第17話 吸血貴族は殊勝な心意気のメイドがお好き
「いらっしゃいませ~」
とあるアパレルショップの前で立ち止まっていたイオネラは、メイドの衣装を身にまとった女性店員に呼びかけられた。
「ご興味ありますか? よろしければ、中でご試着もできますよ」
「ふむ、このニホンという国には雑誌にのっておるような服しか売っておらぬと思っておったが、ちゃんとこうした服もつくっておるのじゃな。感心したぞ。しかし、もう閉店時間ではないのか? さっき看板を片付けておったが」
「大丈夫です。せっかく来て頂きましたから、ぜひのぞいてみてください。お似合いの服がきっとありますよ」
「うむ、よかろう。ではここで、わらわにふさわしい普段着を探すとしよう。おぬしが案内してくれるか?」
「はい、もちろんですお嬢様」
そうしてイオネラは店員にうながされるまま、「カジュアルコスプレショップ こみぱるん」と書かれた店に入っていった。
陽はすっかり落ち、空には星と月が光る夜の景色が広がっている。
だがその下にある町はまだ昼間のごとくまばゆいネオンの光に照らされていた。
時間にして、午後八時。
いくつか明かりを落とし始める店舗はあるものの、アキバハラの町はまだ煌々と明るく白い光をたたえている。
イオネラはこの町の商店街に、初めて独りで足を踏み入れていた。
いまをさること一時間ほど前。雄斗の自宅にて。
「ユウトよ。そろそろわらわは外の世界も勉強したい。早速今晩からいくぞ。案内せよ」
「やだよ。めんどくせえ」
「ぬう……下僕のくせになんじゃその言い草は!! おぬしの主である吸血貴族イオネラ・シェーンベルクが自ら外に出たいと言っておるのじゃぞ!!」
「だからなんだよ。別に俺が行かなきゃいけねえ理由はねえし。ひとりでいきゃいいだろ」
「バカ者! 知っておる者がそばにいなくては、ただ外に出てもあふれ出る疑問の数々が解決せぬではないか!」
「じゃあ帰ってきてから答えるよ」
「だめじゃ! 疑問はその場で解決せねば我慢ならぬ! さあ、いますぐソファから立ち上がるのじゃ!」
「だからいかねえって」
「ええい、手間のかかるやつじゃ。こうなれば力ずくででも連れ出すぞ――」
そのとき、雄斗がイオネラにスマートフォンを投げ渡した。
「……なんじゃこれは」
「スマートフォンだ。知らねえの?」
「フン。バカにするなユウトよ。わらわとて、この時代にきてからの時間を無為に過ごしていたわけではない。これが携帯型の音声通信装置であることくらい分かっておるわ」
「使い道は音声通信だけじゃねえけどな。ま、何かあったらここにかけてくれ。家の電話につながるから。かけ方は分かるよな」
そして雄斗は近くのメモ帳に自宅の電話番号を書き記すと、それをイオネラに渡した。
「……あくまでユウトはこないつもりなのじゃな」
「ああ。それを俺だと思ってくれればいいだろ」
スマートフォンを指差すユウト。イオネラは怒りに満ちた表情でその精密機器をぎりぎりとにぎりしめる。
「おい、スマホ壊すんじゃねえぞ。そんな安いもんじゃねえんだから」
「バカ者! もうおぬしには頼まぬ! 外の世界など、わらわひとりで理解してみせるわ!!」
そしてダッシュで玄関までやってくると、バイオロイドがはいていたインヒールのスニーカーをはいて勢いよく扉を開け、暗くなりかけていた外へ飛び出したのだった。
「りんかなシティ」から逃げ出してきたときの記憶をたどり、イオネラは日が沈んでからもいまだ活気づく街・秋場原にたどり着いた。
当然、そこがニホン有数の「オタク」という混沌に包まれた街であることなど知らずに。
イオネラが街を歩いていると、ふくよかな体型でリュックを背負った男子や、桃色のフリルに包まれたお姫様風のドレス姿の女子が通り過ぎる。
メイド服姿や和装の女子が何人も道端に出て呼び込みを行っている姿も目に入る。
それらをながめながら、イオネラは考えた。
「ふむう、なるほど。この街はテレビでいつも見ていた場所とはずいぶん異なるようじゃ。リュックを背負った男どもに使用人がしきりに呼びかけておる。
きっと男どもは貴族であり、使用人らはその恩恵にすがろうとしておるのじゃな。男どもの体型をみればその裕福さが分かる。屋敷で優雅な生活を送っておるに違いない。そしてその横では高い身分とおぼしき女性も幾人か歩いておるな。
ユウトはこの国には貴族などという身分はないと申しておったが、どうしてここには主と従事者という明らかな格差があるではないか」
ここが日本の標準とは大きくかい離している可能性については一切考えず、イオネラは日本が「ふくよかな男性とお姫様衣装の貴族女性が治め、メイドが忠誠を誓う平和な島国」であるという確信を得たのだった。
それよりも、とイオネラは街路を見渡しながら考えた。
