第32話 吸血貴族はワイワイ生放送がお好き
「ワイワイ生放送っていうのは、インターネットで配信しているテレビ番組みたいなものなの。でもテレビと違うのは、一般の人でも自由に放送枠をとって放映できること。『ワイ生』の会員になって、パソコンに小型カメラやマイクをとりつければ、だれでも自分が主役の番組をネット上で放送できるんだよ。
昔、アマチュア無線で自宅の周りに電波を飛ばして自分だけのラジオ放送をやってた人がいたらしいけど、それと似たようなことを、ネットでできるようになった感じかな。いまは視聴者が増えたから、素人じゃない人――タレントとか、ミュージシャンとか、政治家とかも『ワイ生』で自分の番組をもつようになってきてるの。ミナミナもきっとその流れじゃないかな」
とある日曜日の正午前。
机の上のパソコンをいじりながら「ワイワイ生放送」について解説するツグミに、後ろで腕組みしながら立っていた雄斗は感心しながらうなずいた。
「てことは、だれでも気軽にネット上へ情報を発信できるから、流行ってるってことか?」
「っていうより、他人からの反応を求めてるんだと思うけど。ワイワイ生放送でもうひとつ大切なのは、今まさに放送している相手に直接コメントを送れて、それをみんなで共有できることだから。放送主は視聴者の反応がすぐにわかるし、見ている人もその場にいるような臨場感が味わえるから、そこに楽しさを求めている人は多いよ。まあ、対応を間違えて炎上しちゃう人も結構いるけどね」
「ふーん……」
雄斗は「炎上」の意味が分からなかったため、ツグミに訊きたかったが、さらに疑問が続出しそうな気がしてそのまま何となくうなずいた。
「そんなものがあったんだな。全然知らなかった」
「高校生ならこれくらいのこと知ってて当たり前だと思うけど。お兄ちゃん遅れすぎ」
「う……すみません」
「謝られても……」
顔を引きつらせながら、ツグミはマウスを手早く操作し、「ワイワイ生放送」のサイトに入る。
いくつもの画像が並ぶ画面の中から、ツグミはその中のひとつを選びクリックした。
するとパソコンの画面に、閉じられた扉のイラストが表示される。そのすぐ上には「開場まであと5分」の文字が浮かんでいる。
放送のタイトルは「ミナミナの昼なま! ブルースカイ・クロニクル ~テレビじゃぜんぜん話し足りないこと!~」。
それが、イオネラのゲスト出演するネット番組だった。
「青クロ開始まであと五分だけど、いけそう?」
まだ若い番組ディレクターが訊くと、ミナミナはいつもどおり元気よく答えた。
「はいー! ミナミナ、イオちゃんとともにスタンバイばっちりで~す!」
「うん。本番もそのテンションで頼むよ!」
「任せてください! イオちゃんと共演できるなんて夢のようだから、いつも以上に気合入ってますよー!」
ミナミナの返事に、ディレクターはひとつうなずくと、スタジオのセッティングを確認しに向かった。
待ちわびるかのように満面の笑みを浮かべて、楽しそうに体をふるわせるミナミナ。
その横で、本日の特別ゲスト・イオネラは腰に両手を当てつつ、白い壁に囲まれた小ぎれいな部屋を見回した。
「このような場所で『ワイワイ生放送』が行われるのじゃな。思っていたよりこじんまりとしておるのう」
「まあ、あくまでうちの事務所単独でやってる、スポンサーも無い番組だからね。こんなところでごめんね」
「いや、そういう意味で言ったのではない。ただ純粋な興味で尋ねたのじゃ」
「イオちゃん……」
初めてのネット出演にもかかわらず、緊張などみじんも感じさせないイオネラの様子を、ミナミナは頼もしそうに見つめた。
放送は、ミナミナの事務所からやや離れたところにある、新築マンションの一室で行われていた。
ここはふだん、事務所のアイドルが休憩室兼更衣室として利用している部屋だった。
十畳一間。申し訳程度のキッチンとユニットバス。窓の外にはごく細いベランダ。それ以外には小さな押入れ程度しかない、どこから見ても一人暮らし用の間取りだった。
その一間にカメラとパソコンを並べ、前にイスを二つ。背後にはガラス戸を透してベランダから外の様子が丸見えだが、かまわずこの風景でミナミナとスタッフは生放送をやってきていた。
そのいかにもアットホームな(というかそのものの)雰囲気が、逆にオタク系アイドル・ミナミナ推しのファンに親近感を抱かせ、さらにミナミナが好きでやっているとしか思えないマニアックなコーナーの数々が、ファンの狭く深い興味をよけいに引きつけ、これまで彼女の放送は視聴者数――『ワイ生』では入場者数というが――を順調に伸ばしてきたのだった。
番組はいつも、ミナミナのイントロからあいさつ、お知らせ、そしていくつかのコーナーへとつながる。
その後、曲紹介を経た後、「本日のゲスト」コーナーが始まり、フリートークを行う、という流れだった。
放送時間は正午からの一時間。そのうち半分はゲストコーナーであるため、出演する人によって、その回の番組の注目度が大きく変わるといってよかった。
いつもなら、ミナミナの仕事に関連したゲスト――同じ事務所のアイドルや、出演イベントのスタッフ、仕事で付き合いのあるタレントなどが呼ばれるが、今回はファンどころか国民のだれも知らない謎の一般人・イオネラの登場である。
ミナミナの一存で選ばれたということで、ディレクターはじめ数少ない番組スタッフは不安の色を隠せなかった。
