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第20話 吸血貴族は口ゲンカがお好き

 七月に入ってからというもの、雄斗はほぼ毎日、イオネラと口ゲンカをしていた。

 原因はたわいのないものだった。

 雄斗が家に帰るなりイオネラは「今日は渋谷橋まで行くぞ」と言うが雄斗は行かないと言い張りケンカ。

 「今日はわらわが味噌汁をつくってやろう。先日のリベンジじゃ」とイオネラが言い雄斗が断固として拒否しケンカ。

 「今日のおぬしの血はいつもと味が違うぞ。なにか変なものでも食べたか?」とイオネラが言い出し雄斗が食事制限まですんじゃねえと返しケンカ。

 あげく「今日は夜九時から『金曜映画ショー 悪魔城ドラキュラ-refrain-』が放送されるから、必ず観るぞ」とイオネラが言い、雄斗は別の番組が見たいと言い、テレビのチャンネル争いでケンカという始末だった。


 そもそも、これほど続くケンカの発端は、イオネラがコスプレショップ「こみぱるん」でお姫様衣装を買って帰ってきたところからだった。


「イオネラ様……」


「なんじゃ雄斗。わらわはいま機嫌がいいのじゃ。何でも答えてやろう。ありがたく思え」


「ではお聞きしたいのですが、この紙袋に入った時代錯誤なプリンセスの服はいったいどうされたのですか……?」


 雄斗はイオネラが持ち帰った「こみぱるん♪」の楽しげなロゴ入りの大きな紙袋を見せながら訊いた。


「おお、それか。それはわらわがさっき、秋場原で購入したものじゃ。このニホンにはそのような高貴な者が身につける衣装は売っておらぬと思っていたのじゃが、秋場原にちょうどよい店があってのう。感動して四着ほど購入してしまったぞ」


「で? そのお金は一体どこから出されたので……?」


「当然、雄斗の財布からじゃ。主がしもべの財産を預かるのは当然のことじゃからのう。ん? どうした? 体がわなわなと震えておるぞ? 寒気でもするのか?」


 その後、柊家に雄斗の怒りの雷が落ちたのはいうまでもない。


 そんなイオネラの傍若無人ぶりに雄斗の心のリミッターはみるみる下がり、いまではイオネラが少しでも不遜な態度に出るとすぐに雄斗が反抗し怒り出すというパターンに陥っていたのだった。

 七月もなかばに入ったその日の朝も、雄斗は朝食中にイオネラから、深夜にやっていたアニメ「イクセシオン・サーガ」のクライマックスシーンに痛く感動した話を延々と聞かされたあげく


「あのアニメとかいう動く絵本、最初は抵抗があったのじゃが、見慣れてくると話に深みがあってなかなか侮れぬ。来週は雄斗もぜひ観るがいい。夜二時半から開始じゃからの。これは主としての命令じゃぞ」


 と言われ、また頭に血がのぼったのだった。


「そんな時間まで起きていられるほど、俺はヒマじゃねえんだよ」


「なんじゃとユウト。それが主に対する態度か? だいたいおぬしは、いつも家ではテレビを観ているか部屋でぼけーっとしているかのどちらかではないか。これをヒマといわずしてなにがヒマなのじゃ?」