「今日はここで服を購入しなければならぬ。いつまでもユウトの母君のお下がりを着続けるわけにはいかぬからのう。そのためにわらわは日本の流通紙幣について調べ、ユウトがいつも使っておる財布をもちだしてきたのじゃから。さて、どこかによい仕立て屋はないものか……」
それが「窃盗」という犯罪にあたることなどまるで意識せず、むしろ下僕の金は主の金だという自分至上主義の考えのもと、イオネラは肩から提げたカバンの中に雄斗の財布を入れて、アパレルショップを探し求めた。
その結果たどりついたのが、カジュアルコスプレショップ「こみぱるん」だった。
店の扉にかかっていた木製の「OPEN」のサインをひっくり返し「CLOSE」にしてから、店員は店の中にいるイオネラに丁寧な口調で呼びかけた。
「どういった衣装がお好みですか? いまでしたら魔法少女系とかオススメですよ。次のコミマ用でしたらきっとウケますし。初祢ミクも去年あたりから種類が豊富になってきてます。学園物の制服もタイトで袖が白黒の別生地とか、いろいろありますよ?」
店内のいたるところに吊り下げられているコスプレ服をあれこれすすめるメイド服姿の店員。
入り口は狭いが奥行きは広く、店内にはほかにもゴスロリ系や獣系など、多種多様なコスチュームが見渡す限り並んでいた。
だがイオネラはそれらに見向きもせず、コーナーの一角に飾られた衣装にまっすぐ向かっていく。
「そのような下民が着用するものなどでは、わらわの尊厳が保てん。やはりこういったものでなくては」
「わぁ~、お姫様系ですか? やっぱり~。私もお嬢様にはそれが一番お似合いだと思ったんですよ」
「うむ、そうじゃろうそうじゃろう。わらわのような高貴な者には、それ相応の衣装が不可欠なのじゃ」
「そうですよね~。お嬢様はスタイルも抜群ですし、いま着ておられる赤黒のチュニックもとてもかわいいですよ。コスプレされても、この辺の服はきっとどれもお似合いだと思います」
「当然じゃ。……ところでおぬし。その『お嬢様』という呼び名はやめよ。わらわは国家を裏から統べる誇り高き吸血貴族、シェーンベルク家の唯一の後継者、イオネラ・シェーンベルクなのじゃぞ。せめて『イオネラ様』と呼べ」
「あっ……し、失礼しました、イオネラ様!」
あまりに堂々としたイオネラの態度に、突然の「誇り高き吸血貴族、シェーンベルク家の唯一の後継者」という名乗りにも疑問をもたず、店員は思わず深々と頭を下げた。
メイド服姿の彼女の髪は肩の下までストレートに伸びており、店の明かりに照らされ黒く美しくきらめている。
ホワイトブリムをつけた頭が再び起き上がると、髪と同じく黒色のおとなしそうな瞳が申し訳なさそうにイオネラを見上げた。
「この店にお越しになるお客様にはいつも『お嬢様』とお呼びしているもので……バカで愚かな私をお許し下さい」
「うむ、反省しているならばよい。罪には問わぬ。わらわの寛大な心に感謝することじゃな」
「あ、ありがとうございます……!」
そう口にしつつ、なぜか涙さえ浮かべる店員。
よく考えればイオネラの言葉遣いは初対面の人間にはいささかインパクトの強いキャラクターであるはずだが、なぜかこの店員は彼女の尊大な態度に疑問ひとつ呈さず、むしろひれ伏すような態度で受け入れていた。
涙をふきながら、店員はうれしそうに言う。
「たとえ設定だとしても、こんなに感情移入できたのはひさしぶりです……。ところで、イオネラ様はどの作品のキャラクターを演じておられるのですか? アニメでしょうか。ゲームでしょうか。
私、深夜アニメは全てチェックしているんですが、イオネラ・シェーンベルクという名前に思い当たらなくて……失礼を承知でお尋ねいたします」
「ん? おぬしもそうか。やれ、設定だの、演技だのと……わらわと初めて顔をあわせるものはみなそう言うのう」
「えっ? 演技ではないのですか……?」
大きな黒い目を開く店員に、イオネラは言いつけるように答えた。
「当たり前じゃ。わらわは地中海にほど近い国、トランシルヴァニア公国の尊き吸血貴族、シェーンベルク家の第一主権者なるぞ。決して演じてなどおらぬ」
「ほ……本当ですか……?」
「うむ。貴族に二言はない」
「ほんとに……ほんとにほんとにほんとにほんとですか……!?」
「じゃから本当だと言っておろう。おぬしもしつこいな」
すると、店員の女の子はなぜかとつぜん感極まったようにまた涙目になりながら、唇を奮わせた。
「信じられない……。私……いつか本物のお姫様にメイドとしてお仕えするの夢だったんです。アニメの演技とか、設定とかじゃなくて……。
メイドカフェでアルバイトもしているのですが、不特定多数のご主人様に仕えるということにずっと違和感を感じていて……いつかたった一人の本当に由緒ある身分の方にお仕えするんだって、心に決めていたんです……!
