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第19話 回想 中学三年の夏1

 中学三年生の夏。

 雄斗は関東大会が行われている弓道場の射場で、直立不動の姿勢のまま、はるか先にある的をにらみつけていた。


 会場は静けさに包まれている。

 だが、だれもいないわけではない。

 それどころか、会場には同じ中学生をはじめ、教員や審判員らが居並んでいる。

 その全員の視線を、雄斗はただ一人浴びていた。


 ここまで、小詩が四射して三中。大翔が二中。

 雄斗は三射して、全ててていた。合計八中。

 相手校も八中で、戦況は互角だった。

 そして相手校の最後の選手が直前に射て、はずした。

 最後の射手は、雄斗。


 これを中てれば、関東大会優勝――


 緊張に顔がこわばる雄斗は、矢をつがえようとしてちらと斜め後ろに下がっていく射手をみた。

 先に打ち終えた小詩は、願うような顔で雄斗を見つめている。

 その後ろにいた大翔は、自分の成績に納得がいかず口惜しそうにしながらも、雄斗の方を強い視線で見すえている。

 さらにやや後方へ視線をずらすと、そこには自分の中学の部員たちが正座して並んでいた。

 みな固唾かたずをのんで雄斗の方に目を注いでいる。

 ただひとりだけ、同学年の女の子――いつも聞こえるか聞こえないかという小さな声しか出さない、おとなしい性格の彼女だけが、両手を組んで祈るように顔をうつむかせていた。


 雄斗は、様々な思いを胸に、的へ向かった。

 右手の矢をつがえ、弓を打ち起こす。そこから左手を押し、弦を引いた会の状態に。

 ――大丈夫。いつもどおりやれば、絶対にあたる。

 雄斗は自分を信じて、右手を離した。

 元に戻ろうとする弦。それに押されて飛び出す矢。

 一瞬の後――

 雄斗は自分の矢が、白黒の的の中央からやや右下にまっすぐ突き刺さっている光景を見た。


 やった。


 勝った――。


 雄斗は小さく、右手の拳をにぎりしめた。

 うれしさを押し殺しながら、雄斗は一礼し、姿勢を正して射場を後にする。

 歩きながら後ろをみると、そこにはうれしそうに顔をほころばせる部員たちの顔があった。






 会場の外へ出たとたん、さすがの雄斗もこのときばかりは声を上げて喜びをあらわにした。


「よっしゃあああ!」


「雄斗~~~~~~!! すごいよ! 全射的中だよ! 初優勝だよ!!」


「ああ。やったな! 小詩も準決勝まで苦しんでたのに、決勝にきて三つ中てるなんてすげえじゃん!」


「なに言ってるの。関東大会の優勝の立役者は雄斗だよ! ほんとに……あっ」


 はしゃぐ小詩は、近くにいた部長・大翔の姿に、今になって気がついた。


「あの……も、もちろん大翔も良かったよ? 二つ中てなかったら、勝ててなかったし」


「なぐさめになってねーよ。決勝は調子悪かったんだ。間の悪い部長で申し訳ないな」


 大翔はいつものように強気の目で、雄斗の方をにらむ。

 だがいまはそれもどこか緩んでいるようにみえる。


「――やったな、雄斗」


「ああ。大翔も、トータルじゃ俺より中てた本数は多いだろ。そんなにへこむなよ」


「へ、へこんでなんかねえよ! ったく、なんでお前はいつもひとこと多いんだよ!」


「心配してやってるだけだっての。大翔こそ、わざわざこんなところで声をあげなくてもいいだろ」


「その言い方が気にくわねえって何度言や気がすむんだよ……!」


「は、はいはい! 二人とも、こんなところでケンカしないで!」


 火花を散らす二人を必死に止める小詩。他の下級生たちも顔を引きつらせる。


 そのとき――


「ウッ……ウウッ……」


 彼らの後ろでひとり、すすり泣き始めた女子部員がいた。


「ま、まりちゃん?」


 小詩がすぐに近寄る。

 さきほど雄斗の的中を祈っていた小柄な女子が、声をひくつかせながら必死に涙をぬぐっている。


「ほら、雄斗も大翔も、鞠ちゃん泣かせたらだめだよ!」


「あ」


「う」


 一文字しか発せず、焦る二人。


「怖かったね。もう大丈夫だから」


 と優しく声をかける小詩。

 だがそれへ、鞠は首を横にふった。


「えっ、違うの?」


 そう言う小詩の耳元へ、鞠は小さな声でなにごとかささやいた。


「おい。鞠はなんて言ってんだ?」


 大翔が問いただす。それへ、小詩は苦笑した。


「これでまた二人がケンカする姿を見られるから、うれしくて泣いちゃった、って」


「……」


「……」


 雄斗と大翔は、顔を見合わせ、なんともいえない複雑な心境になっていた。


「おーい。表彰式がはじまるぞー。早くこっちへ来なさい」


 そこへ、顧問の先生の声が聞こえてきた。

 初老の優しそうな男性教師が、会場から小さく手招きをする。

 部員らはなんだかんだで晴れやかな表情になり、みな会場へ戻り始めた。

 戻りながら、雄斗の胸は充実していた。

 まだ歴史の浅い雄斗の中学――椥辻中学校弓道部が、初めて関東大会で優勝した。

 次は全国大会。この弱小校がどこまで勝ち抜けるかはわからないけど、この仲間たちとなら、まだまだやれそうな気がする。

 雄斗は決意した。

 いけるところまでいこう。決して悔いの残らないように。


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