「うるせえ。ほっとけ」


「ユウトもあのアニメを見れば、感動して生きる気力もみるみるわいてくるはずじゃ。寝ていても全力で起こしにいくからな。覚悟しておれ」


「なんで無用の覚悟を強要されなきゃいけねえんだよ。俺は絶対にイオネラの言うことなんか聞かねえからな」


「き、きさま……下僕としてあるまじき態度じゃぞ! 訂正せよ!」


「イオネラこそ、朝っぱらから騒ぐなって!」


 今日も売り言葉に買い言葉。嫌気がさした雄斗は、さっさと登校すべくカバンをもって玄関に向かった。

 当然、後からイオネラが追いかけてくる。


「ユウト! 聞いておるのか? 来週の『イクセシオン・サーガ』を観るとここに確約せよ! そうすればわらわもおとなしく登校を見逃してやるぞ」


 しつこく話しかけてくるイオネラに、雄斗はしゃがみこんでクツひもを結びながら、気の無い調子で答えた。


「はいはい確約しましたしました。これでいいか?」


「だめじゃ! 感情がこもっておらぬ! どうせしれっと破る気じゃろう!」


「ったく、いちいちうるせえな。確約したんだからいいだろ」


「もう一度! 今度は誠実さを加えて、わらわにこうべを垂れつつ『命に代えて主との約束を守ります』と誓うのじゃ!」


「だれがんなめんどくさいことするかよ――」


 そう言いながら立ち上がろうとする雄斗。

 だが、その瞬間。


(――あ、あれ?)


 雄斗の視界が一瞬、真っ白になった。

 足から力が抜け、ひざが折れる。

 雄斗は無意識に左手を玄関のクツ置き場の頭をつかんで、頭から倒れそうになるのをこらえる。

 ぎりぎり、彼は前のめりの状態で静止した。

 すると、またすぐに目が見えるようになる。足にも力が戻り始める。


「――ユウト?」


 立とうとしてとつぜんガクリとひざをついた雄斗に、さきほどまで怒りに打ち震えていたイオネラは表情を一変させる。


「……大丈夫だ。ただの立ちくらみだ」


「たちくらみ……? どうしたのじゃ。どこか体の調子でも悪いのか?」


「いや、大丈夫。ちょっと寝不足だったりすると、よくあるんだ。気にすんな」


 まるで自分に言い聞かせるように雄斗はつぶやくと、そのまま玄関を出て行った。


「あ、ユウト! アニメのこと、忘れるでないぞ!!」


 それに対してはなんら反応をしめさず、制服姿の雄斗はとぼとぼと学校へ向かう道を歩いていく。


「――ぬう、逃げられたか……はっ! もしやいまの『たちくらみ』とやらも、わらわを心配させて話をそらすための演技だったか……おのれ! 帰ってきたら直ちに問いたださねば!」


 ついさきほどまで雄斗の体調を心配していたこともすっかり忘れ、イオネラは雄斗に対する勝手な想像で怒りに打ち震えるのだった。

 そうして雄斗がいなくなると、イオネラを急激な眠気が襲う。

 張り詰めていた気がゆるみ、彼女はあくびをしながら大きく体を上へ伸ばした。


「うー……ん。やはり明るくなると眠くなるのう……。そろそろわらわも生活スタイルを変えねば、現代での生活もままならぬのう。なんとかせねば――」


 イオネラは目をごしごしとこすりながら、リビングへと戻る。

 テレビはずっとつきっぱなしになっており、朝のワイドショーを放映している。

 イオネラが何となくテーブルの方をみる。

 すると、そこに見慣れたものが置きっぱなしになっているのを見つけた。


「お、あれは」


 拾い上げてみると、それは味気もそっけもない真っ黒な、少し古びた雄斗のスマートフォンだった。


「なんじゃ、忘れていきおったのか。おっちょこちょいなやつめ」


 手にするのは先日の外出以来だった。

 あれからイオネラはまたずっと家の中で過ごしていた。

 当然、購入した「お姫様」衣装を着て、鏡の前でああでもないこうでもないと様々な装飾品と合わせる行為を毎夜繰り返しながら。


 イオネラはやや傷のついたスマホの画面を人差し指でなでる。

 「他人のスマホの中身を勝手に見ない」という現代人のモラルなどイオネラには無く、むしろ「下僕のものは主のもの。主のものは主のもの」という信条のもと、彼女は何のためらいもなく雄斗の使用履歴をのぞいた。

