったファンへの怒りを収め、そっと告げた。


「おぬしのせいではないと言っておるじゃろう。これはわらわのミスじゃ。おぬしは何も悪くはない。むしろ、このような機会を設けてくれたおぬしの気持ちが、わらわにはうれしい。感謝しておるぞ。ありがとう」


「イオちゃん……」


 イオネラの言葉に、ミナミナは瞳を輝かせた。罪悪感を募らせていたミナミナの心には、彼女の言葉は心地よく効いていた。

 おもむろに、イオネラはイスから立ち上がる。そして気がついたように、ミナミナをふり返った。


「それにしても、ノドがからからじゃのう。さっさと後片付けとやらを済ませて、お茶にいくぞ、ミナミナよ」


「あ……うん! すぐに片付けるよ。よーし、今日はミナミナが全部おごっちゃうから!」


「うむ。ではごちそうになるとしよう。さぞよい茶を飲ませてくれるのであろうな」


「もちろん! 『あの子』の店だから、ミナミナが保証するよ~♪」






 新築マンション「グリーン・グラン・ビル」の玄関で、雄斗は立ち往生していた。

 ワイ生の中継がある建物の名前と階数までは把握していたが、部屋番号までは分からず、彼はオートロック形式の扉の前でイオネラを待つしかない状態になっていた。

 郵便受けを見れば事務所名などが書かれているかと思っていたが、イオネラがいるはずの十三階にはそれらしき名前の表示は見当たらず、雄斗はただツグミに放送の状況を確かめるくらいしかできることがなかった。

 放送が終わってから、ミナミナの携帯へも雄斗は電話をかけていたが、電源を切っているのかつながらないまま。


「しまったな……こんなことなら、イオネラにスマホをもたせておくんだった」


 いまさら後悔しても遅いと思いつつ、雄斗はいきあたりばったりな自分の行動を恥じた。

 イオネラの「本当の」顔が衆人環視にさらされたと知ったとたん、何も考えずに家を飛び出してしまった――。

 イオネラのせいで余計な不安を抱え込まされている。そのことに、雄斗は改めて気づかされていた。


 そんなことを考えていると――

 チン、という金属的な音が鳴り、エレベーターの扉が開く。

 だれかが降りてきた。そう思い、雄斗が視線を向けると――

 そこには、イオネラとミナミナが楽しそうに談笑しながら出てくる姿があった。


「イオネラ!」


 オートロックの透明のスライドドアが開いたとき、雄斗の姿にイオネラは気づいた。


「ユウト? おぬし、どうしてここへ……?」


「どうしてって……イオネラがネット番組であんな顔をさらすから、びっくりして、その……」


 ごにょごにょと口ごもる雄斗。それから言い直す様に、彼は声を張った。


「と、とりあえずどういうことなんだよ。説明しろよ」


 強がる雄斗に、イオネラはムッと眉根を寄せる。


「なんじゃその物言いは。主に対して命令するとは……全くおぬしは、毎回毎回下僕としての自覚が足りなさ過ぎるぞ。ミナミナの手前じゃ。すぐに謝れば許してやるから、頭を下げよ」


「は? 頭を下げるのはイオネラの方だろ? ツグミだってものすごく心配してたんだぞ。どうしてああなったのか、俺たちに説明するのが先だろ」


「ふ。何も問題ない。ミナミナの巧妙な計らいにより、下民どもの疑いは全てぬぐいさられたからのう。それともなにか? おぬしはまさか、下僕の分際でわらわのことを『心配』でもしておったのか?」


「するわけねえだろ、お前のことなんか……。勝手に大学へでもどこへでも連れていかれりゃいいんだよ。俺はただ、お前がつかまったら俺たちの方にも厄介ごとが回ってくるから、それを避けたかっただけだ」


「なんじゃと? 薄情な下僕め! おぬしの血をいつも吸ってやっているというのに、その言い草はなんじゃ!」


「下僕じゃねえ、雄斗だ! それに血を吸われてこっちはいい迷惑なんだよ! 用が済んだら早く家から出て行ってほしいと毎日思ってるからな!」


「な……! それならいますぐにでも出ていってやるぞ! もうおぬしの血の世話にはならぬ――」


「まあまあまあまあまあまあ! 二人とも仲良く仲良く♪」


 二人のエスカレートする口ゲンカに、ミナミナが苦笑しつつ仲裁に入る。


「イオちゃんも、下僕さんも、落ち着いて」


「だから俺は下僕じゃねえって」


 雄斗が反射的に言うのに、ミナミナがあわてて訂正する。


「ああ、すみません。ユウトさん、ですよね。今回の件は、ミナミナが全面的に悪いので、ミナミナから謝ります。本当に申し訳ありませんでした」


 丁重に頭を下げるアイドル・ミナミナに、雄斗ははっと我に返る。


「あ……ご、ごめん。謝らせるつもりはなかったんだけど……。ってかミナミナの番組にも悪いことしたなと思うし。こっちこそ謝らないと」


「いえ、そんなことないですから! ミナミナが全部悪いんです! ミナミナが、イオちゃんの事情を分かってて誘ったばっかりに――」


「ミナミナよ、こんなやつに頭を下げる必要などないぞ。どうせわらわがしょぼんとする姿をみたいだけなのじゃからな」


「んだと。もう一度言ってみろ……!」


「わー! と、とりあえず下僕さんも一緒に、お茶しません? ここから歩いて十分くらいのところに、友だちのいるカフェがありますから!」


 だから下僕じゃないって。雄斗は心の中でそう訴えながら、心配して損したと思った。


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