ぶ、ぶしつけな言い分で恐縮ですが……よろしければ、私をメイドとして召し抱えて頂けないでしょうか?」
「ほう。なかなか殊勝な使用人じゃな。よいぞ。そこまで言うならおぬしをシェーンベルク家のメイドとして召し抱えてやろう。せいぜい仕事に精を出すのじゃな」
「あ……ありがとうございます!! 私の長年の夢がかないました……! 本当に、本当にありがとうございます!!」
感動のあまり両手で顔を包み泣き出すメイド志望の店員。
イオネラは腕を組み、当然とばかりにうんうんとうなずく。
「やはりこうした態度が普通なのじゃ。ユウトのように、わらわをなめきった態度をとる人間こそ異常なのじゃな」
決して一般的とはいえない秋場原のディープな世界にどっぷり浸かりながら、どちらかといえば珍しい夢をもつ店員の稀有な存在性に気づくこともなく、イオネラはこの国で初めてメイドを召し抱えたことに満足していた。
店員のうれし泣きがようやく落ち着いたところで、イオネラは尋ねた。
「ところでそなたはなんという名じゃ?」
「はい。私は、岡本由宇良と申します」
どこからか取り出したハンカチで涙を拭くと、小柄な彼女は小さく丸い顔に笑みをたたえた。
「みんなからは『ユラ』と呼ばれております」
「なるほど。じゃがわらわは使用人を名前で呼ぶなどということはせぬ。よいな」
名前を聞いておいてその言い分はひどく矛盾しているが、ユラはむしろ恍惚の表情すら浮かべ、イオネラの言葉に喜びを表した。
「ああ、この不条理な命令……主君に仕えるってこういうことなんだ……。メイドカフェでは決して味わえなかった感覚……。はい、イオネラ様! 私のことは『ゴミ』とでも『カス』とでも、いかようにでもお呼びくださいませ!」
「うむ、さすがにそこまで辱めはせぬが、その心意気は認めよう。それはともかく、衣装探しじゃ。わらわは赤と黒以外のものは着ぬからな。わらわの体型にあったちょうどよいドレスを選べ」
「はいっ。全力でお探しいたしますっっ!」
早速、並んだお姫様系ドレスを選び出すユラ。
彼女はうれしさのあまり通常の三倍のスピードで動いていたが、イオネラはそれくらいは当然だといわんばかりに悠然とユラの差し出す衣装を腕組みしながら待った。
そこへ、チリンチリン、という軽やかな音が店内に鳴り響く。
店の扉が開け閉めされるときになるベルの音だった。
イオネラとユラが出入り口に目を向けると、そこにはワンピースにジャケットをはおった、若い女の子が立っていた。
歳はイオネラと同じくらい。やや小柄だが、イオネラと背格好はあまり差がない。
目を引くのは、全く似合わない広いつばのついた帽子を深くかぶり、大きな茶色いレンズのサングラスをかけていることだった。
一見すると、どんな顔なのか見えづらく、むしろわざと顔を隠しているようにすら見えた。
そんな容貌の彼女は、店内にいた二人を――特にイオネラの方をみて、少し後ずさった。
「あ、ごめん……まだお客さんいたんだ」
「ううん! いいですよ。イオネラ様だけですし――あっ」
そう言ったユラは、はっとイオネラの方を見上げる。
どうやら「主の許可を得ず他人と話をしてしまった」ことに罪悪感を感じたようで、ユラの顔は完全に青ざめていた。
それを見て取ったイオネラは、特に気にするでもなく目配せをして微笑んだ。
「別にかまわぬ。大事な客なのじゃろう? わらわは自分で見てみるから、行ってもよいぞ」
「か、寛大な心づかい、痛み入ります……!」
さきほど出会ったばかりなのに、すでにイオネラの使用人として完全に溶け込んでいるユラは、深く一礼すると、店に入ってきた女の子のもとへ小走りで向かった。
「……お得意様? ユラ、すごく縮こまってたよ~。よかったの?」
帽子をとり、サングラスをとって顔を露わにする女の子。黒く短いツインテールの髪で、かなりの童顔である彼女に、ユラは笑顔で答えた。