 操作方法は外出時に雄斗に教わっていたから、着信履歴やメールを確認するくらいのことはイオネラにもできた。

 だが、ここ二週間ほどのメールの着信は0。

 着信履歴をみても、最近の日付で電話を使った形跡はない。


 元々、スマホは持っているが滅多に使うことのない雄斗だから、そのこと自体は珍しいことではなかった。

 しかしイオネラは、その画面をみて首をかしげた。


「ふむう。おかしいのう。ミナミナはすぐに連絡をよこすといっておったのに、あれから電話もメールも一向によこさぬとは」


 やや不満げに口をとがらせるイオネラ。

 そんな彼女の耳に、聞き覚えのある声がテレビの方から飛び込んできた。


「はーい! ミナミナで~す! 今日もあなたのハートに両手いっぱいの元気をお届けするよ~!」


 いまや決まり文句となっている彼女の登場あいさつ。

 イオネラがテレビに目を向けると、番組の司会を務めるちりちり頭で青い縁取りメガネの若い男性が登場したばかりのミナミナを笑顔で迎えていた。


「あいかわらず朝っぱらから元気だね~。そのテンション、少しは分けてほしいよミナミナ」


「はい~! 元気ならいくらでも差し上げますよ~! それがミナミナのとりえなんで!」


 イオネラはスマホをにぎりしめながら、テレビに映る快活な黒髪ツインテールのアイドルをながめた。


「ふむう。これほど元気ならば、体調が悪かったということもあるまいに」


 少しだけ疑問のこもった息をつくイオネラ。

 番組はどうやらミナミナの出演する新作の宣伝を始めるようで、横からスタッフが大きなアルファベットのタイトルロゴが入った四角いフリップを抱えて入ってきた。

 そこにはゲーム画面とおぼしき写真が数枚と、CGのキャラ――背中に白く透明な蝶の羽根をはやし、先端に宝石の埋め込まれた小さな杖を手にした、桃色の短い服を身にまとった妖精が大きく描かれていた。


「さて、今日はミナミナ、宣伝があるんだよね」


「はいっ! ミナミナ、じつは今度、初めて声優に挑戦することになったんです~! キャーー! もうミナミナも感動しすぎて! あの並みいるプロの声優の方々と肩を並べてお仕事させてもらえるなんて、もういまにも気を失いそうで!

 だって、すでにキュラ役にあの浪山大助さんがいるんですよ? 『碧眼のヘイト』のヘイト役! ああ、こうして話しているだけでミナミナ、気持ちが天まで舞い上がっていきそうで――」


「あ、あの、ミナミナ? 他局のアニメの話はちょっと……」


「あ、ああっ! ご、ごめんなさい! すみませんでしたっ!」


「でもミナミナがそれくらい興奮するほど、これは面白いゲームなのかな?」


「はいっ、もちろんです! 『クライシスソード・オンライン』っていうゲームなんですけど、いま日本で評価ウナギのぼりのオンラインゲームなんです! 戦闘システムとかひとつひとつのストーリーがしっかりつくり込まれているし、『放浪者』って呼ばれてる仲間との協力プレイが密にできるよう工夫されていて、ギガ楽しいゲームなんです!

 それにこれまでのゲームだと課金をしないとなかなか強くなれなかったりしたんですけど、このゲームはお金をかけただけじゃダメで、きちんとした戦略と実力がないと勝ち進められなくなっていたり――とにかく今までにないくらい神なゲームなんですよ~!」


「へー、なんだかすごそうだね。で、ミナミナは何の役をやるのかな?」


「ミナミナは、プレイヤーのみんなを導く、案内役の妖精『フィリア』の声をさせて頂くことになりました! この子ですよこの子~! かわいいでしょ? 初心者の人にプレイの仕方を教えたり、特定のストーリーが進行するときに登場するから、みんな絶対プレイしに来てくださいね~!

 あ、あと今週の日曜日に、秋場原の野外ステージでクライシスソード・オンラインの主題歌『ワンダラーズ・フロム・シャイニングスター』を歌いますのでぜひお越し下さーい♪」


(クライシスソード・オンライン)


 イオネラはテレビをじっと見つめながら、小さくつぶやいていた。


「――たしかツグミも同じゲームをしておったはずじゃ。もしや」


 そのとき、二階から階段を下りる足音が聞こえてきた。


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