だがミナミナは「絶対に面白くなりますから! あれだけの高貴キャラを突き通した人、もう一生おめにかかれませんよ!」といって押し通し、全員をむりやり説得したのだった。
そして今日の朝十時。
約束の時間ぴったりに玄関のベルが鳴って雄斗が出ると、そこにはテレビでしか見たことのない、本物のミナミナが満面の笑みを浮かべて立っていた。
すぐに雄斗の後ろからイオネラが飛び出してきて、ミナミナとあいさつ代わりに抱き合う。
「イオちゃん、今日は本当にありがと~♪ スタジオはここからすごく近いから、歩いていこ! ――あ、コチラの方はうわさの下僕さんですか」
「いや、俺は下僕じゃねえ――」
雄斗はすぐに否定しようとしたが、そこへさらに家の奥から現れたツグミに、ミナミナは一瞬で食いついた。
「キャー!? も、もしかして、あなたがCSOのクローディアさんですか?」
「そうだけど……ほんとにミナミナきた。姉さますごい」
「姉さま? えっ、えっ? クローディアって、イオちゃんの妹さんなの? ――義妹? だよね~。びっくりしたー。でもすごいすごーい!! これ、絶対今日の放送で話そうよ! いいでしょ! いいよね! いいとも!」
拳を振り上げてテンション上がりっぱなしのミナミナは、「じゃあ今度、クローディアさんにもオファーするから!」と言いながら、イオネラを嵐のように連れ去っていったのだった。
開始まであと三分。
後ろからのぞくパソコンの画面をちらちらと興味深そうに見つめているイオネラへ、ミナミナはつぶやくように言った。
「まさかほんとに生放送のゲストのオファー、受けてくれると思わなかったよ」
ミナミナの言葉に、イオネラは笑顔で振り向いた。
「何を言っておる。おぬしはわらわの友人じゃ。その友人きっての頼みならば、たとえこの身を焦がそうとも引き受けるのが、吸血貴族というものじゃ」
「ありがとう、イオちゃん……。でもミナミナ、よく考えたらイオちゃんと会うの、これでまだ三回目なんだよね。なのにもうずっと前から友達だったような気がするよ……あっ、これが終わったら時間ある? よかったら近くでお茶しない? 色々訊きたいことがあるんだ~」
「うむ。わらわも世界征服のために、そなたの能力をよく知る必要があると思っておったところじゃ。今日のこの番組が、世界の支配へ向けた第一歩じゃからの」
「うん。ミナミナも、イオちゃんが理想とする悪夢のような世界を実現させるために、頑張るよ!」
「悪夢ではない。理想郷じゃ。我らが吸血貴族の前で人間どもがはいつくばり、吸血貴族の富のために人間どもが全てをささげるという、考えただけで胸の空くようなすばらしい世界――」
「はい、それじゃミナミナ。そろそろスタンバイ」
まさに悪夢のような理想郷について語り始めるイオネラに、まだ二十代そこそこの若い番組ディレクターが水を差す。
ミナミナは気がついたように、壁にかかった丸いデジタル式の時計を見た。
「あ、やば。じゃあイオちゃん、いってくるね~!」
「うむ。せいぜいわらわの出番まで番組を盛り上げておくのじゃぞ」
「もちろん!」
両手を胸の前でぎゅっとにぎりしめ笑顔を見せたミナミナが、十畳間のスタジオに入る。
開始まであとわずか。
スタッフは、配信用のパソコンを操作するエンジニアが一名。カンペなどを出すADが一名。そして番組ディレクターの計三人。
ごく少数の制作陣だが、それで器材などを並べるともう部屋はいっぱいだった。
そんな中、イオネラが待つのは、部屋から少し出たところにある、やや幅の広い廊下。
用意された赤い丸イスに、腕を組みながらどっしりと座る。その堂々とした雰囲気をながめ、ディレクターは感心の意を込めて息をついた。
「いや~、イオちゃんがここに来るまで、じつはすごく不安だったんだよね。なにせミナミナ以外だれも君の素性を知らなかったからさ。でもその落ち着いた態度を見て安心したよ。これなら番組に出ても全然――」
「待て。おぬしにはわらわを『イオちゃん』と呼ぶことを許した覚えはないぞ。きちんと名前を呼べ。わらわはあくまでも高貴で尊い吸血貴族であり、客人としてここに来ているのじゃからな。ミナミナ以外の人間のタメ口は許さぬ」
年不相応にすごみのある目つきで、イオネラは目の前の男を突き刺すようににらみつける。
それは、貴族が平民に対して向けるような、有無を言わせない強迫的な視線だった。
とたん、軽い調子だったディレクターはなぜか恐れおののき、顔を一気に硬直させる。
「あ、す、すみません、イオネラさん……」
「うむ。ところでわらわはミナミナと何を話せばよいのじゃ? 『ふりぃとおく』などと聞いておるが」
「は、はい。とりあえずミナミナとざっくばらんにテレビの前で話をしてもらえれば。ミナミナの方から色々訊くと思いますので」
一気にですます調になり、もはやどちらが年上なのか分からない状態で会話するイオネラとディレクター。
そこへ、「あと三十秒です!」の声がADから入った。
「ああ、いま行くから! ――ではそういうことで、ひとつよろしくお願いします」
「うむ。期待しておるぞ」
ディレクターらがあわただしく動く。番組開始五秒前の合図がADから出される。エンジニアがすばやくマウスを動かし、いくつかキーをたたく。
いつもどおりの安っぽいつくりのスタジオの横に、ミナミナが緊張の面持ちで直立している。
口元でなにやらぼそぼそと繰り返し、イスしかないスタジオを真剣な表情で見つめながら。
そして――
番組が、始まった。