「大丈夫です。思ったより早かったんですね」
「仕事が意外とすぐに片付いちゃったから」
「あれ? 今日は警備の人、連れてないんですか?」
「うん。いつもついてこられると、こっちも息つまっちゃうし。たまにはお忍びもしたいなー、なんて」
「大丈夫ですか? ああいう人たちって、こういうときを逆に狙ってきたりとかって……」
「だいじょうぶだいじょうぶ! ユラは心配しすぎだよ~!」
「はあ、そんなものでしょうか……。それで、今日はどんなものをお求めですか?」
「今度、お台葉でCSOの新オープニング曲のライブをすることになったから、姫騎士系の衣装探しにきたのー」
「えーっ!? CSOの? どうしてですか??」
「それはまだ秘密。ごめんね~。で、ある? できれば剣とか鎧とかも一式そろえたいんだけど」
「すみません、衣装はたくさんあるんですけど、装備は外注になるんです。でもリクエストして頂ければ、明日中にこみぱるんで一式そろえますよ?」
「うん。そうしてもらえると助かるな。じゃあ衣装を見せてくれる?」
「はい。こちらです」
そうしてユラは、女の子を店の奥へ連れて行く。
そのやりとりを、イオネラは衣装を探す手を止め、ずっと見つめていた。
そして、何度か女の子の方に目を凝らしながら、記憶をめぐらせる。
(あやつ……やはり)
イオネラはもう一度、ユラの後ろにいる女の子の顔を凝視する。
(どこか聞き覚えのある声じゃと思っていたが、そうか。無駄に大きな帽子とサングラスで分からなかったが……フッ。わらわの目はごまかせぬぞ)
すると、イオネラは女の子が自分の前を通り過ぎようとしたところで「待て」と呼び止めた。ユラと女の子がイオネラの方を向く。
「イオネラ様……?」
「ククク。ユラよ。なぜそのようなニホンの絶大なる権力者をわらわに紹介せぬのじゃ?」
「えっ……?」
そう答えたのは、ユラではなく女の子の方だった。
すると、イオネラはびしっ! と女の子へ人差し指を突きつける。
「テレビで何度も見ておったわ。『人気絶頂アニオタ系アイドル』のうたい文句がいつも画面に出ておったからのう。たとえ帽子にサングラスをつけていても、わらわの目はごまかせなかったであろうよ」
そしてはっきりと、イオネラは告げた。
「おぬし――ミナミナ、じゃな!!」
言われ、ツインテールの女の子は隠すどころか、逆に慣れた様子ですぐに営業スマイルをふりまいた。
そしてイオネラの方に向き直ると、姿勢を正して仕事モードの明るい調子で答えた。
「はーい、ミナミナで~す! テレビで見てくれてたんですかぁ? うれしいです~!」
「は~い」のところで右手を挙げ、「見てくれてたんですかぁ?」のところで両手を胸の前でぎゅっとにぎりしめながら瞳をうるうるさせ、「うれしいです~!」のところでイオネラの手を両手で包んでぶんぶんと上下に振る。
イオネラが何度もテレビでみていた、ファンに対するミナミナの鉄板雛形リアクションだった。
ミナミナのもてなしを受けながら、イオネラも答える。
「うむ。おぬしはほんによくテレビに出ておるでな。しかしひさしぶりじゃのう。りんかなシティ以来じゃ」
「へっ?」
おかしな返事で驚くミナミナ。
「ミナミナ、どこかでお会いしましたっけー……?」
「うむ。分からぬのも無理はないな。わらわは――」
そのとき。
また店の入り口から、カランカラン、とベルの音が聞こえる。
また客だろうか――。だが、店の扉のサインは「CLOSE」になっている。
ミナミナは他の人に会わないようわざと閉店時間を過ぎてから入店しただけ。
もう今日はだれもこの店に来ないはずだった。
イオネラ、ミナミナ、ユラの三人が同時に入り口へ目を向ける。
そこには、黄色のインナーにチェック柄のポロシャツをはおった、メガネで小太りの男が立っていた。




