神殿の正義
「ねえ、いつまで死んだふりしてるの? バレてるからね。
私、殺す勢いで攻撃してないから、死んでないのは分かるんだよね」
私は転がっている死体たちに話しかける。
先ほどラージュ伯爵は倒した。もう完全に怪物に変化していた。
しかし、私はそのような改造を施した覚えがない。
力を百分の一にする結界といい、私の知らない技術がどこかから入っていたのは間違いない。
ラージュ伯爵の悪事仲間はドゥーヴェ男爵、フリューゲル大僧正、ゲー博士の三人。
博士ってのと大僧正ってのが怪しい。知識職と、神に繋がる職だからね。
まあ男爵が凄い知識を持っているかもしれないけど、確率は低い。
私は大僧正の方が臭いと考えているから、ダメ元でカマをかけてみる。
「フリューゲル大僧正だっけ? これって神殿秘伝の技術かしら?
普通の結界なら私のような圧倒的なエネルギーには無効化されるものよ。
だけどあの装置は、そんなのお構いなしで効果があった。
つまり技術や理論とかではない力、神の力を借りて動く術。
多分、概念そのものに干渉するスキルじゃないかしらね」
すると笑い声が返ってきた。
「フフフ……そこまで見抜かれていたとはな。やはり天啓が示すように、そなたは危険じゃな」
コウモリのような変化体から、元の人間態に戻りながら大僧正が立ち上がる。
よし、カマかけが成功した。
ゲー博士の技術の可能性もあったんだよね。
「神殿、つまりこの世界の神は私を危険視していると思うけど、どうなの?」
やはりカマをかけてみる。でも、これは何となくそうじゃないかと思ってるんだよね。
私の婚約破棄イベントで、馬鹿王子と組んでいたのはイスカリオ王国の司祭長だった。
神殿は聖女リリーの後見人をしているが、リリーの為だけに動いているとは思えない部分がある。
普通ならリリーの方を窘め、学園を辞めさせて国の秩序を守るものでしょうに。
しかし、彼らは「天啓」や「神託」というものに沿って行動する。
神殿で修行すべき国家級聖女が、恋愛に現を抜かす為に学園生活をするのを許したのも、先代の聖女が受け取った神託によるもの。
まるで、シナリオの進行をさせるかのように。
この仮説が正しければ、神殿としては私を「虚無の魔女」にして、ゲーム通りに進めたいはず。
しかし、もう後戻りが出来ないくらい私は世界の改変をしている。
神とやらは、直接私を狙って「世界の歪み」ことあの怪異を送りつけたのだろうが、その他にも私の画策を潰すべく動いていておかしくない。
その窓口は神殿。
そう考えたら、一番大僧正が怪しかったし、こいつがラージュ伯爵に操られているふりをしながら、実は彼を操っていたのではないか? と考えた次第。
「そなたは天の法則から外れた存在だ。世界の破壊者だ。そなたを放置できん」
そう言うとフリューゲル大僧正はよく分からない呪文の詠唱を始める。
それを妨害させないよう、復活したドゥーヴェ男爵とゲー博士が襲い掛かってくる。
ラージュ伯爵の手駒であったシザーアームもだ。
さっきより本気度が高い。ラージュ伯爵、慕われてないなあ。まあ、あいつならこんなものか。
戦いながら、大僧正の詠唱を聞いてみる。
意味がそこからは聞き取れない。
これって真言宗のマントラのようなものね。
詠唱がこのゲーム世界の機能の一部を使うスクリプトなら、神殿の秘儀はシステムに改修を加えるバイナリーコードのようなもの。
神に仕える者なら、これくらいは出来るんだなって感心したわ。
「よし、伯爵が死んだ今、この神の理から外れた裏次元などというものは消滅すべきなのである」
私が膨大なエネルギーを使って開通させた亜空間を破壊するとは、概念系の秘術恐るべし。
私たちは元の空間に戻される。
「男爵、博士、シザーアーム、ご苦労だった。
神敵、お前の相手はこの者たちが務める」
そう言うと、ボロボロに傷ついた彼らは引き下がり、代わって獣人が現れる。
「紹介しよう。デッド獅子と虎ロイドと言う猛者だ。
この世界最強の『人間界無双』シュナイデル三世国王に匹敵する戦士だった。
今はもっと強くなっているだろう」
そう言って指を鳴らすと、獅子の獣人がかぎ爪で私に切りかかる。
私の能力を百分の一にする結界はまだ生きている。
私は持ち前の高速を発揮出来ず、その攻撃を受けてしまった。
そして、私の細胞が発するバリアを破って、私の肉体に傷をつけた。
恐らく爪や牙に「どんなものでも貫通する」という定義がなされたのだろう。
となると、虎の獣人が背負っている筒から発射される何かも、同じ効果があるだろう。
弓矢と近接武器しかないこの世界に、バズーカみたいなのがあるとは知らなかったわ。
なるほど、確かにシュナイデル陛下と同じくらいは強いわね。
先日までのシュナイデル陛下と。
巨大シュナイデルとなった陛下には及ばない。
戦力分析が済んだ私は、両者の体内のブドウ糖を分解した。
低血糖性昏睡を引き起こし、獣人だろうと一瞬で倒れるはずである。
だが、効果が無かった。
彼らは引き続き攻撃を継続する。
私の身体に傷がつくが、すぐに自己修復していった。
私は思いついた事があり、獣人二人からドゥーヴェ男爵に標的を移し、同じ糖分分解を施す。
しかし、彼も倒れない。
私はカラクリを見破ったかもしれない。
「神殿って、かなり罰当たりよね」
「なんだ? 負け惜しみか?」
「貴方以外、全部死人でしょ?
貴方以外は一言も喋っていないし、さっきこの二人を『匹敵する戦士だった』って言ったよね。
なんで過去形なのか、気になってはいたのよ」
「……本当、つくづく厄介な相手だ」
「君のような勘の良い女は嫌いだよ、って事?」
「誤解するな。好き嫌いでやっているのではない。これは神の思し召しだ」
(あの台詞を折角使ったのに、滑ったみたいじゃないの!
というか、死人を強化改造して戦わせるとか、神様もいい趣味してるじゃないの!)
「さあ、神の理より外れたる存在よ、滅するが良い」
大僧正は勝ったと確信しているみたい。
だから、今度こそ滑らない台詞を私は言ってやった。
「相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している」
これは通じたようだ。
余裕を感じさせている表情が一気に曇った。
「さっき、ラージュ伯爵と話した事を聞いていなかった?
確かに私の力は本来の百分の一になっているけど……」
そう言いながら、獣人二人を殴り飛ばす。
「元々の強さが貴方の想定より遥かに上だから、弱体化しても普通に強いのよ、私」
破壊された獣人二人の肉体が黒い灰となって崩壊している。
確か、乙女ゲーム世界の本来のシナリオで、虚無の魔女となったマリアの最期の様子と同じだ。
「ば……馬鹿な!」
「生命活動をしていない身体を、それこそ神の理に背いた形で動かしたでしょ。
ダメージの蓄積で、そのスキルすらも受けつけなくなったら、こうなるのは必然よね。
死体なんかじゃ私には勝てないわよ!」
ビシッ!
私、カッコイイじゃない!
一方の大僧正は唇を噛んで悔しがっている。
だが、逃げる気配はない。
逃げても追いかけてぶっ潰すつもりだけど、その必要はなさそうだ。
「ならば、生者である私がそなたを倒さねばなるまい。
神の祝福を我に!」
そう言いながら、また真言を呟く。
するとその手にはノコギリのようなものが握られていた。
だが、それはノコギリではない。
「聖剣ね」
「そうだ、世界に七振りしかない聖剣である。
これで斬られたものは、絶対に再生も治療も修復も出来ない破壊の力を持つ」
「そりゃあ、ノコギリで斬られたら傷口が無茶苦茶になって、縫合が大変だって聞いてるわよ」
「ノコギリ等と言うでない」
「ねえ、ちょっと聞いても良い?」
「何だ、今になって」
「ノコギリの大僧正って、七話とか八話で登場させるには余りに早すぎたと思わない?
だって、戦隊リーダーの父親を悪に誘惑して手駒にした、アメリカの映画なら銀河の皇帝ポジションよ!
もっと後の方で倒すべく大物じゃない。そうは思わない?」
「何を訳の分からない事を! 最早語る舌を持たぬ! 神の身許に行けとは言わぬ。消滅せよ!」
そう言って切りかかってきた。
うーん、会話に付き合ってくれないのは残念。
でも、私がこんな事を考えられるって事は、大分冷静になった事よ。
ラージュ伯爵の非道さに、なんだかんだ言って頭に来てたみたい。
頭に上がった血が、元に戻れば、もう苦戦する事もない。
「亜空間生成」
そして結界を作っている柱を全て亜空間に飛ばす。
「亜空間崩壊」
その概念を閉じ込めた空間そのものを破壊した。
あの厄介な柱は、次元を隔てても効果を発揮したが、その次元が消滅したなら一緒に消え去る他ない。
完全に力を取り戻した私は、元の高速を使ってその聖剣を奪い取る。
あのまま戦っても勝てたけど、折角の聖剣だから頂戴しましょう。
「この神敵が!」
「折角だから、貴方はHP1くらいにしましょう。
私のせめてものお詫びです」
あの戦闘は描写する必要なし。
ボッコボコにしてやったわ。
「なんだ、ラージュ伯爵の屋敷が崩壊している」
ユーリー・ゲオルグが変身した姿で駆け込んで来た。
戦闘の激しい衝撃に、彼は宿敵ラージュ伯爵を倒す好機と見てやって来たのだ。
「むっ、貴様はフリューゲル大僧正!」
ユーリーは敵を確認すると、可変右腕を超電撃腕として必殺拳を放つ。
とどめの一撃となった。
フリューゲル大僧正もまた、黒い灰となって消滅する。
残されたのは、最早意識もなく立っているだけのドゥーヴェ男爵とゲー博士、そしてシザーアームだ。
ユーリーはそいつらにも容赦なく攻撃を加え、倒していった。
そして、まだ消滅していないシザーアームを捕まえて、
「おい、ラージュ伯爵はどこだ?」
と問い詰めた。
生きた屍であるシザーアームが答えられる筈がない。
だが、意外な事が起こる。
身が黒い灰に変わりつつある中、シザーアームの目に精気が戻った。
「フフフフフ……」
「貴様! 何を笑っている」
「ラージュ伯爵はとっくに死んだよ。あの女に殺された」
「あの女? 誰の事だ? 俺が知っている女だな?」
「さあな。お前の人間関係を知るような仲じゃなかっただろう?
まあ、どうでも良い。
ラージュ伯爵は悪党だったが小者だった。
俺はもっと巨大な存在によって、玩具にされていたのさ」
「なんだ、それは? 何を言っているんだ?」
「時間切れだ。精々気をつけるんだな……」
その言葉を最後に、ユーリーの宿敵最後の一人は消滅していった。
影で見ていた私は、自分の偽善さを自覚しながらも、少しだけ罪滅ぼしを出来たかな、と自分に言い聞かせたのだった。
明日は番外編、ギャグ回を挟みます。
通常パートは月曜日に再開します。




